私と彼女とチョコの話
優子は、幼なじみの恵里のことが、ずっとずっと好きだった。
保育園の頃から、高二の現在に至るまでの、切っても切れない縁だ。
「私たちって、なんでこんなに長いこと、一緒にいられるんだろうね?」
優子が何気ない口調で恵里に言うと、彼女は
「まあ、偶然じゃないの」
そっけなくそう答えた。
別に、運命だから、なんてロマン溢れる答えを期待していたわけではないけれど、優子は内心ちょっと複雑な気分になった。
放課後立ち寄った、お気に入りのカフェで、二人は向かい合ってテーブル席に座っている。
店内を流れる、いかにもカフェという趣のBGMが、その場の空気を、ゆったりとさせる。
「お待たせしました」
店員が持ってきたホットカフェラテは優子の方に、ホットコーヒーは恵里の方に置かれる。
今日の天気は晴れだけれど、二月の寒々しい気候は、冷えた外気を耐えて店内に入ってきた二人に、自然とホットを選択させた。
「実はさー」
「うん」
「……聞く?」
「なんの話?」
珍しく、恵里が歯切れ悪く話すから、優子は何事だろう、とカフェラテの香りを楽しんでいたカップをソーサーに戻した。
「男に告られた」
「はぁっ!?」
優子は、カフェラテを口に含んでいなくて正解だった。もしそうしていたら、確実にブッと吹き出してしまうほどの衝撃だったからだ。
「告白って何それ! いわゆるお付き合いの!? 恵里と?」
「そんな驚く話? ちょっと不愉快ですけどー」
「いや、別に……物好きもいるなーとか、そういう意味じゃないけど」
「そういう意味にとれるし!」
必死に言葉をつむぎながらも、優子の頭の中は、洗濯機が思考をぐるんぐるんと回すような、抑えきれないショックで一杯になっていた。
軽口をたたきながらも、いつかは、こんな日が来るのを、わかっていたような気もする。
恵里は、可愛い。顔が可愛いだけじゃなくて、性格もさっぱりとした子で、友達付き合いしていても、感じの悪さがほとんどない。こんな女子を、いつまでも男が放っておくわけがない。
(私がどれだけ、恵里のことを好きでも。どうせ、いつかは男と付き合うんだ……そのいつかが、現実になるのを、私は何より恐れていたのに)
「付き合うの?」
冷静を装い、聞いた。
「断ろうと思う」
「! ……そうなんだ」
心の底からほっとした。
ひとまず、お気に入りのカフェが、最悪の思い出の場所にならずにすんだ。
(ここで、オーケーの話を聞いたりしたら、私はもう、二度とここに来る気をなくすところだったな)
だが、これから先のことはわからない。
今回は、たまたま好みじゃない相手だっただけで、今後、いくらでも恵里に近づく男は出てくるだろう。
その中で、彼女が気に入る相手だって、きっと出てくるに違いない。
優子は、自分の密かな想いは、永久に隠すことに決めた。
「ところで優子。あたしに何か渡すものあるでしょ?」
「へっ?」
突然話が変わったので、頭の切り替えが追いつかない。
「来週の話」
「えーっと……ああ、バレンタイン!」
「そっ」
毎年、優子と恵里は、チョコレートを交換していた。
そんな小さなイベントだって、優子にとっては、大事な思い出作りだった。
「恵里、何かリクエストある?」
「んー。今年は友チョコはいらないかなー」
「そうなんだ……」
再びのショック。こうして、女同士の親密さなんてものは、少しずつ過去のものとなっていくのだろうか、と優子は悲しくなった。
「本命チョコなら、もらうけど」
「……えっ!?」
恵里は何を言っているのだろう。
「いやー、さっき男に告られたって伝えたときの優子の表情が、あんまりにも辛そうだったから。これはもう、確信していいかと思って」
「な、何を?」
「あんた、あたしのこと好きでしょ。友情超えたとこで」
「ええっっ!?」
パニックで、顔を引きつらせる優子。
「あたしもさ。いい加減、はっきりさせないとって思ってたから言うけど」
「う、うん」
「優子のこと、好き。恋人にしたいぐらいに」
その言葉を聞いた瞬間に、優子の頭の中は、真っ白になった。
自分は今、現実世界にいるのだろうか。それとも、夢でも見ているのか。
「返事は?」
恵里のはっきりとした言葉が、リアルに引き戻す。
「そ、その……」
「うん」
「私も、同じぐらい、好き!」
ありったけの勇気を込めて言った。
「決まり!」
「?」
「じゃあこれから、買い物行こう」
「な、何しに……」
「本命チョコ。お互いのために買うの!」
「! ……うん!」
そして二人は、飲み物を急いで飲み干し、席を立った。
ハッピーバレンタインの予感が、足取りを弾ませた。