魔王領の今。そして・・・
低い丘の上にいる俺たちは、黄金色に輝く稲穂の美しさに感動していた。辺りを見渡すと広葉樹が赤や黄色に染まって美しかった。丁度収穫の時期なのだろう。稲を刈る人の姿が見えた。よく見ると、それは人では無くゴブリンだった。
「あっ!申し訳ありません。御者をエイナルさんにして貰えませんか?」
そう言って、ヘンリクが御者をしていたが、急遽エイナルに交代して貰い、キュリーシア本人も御者台に座った。
「すみません。私が良いと言うまで、格子は閉めたままにして下さい。魔王領の人たちは人族を見た事がないので、今はまだ要らぬ混乱は招きたくありません。」
狼顔のエイナルなら良いのか?と思ったが、ここは魔王領だ。キュリーシアを信じて従う他あるまい。
なだらかな傾斜を下る事しばし、その後もどこを走っているのか想像も付かなかったが、時折声が聞こえてくる。
「姫様、今日はどちらまで?」
とか、
「姫様、そちらは新しい御者を雇ったんですかい?」
更には、子供のような声で、
「姫様こんにちわ!」
など、親しげにキュリーシアは声を掛けられていた。
キュリーシアは魔王領では、姫様と呼ばれているようだ。しかしこう声を掛けられていると言う事は、慕われている証拠だ。キュリーシアも気さくに返事を返している。
その内に外が賑やかになってきた。すると暫くしてキュリーシアを呼び止める女性の声が聞こえた。
「姫様!無事にお戻りになりましたか!?この馬車は一体?」
「クシュラーデか?心配を掛けましたね。詳しい話は王城へ戻ってからにしましょう。付いてきて下さい。」
それから少し行った場所で、馬車は完全に停車した。周りから聞こえた喧噪も静かになった。きっと王城に着いたのだろう。
それから少しの間、キュリーシアとクシュラーデと呼ばれていた女性が会話をしているようだったが、聞き取る事は出来なかった。
こうなってはこちらとしても勝手に動いて、キュリーシアに迷惑を掛ける訳には行かないので、大人しく待つ事にした。
暫くすると、キュリーシアから声が掛かった。
「お待たせして申し訳ありません。もう降りて貰っても大丈夫ですよ。」
キュリーシアから降りても良いと、指示があったので後ろから降りた。全員が降りてキュリーシアを確認すると、その隣にはもう一人女性が立っている事に気が付いた。
パッと見は人族だが耳が長い。そして肌が褐色だった。きっとダークエルフだろう。切れ長の瞳には意志の強さを感じさせるものがある。腰まである銀色の髪は後ろ手で束ねている。そしてその姿は騎士のような銀白の鎧に身を包み腰にはレイピアを下げている。
「彼女は近衛騎士長のクシュラーデです。今回の旅の事を知っている、数少ない私の理解者です。」
キュリーシアはそう紹介した。
「ワシは冒険者のヨーン。見たとおりのドワーフじゃ。」
そして、他の面々も自己紹介をしていった。
「私は、この城の近衛騎士長を預かるクシュラーデという。ドワーフと会うのは2千年ぶりだが、今のドワーフは髭がないのか?」
後ろから仲間達の笑いを堪える声が聞こえてくる・・・。
「髭を剃るのがワシのトレードマークじゃ。他は皆、髭を生やしておる。」
「まあ、自己紹介はその辺にして、今後の事について話をしましょう。」
キュリーシアも笑いを堪えているようだったが、いつまでも立ち話では先に進まないと言って、客間を用意してくれた。
よく見てみると木造建築だと解る。息を大きく吸い込むと木の良い香りがしてきた。
客間に通されると、そこには一人の男性が待っていた。
「こちらの客間をお使い下さい。」
口を開いた時に見えた犬歯が長い・・・きっとバンパイアだろう。今まで遭遇してこなかった種族がこの魔王領にはいる。きっと他にも、自分の知らない種族がいる事だろう。
中に入り、キュリーシアを挟んで右側にクシュラーデ、左側には先ほどのバンパイアが席に着いた。そして対面に「テーブルトーク同好会」の12人が座る格好となった。アンバランス極まりない。そんな事を考えていると、キュリーシアが、
「こちらのバンパイアの男性は、宮廷魔道士のカリオスと言います。カリオスも私の理解者です。」
するとカリオス自身も席を立ち、自己紹介した。
「宮廷魔道士のカリオスと言います。今回は姫様の思いに賛同して頂きありがとうございます。」
何とも腰の低いバンパイアだった。こちらも一通りの自己紹介を済ませ、自分達が何故こちらに来たのか話をしていった。
だが、1つ気になる点がある。これは俺たちが来た方の次元でも同じ事が言える事だ。
「1つ確認したいのだが、先ほどからキュリーシア王女が数少ない理解者と言っておったが、この問題に対してもし、世界が1つになるとした場合、どれほどの賛同が得られるのだ?」
するとカリオスが答えた。
「それは難しい問題です。魔王様やダークエルフ、バンパイアのように、長寿であの大戦を経験しているものは既にごくわずかです。逆に人族の存在を知らない者の方が多いのです。理解云々以前の問題かと・・・。今回のような世界の崩壊の危機などがなければ、このままでも良かったと私は思うほどです。」
もっともな話だ。あの、のどかな風景と賑やかな街の喧騒を聞いただけでも、とても弱者から搾取する種族とは、到底思えない雰囲気だった。
「こちら側も徐々にだが災害が発生していて、世界崩壊の危機が進んでいる状態だ。このままにしておく訳にもいかんだろう。ワシ等もキュリーシア王女がここまで行動を起こさなかったら、手遅れになっていたかも知れん。今回こうして引き合わせてくれたキュリーシア王女にはワシ等は感謝しておる。」
「そ・・・そんな!私は今回の事が解り、無我夢中で飛び出しただけです!向こうで途方に暮れていた私を救ってくれた、ヨーン様達には感謝してもしきれません。もしあのときヨーン様達が来て下さらなかったら、私は人族を憎んでいたでしょう。」
そんなにヨイショされても照れるだけだ。そんなテレを誤魔化すようにキュリーシアに確認した。
「そんなに言われても、ワシからは何も出せんぞ。それよりも、魔王領の領民がどれほどの文化を手にしたのかを実際に見てみたいのだが・・・。出歩く事は出来んのかの?」
実際見てみる事が一番だ。しかし、見慣れない種族を受け入れてくれるものだろうか?そこに一抹の不安は拭えない。
「魔王領は多くの種族が混在している。多少見慣れない種族がいても、さほど問題にはならないと思います。」
クシュラーデはそう言って問題ないと宣言してくれた。ならばとキュリーシアがその案内役に買って出た。
クシュラーデとカリオスは反対したが、キュリーシアは、向こうでの恩を返したいと言い張って強情だった。
向こうでは結構物静かだったので、ここまで自分の意見を言う王女なんだと、改めて思い知らされた。
まあ確かに、そうでも無ければ次元転移の魔法を使って、俺たちのいた次元に来る事もなかった訳だが・・・。
最終的に、クシュラーデも同行する事で決着が付いた。滞在期間は2週間。その期間で色々と案内してくれると、キュリーシアは高らかに宣言してくれた。
地元に帰ってきて、気が大きくなっていなければ良いのだが・・・。
その日は残念ながら既に夕刻の時間を迎えてしまっていたため、夕食まで城の中を案内して貰った。とにかく広いという印象だ。
キュリーシアに景色の良い場所があると言われて、3階へ案内された。そんなに広い部屋では無かったが、丁度夕日が差し込んでいて、部屋全体がオレンジ色に染まっていた。
「ここから見る街の景色が素敵なんです。」
そう言ってベランダに案内された。そこから見た景色は確かに絶景だった。
右手に沈む夕日が見える事から北側に城、そして南へ向かって一本の広い道が伸びている事が解る。
その先は行き止まりになっていて、東西にまた広い道が通っている。その眼下に広がる建物は通り沿いが2階建て、路地沿いになると平屋建てと、立て方にも法則性がしっかり取れた作りになっていた。何よりその建物の壁が白い壁で統一されて出来ていた事だ。
そこに夕日が差し込む景色は確かに絶景だった。キュリーシアが自慢したくなるのが解った。しかしこの景色を見ていると、
「何か、江戸時代にタイムスリップしたみたい」
と、ブリットが呟いた。
確かに俺も思った感想だった。瞬間的に連想したのは妻籠・馬籠宿などの宿場町だったが・・・。
とにかく日本的な佇まいだった。そこに町の人と思われる雑多な種族が往来していた。明日はこの城下町を案内して貰おう。
夕食もかなり豪華だったが全体的に、日本食を連想させる食べ物が多かった。
煮物や川魚のお造り、焼き魚、鍋物など、それに白米と味噌汁・・・どれも俺たちにとっては懐かしの料理だった。味は全く一緒では無かったが、近い物を感じた。
そして箸を使う文化が根付いていた。俺たちは箸の使い方にも慣れたものだったが、メイドゴーレム達が箸に手こずった。何とか使い方を教えて食べられるようになったがその姿は慣れない外国人の箸の使い方そのものだった・・・。(食べなくても良かったのだが、何も食べない訳にも行かず、食べる振りをしてもらった。)
何より驚いたのが調味料だった。醤油に近い味の調味料があった。そして酒だ。これも日本酒だった。この魔王領は発酵食品が発達しているとみた方が良いだろう。そうすると、納豆も出て来るかも知れない。
また夕食に同席した、ダークエルフとバンパイアが箸を使っている姿はとてもシュールに感じられた・・・。
翌日の朝食も和食だった。残念ながら納豆は出て来なかったが、ご飯に味噌汁、海苔、冷や奴と焼き魚と豪勢な朝食だった。
朝食後は早速、都の周辺を案内してくれるというので、付いて行く事にした。城下町は活気に満ちあふれ、そのやり取りをしている魔族も活力に満ちている。
そこには人種の壁を越えたものがあった。そして驚いた事に、エイナルと同じように獣の顔をした獣人族、しかもルステーゼ王国では見かけなかった、狐や狸などの獣人族や、ブリットのような亜人もいたのだ。
そのほかにも、昨日見たゴブリンやオーク、オーガ、コボルトなども商売をしていた。思わず俺はキュリーシアに聞いてみた。
「獣人族や亜人もいるようだが、魔族として受け入れられているのか?」
するとキュリーシアは、当たり前だというように、
「元々は奴隷として連れてこられた種族だったけど、今は同じ魔族として受け入れられているわ。」
と答えた。城下町だけ見る限りでも、世界が同化した時、先に受け入れられるのは魔王領の方かも知れない・・・。
かえって、向こうの方が、伝説やおとぎ話として残っている分、受け入れるのには時間が掛かるかも知れないと感じた。
ふとそんな感想を抱きつつも、城下町を歩いていたら、チョコロールが呼び止めた。
「あ・・・あの・・・武具屋においてある商品は、オリハルコン製ばかりです。」
「え!?オリハルコン製?」
するとクシュラーデが、
「この近くにオリハルコンの鉱脈があるのです。鍛冶師は皆オリハルコンを材料に道具や武具を作ります。」
オリハルコンのバーゲンセールか!?と突っ込みたくなったが、その商品の仕上がりも見事なものばかりだった。
「この剣も見事な仕上がりだな・・・。」
俺が素直に感心していると、
「この店は、この街でも一番の鍛冶師の店です。皆さんの武器もここで新調したら如何ですか?」
クシュラーデは自分の事のように自慢した。
「いや、止めておこう。今の武器も気に入っておるのでな。それよりも、オリハルコンを売ってもらいたいものだ。」
「それでしたら城で用意させましょう。」
そう言って、約束を取り付けた。
翌日は馬車を使って、少し遠くまで足を伸ばした。
すると城下町とは違う風景も見えてくる。建物が茅葺き屋根の建物だ。その茅葺き屋根の建物が多く建ち並んだ村も、稲作で賑わっているようだ。
皆が協力し合い、田んぼの稲を刈り取っては天日干しの作業を行っている。小さな子供もその手伝いに参加していた。
旅行業をしていた癖かどうしても自分の知っている観光地を連想してしまう・・・。
ここは俺のイメージでは白川郷や五箇山だ。それをもっと広い範囲に拡大した印象だった。
今の魔王領はのどかな時間が、ゆっくりと進んでいるような印象を受けた。
視察を始めて1週間が過ぎた。夕食前のまったりした時間に俺はこれ以上、視察の必要は無いのでは無いかと思い始めていた。それがついつい言葉に出てしまっていたようだ。
「同感・・・」
ブリットも、
「私も同感・・・」
エステルも、
「同じく・・・」
エイナルも、
「返って向こうの方が対処に困りそうですね・・・」
ヘンリクも、
「いっそのこと、精霊王の欠片を解放したら魔王領に引っ越そうか?」
エリックまでも同調している。
さて、ルステーゼ王国を含めた向こう側を、どう説得したものかと頭を抱える羽目になった・・・。
そんな時、城内が騒がしくなった。
「・・・魔物が現れた・・・」
「・・・すぐ討伐隊を・・・」
何やらきな臭い話が出たようだ・・・。




