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7.クランの始動


どこまでも続く広い草原。空は青く澄み渡り、心地良い風が頬を撫でる。

近くの茂みや森からは、小鳥の囀りと木々の騒めきが聞こえる。


柔らかな日の光が彼らに平等に降り注ぎ、生命の育みを見守っている。


「そっち行ったぞーーーー!!」


「ちょ、やば、はや!」


「待って! 落ちいて! 慎重に狙いをつけて!」


「無理無理無理!」


そんな牧歌的な光景に似つかわしくない、絶叫がこだました。


森から一頭の猪が飛び出て来る。

体長3メートルはありそうな、巨大な猪だ。


その猪に追われるように森から飛び出して来たのは、ローブを纏った男性と、巨大な鳥、そして直立した蟻だった。


「これ死ぬだろ! 俺達チートも無いんだぜ!?」


「シュガーが炎をちゃんと当ててくれれば……!」


「あの状況で無茶言うな!」


「来るっス、来てるっスよ!」


巨大な猪に追われ、シュガーとコータとユーキがひたすら逃げる。


ここはダンジョンに設置された『狩場』の中。

マップ上では、六畳程の広さの『私室』が縦2マス、横2マスだったのに対し、『狩場』は縦4マス、横4マスの大きさしかなかった。


『玉座の間』が6×6だったので、それほど広くないのだろうかと思って入ってみて、彼らは驚かされた。


そこにあったのは見渡す限り広大な空間。

しかも、ダンジョン内の施設だというのに、どう見ても屋外だった。

ただ、一緒に入ったげんごろーが持つ、屋内での戦闘でステータスが上昇するスキル『迷宮の戦士』が発動していたため、やっぱりここは迷宮内の施設なのだと理解する。


「空間を捻じ曲げているのか、凄いな」


「こういうのを見ると、ファンタジーって感じがするっスね」


などと暢気な事を言っていられたのも、入って数分までだった。


50cm程のそれなりに大きな兎を見つけた時、


『狩猟対象、ダッシュラビットと出会いました』


とアナウンスがあった。

早速狩ろうとユーキが近付いたが、兎の強烈なキックで返り討ちにあってしまった。


下位種族で位階も低いターミットのLV1ではそこらの魔物や動物とステータス的に差が無かったのだ。

おまけに、彼らは普段から野生の動物を追いかけて狩るような生活をしている訳ではない。


その後も、数分おきに様々な動物型の魔物と出くわすのだが、クランメンバーの手際が悪いのか、相手のステータスが高いのか、はたまたその両方か。

碌な成果を上げられず、これは慣れるまで大変だぞ、と彼らは気を引き締める事になった。


そして今、30分に一度出現するという中型魔物の迷宮猪を相手に、彼らは自分の最期を覚悟してしまっていた。


「ボク、もう、HPのバーが残り少ないんですけど、これ死ぬんですかね!? それとも『狩場』からはじき出されるだけ!?」


「これまで獲物を狩った時に、本当にソウルと経験値が入ったからな。普通に考えれば死ぬだろう」


「冷静に言ってる場合っスかー!?」


「げんごろー、げんごろーーーーーー!!」


スタミナが限界に達し、遂にユーキが断末魔の悲鳴じみた助けを求める声をあげたその時、森から巨大な人影が飛び出し、迷宮猪へ襲い掛かった。


「ブギュルルゥ!?」


横腹に飛び蹴りをくらい、空気が漏れるような声を残して迷宮猪が地面を転がる。


「すまん、待たせた!」


そして出現したのは、げんごろーだった。

3メートル近い身長に、盛り上がった筋肉。手にした斧は、大木すら一撃で薙ぎ倒しそうなほどでかい。


頼りになる男の出現に、三人は安心するどころか、感激していた。


「中々タフでな。ダメージはしっかり入ってる感覚があるから、多分防御力じゃなくてHPが高いんだろう」


迷宮猪は二頭同時に現れた。

一頭をげんごろーが相手にしている間に、三人がかりでもう一頭を倒す計画だったのだが、シュガーが初手の魔法で奇襲する前に気付かれてしまい、突進の迫力にびびってそれを外してしまったのが蹂躙劇の幕開けだった。


起き上がった迷宮猪は、後ろ足で地面をかいてやる気満々だ。


「どりゃぁっ!」


しかし、それより先にげんごろーが仕掛ける。

迷宮猪の突進は強力だ。待ち構えるのは得策ではない、と先に倒した一頭から学んでいた。


げんごろーが持っているのは、アクスファイターがデフォルトで所持している『バトルアクス』だ。

性能としてはそれほど良いものではないのは、仲間になった勇者マグナの持つ専用武器『打ち勝つ者』と比較してわかっていた。


SP以外の代償無しに『武具作成』で作成可能な『こん棒』より若干マシ、程度の性能だったので推して知るべし。


前世では格闘家だったげんごろーだが、アクスファイターの『斧戦闘』のスキルのお陰か、素手より戦いやすいと感じて、複雑な思いだった。


振るった斧が迷宮猪の頭部を直撃。悲鳴を上げて、迷宮猪がその場にへたりこむ。


「せぇい!」


その隙を逃さず、大きく斧を引き、力任せに薙ぎ払う。

アクスファイターの攻撃スキル『フルスイング』が発動し、大幅に威力が上昇した一撃が、迷宮猪の頭を打ち砕いた。


「ふぅ……。さっきよりは効率良くいけたな。全員無事か?」


「自分は逃げ足には自信あるんで大丈夫っス」


「俺も基本後衛だからな、真っ先に逃げられる」


「武器より先に防具を造って貰うべきだったよ……」


パーティの陣形として、最もステータスの高いげんごろーが前衛に置かれているが、数が多かったりして彼一人では対処できない時、大体被害を受けるのがユーキだった。


シュガーはソーサラーという魔法職なのでそもそも後衛に配置されている。

シュガーの前に立つのがユーキとコータなのだが、コータは逃げ足が速いうえ、グラップラーの『格闘』スキルで身のこなしも良い。

加えて、体が大きいので、魔物があまり彼女を狙わない。


対してユーキは離脱系のスキルも防御系のスキルも持っていないため、敵に先手を取られてしまうとあっさりと負ける。

体格も痩身のシュガー程度なので敵にも狙われやすい。


おまけに、位階の低い下位種族のLV1なので、前衛とは言え、シュガーとステータス的には大差がなかった。

シュガーが前に立てるというよりは、ユーキを前に出すべきではない能力だ。


ステータスが上昇する筈の『従属の喜び』も、主が近くにいるか、命令されないと効果を発揮しない事が判明。集団戦闘に効果を発揮すると思われた『群集団』も、自分はスキル対象外という欠陥が見つかっている。

更に、ライトセイバーはアクスファイターと違って武器を所有していない。

しかも、『武具作成』で造って貰った武器『こん棒』は種別が『棒・長物』に分類されており、ライトセイバーの『剣戦闘』が効果を発揮されないという不遇ぶり。


最も弱い『剣・刀』である『木剣』でも作成に『木材』が必要になるため、すぐには造れなかったのだ。


「死亡の可能性がある以上、一旦出た方が良いな」


「LVアップでHP回復を期待したんスけどね」


迷宮猪を倒した事で、彼らはLVアップを果たしたが、HPなどはそのままだった。

一応、最大値が伸びた分だけ、現在値も上昇しているので、疑似的な回復と言えたが、兎のキック一発分にもなっていない。


「残り時間が勿体無いから、俺達三人はこのまま残る。お前はポラリスに今回の事を報告に行って、今後の方針に反映して貰って来い」


「うん、わかったよ……。エスケープっと」


ガックリと肩を落として溜息を吐き、ユーキは『狩場』から離脱したのだった。




「順調ですね、こんにゃくさん」


「ええ、順調ですな、ダークさん」


一方、『漁場』に出向いているこんにゃくとダークは、彼らの言葉通り順調に獲物を狩っていた。

『漁場』を一度に使用できるのは六人までだが、そもそも水中適正を持っているのがダークとこんにゃくとぷっちりだけであり、ぷっちりが探索班に回ったので、『漁場』での狩りは彼ら二人だけで行っていた。

それに加えて、エレの『サモン』でキラーフィッシュを四体召喚して貰い、ダークの指揮下に入れている。


お陰でダークは『魔魚族指揮』の効果で、配下のキラーフィッシュが行動するたびに経験値が入るし、キラーフィッシュは指揮で強化されているので、『漁場』に出現するキラーフィッシュ相手に無類の強さを誇っていた。


キラーフィッシュの集団で敵を囲み追い詰め、こんにゃくも安全な場所から槍で攻撃し、経験値を稼いでいる。


こんにゃくはランサーなので、最初から『青銅の槍』を所持していた。

『槍戦闘』と『攻防自在』のお陰で、大したダメージも受けずに戦えている。そもそも、初期ステータスがサハギンはキラーフィッシュより高いのも大きい。

30分に一度出現する中型魔物はニードルフィッシュという、巨大なハリセンボンだった。


しかし、キラーフィッシュと同じく、結局対応可能な方向が前方しかないため、配下のキラーフィッシュで前方をひきつけ、背中のトゲを避けて、腹側から攻撃してやれば簡単に倒せた。

これが陸上だったなら、攻撃する際にトゲが邪魔になっててこずったかもしれないが、前後左右に加えて、上下からも迫る事ができる、水中だったため、なんの障害にもならなかったのだ。


「『狩場』にはげんごろーさんがいますし、集団戦に強いユーキさんもいますから、楽勝でしょうな」


「最大利用人数こそ少ないですが、それはつまり、そういう事でしょうから」


大海原かと誤解する程の広大な水中ステージを気ままに泳ぎ、二人はそんな会話を交わす。


「しかしここはいいですねー。やっぱり我々は水中にいるべきですよ」


「俺はともかく、ダークさんは完全に陸上に適応してませんからな」


「これで部下達ともうちょっと意思疎通ができれば良かったのですが……」


「まぁ、それは進化先のモンスターに期待しましょう」


『サモン』で喚び出した魔物の知能は、野生の魔物と同程度であり、キラーフィッシュは通常の魚と大差ない程度の知能しか有していなかった。

つまり、ほぼ本能のみで動いている。

それでも、配下に設定し、『指揮』の効果を受けているためか、ダークの命令はきちんと聞いてくれる。

むしろ、テレパシーのようなもので繋がっているようで、いちいち口に出す必要が無く、楽だった。


しかし、ダークが言ったように、意思の疎通、というか、コミュニケーションは取れなかった。

テレパシーはあくまで命令であり、一方通行だったからだ。

喋る事もできないし、喋る意思や知能もないので、『よく言う事を聞くペット』の域を出ない。


「サハギンは一応人型ですから、その辺りどうなんでしょう?」


「ゴブリンが『サモン』で喚べないという事は、一応位階が上という事ですからな。期待してますよ」


暢気に会話を交わしながら、二人は出現する魔物を次々に狩っていくのだった。




「これもアイテムね」


エリが、一見すると普通の草にしか見えない植物を採取する。

一つ目の種族スキル『鑑定』のお陰で、彼女にはただの自然物なのか、『素材』となるアイテムなのかが判別できた。

勿論、自然物でも利用は可能だが、スキルや施設の対象とするにはアイテムでなくてはならない。

前世で専門の職業に就いていたならともかく、彼らはそうした自然物を利用する技能を持たないので、スキルや施設に頼らざるを得なかった。


探索班も順調だった。


ダンジョンは、その外観が丘だった。それなりに高く、大きな丘の手前に扉がついていて、そこからダンジョンに繋がっている。

ダンジョンの周囲は森で囲まれていて、木々で隠されているのでそもそも見つにくいという利点があるが、外に設置するタイプの防御施設は、今のところ機能しなさそうに見えた。


探索系に強いエリとガンゲイルでマッピングをしつつ、ダンジョンの周囲を探索する。

最初はアイテムか自然物かに限らず、目につくものを片っ端から採取していたのだが、流石に量が多過ぎて、探索が進まないため、アイテムだけに絞った。

ただ、食べられそうなものは自然物、アイテム問わず採取している。


あとで『悪食』を持つエレに毒見をさせるためだ。


時折野生の魔物や動物に出くわすものの、多くは野生特有の臆病さでそのまま逃げ去っていた。

中には縄張り意識が強いのか、襲ってくる魔物や動物もいたが、最初こそいきなり襲われて戸惑ったものの、ステータス的には大した事がないらしく、ミリエラを着たエリ、種族として強く、戦闘系の職業を持っているドーテイとぷっちりで簡単に対処できた。

ガンゲイルも種族として強いが、戦闘系の職業ではないし、唯一持っている戦闘スキル『弓戦闘』も、ハンターは弓を最初から所有しておらず、戦闘には今のところ不向きだった。

『弓』自体はSPのみで作成できたが、『矢』は最も弱いものでも『素材』が必要になるため、彼女もスキルに合わない『こん棒』を所持していた。

そのため、戦闘が始まると『飛翔』で上空へ退避するようにしている。

勿論、彼女達より強い魔物や動物に見つかるとまずいので、木々より上には出てない。


ちなみにウォーリアのぷっちりも最初から武器を所有していた訳ではなかったが、『武器戦闘』は武器全般に効果が発揮されるし、『戦闘巧者』によって戦闘中のステータスが上昇していたので、『こん棒』だけでも十分に戦えた。

ドーテイのヘヴィランサーも武器を所有していない職業だったが、『槍戦闘』は『槍・長物』に効果を発揮し、『こん棒』は前述の通り『棒・長物』であるため、スキルの対象だった。

加えて、屋外での戦闘時にステータスが上昇する『草原の戦士』の効果もあり、これまでに戦った魔物や動物相手では、無類の強さを発揮していた。


ガンゲイルとエリが持つ『気配探知』のお陰で、奇襲を受けないのも大きいだろう。


「周囲が森、と言う事は、この場所を教えられて来るだろう勇者以外にはバレない可能性が高いな」


「問題はその勇者が、こっちに来る前に周囲の人間に場所をバラしてしまう可能性があるところね」


「アキラさんみたいに、いきなりダンジョン内に出現してくれればその心配もないんでしょうけど……」


「私達がLV1ストーリーをクリアしたあとで自由に動けるようになった事を考えると、勇者も同じであると考えるべきだな」


「となると、勇者ではない人間を援軍として連れている可能性もある訳か……」


(考えてみたら、全員女性なのね……)


(ドーテイさんは元女性だけどね)


精神的な余裕があるとは言え、探索中も会話が絶えない理由にミリエラは思い至った。

思考が筒抜けなので、エリから突っ込まれてしまう。


ファンタジー系の知識に乏しく、ゲームやマンガにあまり触れて来なかったミリエラは、彼女達の会話を半分以上理解していなかった。

未だに、自然物とアイテムの違いも、何故アイテムを優先して採取しているかも理解していない。


そこに何の違いがあるのかわからない、というのが一番大きな理由だろう。ゲームに触れた事のある者なら、そういうものだ、と割り切れる所が、彼女には違和感になってしまうのだ。


ミリエラと思考で繋がったエリが彼女に抱いた印象は『普通の女の子』だった。

頭が良い訳でも悪い訳でもなく、どちらかと言うと真面目で、オタク属性もあまりない。

正直、何故この世界にやって来たのか、一番謎な存在だった。


ポラリスからは、ミリエラに限った話ではないが、過去を詮索しないようにしましょう、と言われているため、踏み込むような事はしないが。


「トラップとは別に罠が必要だろうな」


「せめても鳴子のようなものは欲しいな」


「まぁ、基本は私達が探索を兼ねて巡回する形かしらね」


「そう言えば魔王様、なんかシフトみたいなの作ってたわよ」


「交代制にするつもりなのだろう」


「あまりカッチリやらない方がいいと思うが」


「公平性という点では正しんでしょうけどね」


そうして彼女達は、その後もおしゃべりをしながら探索を続けるのだった。



多少のトラブルを交えつつも、サザンクロスは一週間後に向けて、少しずつ準備を進めて行った。

そして遂に、運命の日がやってくる。


VRでさえ、慣れるまではその迫力にビビります(※個人の感想です)。

完全没入型VRが開発されたとして、最初のモンスターに殺られる人多数でしょうね(※個人の感想です)。

ちなみに『狩場』で死ぬと死にます。

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