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37.交渉


「さて、グゥエンメ男爵閣下」


自己紹介を済ませたのち、先に切り出したのはポラリスだった。


「閣下には先んじて我々の意向をお伝えしてあったと思うのですが、通じておりませんでしたかな?」


「いえ、報告は受けております」


以前、ストーリーの都合とは言え、男爵の兵がサザンクロスに攻め寄せてきた。

彼らを撃退した際、人と関わる事はしない事を伝えてあった。


当然、攻めて来たならこれを撃退する事も。


「しかしそれでも、『魔物の統率者』が領内に住んでいるというのは、領民にとって不安を感じるものであり……」


「統率されていない魔物が住んでいた頃は、放置されていたのに?」


「それは……」


ポラリスの反論に男爵は口を噤む。


「我々の指示に従わない魔物は、こちらでも邪魔なので排除させていただいています。むしろ、我々は領地の安全に寄与しているのではないですか?」


「し、しかしポラリス殿。この拠点はどう説明されるおつもりか!?」


男爵も反論を試みる。

彼は、背後に控えるルーカス第三王子からのプレッシャーを感じていた。


「と言いますと?」


「人間と争うつもりはないと言いながら、このように森の中の領土を広げている! この森は我がグゥエンメ男爵家の領地であり、ひいてはフォルスナ王国の領地だ。これは明確な侵略行為ではないですかな!?」


それは、ルーカスが男爵に言った理屈そのものだった。

一応筋は通っている。


「これまで碌に管理していなかった森の権利を今更主張するのですか?」


「それは……」


「なるほど、確かにこの森はフォルスナ王国の土地であり、グゥエンメ男爵家の領地かもしれません。しかし、それは誰から保証されたものですか?」


「だ、誰から……?」


「それを定めているのはフォルスナ王国という人間の法律でしょう? せめても周辺国との間に交わされた約定よってでしょう? その法律は、魔物や野生の獣にまで周知されているのですか?」


「それは……」


「我々がここに住んでいたあなたの領民を追い出したというなら、あなたの主張は正しいでしょう。しかしそうではない。ここは元々使われていなかった土地だ」


淡々と諭すように言うポラリスだが、その声には力が籠っている。

言葉遣いは丁寧でも、絶対に引く気は無いという強い意思が込められていた。


「それにあなた方は魔物や獣さえ排除していなかった。法律が周知できない相手に対して、強引に履行する事さえしてこなかった。それは何故ですか?」


「ま、魔物や獣と会話ができるならばそうしていたでしょう!」


「ならば、我々がこの地を去ったとしても、残された魔物や獣は放置されるという事ですよね? それは今まで通りにこの森を放置するという事ですよね? ならば、我々が使っていても、何の問題も無いのでは? むしろ、魔物や獣の被害が減る分、そちらにメリットのある話だと思いますが?」


「は、話の通じない相手には武力を行使せねばならず、それは少なからず犠牲を出す事になります」


「なるほど。そのデメリットを覆すほどのメリットが、これまでは得られなかったと」


「そ、その通りです」


「では、我々を放置する事で得られるメリットと、我々に関わる事で受けるデメリットに関してはどのようにお考えで?」


「そ、それを交渉させて欲しかったのです」


「ならば使いを出せば良かったのでは? こちらの部下が冒険者と接触した際、目的を尋ねましたが、口止めされているので言えないと返答されたそうですよ?」


「う……」


ちらり、とグゥエンメ男爵がルーカスを見る。

元々この出陣は、『魔物の統率者』を下した、という手柄をルーカスが欲した事で始まっている。


放置は、そもそも有り得ない選択肢だった。


「り、領地を使うのならばそれに応じた税金を支払って貰わねばなりません」


「ほう」


「魔物や獣とは話が通じませんので取る事はできませんが、こうして会話が成立するポラリス殿には、是非ともこの提案を受けて頂きたい」


「しかし、税を払わぬ魔物を放置していたのに、我らにはそれを課すというのは少々理不尽ではありませんか?」


「それは、先程説明させていただいた通り……」


「我々と争うのはデメリットではないと?」


「そ、そうは言っておりません!」


ポラリスの空気が変わった事を鋭敏に察した男爵が声を上げる。


「ほ、本来は土地の広さや収入に応じて課税額を変えるのですが、ここが元々使われていなかった土地であるので、平均的な村一つ分の課税とさせていただきます! それと、害獣の処理をしていただいているという事で、そこからいくらか割引させていただくという事でいかがでしょう?」


「……それで?」


「そ、それでとは……?」


「我々のメリットは?」


「め、メリットですか……!?」


「まさか土地に住む事を許す事をメリットなどと言いませんよね? 先に申し上げました通り、我々は王国の法律の埒外にいます。あなた方に、土地の使用の許可を貰う必要は本来ありません」


「そ、それは……」


「この森を我々の領地として認め、我々に手を出さない。それを約束していただけれうというなら、先程提示された税金くらいは払いましょう。つまり、平穏がメリットという事ですね」


「黙って聞いておれば、いい加減にせよ!」


男爵の背後で、明らかに苛立ちを感じていたルーカスが、とうとう爆発した。


「ここは王国の土地である! そこに居座る不届き者が、メリットだなんだと! 法律の枠の外だというなら、其方らは獣と同じよ! 土地を渡さぬというなら王国の全軍でもって蹴散らしてくれる!」


ルーカスは激昂して叫ぶが、ポラリスは一瞥しただけで、すぐに目線を男爵に戻した。


「発言権の無い者があのように申しておりますが、男爵閣下も同じ考えという事でよろしいですか?」


「い、いや、それは……。しかしポラリス殿、よろしいのですか? 先程の言葉に逆らうという事は、王国そのものを敵に回すという事で……」


「使っていなかった森に住みついた、人間に手を出さないと公言している相手に、国が積極的に動くのですか?」


「動くとも! これは最早面子の問題だからん!」


「王位継承順位の低い、第三王子である彼に、それほどの影響力があるのですか?」


今度は一瞥もせずにポラリスが男爵に向けて言った。

当然、男爵は答えられない。


答えられないという事は、そんなものは無いと言っているのも同然だった。


同時に、何故知っているのか? という疑問も湧く。


「彼の失態を順位の高い者も、低い者も喜ぶのではないですか? 王族が害されればそれを口実に戦を仕掛ける事もあるでしょうが、それはあくまで侵略、支配をして十分な見返りが期待できる場合でしょう? 何の利益も生み出さない森の支配者に対し、それを見出せるのですか?」


「王室の面子だと言っておろうが! それを放置するという事は、王国支配が揺るぎかねん!」


「人に関わる気は無いと言っている相手に対してもそうなのですか?」


「誰が相手であろうと関係無いわ!」


「王族が国境を越えて他国に侵入し、捕えられて処刑されたとして、その報復をしない事で貴族からの支持を失うと思いますか?」


むしろ、国家間の関係を悪化させたとして、その王族が非難されるだろう。

当然、他国に謝罪こそすれ、報復するなど有り得ない。


元からその国に侵攻する機会を窺っていたというなら別だが。


「ここは王国の領土だ! 仮に王族が領民の家に勝手に入り殺されたとしても、その家の者は罪を負う事になる!」


「との事ですが閣下、実際のところはどうなのです?」


話を振られたところで答えられる訳がなかった。

他人の家に勝手に入っただけでも、愚か者の誹りは免れないのに、あまつさえそこの住人に殺されたとなれば、その存在そのものを消したくなるほどの王家にとっての汚点となるだろう。


継承順位の低い者は、国民人気を狙って適当な理由をでっちあげて、敵討ちを考えるかもしれない。

しかしポラリス達の場合、その存在が噂され始めて二ヶ月あまりが経過しようとしているが、彼らによる被害が領民に出ていない事で、人間と関わる気が無い、という言葉を信じるようになっていた。

『魔物の統率者』の存在そのものを疑う者までいる。


果たして、そのような状況で敵討ちの大義名分が成立するだろうか。


高い確率で、否、だと男爵は思った。


だから、何も答えられない。


「どうやら、閣下のお考えは違うようですね」


そもそも、ルーカスは忘れている。

この場にいるのはポラリス達と、男爵とルーカスだけではない。

五十人の兵と、十人の冒険者が彼らの会話を聞いているのだ。


仮にこの場でルーカスが殺されたとして、男爵がその事実を揉み消そうとした時、彼らは王家への忠誠を果たすだろうか。


「貴方方の考えはわかりました。この場ですぐに結論を出すのはお互い不可能でしょう? 一度お帰りください。そして改めて、私と私の仲間の事を踏まえて、どのように対処なさるか決めてきていただきたい」


「そんな時間は無駄だ! 今すぐこの場で……」


「これ以上森の中に残るというなら、こちらとしても排除しなくてはなりません。男爵閣下には、侵入者には容赦をしない事、お伝えしてありますよね?」


ルーカスの言葉を遮り、ポラリスは男爵に向けて念を押す。


「貴方方の言葉を借りれば、本来なら容赦なく皆殺しにするところを、会話が可能だったからこうしてお話しさせていただいているのです」


「おい……」


「交渉の際に発言力があるのは、私の目の前の椅子に座った方のみだとお伝えしているはず。そして、閣下はその椅子に座らされましたよね?」


「そんな口約束になんの意味が……」


「言葉の通じない相手は、害獣と同じだと申し上げているのですよ、閣下(・・)


男爵に向けて発せられた言葉でありながら、ルーカスは自らの首元に刃が当てられたような感覚を覚えた。

思わず、首をさする。


「森の領有権を認めていただけるのであれば、我々は人に対し手出しはしませんし、先程閣下が提示されました税金もお支払いしましょう。それ以上の譲歩を迫るというなら、それ相応の条件を提示していただきたい」


「ポラリス殿……」


「すぐに決められないというのであれば、一度お帰りください。ただし、そちらからの返答があるまで、我々が動きを止める事は期待されないように。ああ、最初の約束の通りに、こちらから人に手を出す事はいたしませんので、そこはご安心を」


「殿下……」


男爵は振り返ってルーカスを見た。


「……よかろう、一旦兵を退く」


ルーカスの宣言により、交渉はひとまず保留となった。





「……殿下、これからどうなさるおつもりですか?」


森から引き揚げていく途中、男爵はルーカスに尋ねた。

間違いなく、彼はこのまま済ます気はないだろうと思われた。

できればこれ以上関わりたくない男爵は、それでも一抹の希望を抱いて、ルーカスにその意思を確認する。


「時間を得たのは大きい。そして、『魔物の統率者』と実際に顔を合わせられた事もな」


しかし、男爵の望む答えは得られなかった。


「一兵士の証言だけでは弱い。だが、王族である余の言葉なら、多くの貴族が信じるであろう」


「攻めるおつもりですか?」


「魔物を引き連れた人間でない知恵ある者など、存在そのものが害悪だ」


「このまま交渉を繰り返し、ある程度の税金を得た方が良いかと愚考いたしますが……」


「其方は自分の領地が潤えばそれで良いと申すか?」


「そ、そういう訳ではございません」


「この国の平穏を思えば、あれは完全に排除しなければならぬ。そう、これは聖戦なのだ」


一人盛り上がるルーカスを余所に、男爵は深い溜息を吐いたのだった。





「帰りましたね」


「帰ったな」


「またくるでしょうね」


「くるだろうな」


ルーカス達が撤退した後、ポラリスは玉座に深く座り込み、そのように溢した。


「男爵はまだ良識的な方でしたから、彼が時間を稼いでくれるといいのですが……」


「期待しない方がいいと思うよ」


ポラリスの言葉を否定したのはシースルーのはんぺんだった。


「あれは良識的なんじゃなくて、ことなかれ主義って言うんだよ。あの手の人にとって一番大事なのは自己保身だ。自分の立場が危うくなれば、簡単にあの王子に賛同するよ」


「……随分実感こもってるな」


「まぁ、ね」


ギリの横やりに、はんぺんは言葉を濁す。

その辺りに、転生を選んだ理由がありそうなのは、普段の言動からも感じていたので、それ以上は誰も突っ込まなかった。


「ともかく備えましょう。向こうが本気を出してきたら、数で負けるのはわかりきっていますからね」


「戦うって事でいいんだな?」


「交渉前に言った通りです」


げんごろーの問いに、ポラリスは即座に答える。


「譲歩できるのは森の手前まで、それ以上を要求されたなら、全面戦争になるとしても、抵抗すると」


そして、逃げたい者はクランの契約を切るとも約束していた。

転生して来た者達は、それぞれに転生の目的がある。

今この場にいるのは、ここにいるのがその目的を達成するうえで最も近道で、そして最も安全だからだ。


そのどちらかが崩れるなら、クランを見限る選択肢もありだ。

勿論、ポラリスは残って貰えるように説得するつもりだが、最終的には相手の意思を尊重するだろう。


『玉座の間』に集まったメンバーの顔を見渡すが、誰も彼もが、真っ直ぐにポラリスを見ている。

消極的、積極的の差はあれど、彼らは今のところ、ポラリスを見捨てる気は無いようだった。


何とも締まらない感じですが、今回の騒動は一先ず終わりです。

火種は残ったままですので、すぐにまた何かあるでしょうけれど。

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