26.勇者との取引
「しかしなんだな、改めて、魔属って楽しそうだなー」
マイガ達は取引の話を詰めるために、数日滞在する事になった。
現在は、ギリが作ったボードゲームで、どれが王国で受け入れられそうかを確認していた。
「そうか? やっぱり自由に動けるってのは大きいと思うぞ」
ギリが言いながらダイスを転がし、出た目に応じた絵札を取った。
「あ、私にも石をください」
「はいよ。ところでポラリス、土とその石交換しない?」
「木もください」
「じゃあいいや。パスで」
「まぁ、やっぱり冒険者とか、憧れがあるしなー」
「マイガでもそういう事思うのね」
マイガの言葉に、イリエが意外そうな顔をした。
この国の少年にとって、冒険者というのは騎士と並んで憧れの職業の一つだ。
ただ二人の認識は微妙にずれていた。
「じゃあギリさんから一枚いただきますね、よっと」
「……ポラリスってヒきが強いよなぁ……」
「伊達に魔王をやっていませんよ。兵士をオープン。最大戦力証、いただきますね」
そしてポラリスは盤上に置かれた黒いコマを動かす。
「そしてギリさん、もう一枚ください」
「おぅ……」
「じゃあこれで家を作って、私の手番は終わりです」
「うーんポラリスさん強いなー。それでディラン、これまでどうだった?」
「トランプとウノ、リバーシは間違いなく売れる。ウノとリバーシはルールがシンプルだし、ウノとトランプは美術品としての価値もある。トランプと絵札は遊び方の互換性が高いしな」
「花札は?」
マイガがダイスを転がしながら尋ねる。
「美術品として人気は出るかもしれんが、ルールがな。絵柄を覚えなければならないのはやはり難易度が高いだろう」
「貴族向けの商品と考えれば、それなりにいいかもね。ああ! そこに盗賊を置かないで!」
「流石に石四枚出る5の場所は塞いでおかないと」
「魔王を止めなさいよ! あいつあと2点であがりよ!?」
「いや、ポラリスさん、悪いい数字に一個ばかりだし、良い数字は俺と被ってるし、あと……」
言いながらマイガは長方形のコマを盤上に三つ配置する。
「俺もこれであと1点だし」
「ああ、最長街道もってかれた!」
そう言って嘆くのはエレだった。
「つーか、ポラリスとマイガ強いよなー。なんかやたらと出目いいし」
「え? あなた気付いてないの?」
ギリの呟きにエリが呆れたように呟いた。
「魔王様とかマイガって『幸運』のステータスもの凄く高いでしょ?」
「ああっ!? そうか、これ、そうか!!」
まさに今気づいたようで、ギリが膝を打ち、叫んだ。
ちなみに現在のプレイメンバーで言えば、『幸運』の高さは、ポラリス>マイガ>エレ>>>ギリ。
イリエとディランのステータスは、ポラリス達は確認できなかった。
「ちなみに勇者に対抗できるのはああああやはんぺん。魔王には『幸運』だけで言えば誰も勝てない」
「ましてやギリくんって『幸運』、メンバーで最低値だしね」
ああああやはんぺんにも言われ、がっくりと項垂れるギリ。
「ちなみに俺は普通に遊べるだけで楽しいから、そこまで勝負に執着してない。このゲームなら交渉である程度いけるし、最悪、魔王様と同じマスに配置すればいいし」
「お前、気付いてたんなら言えよぉぉぉぉお!」
「むしろ今まで気付かなかったユーにびっくりネ。どれだけ魔王様とプレイしてた?」
「う……」
「お前、ひょっとしてジャンケンくそ弱いの気付いてないだろ?」
「え?」
グランドから指摘され、ギリが天を仰ぐ。
言われてみれば、こっちの世界に来てからジャンケンに勝った記憶がほぼ無い。
「『敏捷』か『器用』が高ければそっちで対抗できるけど、何も考えずに適当に手を出すなら、『幸運』依存だぞ」
「おぉう……」
今までどれだけ損をしていたのか、とギリは震えた。
「人間にも確かにいるな、やたらと運が良い奴」
「運が悪い奴もね」
「まぁ、特別なステータスでなければ、大抵の人の『幸運』は誤差の範囲に収まるだろうから、運要素の強いゲームでも大丈夫でしょ」
「むしろシンプルで運の要素が強い方が受けるだろうな。誰でも勝てるから」
マイガの言葉をディランが補足する。
「とは言え、遊び方がわからんとどうしようもない。平民の殆どは文字が読めないから、遊び方を書いた紙をつけても意味がないからな」
「なら貴族に、という事になるが、ただ商品を売るだけならともかく、遊び方を教えるのは難しいだろう」
「あ、やっぱり身分の差、大きい?」
「ああ、マイガ。冒険者ならせめて黒以上の階級か、そうした相手からの推薦が必要だろう」
「もしくは、何か貴族に呼ばれるような実績を挙げるか、だな」
「世知辛いですねぇ……」
イリエとディランの言葉に、身分社会を感じ取り、ポラリスが苦笑いしながら呟く。
「そうなると、詳しいルール説明が必要ないリバーシかな?」
「もしくは冒険者ギルドで広めるとかな」
エレの呟きにディランが応える。
最早、魔物と会話する事に疑問を覚えなくなっていた。
ボードゲームを通して交流した結果、外見が変わっているだけで、中身は人間と同じだと理解するようになったからだ。
「家を発展させて、あがりです」
「ぬあー!!」
ポラリスが宣言すると、ギリが頭を抱えて叫んだ。
「まだあきらめてなかったの?」
呆れたようにエリが呟く。
「俺も実はあと1点だったんだよ!」
そう言ってギリが自分の前に伏せられたカードをめくる。
「あ、点数カード抱えてたのか」
「なのにこの二周くらい殆ど出なくて……! 折角出ても盗賊や騎士で抜かれる始末……!」
「うーん、まさに『幸運』最低値」
「諦める事すら許さないとは、むごい……」
崩れ落ちるギリの惨状に、次々とメンバーから同情的なコメントが飛ぶ。
しかし、その一言ごとに、ギリの胸は抉られていった。
「それで、冒険者ギルドで広める、というのはどういう事でしょう?」
「いや、別に冒険者ギルドでなくてもいいんだ。酒場とか、人が集まる場所に買い取ってもらい、有料で客に貸し出す感じにする」
「そうか、ギルドや酒場なら俺達が普通に教えられるし、ギルドなら文字を読める人も多いもんな」
ディランの発言をポラリスが掘り下げる。
詳しい説明を聞き、マイガも理解を示した。
人の集まるところに置けば、多くの人間がそのゲームに触れる事になる。
気に入れば、個人で買う者も出て来るだろう。
遊び方にしても、そうしたところにはヌシと呼ばれる人物、グループがいるので、彼らに教えておけば勝手に周知してくれる。
「市井で話題になれば貴族も興味を持つでしょうね。そうなれば、堂々と遊び方を教えられるわ」
「コマが多くて細かいものは貴族に売りつけた方がいいだろうな。ギルドや酒場だと、手癖の悪い奴がいるから」
「やっぱり治安は良くないですか」
「自己防衛ができない奴が悪いって認識ですね、この国だと」
「そもそもがニッポンの治安の良さが珍しいのヨ」
落とした財布の中身がそのままで戻って来るのは日本くらい、とはよく言われる話だ。
文明の発展した時代でも、そのような状況である以上、地球で言えば、それより千年以上文明が遅れている世界だ。
そのような場所の治安など、推して知るべしである。
「まぁ、そのあたりはそちらにお任せしますね。ではとりあえず、トランプとウノ、リバーシでしょうか」
「あとは幾つかルールが簡単なボードゲームを持って行きます」
「布もありだな」
ひとまず今回売りに行くものは決まった。
あとは実際に売ってみて、その結果をもとに調整する形となる。
「では、はんぺんさんは、鉱石の『素材』を優先して作っていただき、あとは植物の『素材』を作っていただきましょう」
「はーい」
「佐藤さんはその鉱石の『素材』を使って武器防具を作成」
「オーキードーキー」
「ギリさんはトランプとウノ、リバーシを作って貰いましょう。他のボードゲームは、マイガさんたちの結果待ちという事で」
「了解」
マイガ達が街へと戻った翌日、ポラリスから生産に関する方針が通達された。
「探索班の皆さんは、布用の植物と、紙用の植物、それと木材用の植物を優先して採取してください。あと、染料用の植物もある程度」
「わかったわ」
当然、それに伴い、必要となる原料も変わるので、探索班にも通達がなされる。
「それとソウルが貯まりましたので、今日は拠点を作成するため、私も探索班に同行します。エレさんも同行をお願いしますね」
「うっす」
「他の皆さんはシフト表の通りにお願いします」
「「「はい!」」」
他のメンバーも、ポラリスの業務命令を受け、力強く頷いたのだった。
「それでマイガ、彼らは何者?」
森の中を街へ向けて走る馬車の中で、イリエがマイガに尋ねた。
切裂かれ、剥ぎ取られた幌は修理されている。
「何者って、まぁ、魔物の統率者だよ」
どう答えたものか、とマイガは思案する。
「実は元々はさ、俺あの人たち殺しに行ったんだよね」
「ああ、それで負けたんだ」
半眼で言われて、マイガは苦笑いを浮かべる。
「でまぁ、本来なら殺されてもおかしくないところをさ、今後敵対しないならって事で助けて貰ったんだよ」
「確かに、あんまり魔物の統率者って感じの恐ろしさではなかったな」
凄まじい威圧感を放ちながらも物腰が柔らかいという、奇妙な魔王を思い出し、イリエは言った。
「まぁ、今回接してみてわかったと思うけど、敵対しなければ普通にいい人だし、いい商売ができそうだったろ?」
「そうだな。『知恵ある魔物』は昔から同種のそれより強大な力を持っていると言われている。それを、あれだけ従えているんだ。その気になれば国の一つくらい落とせるだろうし」
マイガも、伝承として、『魔物の統率者』『知恵ある魔物』の話は聞いていた。
過去に自分達と同じようにこの世界に転生してきた者達の事だろうと思っている。
「それで、マイガはどうするんだ? 今後もあの魔王との取引だけを続けるのか?」
「それもありかなーとは思うけど、やっぱり色々見て回りたいよね」
「そうか」
マイガがこの世界に来たのは、元の世界で好きだった、異世界転生物語に憧れていたからだ。
転生した異世界で商人をやるのも良いが、折角戦える力があるのだから、冒険者として生きてみたいという願望もある。
「イリエはどうする? 鉱石採取のために組んだ臨時パーティだったけど……」
「乗りかかった船だ。今はとくに目的も無いし、付き合ってあげる」
「ありがとう」
「ああ、感謝しろ」
そして二人は、幌の中で笑いあった。
「……若いねぇ」
漏れてきた会話を聞いて、御者のディランは呟いたのだった。
彼の頭上を、燕が数羽、舞っていた。
ひとまず取引の話がまとまりました。
それに伴い、これまでは漠然と作っていた生産班の方向性も定まります。
次回はマグナズイレブンの予定。




