百合野 シオン
彼女は、5つの武器だけ持って、今夜も1人、東京で闘っていた。
1つ目は、英語。彼女は、ハーフであり、トラブルがある13歳までの間アメリカに住んでいた。日本に来てからは、受験、スクールライフ、ビジネスにも役立った。
2つ目は、若さ。母の育ったこの国では、JKという、3年間だけ使えるとてもビジネスに有効な肩書きが在る。
3つ目は、容貌。美貌と言って良いそれは、髪はブロンドでロング、瞳はブルー、顔も整い、胸がちょっと残念な以外、モデル、48人組みアイドルと言っても差し支えない。
だから、彼女はこんな深夜でも人通りの絶えない駅前では、かなり目立つ。ただ、今日の彼女は、かなり不機嫌だった。眉間に少しのしわを寄せ早足で、駅の地下連絡通路に向かいながら、今日の客の払いの悪さにイライラしていた。
「Sit! あの変態デブめ! 30000円で、今時のJKが買えんのかよ!チッ!」
ガンガンガンガン!
彼女は、ガードレールが凹む位靴底を数回叩きつけた後、溜息を吐き、周りの野次馬がソソクサと引いて行くのを、感じながら駅の地下通路に入って行った。
「新規のパパでもいないかな?それとも、誰かん家に泊めて貰おうかぁ... ええと、ケイとミーちゃんは、親バレで、もうNGだし...」
(!!)
(何か、変?)
(え、人がいない?)
(音も無い?)
彼女が地下連絡通路に入った瞬間、空気が変わった。彼女は、周囲を確認したが全く人いなくなり、音も聴こえなくなった。
その時点で彼女は、4つ目の武器に手を伸ばし、5つ目の武器をフル回転させていた。
その時、
「ハ~イ、シオンちゃ~ん!」
緊張感の無い声で名を呼ばれた。
通路のコンクリートで。反響していて、相手が何処にいるか判らない。
(どこ?女?)
「百合野シ・オ・ン・ちゃん! 白か意外だアッ!!」
パン! パン!
シオンは相手のセリフを最後まで言わぬ間に、前に跳んで前転。
距離を取って振り返っていたシオンの手には、煙の出ている拳銃が握られていた。
跳びながら、相手が自分の真下でスカートの中を覗ける位置に仰向けに寝ている変態であること、ネットで見た昭和と言われた時代のセーラー服を着ていること、自分より少し(?)大きい胸の女性であることを確認。これらを観ながら、学生カバンの自作ホルダーから武器を取り出し、カバンを放り出して、片手で前転、着地と同時に振り返り、片膝で2連射!
これが、4つ目の武器。グロック19。ビジネスでも、学校でも、大抵のトラブルも一発で解決してくれる、今の連射で残弾数1になってしまった最強の武器。
そして、5つ目の武器。これこそ、シオンを今まで守って来た最後の武器。この力の御蔭で、様々なトラブルを予感しては避ける行動を採り、人を観ては危険度を判定し、最悪な人生の中で、最良の選択を選び続けられた<カン>と呼ばれる最後の武器。
その<カン>が、今回も(こいつ、ヤバイ!)と思う前に体を動かした。そして、自分の名前を呼んだ女性の声と空気感で、今までに感じたこと無い程、神経を逆撫でして血を逆流させて、警鐘を鳴らした。その相手が下にいると感じた時には、すでに前に跳んでおり、胸を見た時に2発目を撃つ決断をさせていた。
カラン! カララン! ドサ!
シオンは、今撃った分の薬莢と放り出したカバンがコンクリの床に落ちる音を聞きながら、射線を外さずに、立ち上がって女性を詳しく観察した。
年は、18~22歳位、髪は黒で長め、古い時代のスカート長めのセーラー服。顔をよく見えないが美人そうだが、特に心当たりが無い。プロポーションは、やっぱり、グラビアモデル並みだ。金と所持品は、特に無さそうだった。遠くから見ていると寝ている様に見える。
「殺ったか?」
「誰?顔、よく判んなかったけど、まあいいや....しかし無駄に大きいな..」
「後始末は...、まあ、いいか。とにかく逃げなきゃ。」
薬莢はともかく、カバンを回収しようとシオンが視線を床に向ける。
(え、血が出てない!)
シオンの<カン>が、また警鐘を鳴らした瞬間、
倒れていた女性の眼が開き、直立不動の体勢で、キョンシーみたいに立上がりつつ、女性は笑っていた。
(バケモノ!?)
シオンの<カン>は即時に残りの1発を撃てと命じたが、体は恐怖で銃の射線がガタガタと振れまくっていた。
「ふふふ、駄目だよ~。いきなり、撃っちゃ~。」
「この国は拳銃も、弾丸にも扱いが五月蝿いからね~。」
「けど、善いねぇ、良いねぇ!判断のスピード、運動神経の良さ、思い切りの良さ、確実に殺る為の2連射、いや嫉妬も多少アリかな?これは?フフ、久々の当たりかも..」
シオンを値踏みする様に立ち上がったセーラー服の女性には、服の乱れも、髪の乱れも、出血も無い。
オマケに、素手の左手で煙の出ている2発の弾丸と、右手で床に落ちた筈の2個の薬莢を持っており、4個のそれをカンカンとジャグリングで玩び始めた。
(ヤバ過ぎ!!どう逃げる?)
シオンが、<カン>をフル稼働して逃げる算段をしていると、
「けど、今日はこれを渡しに来ただけだよん。」
ふと見ると、女性がジャグリングしていたはずの弾丸と薬莢が身慣れない携帯電話になっていた。
(へ!え?え?え?)
(いつの間に?どういうトリック?)
「で、これをこうして...」
「3,2,1,0!」
今度はスマホを持ったまま左手を、右手で下から覆うと、今度は左手の中身が煙を纏った拳銃に変わっていた。
「what??」
シオンは、手を見たが、何故か彼女のスマホを持っていた。
その状況に、頭を真っ白にして、その場にフリーズしたシオンを見つつ、
「ふーん、グロッグ19か。米軍の横流し物かな?残弾1か、9パラだね。まあ、思い切りの良さにオマケかな。」
女性は、シオンの銃を品定めした後、バンとシオンを撃つ真似をした。
その仕草で、シオンは我に返り、銃を取り返そうと右手を伸ばそうとして、先程女性が持っていたスマホを自分が持っているのに気づき、反射的にそれを放り出していた。
「キモ !?」
が、放り出されたスマホは、そのまま浮いていた。
(は?へ?手品ですよね?)
「あ~!高いんだよ~!その子。50万$位掛かってみたいだから。」
「まあイイか。後は、その子から説明するので貴方次第。じゃあね。」
そう言うと、セーラー服の女性は、頭を掻きつつ、シオンのグレックを教科書通りの綺麗な放物線で投げて来た。
シオンが、両手で投げられたグロックを受け取ると、慣性の法則以上に重かった。
残弾1のはずの弾倉を確認すると新しい9パラ弾がフル装填されていた。
(え!?)
「また、会えると素敵ですね...生きて。」
寂しげな言葉に、声の主を見ようと顔を上げた時、シオンが見たのは、女性のセーラー服の長めスカートと、バイバイと振られている左手が、壁に吸い込まれて行くシーンだった。
「夢か?ドッキリか?何かの撮影?ああ、今、流行ってるアニメのせってい~?」
シオンは、かなり混乱しており、壊れた言葉をブツブツ呟いた。
シオンが、呆けたままグレックを持って立ち竦んでいると、宙に浮いているスマホの電源が点り
「残念ですが、夢でも、ドッキリでも、撮影でも、異世界でもありません。」
「本日は私共、i-wonを御使用頂き有り難う御座います。」
見慣れないスマホの画面から、メイド姿のホログラムがスカートの裾を持ち頭を下げていた。
「はあ?i-won?セーラー服の次は、メイド?」
「ベタなエロゲーの中にでも、入ってんの私?」
「エロゲーではありません。私は、i-wonのAI-NAVIです。必要なら、執事風、ホスト風、生徒会長風等々のホログラムを御用意しておりますが。」
「AI-NAVI?」
「はい、正確な表現ではありませんが、現時点で適当と思われます。」
「フーン。ホログラムは...アンタでイイよ。私、男は嫌いだし..」
「え!パパ活ッ..」
キ!
シオンは、人間でも無いのに、つい、浮いたままのスマホを睨んだ。
「しっ失礼しました。では、改めまして百合野シオン様、ユーザー登録を御願い致します。」
ピク!
シオンの体に電気が走った。
「さっきのセーラー服のヤツといい、何であんたまで私のフルネームとか、パパ活のことまで知ってんの?」
体に緊張を感じながら、また,グロックを握り直し、宙に浮いているスマホに狙いを定めた。
「私共は、i-wonを御渡しする人間を選ばせて頂いております故。」
「百合野様は、その基準にクリアーされたと思われます。」
「改めまして、百合野様、ユーザー登録を御願い致します。」
ホログラムのメイドが、銃の存在を意に介さず、頭を下げつつ、怪しく微笑んだ.