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35.彼らの事情


フォルスナ王国の第三王子であるルーカスは焦っていた。

第三王子ではあるが、彼の王位継承順位は七番目。

まだまだ王座を狙える位置であるが、安心できる順位ではない。


王は健在だが、明日いきなり王座が変わる可能性は決して低くない。

何より、この七位という順位は彼が地道に順位を上げて来た結果ではなく、産まれた時から決められていた順位だ。


ようは、ルーカスは今まで何もしてこなかったのである。


勿論、王族としての教育を受け、継承順位が下がるような失敗もせずにやって来たのは褒められるべきだろう。

しかし、順位を上げるために王国に貢献する、有体に言えば、手柄を立てるような事を何もしてこなかった。


第一王子は文治派を、第二王子は武断派を自らの派閥に取り込み始めている。

貴族を持ち上げ、王室の権限を抑える事で、貴族からの支持を得ようとしている王族もいる。


しかし彼はそういった努力を何もしていない。

このまま別の王子が王座に就けば、しかし逆に今の地位は安泰である可能性は高い。


王位につく、という野心さえ持たなければ、彼は王族として何不自由ない一生を過ごせるだろう。

だが、彼は野望を抱いていしまっていた。


そんな中で上がって来たのが、自らが持つ領地の隣、グゥエンメ男爵の領地に出現したという『魔物の統率者』の話だった。

グゥエンメ男爵が調査を目的とした兵を出すも、壊滅的な打撃を受けて撤退。

しかも、相手は人と関わる気が無いから、自分達に関わるな、と伝言を兵士に残したらしい。


魔物のいる森の調査に出かけて、兵士が損害を受けたから、その言い訳をしているのだろう、と多くの者は思っていた。

だが、ルーカスは違った。

信じた訳ではない。


ただ、他に縋るものが無かっただけだ。


自分の軍を動かし、王族としての権力でグゥエンメ男爵に圧力をかけて兵を出させた。

更に、冒険者を雇って彼らを斥候として放つ。


冒険者ギルドこそ、税金を払っているが、冒険者自体は税も払わず定住もせず、のうのうと領地で暮らしているならずもの。

そのように認識しているルーカスだったので、彼らを消耗できれば一石二鳥だと考えた。


自分達は森に入らずその周囲で野営をしていると、一組の冒険者パーティからある情報が齎された。


会話のできる魔物がいた事、そして、魔物が森の中に拠点を築いてる事。


「グゥエンメ男爵、君の部下が法螺吹きではなかった事がこれで証明されたな」


「そ、そうですね、喜ばしいことです」


冒険者の報告をそのまま信じる訳ではないが、嘘の報告はしないだろうとも考えていた。

何せ森に入っているのは彼らだけではないのだ。

他の冒険者の報告と比べれば、嘘などすぐにバレてしまう。


「そして報告が真実だとするならば、これは重大な協定違反ではないかな?」


「と言いますと?」


「君の部下に『魔物の統率者』とやらは、人に手を出すような事はしない、と言っていたのだろう?」


「え、ええ、そう聞いています」


「なのに彼らは森の中に拠点を作っているという」


「ええ」


困惑するグゥエンメ男爵。

それを見て、察しの悪い奴だ、と軽い失望をルーカスは覚えた。


「この森は君の領地だろう? そこに勝手に拠点を作るというのは、侵略行為ではないかね?」


「そ、そうとも言えるかもしれませんね……」


勿論、ほぼ手付かずの森でそんなことをされたからと言って、グゥエンメ男爵は憤る事は無かった。

これが他国の間者やら、小部隊の中継基地だというなら問題だが。


現代で言えば、誰も立ち入らないような場所だと言っても、他人の土地に勝手に住み着いたら犯罪である。

しかし、この国において、使っていない土地は誰のものでもない、という認識が強い。


だからこそ、貴族同士で小競り合いが頻発しているのだが。


「どうするかね?」


「え?」


「君が望むならば、これを国家への敵対行為と見做して王国軍を動かす事ができる。王室が動かなくても、周辺の貴族に兵を出すよう命じる事はできるぞ」


「はぁ、それは、その……」


とは言えルーカスは、王国軍を動かすつもりなどなかった。

本当に動くかどうかはともかくとして、彼は他の王族を今回の件に関わらせるつもりは無かったのだ。


周辺貴族への出陣命令を出して貰って、それを自分が率いる、という形が最も望ましい。


しかしそれでも、男爵の同意、あるいは請願が必要だ。

だからルーカスは、彼からその言葉を引き出そうとしている。


「り、領民の安全のためにも、改めて『魔物の統率者』と交渉をするべきかと……。戦はそれからでも遅くはないのでは?」


そして、正直王室の権力争いに巻き込まれるのも、徒に魔王を刺激するのも避けたい男爵は、折衷案を出した。


「消極的だな、男爵」


「こ、言葉で片がつけば、損害は抑えられますし、問題を解決したという事実は変わりません……」


「ふむ、確かに昔の兵法書にも、戦わずして勝つ事が上等とあったな」


なんとか説得できたようだ、と男爵は安堵の溜息を吐く。


「よし、では男爵。これより『魔物の統率者』に降伏を促しに参るぞ。ついて参れ!」


「え?」


しかし彼は受難から逃れられないようだった。





「なるほど、継承権争いね」


捕えた冒険者パーティのうち、男性冒険者を『魅了』して、ドーテイ達は情報を聞き出していた。

細かい心情は当然わからないが、今回の出陣の概要はある程度理解できた。


「このあと王子様はどうすると思う?」


「手柄を独り占めするためには、他の王族を呼ぶ事はできません。戦力を増強するつもりなら、冒険者を雇うか、周辺の貴族に命じるかするでしょう」


幸恵さちえに尋ねられた斥候の男が感情の無い声で答えた。


「攻めて来るのは止められない?」


「無理だと思います。あいつらにとって、王族や貴族以外は虫けらみたいなもんですから」


「本音が漏れるのが面白いっスね」


「細かい作戦なんかは来ていない訳ね?」


「はい。冒険者なんて使い捨てにしか思っていませんよ。俺達はあくまで情報を持ち帰るだけです」


「封建制って怖いですね~」


「ソニックスワローが何体か、森の外を見て来たそうですよ。武装した軍が森の周囲で野営しているそうです。二千くらいはいるそうです」


その時、ケビンが上から降りて来てそう言った。

情報に偽りがない事が証明されたとドーテイは考える。


「そのような思考の持ち主だと、交渉で退いて貰うのは無理だな。いっそ拠点を放棄して、ダンジョンまで呼び込むか?」


「壊されると困るのよね」


「あれ一つで結構ソウル使ってるっスからね。修理するにもそれなりに必要っスし」


「折角の拠点です。破壊するのではなく中継拠点として活用するのでは?」


「その保証がありませんからね~」


ドーテイ達の間でも意見が割れていた。

攻めて来るなら迎え撃つ、というのは一致しているが、それをどこで行うかが悩ましいところだった。


一番安全なのはダンジョンで戦う事だ。

罠もふんだんにあるし、ポラリスのスキルや施設の効果も使いやすい。

何より入口が一ヶ所しかないので、大勢の兵を繰り出してもほぼ無意味だ。


だが、幸恵やコータが懸念したようにその道中にある拠点が破壊されてしまう可能性があった。

彼らにもこの世界でやりたい事や願いは色々ある。


それを叶えるなら、やはり森の調査はさっさと終わらせて、外の世界との繋がりを持つのが一番だ。

しかしそれでクランが危険に晒されては本末転倒だ。


ポラリスが死んだら自分達も死ぬのだから。


(まぁ、ポラリス様なら土下座でもして頼み込めば、クランから抜けさせてくれるだろうけど)


しかし、今度はそのあとどうするのか、という問題があった。

魔物と人間が相いれない存在なのは、マイガ達から齎された情報で理解していた。


魔王のクランから抜けた魔物が一人で、安全に暮らせる世界ではない事がわかっている以上、ノープランで飛び出すのは勇気ではなく無謀だ。

結局隠れ住まなければならないなら、魔王のクランに残った方がいい。


なんだかんだで多少は働かされているようだが、ああああなんかは狩猟採集や生産の労働から除外されているのだから。


「大体予想通りだったが、裏を取れたのが大きいな」


「そうっスね。これで大まかの方針は決められると思うっス」


「いっそこちらから攻めるというのはどうですかね? 私とガンゲイルさん。それと、ソニックスワローの一団で強襲すれば相当な損害を与えられますよ」


「全滅させなくても撤退を促す事は可能か……」


「どう思う?」


「やめた方がいいと思います」


幸恵が戦士の冒険者に尋ねてみると、彼はきっぱりと否定した。

とは言え、斥候と同じように目が虚ろで抑揚の無い口調だったが。


「王族や貴族を殺せば、王国との全面戦争は免れません。彼らを逃がしたとしても、何の成果も得られないまま敗北して帰る事はできないので、兵を増やしてまたくるだけでしょう」


「それは迎え撃った場合も同じじゃないの?」


「呼び込んで迎撃するなら状況は変わります。彼らを捕縛して、何かメリットを提示して不可侵の交渉をするべきです」


「…………あなた、冒険者になる前は何をしていたの?」


「別の国で騎士をやっておりましたが、膝に矢を受けてしまったので退役しました」


妙に詳しい戦士に疑問を持ち、幸恵が訊いてみるとそんな答えが返って来た。

納得の前歴だった。


「さて、聞きたい事は大体聞き終えたかな」


「そうっスね。あとはこの情報を持ち帰って魔王さんに判断して貰う感じっスかね」


雇われた冒険者の数や、その調査に関する細かい命令。森の中の彼らの拠点の場所などを聞き出した後、これ以上は何も得られないだろうと判断する。


「彼らはどうするの?」


幸恵の言葉に、唯一正気の女性冒険者が背筋を震わせた。

同性相手には『魅了』の効きが悪かったので、他の男性冒険者に彼女を拘束させていた。

まるきり効かない訳ではないようなので、幸恵のステータスの問題だろう、と結論つけた。


「逃がして問題無いだろう。王子が本格的に攻めて来るなら先鋒を任されるだろうから、その時に改めて倒せばいい」


「彼らが帰らないとなると、王子様の行動も変わっちゃうかもしれませんからね~」


「彼女を連れて森を出なさい。そのあとは自由にしていいから」


幸恵が命じると、男達は立ち上がり、森の外へと向かって歩き出した。


「効果時間はどのくらいだ?」


「一時間も無いと思うわ人間にかけたのは初めてだから、ちょっとわからないわね。でもどうして?」


「自由にしていい、が彼女の身にも及ぶとなると、ちょっと可哀想かと思って」


「ああ、そういう……」


「一時間なら大丈夫そうっスね。王子の所に戻ると最前線に放り込まれて死ぬかもしれない事はあの女の人にも伝わってるはずっスから、『魅了』が解けたあとは全力で逃げるでしょう」


「じゃあ私達は戻って魔王様に報告しましょうか」


「では、ガンゲイルさんにも伝えて来ますね」


そう言ってケビンが上空へと向かい、ドーテイ達もその場を離れたのだった。


そこまで凄い真相ではないかもしれませんが、人間が森へとやって来た理由が判明しました。

そしてやはり、森の外には軍隊が控えていましたね。

交渉で平和的に済むのか、それとも戦闘となるのか。

次回をお待ちください。

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