36.魔王との対面
ルーカスは冒険者のパーティを幾つか前衛に置き、五百の兵を率いて森の中に入った。
「殿下、この先に魔物の拠点があるそうです」
「それがどうかしたか?」
部隊長の一人が王子の乗る馬に近付き、報告する。
だが、ルーカスはその報告の意味がわからなかった。
「冒険者数人では陥落させるのにてこずるそうで、援軍を要請しております」
「どの程度必要だ?」
「三十もあれば十分かと」
「ならば雑兵から適当に選んであたらせよ」
「殿下、丁度良いのでここいらで野営にしましょう」
「なに?」
「三十の兵を繰り出しても即陥落、とは参りません。陥落させた後の調査もございます。恐らく、全てが終わって行軍を再開する頃には日が暮れるかと」
「ふむ……。まぁよかろう。一部の兵に拠点の攻略を命じ、残りの兵には野営の準備を命じよ」
「はは!」
ルーカスの命令を受けて兵達が動き始める。
冒険者パーティとは別に三十人の兵が隊列を組んで拠点に近付く。
「あんまり堂々と進まない方がいいですぜ。櫓の上に弓兵がいます」
「ち、面倒な……」
茂みに身を隠していた冒険者の一人が、攻略部隊を率いる隊長に声をかける。
明らかに貧乏くじを引かされた隊長は舌打ちをしつつ呻いた。
「弓隊前に出ろ。まずは櫓を破壊する。お前達も、攻撃魔法が使えるなら手伝って貰おうぞ」
「わかってますよ」
そして貧乏くじを引いたと思っているのは冒険者も同じだった。
森の調査をして軍に伝えるだけの仕事だと言われて引き受けた筈だった。
それが、魔物の拵えた拠点を攻略するはめになっている。
逃げそびれた。
彼はそう感じていた。
相手から狙撃されないよう、二十人の弓隊が茂みにしゃがみ、膝打ちの姿勢で弓を構えて矢を引き絞る。
「放て!」
隊長の号令一下、茂みの中から矢が放たれた。
同時に、周囲の茂みからも矢や魔法が飛ぶ。
だが、それらは全て櫓に命中する前に軌道が変わり、あらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
「矢避けの魔法か!」
それを失念していた隊長が悔しさを滲ませて叫んだ。
攻撃目標を一ヶ所に絞ったせいで、まるで被害を与えられていない。
「くそ、第二射……」
だが、隊長の知る矢避けの魔法が長く続かない事も知っている。
波状攻撃を仕掛ければ必ず櫓は壊れる。
そう考えて二射目の準備をさせるよう命じようとした隊長の額を、櫓ら飛来した一本の矢が貫いた。
「なっ……!?」
突然の指揮官の戦死に、兵達の動きが止まる。
そして、四つの櫓から次々に、周囲へ向けて矢と魔法が放たれた。
「ぐわ!」
「ぎゃっ……!?」
冒険者達は素早く矢避けの魔法を張ったか、最初から使っていたかしてその被害から免れたが、兵達はまともに浴びてしまった。
「ひ、退け! 退けぇ!」
戦死した隊長の体を担ぎながら、副隊長が指示を出す。
「この森にいる人間に告ぐ」
その時、櫓からそのような言葉が聞こえてきた。
思わず、逃げようとしていた兵も冒険者も足を止めた。
「我らは争いを好まぬ。我らには話し合う用意がある。思いを同じくするならば、統率者は前に出よ」
「いかがなさいます?」
その声は、野営の準備をしているルーカス達の元へも届いていた。
「ふん、元々降伏勧告のために余がこのような場所まで来たのだ。受け入れるというなら、出て行ってやろうではないか」
「護衛を選抜いたします。暫しお待ちを。おい! 魔物の拠点にすぐに向かうと伝えて来い!」
すぐに伝令が走り、攻略部隊の副隊長にそれが伝えられる。
「わかった! すぐに我らの指揮官が向かうゆえ、暫し待たれよ!」
副隊長が茂みから姿を現し、櫓に向かって声を張り上げた。
「――日が落ちる前に姿を現さねば、周囲にいる五百人全てを皆殺しとする」
「ぐ……う、承った……!」
そして副隊長が伝令にその内容を伝え、伝令がルーカスの元へと走って行った。
勿論、その声は本陣にも届いていたのだが、仕事としてこなさない訳にはいかない。
そして暫くして、十人の冒険者を前に出し、百人の兵に囲まれて、ルーカスとグゥエンメ男爵が拠点の前に姿を現す。
「此度の征伐の指揮官、ルーカス殿下とグゥエンメ閣下である! 『魔物の統率者』よ、姿を見せよ!」
隊長格の兵の一人が前に出てそう叫ぶと、彼の目の前で門がゆっくりと開き始めた。
門が開き切るのを待っていると、その奥から一枚の長い板が出現し、堀の上に渡された。
「入ってこい、という事でしょうな」
「不遜な奴だ。お前が来いと伝えてやれ」
だが、それに対する拠点側の反応は、一本の矢だった。
眼にも止まらぬ速さで放たれた矢が、要求を伝えた兵の胸に突き刺さった。
「交渉する気が無いと考えてよいのだな?」
続いて拠点から声が聞こえる。
「殿下、これ以上はまずいです」
「ち、仕方あるまい。冒険者を先に入れさせ、安全を確認させよ」
ルーカスの命令に従い、冒険者が五名、開いた城門から拠点内に入る。
周囲を警戒しながらであったが、何事もなく入って行った事で、固唾を飲んで見守っていた兵達がほっと一息吐いた。
その瞬間に扉がしまる。
ような事も無く、暫くして冒険者が全員無事に外に出て来た。
「拠点には『魔物の統率者』がおり、文字通り交渉のテーブルが用意されていたそうです。百人の兵を中に入れる事も了承したそうです」
伝令からそう報告を受けた部隊長は、目端の利く冒険者だ、と思った。
間違いなく、何度も往復させられるのを嫌って、思いつく限りのことを聞いただけだが、それが大事だと考えていた。
「冒険者は全員中に入れろ。兵は五十人だ。残りの五十人の兵は退路の確保だ」
ともすれば臆病のようにも思えるが、継承順位七位とは言え、ルーカスは王族である。
自身の生存を最重要事項だと考える事は当然だった。
それは、彼の無茶振りを疎んじている男爵や兵士達、冒険者ですら、そういうものだと認識していた。
「ぬ……」
騎乗したまま拠点に入ったルーカスは、その光景を目にして顔を顰めた。
兵が作った道の先には、一組のテーブルと椅子が置かれていた。
その対面には、この世の者とは思えない程の美貌を湛えた男が微笑を浮かべて座っていた。
彼の周囲に、首から上が雄牛の大男、下半身が馬の騎士、家ほどもある巨大な蜘蛛などが存在していなければ、とても『魔物の統率者』だとは思えなかっただろう。
前を歩く部隊長、その後に騎乗したルーカスが続き、その馬の手綱を握る兵の背後を、グゥエンメ男爵が歩く。
「ようこそおいでくださいました。どうぞ、お座りください」
兵の道が途切れると、一人の美女がテーブルの傍に控えており、椅子を引いて着席を促した。
「…………」
「……殿下」
しかしルーカスが動かない。男爵が恐る恐る声をかける。
何を考えているかわかったからだ。
「お気持ちお察ししますが、この場は抑えてください」
「騎乗したままでも構いませんよ」
すると、椅子の背もたれに手をかけた美女が、まるで彼らの心を読んだかのように言った。
よくよく見ると、黒を基調とした禍々しい鎧を身に着けている。
彼女も魔物なのだ、とグゥエンメ男爵は戦慄する。
「ただし、交渉の際の発言に効力があるのはこの椅子に座った方のみのものです。それ以外の方の発言は、どれほどの地位にある方のものであっても、小鳥の囀りと変わりませんので、ご了承ください」
「……」
「……殿下」
「……男爵、其方が座れ」
「え?」
「この領地は其方の領地。余は助力しているに過ぎぬ」
「……わかりました」
この戦を始めたのは間違いなくルーカスである。
男爵自身、自分が生贄に差し出された事を理解した。
それでも、王国貴族である彼は、一切の抗弁をせずに前に出ると、席に座った。
「初めまして。この地を治めます、男爵グゥエンメです」
「初めまして、男爵閣下。この森を治めます、魔王ポラリスと申します」
お互いに名乗り合い、そして頭を下げる。
「以後、お見知りおきを」
ポラリス「座って待ってるって失礼じゃないですか?」
メンバー「威厳も大事だから」




