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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
10/39

7 嵐の前

 アイギスとアラクネが、第一衛星の裏側に飛び込んでから既に4時間。


 慣性航行しているアナンタと異なり、煙幕を次々と展開しながら加速を続けていた2隻は、出発から10時間足らずで目的のポイントに到着し、敵の出方を見ているところだ。

 衛星の陰に隠れるまでの間、心配していた要塞からの粒子ビーム攻撃はなかった。

 もっとも、要塞の粒子ビームが完成していないのか、単に煙幕で照準を絞り込めなかっただけなのかは現時点ではわからない。


「敵影確認! 三番索敵ドローンです。駆逐艦2隻、進路167、ドローンからの距離は320、接近中」


 アイギスの艦橋に敵発見の報が届く。


「予想通りこちらに食いついてきたわね。他に戦闘機もいるはずよ。警戒を継続!」

「了解!」


 この敵の動きによって、要塞の完成度がある程度測れるはずだ。

 こちらに牽制を加え、衛星の陰から引きずり出そうとするなら、粒子ビームは既に使用できる。逆に、衛星の裏側で雌雄を決しようとするなら、粒子ビームはまだ完成していない。


「さて、どう出るか……」


 ティン艦長は、艦長席に深く座り直すと、静かに呟いた。

 



 アラクネでは、艦長が艦橋を離れ、航空班の待機室でだべっていた。

 ライト艦長はもともと戦闘機パイロット出身ということもあり、航空班員とは気安く話ができる。


「敵戦闘機は3機って話でしたね。機種はスーディのフェイロンか。本国モデルですかね? それとも輸出用のモンキーモデルかな?」


 今回の作戦では、搭載戦闘機全機で敵戦闘機と交戦する計画だ。パイロット達には望むところの任務である。


「それはわからんが、アナンタの戦闘記録を見る限りではなかなかの腕利きらしい」

「でもアナンタの搭乗員はヒヨッコが殆どでしょう? パイロット2年目で実戦なんてなかなか酷ですよ」


 アラクネの航空班は、ライトが自身の人脈を最大限に発揮し、各部隊からベテラン級を引き抜いて編成したため、3艦の中で最も練度が高い。


「大体なんでこんなヒヨッコばかりになったんですか?」

「そうですよ、ここまでマルチロールな戦闘機隊は他にありません。経験未熟なパイロットには酷だと思いますね」

「……お前達は喜んで辞令を受けたのか?」

「それは……」

「受けたときはあまり……」


 アウディアの戦闘機・攻撃機乗りにとって、最も名誉ある部所と見なされているのは、航空母艦搭載機の搭乗員だ。

 アウディア宇宙軍が保有する空母は、小型のものが一隻だけなので、非常に狭き門である。

 それだけに、空母搭載機搭乗員は自他ともに認めるエリートであり、パイロットにとって憧れの部所でもあるのだ。

 対して駆逐艦搭載機の搭乗員は?

 航空部からの理解も得られず冷遇され、既に「なんでも屋」、「荷馬車の馬」、「ドサ回り」などと揶揄される有り様だ。


「来てみたら面白いとこだってわかるんですけどね」

「そうですね。訓練以外でほとんど動かない空母に乗ってるよりよっぽどやりがいがある」

「初実戦も我々ですしね」

「まあそういうことだ。今回の作戦で実績を挙げれば君らの地位も高まるということだ」


 ライトの言葉に搭乗員達が頷く。


「アイギスのパイロットも同じくヒヨッコばかりだ。しっかりフォローしてやれよ」

「4対3とはいえ、ヒヨッコ2機を連れての戦闘か……。厳しいですね」


 搭乗員達が渋い顔を見合わせたところで、突然艦内放送のブザーが鳴る。続いて、待機室天井のスピーカーから、緊迫した声が降ってきた。


『アイギスから連絡! 敵影確認とのこと! 艦長は至急ブリッジへ!』

「さて、聞いての通りだ。皆、頼むぞ!」


 ライトはそう言うと、身軽に椅子を立ち、小走りで艦橋へ向かった。




 敵の駆逐艦2隻は、衛星の陰に回り込むことなく、レンから見える宙域で停止した。アイギス、アラクネとの距離は約500キロ。惑星上と異なり、弾が届かないことはないが、撃っても命中は期待できない距離である。


「やはり要塞の粒子ビームは稼働していると見たほうがいいわね」


 アイギスのティン艦長はコンソールに表示されたライト艦長に向けて話しかけた。

 現在、アラクネとは距離が近いため、直接通話ができるだけでなく、データリンクによる情報の共有なども可能だ。


「そうだな。アナンタの活躍に期待というところだが、こちらも全く動かない訳にはいかんかな……」

「そうね、時間稼ぎをしていると見られるわけにはいかない。こぜり合い程度はやって見せないとね」

「アナンタ到着まではまだ6時間か」

「遠距離の砲撃戦を何度かしかけましょう。敵が下がっても追わない。衛星の陰から出ないように」

「了解だ」


 こうして、辺境での決戦は静かに、地味に始まった。




 その10時間程度前。

 アナンタは、『マスカー』で身を隠したまま慣性航行中である。

 艦からの排熱を抑えるため、4基ある主機関の内三基を停止させ、電力節約のため重力制御装置も切った状態の省エネ航行だ。

 慣性航行に入ってから数時間は、艦の動きが察知されていることを警戒し、全員警戒態勢で敵の動向を監視していたのだが、敵艦らしき光が第一衛星の方に動くのが確認できたため警戒を解除。各部署ごとに交替で休憩をとるよう、艦長から命令が下された。

 航空班はガービン中尉とウィルが先に休憩。六時間で交代の予定である。


「やれやれ、寝ろと言われても明日が楽しみすぎて眠れんぜ」

「はいはい。怖くて眠れないなら機密服でも抱き枕にして寝ろよ」


 ウィルのぼやきに律儀に突っ込むユウキ。


「ほんっとに仲いいわね」


 二人の短いやり取りに、エミリアは呆れ顔だ。

 この二人は同期生の腐れ縁と聞いているが、それにしても気があっている。


「まあ長い付き合いだからね」

 自室に戻るガービン中尉とウィルを見送った後、搭乗員待機室でユウキは苦笑した。


「いいわね、気心の知れた同期生と同じ部所っていうのは」

「そうだな。正直ありがたいと思うよ」


 エミリアは、改めてこの律儀な青年を見た。初めて顔を合わせたのは2ヶ月余り前の機種転換訓練の時だ。

 実はエミリアは、既にグリフィンの兵器システムオペレーターの資格を持っていたので、改めて訓練を受ける必要はなかったのだが、一人だけ別カリキュラムというわけにはいかず、指導者兼アドバイザー的な立場で訓練に参加したのである。


 初見から、人当たりは柔らかいものの、芯は真面目な堅物という印象を持った。そして、その印象は今も変わっていない。

 ガービン中尉の方針で、前席・後席の搭乗割が固定されなかったため、エミリアはユウキとも何度となくペアを組み、乗機している。

 なので、今回搭乗割が固定され、この青年がパートナーとなったことについては、特に不安も不満もなかった。

 でも、やはり実戦にでる前に感覚を合わせておきたい。待機時間は六時間もあるので、数時間付き合ってもらうぐらいなら構わないだろう。

 そう思った矢先、ユウキの方から先手を打たれた。


「エミリア、ちょっとシミュレーションに付き合ってくれないか? 待機中はどうせ退屈だろうし」

「いいわよ、こちらもちょうどそれを頼もうと思ってたところ。予備機の設定も確認しておきたいしね」

「ありがとう。じゃ、早速行くか」


 二人は格納庫に移動し、補充されたばかりのグリフィン予備機のコクピットに入った。

 ハッチを閉めシミュレーターモードを起動。


「準備オーケーよ。どのモードから行く?」

「単機同士の同位戦から行こう。装備は隊戦闘機基本パックで。いつも通りリニアキャノンは任せる」

「了~解!」


 そう、彼はいつも兵装のコントロールをエミリアに委ねる。

 どうやら射撃が苦手らしい。実は密かに射撃に自信があるエミリアにとっては嬉しい役割分担だった。


 二人はそれからたっぷり二時間余り、シミュレーションに没頭した。


「大体こんなもんかな。しかしエミリア。リニアキャノンの命中率はさすがだな」


 あなたの機動は分かりやすいから、という心の声は抑えて

「そう? こんなものだと思うけど……」

とお茶を濁す。


「そうか……まあ俺の射撃と比べるのがそもそも間違いだよな……」


 搭乗員待機室に戻る。ユウキが冷蔵庫からスポーツドリンクのパックを取り出し、放ってくれた。「ありがとう」とそれをキャッチし、それぞれ適当な椅子に腰掛ける。


「あなたも回避機動に関してはさすがね」


 前いた部隊で、『逃げるのは一人前』と言われていたというが、納得の腕前だ。

 スポーツドリンクを一口飲むと、ユウキは意外なことを言った。


「あれはオートマチックだよ」

「え? でも……」


 明らかに手動操縦だったが。


「『無意識という名のオートマチック』だよ。あれ? 先輩とかに習わなかった?」

「何それ? 聞いたこと無いわよ」

「考えて操縦するんじゃなくて、体が覚えるぐらいに何度も何度も訓練するんだ。そしたら、必要な時に無意識で体が動くようになる。それを『無意識という名のオートマチック』って言うんだよ」

「なんて脳筋……でも納得できる自分が怖いわ……」


 ユウキは、同類を見つけたといった表情でほほ笑むと、さらに話しかけてきた。


「納得できるってことは、エミリアも何か武道かスポーツをやってたんだな」

「まあね、剣術を少し」

「剣術? 剣道とは違うのかい?」

「そうね、ちょっと違う。竹刀を使った試合がなくて、型の稽古がメインの流派よ。確かに珍しいみたいね」


 エミリアが知るその流派の道場は実家の隣に一軒あるだけだ。他にはないと聞いている。


「かなり長いことやってるのか?」

「5歳の頃からね。自宅の隣に剣術道場があって、そこに通ってたの。今も時々稽古に行ってるわよ」

「5歳から!? よく続いたな」

「道場主の娘さんに5歳年上の女の子がいてね。この人が本当に強くてかっこよくて! あんな風になりたいな~って思いながら通ってたわ」


 今でも思い出すその女性の凛々しい立ち姿、稽古に対するストイックな姿勢、時に見せる優しさ。エミリアにとって、今でもその女性は憧れであり、目標でもあった。

 彼女は、兵卒としてアウディア宇宙軍に就職し、任官後に下士官への昇進試験、士官への昇進試験を突破し、現在は士官として勤めていると聞くが、どこの部署にいるのだろう。


 ユウキは何か思うところがあったのか、少し考えた後に妙な質問をしてきた。


「小さい頃から剣術するのって楽しかった?」

「どうかしら。もうあんまり覚えてないわね。生活の中に剣術があるのが当たり前になってたし」

「もしもの話だけど、ハイスクールぐらいになって剣術始めた人がメキメキ上達して、その人に負けそうになったらどう思う」

「私がやってる剣術には試合はないけど……。そうね、絶体負けたくないと思うわ」

「なぜ?」

「なぜって……。そりゃ自分が長年かけて積み上げてきたものを隣で簡単にやってのけられたら誰だって嫌でしょ」

「そういうもんか」


 ユウキは何か得心がいったようで、うんうんと頷いている。


「そんなことを聞かれたらむしろこちらが気になるわ。何かあったの?」


 ユウキは困ったように頭をかきながら言う。


「いや、全然大した話じゃないんだ。俺はハイスクールから空手を始めたんだけど、同じ部に昔からやってる目茶苦茶強いやつがいてね」


 ユウキは少し遠い目をしながら話す。エミリアは黙って聞くことにした。


「どうしても勝てなくてね。自分には才能ないのかとか悩みながら、必死で追いかけたんだ。ハイスクール卒業までに少しは距離を縮められたと思うけど……」

「どうして勝ちたいと思ったの? 年数も経験も全然違う相手に」


 黙って聞くつもりだったが、思わず口をはさんでしまう。


「なんでだろうな……。あの頃はたぶん、親の脛かじって小さい頃から空手やってるエリートの鼻を明かしてやりたいと思ったんだと思う。今思えば了見の狭い話だけどね」

「……」

「でも、エミリアの話を聞いてすっきりしたよ。たぶんあいつはあいつで、『こんなポッと出の奴に負けてたまるか』て思って努力してたんだろうな」

「……たぶんそうでしょうね」

「……」

「……」


 それからはお互いに口を開かない時間がしばらく続いた。

 シミュレーターに集中したせいか、エミリアは少し眠気を感じていた。自然とあくびが出る。

 それを見たユウキは、スポーツドリンクのパックをダストボックスに放り投げつつ言った。


「交代まであと三時間足らずだ。居眠りでもしながら待とうか」


 エミリアは無言で頷き、椅子をリクライニングさせて目を閉じた。

 



 およそ9時間後。

 ユウキは搭乗員待機室で大あくびした。


「緊張感ないわね~」


 同じく休憩明けのエミリアが呆れたように言った。


「そうは言ってもな。眠れたか?」

「そりゃ、ぐっすりってわけにはいかなかったけど……」

「ま、この状況で熟睡できるのはよっぽどのベテランだけだよ」


 先休憩組で、ここ6時間は待機任務だったウィルも眠そうだ。

 その視線の先のガービン中尉は、リクライニングさせた椅子にベルトで体を固定して居眠りしている。


「それはそうと、腹へったな」

「ほんっとに緊張感ないわね!?」

「いいじゃねえか、ガチガチに緊張して青い顔付き合わせててもいい結果でないぜ」


 ウィルはからからと笑うと座席ベルトを外してふわりと浮き上がった。


「アカシ軍曹が戦闘配食を準備してくれてるってよ。休憩組が起きたら取りに来いってさ。ちょっと行ってくるよ」

「俺も行こうか?」

「いや、一人で十分だ」


 ウィルは扉から漂い出て行った。


「戦闘配食か……、どうせサンドイッチかハンバーガーだろ」


 無重力状態では調理手法も限られる。通常は無重力用レーションなどが出されることが多い。


「どうかしら、あのアカシ軍曹の戦闘配食よ?」


 厨房担当の主計科員、フランク・アカシ軍曹は、日本食の再現を生涯の目標としているらしく、毎日の食事でも時々変わったメニューが出る。


「まあ美味しいからいいんだけどね。艦の食堂で天ぷらとか焼き鳥を食べれるなんて思わなかったし」


 微妙に酒のつまみみたいな感じがしないでもない。


「お味噌汁も悪くはなかったけど、パンに合わせて出すのはいただけないわね」

「あの味噌汁はうちのレシピで……」


 ウィルが戻ってきたので、ユウキは味噌汁について語るのをやめた。

 航空班待機室と厨房は非常に近い。というか、アナンタの乗員は機関科員の二人を除いてほぼ艦の重心近くに集中している。

 中でも艦橋(CICを含む)はちょうど艦の重心に位置し、全クルー27名中17名が配置されている。


「貰ってきたぞー。アカシ料理長特製戦闘配食」


 ホットドッグを入れるような箱が一つと飲み物のパックだ。

 ウィルは、戦闘配食を次々と投げて渡していく。投げたといっても重力があるわけではないで、ゆっくり漂って皆の手に収まった。

 いつから起きていたのか、ガービン中尉も椅子のリクライニングを戻していて、食事を受け取った。

 全員箱を開ける。


「なんだろうね、これは?」

「ライスを成形したものですかね? こっちのはピクルスかな」

「おにぎりね。でも、この黒い紙みたいなのは何かしら?」


 ユウキは箱を開けた姿勢のまま固まって感動していた。外野の会話などほとんど耳に入らない。

 弁当屋の三男坊として、ユウキは当然それが何なのか理解できる。ただ、ここで、この状況で、出会えたことに感動しているのだ。


 握り飯(海苔付き)3つと『たくあん』だ。

 箱の中には、綺麗に三角に握られた握り飯が3つ、上品に並んでいる。しかも3個とも、手で持つ箇所のみに海苔が巻かれており、手作り感満載だ。端に添えられた薄黄色のたくあんもいい色味を出している。

 握り飯を一つ手に取り、一口かじる。塩気の効いた程よい堅さのご飯。中の具はツナマヨネーズだ。


「飲み物も変わってるわね。お茶の一種だと思うけど、何かしらこれ?」

「ふむ、香ばしい感じがするね。悪くない」


 ユウキも飲み物を飲んでみる。冷たい麦茶だ。


「どうしたの? ユウキ。変な顔をして」

「いや、握り飯弁当に感動してただけだ。完璧だよ……」

「へぇー、このライスボールは握り飯っていうのか?」

「そう、日本に伝わる携行食だ。手で素早く食べれて、炭水化物と塩分を素早く摂取できる。さらに、中に入れる具によって味にバリエーションがでる」

「へ~……」

「お茶は麦茶だね。焙煎した麦から作るお茶なんだけど、味わいながら飲むという感じじゃなくて、水分補給でゴクゴク飲むようなお茶だよ」


 思わず握り飯や麦茶について熱く語ってしまうユウキを、他の3人は奇妙な生き物を見るような目で見つつ、無言で握り飯をパクついていた。




 アナンタ副長、ルイス・ベルタン大尉は、艦橋の自分の席で戦闘配食を食べていた。

 初めて食べた料理だが、なかなか美味しい上に、手軽に必要な栄養がとれる。二個目の握り飯の具は先程のものと違っていた。塩味のサーモンフレークだ。これは好みの味である。

 この麦茶というのも、香ばしくて美味だ。


「艦長が来られました」


 とのクルーの声に、食事を中断して艦長席の脇で待つ。

 艦長が席についた時点で、特異事項の報告。


「敵駆逐艦2隻がアイギスとアラクネに接触。現在までに数回小競り合いをやっているようですが、双方特に被害などは出ておりません。敵は明らかに要塞主砲の射程にアイギスらを誘い出そうとしており、ティン艦長は要塞主砲が既に稼働状態にあると見ています。本艦については特異事項ありません」

「わかった」

「あと、アカシ軍曹から戦闘配食です」


 と言って、ベルタン大尉は艦長に握り飯の箱と麦茶を渡す。

 艦長が持つと、握り飯の箱がとても小さく見える。


「敵戦闘機の所在は掴めたか?」


 箱を開けながら艦長が問う。


「いえ、アイギスらの戦域にも現れていないようです。現時点不明」


 握り飯を手にした艦長を見て、ベルタン大尉はひどく違和感を覚えた。握り飯が小さすぎるのだ。だが、先程渡した箱は自分のものと同じ大きさだった。

 ベルタン大尉の返答に、艦長は「うーむ」と唸りながら握り飯にかじりつく。握り飯の三分の一が消えた。


「戦闘機がこちらの戦域に表れると思いますか?」


 艦長は一つ目の握り飯を三口で食べきると、「いや、可能性は低いだろう」と言いながら、自然な動きで、二つ目の握り飯を手に取った。


「要塞主砲が稼働しているとなれば、我々は必ずそれを破壊しなければならん。それだけに集中だ」


 そして、再び握り飯の三分の一をかじりとる。

 これ以上食事の邪魔をするのも悪いと判断し、ベルタン大尉は自分の席に戻った。そして、自分の握り飯を手に取ってみる。

 やはり艦長のものより大きい。これを三口で食べるのは無理そうだ。 

 錯覚……握り飯が縮んだのは本当に錯覚なのだろうか……。




 アラクネ艦橋では、ライト艦長がやや不機嫌そうな顔をしてモニターを眺めていた。

 敵駆逐艦隊に対しては、既に3回、遠距離からの砲撃戦を行っている。敵は後退してこちらを要塞主砲の射程に誘い出そうとするので、それに乗らずにこちらも後退。これは予定通りの動きだ。


 気になるのは敵戦闘機の動向だ。敵には少なくとも3機の戦闘機がいるはずだが、まだ姿を見せていない。

 これまでの情報では、対艦攻撃用の魚雷の搭載は確認されていない。この局面でも魚雷を積んで対艦攻撃機として運用する様子がないところを見ると、魚雷を準備していないのだろう。

 もしそうであれば、戦闘機をどう使うか……。


 魚雷を搭載していない戦闘機3機程度なら、駆逐艦1隻の敵ではない。どこから襲ってきても対処はできる。

 となると、駆逐艦の攻撃と足並みを揃えて、敵艦の後方から牽制をかけるのが妥当な線だ。

 戦闘機で後ろから追い立てつつ、駆逐艦が要塞主砲の射程に引き込む。慣性航行で接近する戦闘機を探知するのはなかなか困難なので、察知されずに敵の後背へ回り込むことは十分可能だ。

 もっとも、こちらもそれを警戒し、後方には既に索敵ドローンを複数配置しているが……。


 敵戦闘機がこちらに来ず、敵要塞周辺に留まっていた場合は、アナンタが少々苦労するかもしれない。とはいえ、敵戦闘機が周囲をブンブン飛び回ったところで、ミサイルや魚雷、主砲・ビーム砲などの主要な火力を要塞に集中することは十分可能なので、それほど大きな問題はあるまい。


「敵戦闘機発見! 第五索敵ドローンです! 数は3。方位は7時から7時半。本艦からの距離540。慣性航行で接近中!」


 やはりこちらに来たか。ライトはニヤリと笑うと張りのある声で命令を出す。


「グリフィン! スクランブルだ! 敵戦闘機隊を近づけさせるな!」


 予想通りの展開だが、敵さん少し遅かったかもな、とライトはひとりごちた。

 アナンタの敵基地攻撃開始まであと20分。こちらは別に戦闘機に追いたてられなくてもそろそろ前進するのだから……。

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