古巣での別れと、新たなる出会い
ルステーゼ王国を含む世界と、異次元へ飛ばされていた魔王領が1つになってから早3ヶ月が経とうとしていた。
その間俺達は何もしていなかった訳では無い。
最初はカヌレ博士の研究所から山脈を越えようとする、人族では手に負えない魔物の退治などをしようとしていたのだが、険しい山脈を越えてルステーゼ王国へ向かう魔物は存在しなかった。
今は冬なのだが、山脈を隔ててルステーゼ王国の季候は相変わらず穏やかだった。それに引き替え、魔王領は俺達が知る冬だった。気温は日中でも10度行くか行かないか・・・。冷え込むと雪がちらつく日があるほどだ。
天気の良い日に、遠くに見える魔王領を囲む山脈を眺めると、麓近くまで真っ白になっていた。
俺達は今、魔王領に与えられた住まいを拠点にさせて貰っている。
魔王領でいただいた家は、担当者が俺達の要望を聞いて、イチから建ててくれていた。
見た目は大きな日本家屋のような雰囲気だ。屋根は瓦を葺いてあり、靴を脱いで上がる様式になっている。
だからといって部屋の全てが和室と言ったわけでは無い。フローリングの部屋もある。
そして何より俺達を引きつけたものが有った。、それはこの屋敷には風呂が付いていたのだ。ブリットやエステル達女性陣は大喜びしていた。
この異世界に来てから風呂らしい風呂には入っていなかった。精々濡れた布で拭くか、水を使って行水をするかだった。
しかし、魔王領では風呂の文化があり、都には銭湯というものが有った。
流石に各自宅に風呂を完備しているのは大きな屋敷を持つ裕福な家庭に限られていたが、風呂に入る文化があるという点では俺達の評価は高かった。
それに冒険者ギルド魔王領支部からたっての願いもあったのだ。
魔族の冒険者も増えてきているが、まだまだ魔物の討伐依頼の方が圧倒していると言う事と、魔族の冒険者のレベルも、まだそこまで高くないのだと言う。
要は、手に負えない魔物の退治を、俺達が引き受けている、という状況なのだ。
しかも冒険者ギルドと、俺達の住まいはご近所と来たモンだ。家に居ればすぐにバレてしまう。
ブリットなどは、
「寒いのに表に出たくないっ!」
と、駄々をこねる始末だったが(豹の亜人だからか?)、俺に襟首を引っ張られて駆り出される事になっている。
そもそもマジックアイテムの防寒防暖マントを持っている俺達にとっては、寒さ暑さはさほど関係ない。
今でも3日に1回は討伐に出掛けている。体を鈍らせないようにするには丁度良い運動だ。
王都ルステーゼの邸宅にも2週間に1度程度、一応顔を出すようにしている。全く顔を出さないのも、申し訳ないと思ったからだ。
ブリットなどは俺に内緒で、ちょくちょく顔を出して滞在しているようだが・・・。
ハレックの街も「鹿の角亭」のマスターに事情を説明して、引き払う事にした。マスターからは、
「ヨーン達が居なくなっちまったら商売していけねえよ!」
と、足下に組み付いて泣き付かれたが、王都や魔王領に住まいが出来てしまった以上、立ち寄った際の宿泊先以上の重要度は無くなってしまう・・・。
ここには多くの思い出もあったのだが、毎月自動的に宿泊料を差し引かれてしまう以上、仕方あるまい。
「ヤンの武具店」の親父さんにも挨拶は済ませてある。こちらはサバサバしたものだ。
「達者でなっ!」
この一言だった。俺は手土産にオリハルコンのインゴットを置いて行った。
「この先オリハルコンがもっと流通するかも知れない。こいつで色々試してみてくれ。今まで世話になった礼だ。」
「何だ・・・。俺は大した世話なんざしちゃいねえぞ?」
そう言いながらも、素直にそのインゴットを受け取ってくれた。
冒険者ギルドにも挨拶をしてきた。
「あ~!ヨーンさん~お久しぶりです~」
垂れ耳犬娘の受付嬢さんが応対してくれる。ああ・・・この間延びが懐かしい。
セディット氏を呼んで貰い、暫く拠点を魔王領支部に移す事を伝えた。
セディット氏は残念がっていたが、冒険がある所に冒険者が行くのは当たり前だと理解を示し温かく見送ってくれた。
そんな冬の間の事を魔王領の自宅で思い出しながら、6人用を2つ並べたコタツでメンバーとメイドゴーレム達がノンビリお茶をすすりながら、ミカンもどきの皮をむいていると、最近聞き馴染んだ子供の声が聞こえてくる。
「おっちゃん!習いに来たぜ!」
いつもの事だが、聞こえてくる方角は玄関では無く縁側だ。そちらに目をやると子供が二人、男の子と女の子が来ているのが見える。
男の子の方は片手に木刀を持っているのが解る。女の子はその男の子に隠れるように付いて来ていた。女の子の方が一回り小さい事からも兄妹だ。
「ワシはおっちゃんと言われるほど、歳では無いぞ。」
「そんな事はどうでも良いよ!俺に剣術を教えてくれよ!」
これはこの兄妹とのいつものやり取りだ。
事の始まりは、都に来て暫く経っての事、チョコロールの目を盗んで、街を散策している時の事だ。街の大通りを前を碌に見ず走ってきていた一人の少女が、俺の目の前で盛大に転んでしまった。
むくりと上半身を起き上げた少女の目には涙がタンマリ貯まっている。決壊寸前だ。ここで泣かれたら俺が何かしたと思われてしまう。
俺は冷静を装い、その少女に語りかけた。
「おっと大丈夫かの?」
俺は慌てて起き上がらせ、土の付いた膝小僧などを払ってやっていたのだが、起き上がらせた瞬間しか見ていなかったであろう少年は、人さらいか何かと勘違いして俺に突っ掛かってきた。
「おい、おっさん!俺の妹に何してやがる!?」
「ん?目の前で転んだこの子を起き上がらせてやっただけじゃが?」
「嘘を言うな!お前この辺で見かけない顔だな?人さらいか何かか!?」
そう言うと、普段から木刀を腰に下げて歩いていたのか、その木刀を抜き取り振り回して俺に攻撃してきたのだ。
タダ出鱈目に振り回してくる木刀に当たるような事は無い。俺は回避しながら、店先にあった傘を借り、その少年の攻撃を全て、いなし退けつつ、勘違いである事を訴えたのだった。
「・・・すまんの。お前さんの妹だったか?ワシの目の前で転んだモンだから可哀想に思って起き上がらせてやったのだが・・・。」
俺は応戦を開始した場所から一歩も動く事無く、応戦しながらも、店に傘の代金を放り渡したりと、余裕の対応をしていたのだったのだが、
「はあ・・・、はあ・・・、そんな言葉、信じないぞ!」
息の上がってしまっている少年には取りあえず、木刀を収めて貰って冷静になって貰わないと埒があかない・・・。
少女の方を見てみると、涙はすっかり収まっており、今は事の成り行きをアワアワと見守る状態のようだ。
仕方が無いので、少年が渾身の突きを放ってくる所を見計らい、俺は傘でその木刀を巻き込み天高く放り上げ、落下する木刀を素手で掴むようにして奪い取ったのだった。
あまりの手際に少年は暫く呆然としていたが、自分の武器を奪い取られてしまった事で、力なくその場に崩れ落ちてしまったのだった。
そこに、先ほどの少女が少年に駆け寄り、事情を説明した。
「お兄ちゃん、このおじさんは、私が転んだ所を助けてくれた人だよ。悪い人じゃ無いよ。」
「本当か!?」
その言葉に愕然としながらも、周りで事のしだいを見ていた大人達も同調した事でやっと納得してくれたのだった。
「やっと信じて貰えたようじゃの・・・。」
そう言うと、少年を立ち上がらせて木刀を返した。その木刀を受け取った少年は、俺の持つ傘と、自分の木刀を見比べていた。傘には傷1つ付いていない。
そして突然少年は、
「俺はトト、こっちは妹のリリ。おっちゃん!俺に剣術を教えてくれ!!」
そうのたまったのだった。
少年達をよく見ると、二人とも額に二本の出っ張りがある。角か何かだろうか?年の頃は10歳前後と言った所か?
こちらの魔族で角を持つ種族の事はまだ良く解っていない。機会があれば今度、キュリーシアに聞いてみよう
「何故剣術を習いたいんじゃ?」
俺がそう問うと、
「俺は強くなりたいんだ!」
トトはそう答えた。このくらいの年の頃の男の子なら誰でも思う事だろう。しかしこちらにも色々とやる事もある。
「済まんがそれは出来んな。ワシは剣術を教えておらん。だから教え方も解らん。都の道場に通った方が良いぞ?」
俺はそう言ってやんわり断って、その場を後にしたつもりだったのだが・・・。
しかし何処で俺の住まいを聞きつけたのか、それからというものの、毎日のように妹を連れて押しかけるようになっていた。
初めて屋敷に訪れた時には流石の俺も驚いた。
最初の内は断ったのだが、毎日のように妹を連れて訪れる内に、情が湧いたというのだろうか、一緒に付き合わされている妹が可哀想になったというのだろうか・・・。仕方が無く基本を教えるようになっていった。
屋敷の中に道場など無いので庭で教える事になる。その間、妹のリリは居間に上がって兄トトの奮闘を見守っている。
大体相手をするのは小一時間と言った所だ。その頃にはトトは体力を使い果たし、ぶっ倒れてしまう。
トトは常に全力で木刀を振り回してくる。しかし俺にはカスリもし無い。注意は散々するのだが全く聞く耳を持たないのだ。こちらとしても教え甲斐が無い。
「トトよ、もう少し人の忠告に耳を傾けるべきじゃ。それが出来ぬなら、もうこれ以上教える事は何も無い・・・。」
俺はそう言って、トトを立ち上がらせる。
「俺はもっと強くなって妹を守れるようにならなきゃならないんだ・・・。」
「なら、棒きれを振り回すだけで無くワザを覚える努力をせい。」
いつものやり取りだが、その後汗まみれになったトトを風呂に放り込み、汗で冷たくなった体を温めさせてから、家に帰すのだった。
「何がそこまであの子をかき立てるのかしらね?」
ブリットは不思議そうにそう言う。
「それはワシにも解らん。ただ覚えようとしていないのは感じる、どちらかと言うと焦りみたいなものが全体から感じるというか・・・。」
俺は何となくそう感じていた。ただ、妹を守るために強くなりたい。とは言うものの、具体的にどう強くなりたいのか、その先が見えていないようにあのトトには感じられた。
「あの子達は竜族の子供じゃ無いかしら?」
そう言ってきたのは、エイナルのパートナーであるガトーショコラである。
「あっ!やっぱり!?ボクもそうじゃ無いかって思ってたんだ。」
ブリットのパートナーのモンブランも同調した。
「ふ~ん・・・でも、都に居るって珍しいんじゃない・・・?」
エリックのパートナーのアプリコットは髪をいじりながら興味なさげにそう言った。
「珍しいってだけで~・・・実際に居るわけだし~・・・何か事情があるんじゃ無いの~・・・」
間延びした声はエステルのパートナーのパンナコッタだ。
事情か・・・今度稽古に来た時に聞いてみるとするか・・・。
そんな事を考えていると、キュリーシアから、遠話の魔法のバッジから連絡が入った。
「皆さんお疲れ様です。ところで皆さんどちらにいらっしゃいますか?」
「東の屋敷に皆でくつろいでるぞ?」
俺が代表して答える。
「寛いでいる所申し訳ありませんが、今からお城に来る事は出来ますか?」
「なんだ藪から棒に?魔王様が会いたいとでも言っているのか?」
「惜しいです!今、竜王様が居らしてて、皆さんにお会いしたいって言っているのです。」
「竜王!?竜王って、竜の住む山脈に住む竜王の事か!?」
「はい。父の快気祝いにいらっしゃったのですが、そこで皆さんの話題になりまして、是非に会いたいと言っているんです。」
「解った。支度して向かうとするとしよう。少し待っていてくれ。」
そう言って遠話の魔法を切り、身支度をして馬車でキュリーシアの待つ城へ向かったのだった。




