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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
11/39

8 決戦

 敵機発見の報を受け、母艦から緊急発進したアイギスとアラクネの戦闘機隊は、小細工も駆け引きもなしに、まっすぐ敵機に向かっていた。

 パイロットの練度に不安があるとはいえ、こちらは4機で敵は3機。真っ向勝負で戦えば、十分に有利な戦いができるはずだ。


「敵さん相変わらず対艦装備ですね?」

「そりゃそうだ。敵さんの目標はあくまでうちの母艦だからな。……だがリーダー機らしい奴は対戦闘機装備だ。一応ダンスに付き合う準備はしてるらしいな」


 僚機を駆るテイラー少尉からの通信に、アラクネ航空班長リチャード・ベルクマン中尉は、高解像度カメラが捉えた敵機の映像を観察しつつ答えた。


「あんな重い装備で数に勝る敵戦闘機隊に突っ込むなんて正気ですかね? やぶれかぶれですか? もしかして上官から『死んで来い』とか言われてるとか?」

「さてな。実は成算があるのかもしれんぞ」


 アナンタ航空班の戦闘記録を見る限り、敵戦闘機隊の練度はなかなかのものだ。少なくとも、こちらのヒヨッコ搭乗員よりは確実に腕が立つだろう。

 ベルクマン中尉は、ルーズな編隊を組んで自機を追尾する2機のグリフィンに視線を向けた。

 一時的にベルクマン中尉の指揮下に入ったアイギスの戦闘機隊だ。その搭乗員達は全員、実戦部隊配置後の年数が3年に満たない若手達である。

 彼らとは、これまで何度か合同訓練を行っており、その実力はある程度把握している。

 少なくとも、彼らはヘボではない。この先成長する要素もたっぷりある。だが、現時点で実戦となると、経験不足は如何ともし難いものがあった。


 ……まあ今さら泣き言を言っても仕方がない。敵はもう目の前だ。

 ベルクマン中尉は、一つ息を吐いて気持ちを切り替えると、スロットルレバーの通信ボタンに触れた。


「さて、始めるか。アルファ1、アルファ2。余計なことは考えず、落ち着いて、訓練通りにやれ。ベータ2! 調子に乗って突っ込みすぎるなよ。アルファの援護を忘れるな。……では行くぞ! 各機! 散開(ブレイク)!」


 4機のグリフィンが編隊を解き、一斉に散開した。

 敵は正面。距離は急速に縮まる。


「ミサイル、いくぞ!」

「よし!」


 4機のグリフィンから立て続けにミサイルが発射される。

 敵側も、先頭の機体が2発のミサイルを発射。

 敵はデコイをばら蒔きつつ、散開して回避運動に入る。


「甘いな……」


 ベルクマン中尉の後席搭乗員(バックシーター)が呟きながら、右上方向で回避機動をとっている敵機――対艦ロケット弾を装備している――に対して、第2波のミサイル2発を放つ。期せずして、同時にテイラー少尉機からもミサイル2発が発射された。


 その敵機は、初弾を回避し終えた直後という嫌なタイミングで飛来したミサイルにも機敏に対応し、回避機動をとったが、全弾を回避するのは不可能だった。

 3発までは回避したものの、4発目が右翼部に命中する。

 対装甲目標用の成形炸薬弾頭が起爆、モンロー/ノイマン効果により生み出された超高速のメタルジェットが敵機の装甲を侵徹し、翼に内蔵されていたスラスターや推進剤タンクをまとめて吹き飛ばした。

 それでも敵機は機能を失わなかったらしく、ふらふらと戦闘宙域を離脱してゆく。


 一方、アイギス搭載の二番機は、敵機の放ったミサイルの初弾を回避できず、右翼のサブスラスターを吹き飛ばされていた。

 すかさず発射された追撃のミサイル2発がともに命中。

 脱出を指示しようとしたベルクマン中尉だが、ミサイルの爆発でコクピットブロックが大破しているのを見て、無線発信スイッチから指を離した。


 この2名――アラン・ブラウン少尉とラウル・ザイード少尉――がアウディア宇宙軍史上初の戦死者として歴史に名を残すことになった。


 3対2の格闘戦に入る。ベルクマン中尉は敵のリーダー機らしき機体を目標に定め、リニアキャノンを一連射。敵機は機体をロールさせつつ回避すると、間髪入れずに反撃してくる。

 良い照準だ、機を滑らせて危うく回避する。


「牽制ミサイル! いくぞ!」


 後席搭乗員(バックシーター)の声とともに最後のミサイル2発が発射された。

 ガンファイトを行う至近距離でのミサイルだ。敵は再びデコイを使用しつつ、激しい機動で回避しようとするが、1発が敵機のすぐ上で近接信管を作動させ、炸裂した。

 敵機が弾け飛ぶ。チャンスとばかりに追撃をかけようとしたベルクマン中尉の耳に「アルファ1! 避けろ!」と叫ぶ声が聞こえた。


 『アルファ1』はアイギス搭載一番機のコールサインだ。

 ベルクマン中尉はとりあえず眼前の敵機にリニアキャノンを打ち込む。敵機は至近弾の衝撃に弾き飛ばされつつも、こちらに機首を向け回避機動をとる。

 リニアキャノンの弾は、数発が敵機を捉えたものの、厚い前面装甲に弾き返されてしまった。


「アルファ1被弾!」


 との声に周囲を確認するが、とっさに見つけることができない。が、後席搭乗員(バックシーター)が必要な情報を伝えてくれる。


「中尉、正面の敵に集中を! アルファ1は大型リニアキャノンの直撃を受けた模様。ベータ2がカバーに入っています!」


 『ベータ2』はテイラー少尉の機だ。


 敵機がミサイルを発射。時間差をつけて2発。ベルクマン中尉は咄嗟にスロットルレバーを起こし、機を上にスライドさせる。初弾はそれで回避できたが、2発目はまだ追尾してくる。デコイを使用しつつ機を捻らせ回避。対装甲用弾頭のミサイルだったらしく、近接信管は作動しなかった。


 こちらがミサイルの回避に気を取られている間に、敵リーダー機がアルファ1の方向に向かった。

 ベルクマン機も追撃する。

 ここで初めて、ベルクマン中尉にもアルファ1の状態が見えた。機体後部に直撃を受けたらしく、メインスラスターが停止している。サブスラスターだけで回避行動をとろうとしているが、その動きはいかにも鈍かった。

 テイラー機は、アルファ1にとどめを刺そうとする敵を牽制していたが、割り込んできた敵リーダー機に一瞬気を取られた。


「いかん! かわせ!」


 ベルクマン中尉が通信で叫ぶが、間に合わない。

 敵機が両翼下から放った対船艇用大型リニアキャノンは、1発がアルファ1のコクピットに突き刺さり、もう1発はアルファ1を助けようと射線に割り込んだテイラー機の左サブスラスターを武器搭載翼ごともぎ取った。

 敵リーダー機が、さらにテイラー機に追撃をかける。しかし、テイラー少尉は片方だけになったサブスラスターを上手く使って敵弾を避けた。


「ベータ2! 後退しろ!」

「しかし!? 中尉だけでは!」


 確かに敵は手練れが2機。厳しいのは事実だ。

 ベータ2――テイラー機――は、片方だけになったサブスラスターを上手く使って変則的な機動で敵を撹乱しているが、あれでは長くは保つまい。


「そっちをフォローしながら戦う方が厳しい! いいから後退しろ!」

「……了解!」


 ベータ2が進路をアラクネに向けた。即座に敵のリーダー機がベータ2の進路に回り込む動きを見せるが……


「させるかよ!」


 ベルクマン中尉はリーダー機の鼻先を狙って一連射、敵の機首で火花が弾ける。リーダー機は機首をこちらに向けながら、機を横にスライドさせ、反撃してくる。さらに、もう一機の敵も側面から接近してきた。


 ベルクマン機は複雑に回転運動を行いつつ敵弾を避ける。後席搭乗員が機首のプラズマビームガンを連射し、数発が命中するが装甲を貫通するには至らない。

 2対1で仕留めきれない焦りからか、敵機との距離が近づいてきている。狙い通りだ。ベルクマンは回転運動の合間にメインスラスターをひと吹かししてベクトルを変える。

 敵はベルクマン機の機動に反応しきれなかった。敵の二番機の腹がサイトいっぱいに映し出された。

 胸のすくような一連射。毎秒50発を発射する口径30ミリリニアキャノンの射撃をたっぷり2秒近くも機体下面に受けた敵機は、蜂の巣のようになり、破片をばら蒔きながら離れて行った。


 残り一機。互いに機首を相手に向け、火線を応酬する。双方幾度となく被弾の火花を散らすが、装甲を貫通するには至らない。

 三度目に機体が交錯した時、敵弾の1発が運悪くベルクマン機のアポジモーターのノズルに飛び込んだ。リニアキャノンから発射された高速弾は、核融合炉が内蔵されている機体後部で、内蔵機器を破壊しながら跳ね回った。


 コクピットのコンソールが警報表示で真っ赤になる。主機関緊急停止、推力喪失など、致命的なものばかりだ。

 モニターはまだ生きていた。敵機に視線をやると、再度機体を反転させ、攻撃態勢に入っている。

 迷っている時間は無かった。ベルクマン中尉は声の限りに叫ぶと、これまで絶体引きたくないと思っていたレバーを力一杯引いた。


脱出(ベイルアウト)! 脱出(ベイルアウト)! 脱出(ベイルアウト)!」




 アナンタは、惑星レン軌道上、敵要塞の反対側にあたる宙域での減速噴射を終え、現在は軌道上を航行中である。

 艦を隠すために展開していたマスカーは、減速噴射の時に剥がれてしまったため、減速を終え、艦首を敵要塞に向けた後に再度展開している。


「目標視認! 10時方向、距離1020」


 敵要塞はアナンタの前を左から右に横切る軌道である。

 距離は毎秒8キロずつ接近している。


「CIC、ミサイルと魚雷の発射タイミングは任せる」

「了解! 距離300で射撃を開始します。ジャベリン15発、アーバレスト2発を弾着同時射撃」


 『ジャベリン』はやや大型の汎用ミサイル、『アーバレスト』は魚雷と通称される大型対艦ミサイルである。

 標準的と言えるベルタン大尉のプランであったが、カツィールは珍しく口を挟んだ。


「後は考えんで良い。全部使うつもりで行け」


 アイギスからの通信で、要塞主砲がすでに稼働状態にある可能性が高いとの連絡を受けている。ここで要塞を確実に破壊しないと、味方艦艇が危険なのだ。


「了解、それではカクトゥス2、アロー10、ジャベリン20、アーバレスト2で行きます」


 『カクトゥス』は対小型機用の多弾頭ミサイル、『アロー』は対戦闘機用の中距離ミサイルだ。これで、残るミサイルは近距離対戦闘機・対ミサイル用の『ダート』ミサイルとアローミサイルが10発だけとなる

 ちなみに、ダートミサイルはVLS一区画(セル)に4発搭載できるため、まだ数に余裕があった。


「よし! 距離450で全力加速を開始する。ミサイル発射とともに主砲、艦首ビームも攻撃を開始。ミサイルは火線を迂回させろ」

「了解! ミサイルへのプログラミングを急げ!」

「機関室、機関の調子はどうか?」

「まったく問題ありません。遠慮なく振り回してください」


 コンソールの画面のなかで、グレビッチ中尉が飄々と答える。


「加速開始地点まであと10秒」


 艦橋に緊張が走るなか、カツィールは思わず力を込めて握っていた拳を開いた。指揮官が堅くなってどうするか。他のクルーに気付かれないよう、静かに深呼吸する。


「……3、2、1、加速開始!」

「ヨッシャ行くぞー!」

という操舵長の女性らしからぬ掛け声とともに、アナンタのメインスラスターが吠えた。


 加速に伴うGは、重力制御装置がある程度キャンセルしてくれるが、完全ではない。

 身体がシートに押し付けられる間に、今までマスカーに包まれていたので真っ暗だったメインモニターに明るさが戻る。

 外から見る者がいれば、黒い雲を掻き分けて濃紺の艦首がさながら龍の首のように現れる姿が見えただろう。続いて艦の中部、後部が現れ、尾部が現れた瞬間、メインスラスターの噴射を受けて黒雲は跡形もなく吹き飛ばされてしまった。


「カクトゥス、アロー発射します!」


 艦中央付近の上下面に装備されたVLSからポポポポンとミサイルが飛び出し、頭を目標に向けると一気に加速していく。


「主砲、艦首ビーム、打ち方始め!」


 3基のリニアキャノンと艦首ビームが一斉に火を吹く。


「続いてジャベリン発射!」


 再びVLSからミサイル。各ミサイルの加速力や最終到達速度が違うため、発射タイミングをずらしているのだ。


「最後、アーバレスト発射!」


 右舷艦尾のキャニスタから2発の魚雷が重々しく飛び出す。

 その頃には主砲とビームの初弾が要塞に着弾していた。それぞれ命中して部品や破片が飛び散る。しかし、要塞側にはまだ目立った動きはない。

 主砲の4射目が命中し、ミサイル群が行程の半分に達した頃、やっと要塞に反応が現れた。ミサイルを迎撃しようとしているのだろう、迎撃ミサイルが発射され、CIWSも作動している。ただ、その数は押し寄せるミサイルの数に比べてあまりにも少なかった。


 アナンタが発射した30発以上のミサイルは、着弾タイミングを合わせて基地に到達した。小型・中型のミサイルが立て続けに装甲表面で爆発するなか、一際スピードにのった魚雷が装甲をぶち抜いて要塞内に飛び込み、炸裂する。

 さらに、重巡航艦の主砲並みと称された艦首プラズマビームも、動かない大きな的には絶大な効果を発揮し、次々と要塞施設を焼き切って行く。

 所属不明の組織が作った宇宙要塞は、一瞬にしてスクラップになった。


「攻撃成功。敵基地は完全に沈黙」

「よし、アイギスとアラクネの支援に向かう」


 アナンタは艦首を巡らせ、第一衛星に向けると、再びスラスターから長い光を引いて加速していった。




 アイギスとアラクネは、戦闘機隊が交戦を始めてしばらくした後、敵艦隊にむけて加速を開始していた。

 アナンタの襲撃開始5分前である。


 既に無線封鎖の必要が無かった航空隊は、戦闘中も相互に通信を行っているため、航空隊が苦戦していること、アイギスの搭載機が撃墜されたことも聞こえている。

 アイギスの艦橋要員達は、その怒りと怨みを眼前の駆逐艦にぶつけるつもりになっていた。


「距離100から砲撃開始。60まで近づいたら魚雷いくわよ。アラクネと発射タイミングの調整を」


 ティン艦長が指示する。

 アイギスとアラクネは双方が目視できる距離におり、指向性レーザー通信が使用できるため、データリンクを維持したまま戦闘が可能である。


「発射タイミングよし! 目標はB艦に設定。本艦からはジャベリン10、アーバレスト2を発射します。アラクネも同数です」


 B艦は向かって右側の敵艦で、艦首に損傷が見える艦だ。アナンタとの交戦で損傷したものだろう。


「敵艦発砲!」


 まだ150キロ以上離れている。

 宇宙空間では、リニアキャノンなど実体弾に射程距離というものはなく、距離による威力の減衰もないため、どれだけ遠くから撃っても当たれば効果は同じである。

 しかし、100キロ以上先の移動目標を狙うわけで、はっきり言ってそうそう当たるものではない。火線は次々と両艦の周囲を通り抜けて行く。


「レン軌道上に爆発を確認! 時間通り、アナンタの攻撃です!」

「オーケー! これであとは正面の敵を料理するだけね。さあみんな! 仕上げにかかりましょう!」


 艦橋の各所から雄叫びに似た声があがった。




 アナンタは、要塞破壊後艦隊戦の支援を行うべく第一衛星に向かっている。

 観測する限りでは、戦闘はまだ継続しており、どうやらわが軍有利と見えるものの、油断できる状況ではなかった。

 不意に、操舵長のペレイラ中尉が声をあげた。


「推進炎確認。1時半の方向!」

「確認しました敵戦闘機です。距離310、数は2。一機はひどく損傷している模様。戦闘宙域を目指している模様です」

「攻撃しますか?」


 ベルタン大尉の問いに、カツィールは一つ頷くと言った


「本艦は艦隊戦支援が最優先だ。グリフィンを出せ」

「了解。グリフィンを発進。攻撃させます」




 出撃準備で慌ただしい格納庫内で、ユウキは新たに受領した予備機の機首側面に手を置き、目を閉じていた。


「何してるの?」


 相棒となることが決定したエミリア・クラム少尉が訝しそうに声をかけてきた。

 ユウキは目を開けると、グリフィンの胴体をポンポンと叩いてから答えた。


「挨拶だよ。こらから命預けるからね。よろしくって声をかけてたのさ」

「機械に挨拶って……いつもやってるの」

「そうだな。新しく乗ることになった機体にはいつもしてるな。エミリアはやらないのか?」

「しないわよ。っていうか、何? するのが普通だろっていう顔は何なの?」

「いや、そんなつもりじゃなかったんだが」


 ユウキは言いつつ、再びグリフィンの外層に触れた。


「兄貴に聞いたんだよ。機械とか道具とかは愛着を持って接してたら応えてくれるって」

「ずいぶんメルヘンチックな話ね」

「まあ、否定はしないよ。でもそうやって長年大事にされた道具は意思を持つようになるんだってさ。『つくも神』って言ってたな」

「あぁ……そう……」


 ユウキはエミリアの目が危ない人を見る目になっていることに気付き、グリフィンから手を離した。


「さて、行こうか」

「了解。敵は損傷機を含む2機だって」

「でも油断はできないな。あいつら確実に俺達より強い」

「そうね、やられっぱなしだもんね。ここで一矢報いたいわ」

「ああ、俺にとっては前の愛機の仇だしな」


 正しくは前ユウキ機の仇は駆逐艦なのだが、被弾と同時に気を失ったユウキにとっては、直前まで戦っていた敵戦闘機にやられたという実感が強い。


 ユウキはグリフィンのコクピットに乗り込んだ。

 後席搭乗員が替わったといっても、既に訓練で何度も乗っているエミリアだ。特に違和感はない。

 装備中の兵装確認。いつもの30ミリリニアキャノンとミサイル6発。それに、固定武装のビームガン。オールグリーン!

 隣では、先にウィル・ガービン組のグリフィンが甲板に向け後退し始めた。今度からはあちらが一番機、コールサインは『ガンマ1』だ。


「エミリア、準備は?」

「全て完了。いつでも行けるわ!」

「オーケー。管制(コントロール)、ガンマ2出撃準備完了!」

「ガンマ2了解。左舷カタパルトへ移動開始せよ」

「了解!」


 後進して甲板から出て、サブスラスターを展開する。モニター上方の視界が一気に開けた。

 右舷側からガンマ1が発艦。右舷前方に向けて飛び出して行く。

 次はこちらだグリ。フィンの首脚にあるフックがカタパルトのシャトルに引っ掛けられ、発艦準備完了。


「ガンマ2、発進準備完了!」

「了解、御武運を!」


 カタパルトの操作は整備班の担当だ。装甲宇宙服を着た人影――たぶんヴァルマ伍長だろう――のハンドサインに合わせ、カタパルトが作動。グリフィンを左舷前方に放り出す。

 ユウキは、自機のスラストがアナンタに当たらないことを確認した後、加速を開始。一番機を追った。




 一番機と並んで航行すること10分、敵戦闘機との距離は30キロにまで接近している。

 敵は気付いていないのか、まだ動かない。こちらに左後部をさらしたまま、駆逐艦の戦闘宙域に向けて加速している。


「気付いていないなら好都合。攻撃開始だ!」


 ガービン中尉の合図で、2機のグリフィンから立て続けにミサイルが発射された。

 しかし、敵はしっかり気付いていた。損傷した敵機がデコイを射出し、2機はパッと散開する。閃光弾やらフレアやらが周囲を明るく照らす中、敵リーダー機は一直線にガンマ1に接近していた。

 ウィルも機敏に対応し、機を横に滑らせながらリニアキャノンの一連射を加える。だが敵は、被弾しつつ、体当たりでもする勢いでガンマ1に食らいつくと、極至近距離からリニアキャノンの一連射を撃ち込んだ。

 機体後部から火花が散る。


「ガンマ1が!」


 敵の二番機を追っていたユウキは、目標がミサイルの直撃を受け、戦闘不能になったことを確認中であったため、エミリアの声で初めてガンマ1の苦境に気づいた。


「援護に向かう、射撃は任せる」


 主兵装の操作はいつもどおりエミリアが担当。

 後席搭乗員が射撃を行う場合、パイロットの操作の癖というか呼吸というか、そういったものを把握しないと、一瞬しかない射撃タイミングに対応できない。

 そのため、通常は主兵装の操作はパイロットがやり、後席搭乗員はミサイル管制や副兵装の操作を担当することが多いのだが……。

 ユウキ達の場合、単純にエミリアが操作した方が命中率が良いのでそうしている。

 パイロットのプライド? ユウキは、射撃に関してはそんなものはとっくに丸めて捨ててしまっていた。


 ガンマ1を文字通りかすめて飛び過ぎた敵リーダー機は、反転して再度攻撃態勢をとろうとしていた。

 ユウキは敵リーダー機とガンマ1の間に機を割り込ませると、浅い角度で交錯する進路をとりながら、バレルロールのような機動を行う。

 思ったとおり、エミリアが敵に一連射を送り込む。数発が命中したが、装甲を抜けない。


「ガンマ1、今の内に離脱を!」

「まだいける!」


 ウィルの声が聞こえ、ガンマ1はサブスラスターで接近しつつリニアキャノンによる攻撃を行うが、当たらない。逆に、反撃を受けて機首に数発被弾した。


「ガンマ1!無理せず後退を!」


 僅かな沈黙の後、今度はガービン中尉の声で応答があった。


「済まない、こちらは主機をやられた。後退する」

「了解です。敵はこちらで抑えます」

「君らも無理をするなよ」

「チクショー! またこのパターンだ! ユウキ! やられたら承知しねーぞ!」


 ガービン中尉の声の後に、ウィルの悔しそうな叫び声が聞こえた。

 これで一番機は大丈夫だろう。後は目の前の敵に集中するのみ。


「敵さんはかなり消耗してるはずだ。ここで墜とすぞ!」

「了解! 任せて!」


 後席からは気合い十分の声が反ってきた。

 さあ、ここからは一騎討ちだ。




 駆逐艦同士の戦闘は、アイギスとアラクネがやや押しぎみながら、一進一退の攻防を続けていた。

 交戦開始直後、敵艦2隻から合計20発に達するミサイルが発射され、アイギスに迫った。しかし、距離に余裕のあったアイギスは、迎撃ミサイルとCIWS、さらには最終近接防御装置である散弾発射筒(ヘッジホッグ)まで駆使して全弾を防ぎきった。


 対するアウディア側も、汎用ミサイル20発と魚雷4発、合わせて24発を敵の一艦に発射したが、本命の魚雷は四発とも迎撃されてしまった。汎用ミサイル5発が命中し、それなりのダメージを与えたものの、敵艦はまだ健在である。

 その後、アイギスとアラクネはミサイルを温存しつつ、主砲とビーム砲でじりじりとプレッシャーをかけている。


「艦首右舷に被弾! CIWS五番機破損!」


 アイギス艦橋に被害の報が入る。

 既に双方、数発の主砲弾の直撃を受け、装甲表面に設置されたCIWSや観測機器に少なからぬ被害が生じている。


「そろそろだと思うんだけど……」


 ティン艦長は腕時計を確認しつつ、レンの方を見る。

 現時点でも、残りの汎用ミサイルと魚雷を一斉射撃すれば、一艦には大ダメージを与えられる可能性はある。しかし、本命の魚雷を防がれないために、もう一要素が欲しかった。

 その一要素は間もなく到着するはずなのだが……。


「アナンタ確認! 敵艦の後方から急速接近中!」


 来たようだ。

 アナンタは早速後方からの砲撃を開始している。敵が一気に浮き足だった。


「さあチャンス到来よ! アラクネとデータリンク、まずは1隻沈めるわよ!」


 敵艦の内1隻、ミサイルによる損傷を受けた方の艦――B艦とコードをつけた艦――が回答し、艦首をアナンタに向けた。


「目標はA艦! ジャベリン全弾とアーバレスト全弾を叩き込む! 弾着タイミング合わせ」

「各ミサイル、データ入力完了!」

「アラクネも準備完了!」

「よーし! 発射開始!」


 アイギスとアラクネのVLSから一斉にミサイルが飛び出す。わずかに遅れて、艦尾の魚雷発射管からも重々しく魚雷が発射された。

 敵艦は数発の迎撃ミサイルを発射。続いて主砲やCIWSで迎撃するが、これまでの砲撃戦で破損しているCIWSも多く、防ぎ切れない。

 汎用ミサイル『ジャベリン』が2発直撃したのに続いて、立て続けに2本の魚雷が命中、艦の装甲をぶち抜いて内部で炸裂した。衝撃で艦が中央部から真っ二つに折れる。

 アイギス艦橋では、クルーから一斉に歓声があがった。


「まだ仕事は半分しか終わってないわよ! 前進して残り1隻を叩く!」


 雄叫びが響くアイギス艦橋。もはや勢いは止まらなかった。

 残る敵艦は、3隻の駆逐艦の挟み撃ちを受ける形となり、多数の主砲弾を被弾。さらに、アイギスの艦首プラズマビームが艦中央部を貫通。艦内の砲弾やミサイルが誘爆したのであろう。艦の各所から火柱を吹き上げた後沈黙した。



 敵艦沈黙後、アナンタは急速に旋回し、再び進路をレンに向けた。

「どうしたのかしら?」

「アナンタから入電あり。『搭載機が未だ戦闘中につき、支援に向かう。応援は不要』とのことです」

「了解よ。でも念のためアイギスはアナンタに追従。アラクネには戦闘機搭乗員の救助・回収を指示」

「了解、各艦に伝達」

「さあみんな! もうひと頑張りよ!」




 当たった!……が、効かない。


 今の命中で何度目だ? ユウキは機に無意識に回避機動をとらせつつ、次の射撃チャンスを狙う。

 既に翼下のリニアキャノンは全弾撃ち尽くしたのでパージした。ミサイルももうない。機首のビームガンの照準をエミリアに渡し、ユウキは回避機動に専念している。

 敵の消耗はこちらの比ではないはずだ。歯を食いしばって耐えているのは自分だけではない。気合いを入れろ。心で負けるな!


 再度敵機の突撃。殆ど体当たりしようとしているとしか思えない突っ込みぶりだ。スロットルを手前に引き、逆噴射するサブスラスターのプラズマで相手の機体を撫でる。

 熱核ロケットの噴射は、近距離ならばプラズマキャノンと同質のものだ。

 さらに機体を捻り、敵機の側面に回り込みつつ、エミリアに射撃の機会を与える。

 期待通りの二連射。しかし、敵も素早く機首をめぐらし、ビームは敵機前面の装甲で弾けた。

 また仕切り直し。


「なんて堅いの! あいつ!」


 まったく同感。


「じっくり削ろう。長引けばこっちが有利だ。相手もいつまでも保たないはず!」


 こいつはアイギス・アラクネの搭載機との戦闘から連戦のはずだ。パイロットの疲労も蓄積している。

 何度目かの突撃。これまでと同様に射撃しつつ機体をスライドさせて回避……のつもりが、敵が突然変進した。気づいた瞬間にはコクピットに激震がはしる。敵機がユウキ機の左下から文字通り体当たりしたのだ。

 敵機の機首が潰れるが、同時にゼロ距離でのリニアキャノンの射撃。敵は最後の一撃分を残していたようだ。

 ユウキ機は衝突と被弾の衝撃で撥ね飛ばされた。後席から悲鳴があがるが声をかけている余裕はない。

 パネルチェック! コンソールは真っ赤だ。主機関破損・停止の文字が見える。


「まだ来るわ!」


 エミリアの声に下を見ると、再度敵機が接近してくる。

 もう手の打ち様はない!

 ユウキは瞬時に判断すると、エミリアにも聞こえるように大声で叫びながら脱出レバーを引いた。

脱出(ベイルアウト)! 脱出(ベイルアウト)! 畜生めー!!」


 


「二番機、撃破された模様!」


 応援に向かっていたアナンタの艦橋に一瞬暗い雰囲気が漂う。


「コクピットブロックの離脱を確認。パイロットは脱出したようです」


 続く報告で、安堵のため息が数ヵ所から聞こえた。


「降伏勧告なさいますか?」


 手元のコンソールで敵機の破損状況を確認していたベルタン大尉が尋ねる。

 恐らく降伏することはあるまい。しかし、万が一ということもある。捕虜が得られれば真相解明に大きな効果をもたらすだろう。


「やろう。通信士、降伏勧告を」

「了解しました」


 通信士のグレンジャー少尉は、咳払いを一つすると、やや緊張の面持ちで、通信コンソールに向かう。


「所属不明機に告ぐ。直ちに武装を解除し……」


 グレンジャー少尉は最後まで降伏勧告を続けることはできなかった。敵が急に加速を開始し、アナンタに向け突撃を開始したからである。


「やはりな。主砲、艦首ビーム、CIWSで迎撃を」


 アナンタの各砲が一斉に射撃を始める。敵機はほとんど回避運動も行わなかった。程なく、主砲弾により右翼部をもぎ取られるがそれでも加速を止めない。


「しつっこいんだよ!」

 操舵手のペレイラ中尉が叫びながら艦首ビームのトリガーを引く。放たれたビームは、狙い違わず敵機の鼻先に直撃した。重巡航艦の主砲クラスのビームは、戦闘機の装甲など一瞬で融解し、搭乗していたパイロットをコクピットブロックごと消滅させた。


「敵機撃破!」

「撃ち方やめ」


 カツィールが静かに命じる。恐らく、降伏することすら認められていなかったのだろう。カツィールは機体の残骸に無言で敬礼すると、素早く頭を切り替えた。

 まだ仕事は終わっていない。


「搭乗員の救助だ。二番機の脱出ポッドを探せ」

「艦長、一番機から通信。『脱出ポッド確認済み。誘導する』とのことです」

「よし」

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