3.クランサザンクロス
投稿初日連続更新三話目3/4
『以上で全てのチュートリアルを終了します。クラン、サザンクロスのストーリーを開始します。クランストーリーLV1:【最初の試練】を開始します。これより24時間後に訪れる、勇者を一人撃破してください』
「ええ!? いきなり!?」
「てっきりストーリーのクライマックスだと思ってた」
「いや、考えて見ろお前ら、勇者も俺達と同じ転生者だとすれば、少なくとも、25人いる訳だろ?」
「25人の勇者が襲ってくるのか……」
「設定だとステータスは見れなかったからなぁ。強いのかな、勇者」
「人数が同じならそれほど差は無いと思う。けど、こっちにはダンジョンがあるから、その分向こうが強いんじゃね?」
「ええっと、いいですか? とりあえず自己紹介をして欲しいんですけど……」
ポラリスが提案すると、一つ目の女性が同意した。
「そうね、24時間ある訳だし、それぞれの戦力も把握しておきましょう」
「あ、俺紙と鉛筆作れるっぽいから、それ作って回すわ」
手を上げたのは骸骨だった。
「スケルトンで生産系職業とか、どんなロールプレイするつもりだったんだよ?」
「異世界転生で強いのは生産系だろ?」
「だったら人属選べよ……」
「あ、じゃあそれに名前と種族と職業と……」
開きっぱなしになっているマジックウィンドウを確認しながら、ポラリスが記入事項を伝える。
「全員に配りたいけど、同じ内容を25枚書くのも大変そうですね、書いたものをコピーする事ってできますか?」
「あ、それは私ができるわ」
ポラリスが尋ねると、そんな声が上がった。しかし、姿が見えない。
「あ、私透明な種族なの。えっと、ほら、ここにいるから。皆、書いたらこっちに回して」
砂が浮かび上がり、主張を始める。
「あとで帽子かなんか作ろうか?」
尋ねたのは2メートルくらいのアノマロカリスだった。
「そうね、身に着けてるものは透明化しないみたいだし……」
「つまり今全裸か……」
「今セクハラしたの誰だ!?」
「ところで先生、じゃなくて魔王様」
手を上げたのは巨大な鳥。丸い胴体に長い首で、ダチョウに似ているため、飛べないのだろうと推測できる。
「なんですか?」
「性別も書いて欲しい、という事でしたけど、今の性別でいいんですよね?」
「え? ああ、そういえばそれも設定できるんでしたっけ。はい、今の性別で構いませんよ」
「まぁ、ぶっちゃけぱっと見て性別わからん奴も多いから、ネカマでも気にならないけどな」
ローブを纏った人間のような姿をした男性がそう言った。
彼はネカマとは意味が違うだろ、的な突っ込みを期待していたのだが、別の疑問が飛んで来る事になる。
「え? 見ればわかりませんか?」
「え?」
「え?」
ポラリスと首を傾げ合う。
「あー、わかった。わかっちゃった」
膝を打ったのは一つ目の女性だ。
「貴方、種族は?」
「え? 見ての通りスライムだけど?」
体をくねらせて、器用にペンを持つ不定形生物が答える。
「魔王様、このスライムの性別はどっち?」
「え? 両性ですよね」
「「「え?」」」
「え?」
「若干答えが予想外だったけど、推測は正しかったみたいね。そこのいかにもな吸血鬼」
「なんだろうか?」
次に指定されたのは、確かに黒のタキシードに銀髪といういかにもな吸血鬼だった。
「アナタ、ビジュアルの値は?」
「100だが?」
何を当たり前の事を、と吸血鬼は訝りがる。
「うん、だとは思った。顔綺麗だもんね。でもね、綺麗だとは思っても、見惚れたりはしなのよね」
「どういう事だい?」
「つまり、私達は種族が違うって事よ。人間だった頃の記憶というか、感性が残っているから、人間に近い外見をしていれば、その美醜を判断できるけど、けど恋愛感情のようなものは湧いてこない。何故なら種族が違うから」
「ああ、成る程。犬や猫を見て、ある程度可愛いとかブサイクとかは思っても、それ以上の感情は無いのと同じか」
「そうよ。しかも種族がまるで違うと美醜どころか性別すら判断できないわ。けれど魔王様はそれができる! 魔王様、あそこの蜥蜴人間、リザードマンって言うんだけど、あれは性別どっち?」
「女性です」
「当たり」
即答したポラリスに驚きながら、リザードマンは指で丸を作って見せた。
「ちなみに魔王様、美女? ブス?」
「美人だとは思います。設定のビジュアルで言えば100ではないと思いますけど」
「当たり。詳細は避ける。逆に100にしなかったのが恥ずかしくなってきた」
「ごめんね。ちなみに私は、リザードマンの美醜が全くわからないわ!」
「つまり普通は他の種族の性別とか美醜の判断は難しいけど、魔王はそれが可能って事か?」
「魔帝族なんて分けられていても、そこは流石に魔物の王ってところね」
牛頭が尋ねると、一つ目は納得したように頷いた。
「はぁ……」
しかし、ポラリス自身はピンと来ていない。
むしろ、魔王様、と呼ぶのをやめて欲しいなどと考えていた。
「私達は種族が変わってしまったから、恋愛したり子作りしたりするなら同じ種族じゃないとできないんでしょう。けれど、魔王様は全ての魔物とそれが可能って事ね」
「てか、そもそも何の話だっけ?」
「だから今の性別をちゃんと書きなさいって話よ。鳥だからわからないだろう、と思っても、魔王様にはわかるから、適当に書いたら混乱させるだけよ」
「それだけの事でなんでそんな……」
「いや、それとは別に今のはかなり重要な話だぞ」
「なんで?」
牛頭がペンを止めて持論を展開する。
「つまり俺達内で恋愛はできない。恋愛したり家族を持ったりしようと思えば、同じ種族を探さないといけないって事だ」
「意思の疎通ができるから、恋愛くらいはできるだろうけどね」
「まぜっかえすなよ」
上半身が美女で、下半身が蛇の魔物が言うと、牛頭が苦笑する。
「つまり、恋人がほしければ、魔王様にソウルで召喚して貰えって事?」
「他の転生者か野生のモンスターを探せばいいだろ」
「そう言えば、召喚したモンスターの知能ってどんなもんなんだろ? いくら同じ種族でも、動物並みの知能しかないんじゃ恋愛なんて無理だぞ」
「確認してみますか? 最初からある程度ソウルがあるようですから」
「待て待て、貴重なソウルをそんな事に使うんじゃない。それより勇者がくるんだからトラップをだな」
「いや、勇者がくるならモンスターを配置しないといけないから、召喚しても問題ないだろ」
「魔王が死ぬと俺達も死ぬから、魔王の前に立って戦わないといけない訳だが、それで死ぬのは嫌だ。だから、前衛になるモンスターを召喚して貰おう」
「あー、その問題があったな。主従の関係どうするか……」
「それなんですが、破棄勧告がロックされてるんですが」
「ええ!? どういう事だ!?」
「見ますか?」
ポラリスがマジックウィンドウを回転させると、スキル選択画面が表示されているのが魔物たちにも見えた。
『覇権』のスキルが選択されており、主従の関係についての機能一覧がポップアップしている。
しかしその中で、関係破棄の項目が薄暗くなっており、南京錠のマークが表示されていた。
ポラリスがタッチするとブザー音がなり、『この機能はロックされています』と表示される。
「ひょっとして、ダンジョンマスターのLVを上げないと機能が追加されないのか?」
「種族スキルなんで、種族LVの方ですね」
「これ、へたしたらクランストーリークリアで解放とかないよな?」
「…………」
「と、とにかく、誰も死なないよう、戦略を練りましょう。そのためにも、まずは皆さんの能力を把握します!」
暫くして、紙の束がそれぞれの前に配られた。
ポラリスはひとまず名前と種族を確認しようと、紙を次々にめくっていく。
「さて、それじゃあ自己紹介をしましょうか。まずは自分から。名前はポラリス。種族は魔王。職業はダンジョンマスター。性別は男です。スキルやステータスは資料を参照してください。魔王、クランの盟主、ダンジョンマスターと、過分な地位を頂きました。この世界には、皆さん様々な事情があって来られたのでしょう。それは、こちらから聞き出すような事はいたしません。けれど、この世界に来る事を選んだと言う事は、この世界で生きる事を選んだのだと判断します」
自分と同じように、元の世界で嫌な事があり、新しい世界を求めた。
そしてその事情の中には、元の世界からいなくなれれば方法は何でも良かった、というものもあるかもしれない。
はっきり言ってしまえば、自殺か、新しい世界へ行くかの二択で、こちらの世界に来る事を選んだ可能性があるのだ。
「だから自分は、皆さんとこの世界で生きていきたいと思います」
誰も死なせない、死なせたくない、という宣言だった。
自然と、拍手が起きる。
「以上です。えっと、じゃあ次は……」
「私がいくわ」
手を上げたのは一つ目の女性だ。
「名前はエリア55。種族は一つ目。多眼族ね。多分、進化すると目が増えるんだと思うわ。職業はレンジャー。探索系の能力ね。性別は女性。こうして集ったのも何かの縁だから、私もこの皆で協力して生きて行こうと思っているわ。せめてそれぞれで独立できるようになるまでは、ね」
明るい女性だなー、とポラリスは思った。
そう言えば、チュートリアル中、魔物たちの会話を仕切っていたのは彼女だった。
「名前のエリア55というのは……?」
「ハンドルネーム的なノリでつけちゃってね。メジャーのコイチロー、知ってる?」
「ええ、まぁ」
「彼の守備範囲の広さとその背番号から、彼の守るライトはエリア51と呼ばれているの。元ネタになった場所も、エリア51だしね」
「それをもじったんですか?」
「私の好きな選手がそれをもじって、背番号に因んでエリア55と呼ばれていたのよ。私の名前の由来はそっち。呼びにくければエリでいいわ」
「わかりました、エリさん」
「じゃあ次は俺だ」
続いて立ち上がったのは牛頭の男性。
「名前はげんごろー。種族はミノタウロス。人牛族だ。職業はアクスファイター。性別は男。屋内で強くなるスキルがあるから、ダンジョンでの戦闘にはぴったりだな! 前の世界だと格闘家だったから、指導もできるぞ!」
「なるほど、それは頼もしいですね」
「ああ、よろしく頼む」
「じゃあ次はボクが。名前はユーキ。本名をもじったんですが、まぁこれはいいですよね。種族はターミット。人虫族です。職業はライトセイバー。身軽な剣士ですね。性別は男。蟻なんで集団戦が得意です。皆さんと協力していけたらいいなと思います」
直立した蟻の姿をした魔族がそう自己紹介をした。ちなみに、一番下についている足の踵から頭頂部までは160cmくらいの大きさだ。
「集団戦が得意なのはいいですね。それと、主従の関係にあると強くなるんでしたよね?」
「はい。ステータス上昇効果なんで、戦闘以外でも活躍できると思いますよ」
「じゃあ次は俺だ。名前はエレ・エンドヴィア。誇り高き小鬼族、ゴブリンの指揮官だ。職業はコマンダー。性別は男。とりあえず、食べ物の毒無効なんで、食料探索の際の毒見は任せてくれ」
「逆にわからないんじゃ……?」
「スキルが発動したら感じるから、それで判断できる。あと、俺の種族位階以下の種族のモンスターを召喚できるから、部下や友達、恋人がほしい奴は言ってくれ」
「部下はいいですね。ざっと見た感じ、皆さん同じ種族を指揮するスキルを持っているみたいですから」
「それと、どうせすぐにわかるから言うけど、俺も魔王様と同じく皆の性別と美醜が判断できる。『異種族交配』の効果だな。俺に恋人になって欲しい奴も、いつでも言ってくれ」
「それ多分、一方的な奴だから、恋人は無理じゃない?」
テンションの高いエレに水を差したのはエリだった。
「え? そうなの?」
「私、魔王様はカッコイイと思うし、ちょっと見惚れちゃう感じだけど、貴方には微塵も感じないもの。あー、ゴブリンだなーって思うくらいよ」
「マジか……」
そう呟いて、エレはその場に崩れ落ちた。
「名前の方向性が被ってしまった、グランド・エヴィル・メルオベロンだ。スライム、不定形族だな。詳しく説明すると、ゴブリンとかスライムの低級モンスターが大層な名前つけてるギャップを狙ったのが見事に被った訳だな」
「それは詳しく説明しなくていい!」
グランドはエレに止めを刺す気のようだった。
「職業はグラップラー。性別は両性。ただ、スライムは交配じゃなくて分裂で増えるみたいで、性欲がまるで湧かない。人間だった頃の記憶のお陰で、透明な人が全裸だと思うと興奮できるが、多分これ、近いうちに無くなると思う」
「そう思うと、ちょっと怖いですね」
「お前か、さっきセクハラしてきたの!」
「というか、スライムでグラップラーってどうなんだ?」
げんごろーが疑問を抱いた。
「体を変化させて、人型だと有り得ない方向からの打撃を繰り出せる」
「意外と有用だった!」
「私はぷっちり。種族はリザードマン。人蜥蜴族よ。職業はウォーリア。性別は女性。アクスファイターやライトセイバーみたいに、特定の武器に精通していない代わりに、戦闘全般が得意みたいね。冷気には弱いから、守ってね」
「ステータスが平均して高いですね。女性を前線に出すのは憚られますが……」
「贅沢言ってられないでしょ? 割り切りなさいよ、魔王様」
「善処します」
本人に言われては、そう返すしかなかった。
「私はガンゲイル。種族はバードマン。人鳥族。職業はハンターだ。性別は女。正直、自分でもこの姿で飛べるかどうか不安だが、スキルに『飛翔』があるから大丈夫だろう。レンジャーほどではないが、探索ができるぞ」
胸元辺りから上が、鳥になっていて、背中に翼が生えている女性が自己紹介をする。
ちなみに、地上で人間が飛ぼうと思ったら、翼は5m以上必要になり、下半身の何十倍もの筋肉が上半身に必要になるという。
ガンゲイルの体格が、それを満たしているとは到底思えなかった。
「ケビンです。種族はソニックスワロー。魔鳥族。職業はグラップラー。性別は男。とりあえず、体当たりが超強いです」
次に自己紹介をしたのは、一見するとただの燕にしか見えない魔物だった。
「ダンジョンの狭い通路だと、逆にスキルを活かせないかもしれないので、ガンゲイルさんともども外に配置してください」
「そうですね、その辺りも考えないといけませんね」
「ケンタウロスのドーテイテイオーだ。ドーテイと呼ぶが良い。人馬族で職業はヘヴィランサー。太くて硬くて長いものを突っ込む職業だな。今は男だが、昔は女だった。魔王様には是非、ドーテイと呼んで欲しい」
「何故人間時代の性別も明かしたのかはこのさい置いておくとして、テイオーじゃ駄目ですか?」
「駄目だ。ドーテイと呼べ。女性の感性が残っている相手を、ドーテイと呼ぶのだ」
「サディスティックな腐女子とか拗らせすぎだろ」
「はっはっは! 君でも良いぞ、げんごろー! 筋肉祭は大好物だったんでな!」
「巣に帰れ」
「ふふんエリも同類か」
「私はどっちかって言ったら夢女子よ!」
「屋外での戦闘力が上がるんですか……。丁度良いですね」
思わずポラリスから本音が零れた。
「ぎ、義理の妹に愛されたいだけの人生だった、です」
消え入りそうな声で自己紹介をするのは骸骨の魔物。
「ええと、ギリさんとお呼びすればよろしいですか?」
「ありがとう、魔王様。ほんと、ネットのノリで名前つけるんじゃなかった。種族はスケルトン。骸骨族。職業はクラフトマン。性別は男。斬撃と刺突には強いけど、光と打撃に弱いです。生産系の職業なので色々造れます。質の良いものを造るには特定の素材が必要ですが、基本はSP消費だけで良いみたいです」
「内政チートで金稼ぎは楽そうだな」
「俺達の姿で、人間相手に商売ができるのかな? 魔王様出すわけにはいかないしさ」
グランドの提案を、しかしギリは否定した。
「だったらマジでなんで生産系職業にしたんだよ」
「どうもどこかの組織に所属するっぽかったから、一人くらい裏方がいないとまずいと思ったからだよ」
「おんたまです。ラミア、人蛇族です。職業はソーサラー。ネカマです」
「それ言う必要ある?」
「ネカマってどういう意味ですか?」
「男性なのに女性のフリをしている人」
「この場合は、今は女性だけど前世は男性って事かな?」
エレがすかさず突っ込みを入れるが、ポラリスは意味を理解していなかった。
ケビンとぷっちりが補足する。
「『魅了』ができるんで、種族関係無く、異性を虜にできます。エレさん、どう? おんたまに魅了されてみる? 元男の、おんたまに」
「性転換したみたいな言い方すんな! TSモノはノーサンキューだが、ねーちゃんええカラダしてんなぁ」
「ちなみにこっちには『異種族交配』みたいなスキルが無いから、『魅了』するだけして放置プレイになるけどね」
「絶許」
「こんにゃくです。種族はサハギン。人魚族。職業はランサー。銛で突くイメージですかね。性別は男。陸上より水中の方が強い、というより、陸上だと能力が下がります」
「水系の施設が必要ですかね」
「水堀作りましょう。侵入もされにくくなるし一石二鳥。まんま魚の奴もいるし」
「その魚、つゆ諾々です。ダークと呼んでください。種族はキラーフィッシュ。魔魚族です。職業はグラップラー。自分は体当たりよりは噛みつきですね。あ、男です」
空中を漂っている魚、としか形容できない魔物が自己紹介をする。
「自分も水中じゃないと能力下がります。エラ呼吸ですけど、生活するだけなら陸上でも大丈夫です」
「それ、どこまで浮けるんですか?」
地上から1m半くらいの所を漂っているダークにポラリスが尋ねる。
「自分もよくわかりませんが、このくらいの高さが居心地良いです」
前世の身長かな? などと思ったが、口には出さないでおいた。
「シースルーのはんぺんだよ。おんたまさんがにたまごだったら、おでん戦隊作れたのに残念だね」
空中に紙とペンが浮かび、その間から声がする。
「不可視族でアルケミスト。性別は女性。前世も女性だから、男子諸君は好きな裸でも妄想してろ。物質のコピーと、物質を等価交換させる『錬成』ができるよ」
「裏方が充実するのは良いですね。戦闘でも奇襲できそうですし」
「マイネームイズ 佐藤! ラストイーター。錆族ネ。フィメイルだヨ!!」
テンションの高いアノマロカリスが自己紹介をする。
「え? え?」
「職業はスミス! 武器造ったり、武器強化したりするヨ! 自分で武器を作って自分で溶かして食べる。マッチポンプデース!」
「錆、ああ、ラストイーターってそういう……」
そちら方面の知識が薄いポラリスはようやっと種族名を理解する。
何故アノマロカリスなのかまでは理解できていないが。
「佐藤と言いつつ、日本人じゃない?」
「イエース! ニポンに憧れたミーが、ニポンの憧れ異世界テンセーできるなんて夢みたいネ!」
エリの問いに陽気に答える佐藤。
深く考えずにこっちの世界に来ちゃった人だ、と誰もが呆れた。
「佐藤はニポンでベリーフェイマスな名前だからつけマーシタ! よろしくネー!」
「エセ外人っぽく聞こえるのは異世界だからかな?」
「ああ、言語チートが標準装備されてるって事?」
「つまり、佐藤さんは普通に母国語喋ってるけど、言語チートの自動翻訳でエセ外国人っぽく聞こえてると?」
「ひょっとしたら日本語めちゃ流暢かもしれん」
ひそひそと囁き合う魔物たちの話を、ポラリスはとりあえず聞こえないふりをした。
「この後だと恥ずかしいじゃねぇか。シュガーです。ダークマージ、魔妖士族。ソーサラーです。男です」
「名前と口調が合ってない件」
「うるせぇな、名前思いつかなかったんだよ! 俺も佐藤だよ!」
「シュガー、砂糖ね……なるほど」
「魔王様、納得されると逆に死にたくなる」
「あ、すみません」
「AKG。闇に降り立った天才だよ」
次に自己紹介を始めたのは小さな人形だった。幼い少女がお人形遊びに使うような、少女型の人形である。
「種族はチャイルドプレイ。人形族。もうちょっと、おどろおどろした種族名が欲しかったよね。職業はシャーマン。女性だよ」
「貴女は、ギリさんと同じアンデッド系に入るのでしょうか?」
「私もそう思って選んだんだけど、スキルをよく見ると、『非生物』だからアンデッドじゃないね。残念。でも恐怖を撒き散らすよ。エレさんには是非とも私を沢山喚んでもらって、集団で暗闇から襲い掛かりたいね」
「お前は喚ばねーよ。召喚するのはお前と同じ種族のモンスターだっつの。あと、俺に襲い掛かるみたいな言い方になってるから」
「指揮のスキルもありますから、効果的な戦術だと思いますよ。あと、エーケージーだと長いですし、呼びにくいので、別の呼び方を考えましょうか」
「魔王様も段々慣れてきたなぁ……」
笑顔を浮かべているが、ややコメントがずれているポラリスを見て、グランドがしみじみと呟いた。
「じゃあ、アカギで」
「多分本名なんだろうなぁ」
そういうネタだったか、と突っ込むのも、グランドは億劫になっていた。
「コータです。なんかネタが続いて普通の名前が逆に恥ずかしいんスけど? 種族はロードランナー。地鳥族っス。職業はグラップラー。性別は女性。見ての通り、蹴りが得意。あと足が速い。長距離もいけるっス」
「なんだかグラップラー多いですね」
「武器持てそうにない外見の種族が多いから、戦闘職業を選ぼうと思ったら、体当たりとか噛みつきが強化されるグラップラーになるんスよ」
「なるほど」
「源よりこーでーす。種族はポイズンスパイダー。魔虫族。職業はウォーキャスター。女性でーす」
1m位の体長のタランチュラが自己紹介をする。
「種族名通りに牙には毒がありまぁす。糸を出して蜘蛛の巣つくれまぁす。コマンダーとの違いは、なんだろ? 指揮官と軍師の違いかなぁ?」
「どうもこちらは待ち構える側なようなので、蜘蛛の巣は相性良いですね」
巨大な蜘蛛の姿なのに、大蜘蛛を退治した偉人の名前をつけている事には、ポラリスは突っ込まなかった。
単純に知らなかったからだが、よりこーはガックリと肩を落としてしまった。
当然、肩ってどこだよ? という突っ込みは入らなかった。
「勧善寺惣栄と申します。デビルプリースト。魔神官族です。職業は住し、プリーストです。男性です」
「種族がプリーストで職業もプリーストってややこしいですねえ」
とりあえず、前世の職業を言いかけたっぽい事はスルーする事にした。
「種族魔王が何言ってんだ」
げんごろーの突っ込みは至極真っ当な意見だった。
「回復役がいないとまずいと思って選んだのだが、神性魔法だからと回復魔法が使える訳ではないようだ」
「ええ!? スキルに『治癒魔法強化』がありますけど!?」
「それは種族スキルだからな。あと『ダークフォース』のせいで神性属性の攻撃が全て闇属性に変わるから、アンデッドに強いという特徴も消えている」
「ええ……」
それではただの、闇属性しか使えないソーサラーだ。
役立たず……。そんな言葉がポラリスの脳裏に浮かんだが、即座に否定した。
これから力を合わせて生きていこうというのに、そんな風に思ってはいけない、と。
「ゲオルグ=リュッテンベルクだ。ご覧の通りヴァンパイアさ。吸血鬼族だよ。男性だ」
黒のタキシードに、銀髪をたなびかせて、美形の吸血鬼が自己紹介を始める。
「職業はマジックファイター。魔法と武器、両方を華麗に使いこなす、美しい私にぴったりの職業だ。反面、光や神性属性に弱いが、美とは儚いからこそ美しいものだからね」
相当なナルシスト振りに、魔物たちがうんざりしている。
中には、ここまで突き抜けると逆に面白い、と楽しんでいる者もいた。
「でも『魅了』などは無いんですね」
ポラリスの天然な突っ込みに、魔物たちは吹き出さざるを得なかった。
幾ら美形でも、種族が違えば意味がない事は、ついさっき証明されたばかりだったからだ。
「そっか、名前ってそうよね。まぁ、しょうがないか。柴田幸恵。インプよ。淫魔族。職業はウィッチ。勿論、オンナよ」
「あ、ひょっとして前の世界の本名ですか? でしたら何か別のを考えましょうか?」
「んー、本名ではないからそこは大丈夫よ。人に呼ばれた回数は、多分こっちの名前の方が多いわ」
「芸名か何かですか? ああ、すみません、詮索するような事を」
「いいのよ。けれど意外だわ、魔王様が知らないなんて」
「はぁ、すみません、仕事が忙しくてテレビなどは殆ど見ないもので」
「テレビには私は出ていないわよ。ねぇ?」
幸恵が話を振ると、げんごろー、エレ、グランド、ケビン、おんたま、こんにゃく、つゆ諾々、シュガーが顔を逸らした。
コータとゲオルグも態度がおかしい。
それを見たエリは何かに気付いたようだったが、ポラリスは申し訳なさそうにしているだけだった。
「資料を読んで。以上」
箱のフタがカタカタと動くと、箱の中からそんな声が聞こえてきた。
「えー……と、あー、さんですかね? ミミックでよろしいですか?」
「違う。ああああ」
「え? 違いがよく」
「あー、と伸ばすんじゃなくて、ああああとあを四回言う」
「はぁ……」
「働きたくないので、ダンジョンの隅にでも置いておいて」
「その割には、職業ガードなんだな」
「動かなくてよさそうな職業を選んだだけだから」
げんごろーの突っ込みに、気だるそうな口調で答えるああああ。
「確かに名前からしてやる気の無さが伝わってくるけど、汎用スキルが『擬罠指揮』じゃなくて『魔物指揮』なのよね。つまり居るだけで役に立つ」
「え? だって汎用スキルの一つは固定じゃん」
エリがにやにやしながら言うが、ああああは動じない。
「そう言えば、こっちの汎用スキルには『魔物指揮』が無かったな。擬罠族への特別措置か」
「種族ごとに違うってことだろうね」
エレが呟き、グランドがそれを補足した。
「ああああ、さんで最後かな?」
「紙とペンが一組ずつ余ったけど?」
ポラリスの呟きに、作成したギリが応えた。
「俺達のチュートリアルでは、25人で一組だと言っていたが、24枚しかないな」
げんごろーも口を挟む。
「ええっと、どこかに隠れていらっしゃる? はんぺんさんみたいに……」
しかし当たりを見渡してみても、それらしい相手は見つけられない。
「24人が揃って、その後に魔王が来たらストーリー開始、という話だったから、人数は揃っている筈だけど……あら?」
エリが何かに気付いた。
レンジャーの職業スキル、『気配察知』と『気配探知』で探っていたところ、部屋の端に味方の存在を感じ取ったのだ。
「あの鎧から、味方の反応が出てるけど……?」
「鎧? まぁ、ああああさんやアカギさんを見れば、鎧の魔物がいてもおかしくないですが。おーい」
呼び掛けるが反応がない。玉座から降り、ポラリスは鎧へと近付く。
「おい、危ないぞ」
「味方の反応が出ていると言う事は、クランメンバーのはず。なら、自分と主従の関係にありますよね? 攻撃はされませんよ」
げんごろーの忠告にそのように反論し、ポラリスはマジックウィンドウの画面を切り替えた。
クランのページを開き、そこに登録されている、メンバーの名前を確認する。
「ミリエラさん、かな?」
自己紹介には無かった名前を見つけ、ポラリスが問いかけた。ぴくり、と鎧が動く。
「はじめまして、ポラリスです。頼りないかもしれませんが、魔王をやらせていただいております。貴方の自己紹介をお聞きしたいのですが……?」
しかし、鎧はカタカタと鳴るばかりで答えようとしない。
「おい、いい加減にしろよ。何を考えているのかしらないが、今はここにいる全員で力を合わせないと……」
「待ってください」
しびれを切らして鎧につかみかかろうとするげんごろーを、ポラリスは制止する。
体格は完全にげんごろーが上だが、ポラリスに抑えられると、まったく動けなかった。
資料で見ても、ポラリスのステータスは魔王だけあり、全ての能力がクランの中でトップだった。
「ひょっとして、喋れないのですか?」
ポラリスが尋ねると、兜の面当てがカタカタと鳴った。
肯定の意と受け取ったげんごろーは、唖然とした表情を浮かべる。
宝箱でしかないミミックでさえ喋るのに、鎧が喋れない事に考えが及ばなかったからだ。
「動く事もできないのですね?」
再び、鎧が鳴る。
「ええと、はい、なら一回、いいえ、なら二回鎧を鳴らしていただいてよろしいですか?」
一度、鎧が鳴った。
「ありがとうございます。触らせていただいても?」
一回、鎧が鳴る。
「失礼いたします」
ポラリスはある種の確信をもって、鎧――ミリエラの腕を触る。
軽く叩くと、音が響いて聞こえた。
「痛かったら、三回鳴らしてくださいね」
一回鎧が鳴ったあと、ポラリスは鎧の手首をもち、ゆっくりと回していく。
篭手部分が外れた。鎧は鳴らない。
「ああ、やっぱり」
「どうした?」
篭手が外れた部分には何も無かった。篭手の中も空洞で、何も入っていない。
「完全に鎧だけな訳か。設定を見た限りだと、恐らくダークメイルだな」
「貴女の種族はダークメイルですか?」
鎧が一回鳴った。
「だから動けないし喋れもしなかったんですね」
「しかし、箱だの人形だのが喋って動けるのに、なんで鎧だけ? ただの鎧だと思って近づいたら敵だった、っていうトラップ型のモンスターだろ?」
「げんごろーさんお詳しいですね」
「まぁ、暇な時はゲームしてたからな」
しかし、げんごろーの疑問も当然だ。
鎧が動く理由なんて、そういう種族だから、で説明がつく。
勿論、動けない理由も、そういう種族だから、としか言いようがないが、それなら何故、この種族は動けないのかを考えるべきだ。
「げんごろーさんの指摘通りにミミックと同じタイプなら、動けないとおかしいですよね。つまり、ミミックとはタイプの違うモンスターだと言う事……」
ふと気になって篭手をはめてみる。ぴたりとはまった。
「げんごろーさん、見てください」
「うん?」
「ミリエラさんの身長は160センチ程。対して、私はそれより頭二つ分ほど大きいですよね?」
「そうだな」
「しかし見ての通り、篭手が自分の腕にフィットしています」
「うん? ああ、サイズがおかしいって話か」
鎧についている方の篭手と比べれば一目瞭然。明らかに大きさが違う。
さっきまでは何も違和感を感じなかった。ポラリスが装着した事で、ポラリスに合わせたサイズに変化したのだ。
「はい。恐らく誰かが着る事で、能力を発揮できるタイプなのではないかと?」
鎧が一回鳴った。
「おお、正解みたいだな」
「試してみましょう。ミリエラさん、貴女を着させていただいてもよろしいですか?」
暫く無音。しかし、意を決したかのように、一回鳴った。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
そう言ってポラリスは兜を外し、被ってみる。
(はじめまして、ミリエラです)
すると、女性の声が聞こえた。
「げんごろーさん、何か言いました?」
「いや、なにも」
「じゃあ、今のがミリエラさんの声ですか……」
鎧が一度鳴る。
「俺には何も聞こえなかったぞ?」
「兜を被った事で意思の疎通が可能になったみたいですね。ミリエラさん、自己紹介をお願いします」
(はい。名前はミリエラ。ダークメイル。鎧族です。職業はガード。性別は女性。ポラリスさんが予想された通り、私を身に着ける事で、装着者の能力を向上させます。逆に、装着した相手を拘束する事も可能です)
「なるほど、防具にも罠にもなる訳ですね」
(みなさんのお役に立てると思って選んだ種族なのですが、まさか動けないとは思わなくて……)
「ははは、確かに、普通は動けると思いますよね」
(あと、これは声に出さないで欲しいんですけど……)
(なんですか?)
とりあえず、心で聞いてみた。どうやら通じたようで、反応がある。
(この世界から、本当に戻る事はできないんでしょうか?)
(あの画面を見る限りそうだと思いますね。何か方法があったとしても、今の自分達では見当がつきません)
ただ、チュートリアルが中断された際の文言を考えると、戻る事ができる可能性はあった。
(そうですか……)
悲し気なトーン。恐らく、そういう事なんだろう、とポラリスは思った。
聞いていいものかどうか悩む。
だが、ここまで言ったという事は、喋りたいのだろうと考える。
職場の女性も、よくこんな感じでポラリスに相談を持ち掛けていた。
(帰りたい、ですか?)
(…………はい)
暫くの沈黙のあと、返事があった。
(ひょっとして、誰かに強制されて来たんでしょうか?)
(いいえ。来たのは自分の意思です。けれど、一時的な感情に任せた結果で、すぐに後悔してしまって)
(なるほど……)
正直、あの設定で、感情的なままこの世界にやって来るとは考えにくい。
もしも本当なら、彼女は相当短絡的で、それでいて思い込みの激しい性格という事になる。
勿論、口にも心にも出さないが。
(ではこうしましょう。ミリエラさんのここでの目標は、帰る方法を探す事)
(え?)
(ここに来た人々は、様々な事情、目的をもっているはずです。恥ずかしながら自分も、一時の感情に身を任せた類でして、今はそうでもないですが、そのうち帰りたくなるかもしれません)
(そうなんですか?)
(ええ。ですので、我々はここで生きていくうえで、それぞれにばらばらの目標を持つ事になるでしょう。あくまで、協力して生きていくだけで、目指す場所まで一致させる必要はありませんよ)
(ありがとうございます)
(感情的になって選択を間違えてしまうことなんて、しょっちゅうあることです。あまり気になさらず。むしろ、そんな状況でも、いるかもわからない仲間のためになる種族を選ぶ貴女は凄いですよ)
(そ、そうですか?)
明らかに嬉しそうな声でミリエラが応じる。
(ええ。私なんて、種族や職業の説明を読んでいて面倒になってしまったから、ランダムに任せたら魔王になってしまっただけですからね。それに比べれば、ミリエラさんは立派ですよ)
(ふふ、いいんですか? そんな事を言ってしまって)
(じゃあ、お互いに内緒にするという事で)
(わかりました)
なんとかミリエラの精神は落ち着いたらしい。
「ところで、これからどうしましょうか? ずっと誰かが兜を被っているという訳にはいかないでしょうし」
「それなら、適当なモンスターを召喚して、そいつに着せておけばいいんじゃないか?」
「そうか、ミリエラさんの命令に従うようにしておけば、ミリエラさんの思うように動かす事ができますね。そのモンスターが喋れなかったら、筆談で良いわけですし。ミリエラさんもよろしいですか?」
(はい)
鎧が一度鳴った。
「では、これで自己紹介は終了ですね。いよいよ、勇者の迎撃に向けて、対策を話し合いましょうか。げんごろーさん、ミリエラさんを運ぶのを手伝っていただいてもよろしいですか?」
「おう、任せろ」
そして二人は鎧を担いで、仲間の下へと戻った。




