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24.夜に蠢く者達


月明りが照らす夜の森を、ヴァンパイのゲオルグが歩いていた。


「同じ太陽の光であるのに、昼の光は我が身を蝕み、夜の光は我に力を与える。不思議なものだな……」


マイナス効果のあるスキル『光弱点』があるゲオルグは、日中外に出る事はできない。

これは光属性の魔法やスキル、攻撃に対して非常に弱くなるだけでなく、日の光を受けてもダメージをくらう程のマイナススキルだった。

当然、『狩場』での活動も不可能だ。『漁場』も地上部分が無いため、彼はまともな戦力にならない。

そればかりか、スキルの『吸血鬼』が流れる水の上ではステータスが大幅に低下し、泳げなくなるというマイナス効果を持つ。

そして『漁場』がこれに該当するかわからない以上、ただ浮いているだけさえもできない可能性があった。

『吸血鬼』のスキル自体は、『怪力』『欠損無効』『吸血』などの複数のスキルの効果を併せ持つ強力なものなのだが、それに見合うだけのデメリット、所謂吸血鬼の弱点とされるものも併せ持っていた。


「ふ、この呪われし魂は、所詮神の定理に縛られたままという訳だ」


ゲオルグは足を止め、月を見上げた。

月の光を遮るように、手を伸ばす。


「俗世に縛られし仮初の肉体を捨ててもなお、貴様らは追ってくるか……」


言ってゲオルグは唇を妖しく歪めた。その端から鋭い牙が覗く。


「よかろう。相手をしてやろうではないか。だが覚悟せよ。仮初の肉体から解き放たれし我は、最早神をも殺せる存在と相成った」


そしてその言葉に呼応するように、近くの茂みが揺れた。


「うぉっ!?」


驚き、飛び退るゲオルグ。

暫く、揺れた茂みを注意する。


兎が一羽、飛び出してきた。


「……ふぅ、びびったぁ。昼の探索だと大した敵がいないみたいだけど、夜はどうなるかわかんないからな」


元の世界のゲームで昼と夜という区別があるなら、大体が夜に登場する敵は強力だった。


「まぁ、私も『吸血鬼』と『闇棲』のスキルで夜に強くなるんだけどな」


言いながら髪をかきあげるゲオルグに向かって、兎が走って来る。


「うん? 随分人懐っこいやつだな。はは、よーし……ぐほぉ!?」


ゲオルグの手前で跳躍した兎は、空中で回転。後ろ足に跳躍の勢いを乗せた強烈なキックをゲオルグに放った。


それはただの兎ではなく、ダッシュラビットと呼ばれる魔物だった。


「ぐ、初めて見る相手だから油断した。だが彼我の戦力差も推し量れぬとは所詮獣か」


右手を手刀の形に変え、魔力を込める。

するとそこに、魔力の刃が形成された。


二撃目を放つべく、助走を取っていたダッシュラビットが、その魔力を感じとり、急ブレーキをかける。


「遅い! ダークスライサー!」


叫んで手刀を振るうと、魔力の刃が伸び、ダッシュラビットを横薙ぎに切り裂いた。


「ふ、下等生物でありながら、我が糧となれた事を誇りに思うといい」


ゲオルグは昼に活動できないうえ、生産系のスキルも持たないため、こうして夜に森を探索して経験値を稼いでいた。

ポラリスもそれを考慮し、ゲオルグのシフトを夜に集中させている。


だが、それ故にあまり他のメンバーと関われない状況にあった。


「ふ、強者は孤独よ。思えば、我が君も多くの者に慕われているが、それ故に孤独を感じているに違いない」


などと考えていると、再び茂みが揺れた。


「ふ、今宵は千客万来だな」


言って長い銀髪を両手でかき上げるようにして背中へ散らすと、ゲオルグは茂みに向き直った。


「よかろう。我が野望成就のため、生きとし生ける者全てを贄とせん!」


「やほー」


叫んで構えたゲオルグの前に出てきたのは、造形の美しい一体のフランス人形だった。


「私今日夜シフトだから、手伝いに来たよ」


勇者以外にも侵入者があるかもしれないし、ストーリー以外で勇者が来るかもしれない。

そのため、ダンジョン内を警備する夜勤シフトがサザンクロスには存在していた。


アカギやギリといった、バッドステータスを受けないスキル持ちが割り当てられている事が多く、ギリは生産が優先されるので、専らアカギの仕事だった。

特にアカギの進化した種族バッドパレードは、『同種召喚』という自分と同じ種族のみを召喚できるという、『サモン』の同種限定版スキルを保有しており、このスキルで喚んだ相手と感覚を共有する事ができる。

お陰で、ダンジョン内の巡回は、ゾンビ勇者とアカギが喚んだバッドパレードに任せる事ができていた。


「もうすぐギリさんも来ると思うよ。折角進化したから、少しは戦っておきたいんだって」


「そ、そうか……」


見られていただろうか。

聞かれていただろうか。

普段から演劇めいた言動をしているゲオルグだが、流石に今のは見られていると恥ずかしい。

恥ずかしいと思う感情が、ゲオルグにはあった。


「ところでゲオルグさん」


「な、なんだ?」


「誰かに狙われているの?」


「え!?」


やはり聞かれていた。

だが、アカギの様子がおかしい。

人形であるためか、表情がほぼ変わらないように見える。

しかし、尋ねる口調は真剣そのものだ。


「ゲオルグさんがこっちの世界に来たのって、それが理由? 誰かから逃げるために?」


「そ、それは……」


前の世界で何者かに狙われ、その追跡を躱すためにこの世界に転生した。

普通ならその何者かは、ストーカーなどの、悪意ある人間だと思うだろう。

ならば、この世界に追いかけて来る事は難しい。


だが、不可能とは言えない。

何故なら、自分達がこうして異世界にやって来ているからだ。

相手も同じように異世界に来ないとは限らない。


そう、不可能とは言えない。

だからフィクションであるように、元の世界で人外の何者かと戦っていた可能性も、否定できない。


そういう事もあるかもしれない、と思うようになっていた。


「……ふ、どうかな」


そのため、アカギはゲオルグの言動を茶化すのでも皮肉るのでもなく、真剣に尋ねているのだと理解し、ゲオルグは落ち着きを取り戻した。


「既に目的は達したかもしれぬし、達せられていないのかもしれぬ」


「そっか、追って来てるかどうかわからないって事だね……」


適当にはぐらかすと、アカギは勝手に納得したようだ。


「よっす、お待たせ―」


と、そこで赤いトライコーンを被り、赤いマントを着用した、赤い骨のスケルトン、レッドボーンのギリが姿を現す。

アカギの分身のバッドパレードを三体引き連れていた。


「なに? なんか話してた?」


「いや、ただの世間話さ」


「う、うん」


ゲオルグがそう答えると、アカギもそれに続いた。

みだりに話すべきではないと判断したようだ。


「そっか、じゃあ行こうぜ。進化後初ってのもあるけど、そもそも実戦をあまり経験してないから、実は楽しみなんだよな」


「ふ、君は生産職というのもあるが、私と同じで日の光の下に出られないからね」


「そう言えばさー、『光弱点』なのに月明りは大丈夫なんだよな。月の光って太陽の光反射してるんだよな? 不思議だよなー」


「それは、わからないよ」


ギリが抱いたゲオルグと同じ疑問に対し、アカギが自分なりの意見を述べる。


「ここは異世界だからね。地球と同じとは限らないよ。月が自分で輝いているのかもしれない」


「そっかー、魔物がいるし、スキルとか魔法があるし、そういう事もあるかもなー」


ギリが月を見上げながら、納得したようにつぶやいた。


「いっそ月が二つとか三つあると、わかりやすいんだけど……ん?」


そんな事を呟きながら見ていた月が、不自然に翳った。

そしてその影は、何度か月を横切りながら、徐々に大きくなっていく。


「ほう、一日目であれを引くとは、二人は運が良いな」


「え? なにあれ……?」


アカギも、何かよくないものが近付きつつあるのを感じ、空を見上げて呟いた。


「昼の探索班からは報告を受けておらぬから、恐らく夜行性なのだろうな」


そしてそれは舞い降りた。

全長2メートル、翼長は4メートルを超える、巨大な梟。


「私はストラスの使いと呼んでいる。風圧とは違う、風による攻撃をしてくるので恐らく魔物だろう」


ちなみに、地球における世界最大級の梟はワシミミズクで約60センチだ。

それだけでも、この梟がどれだけ異常かわかる。


「ストラスとはレメゲトンに登場する七十二柱の一柱でな。早い話が悪魔だ。ただ、私一人程度でも倒せる強さだったので、ストラスそのものではないだろうと判断した」


いずれエリに鑑定してもらおうと思っている、とゲオルグは締めた。


「そりゃ、ゲオルグさんは位階もステータスも高いし、夜に強くなるから大丈夫かもしれないけどさ……!」


「ギリさんはまだマシだと思うよ。物理攻撃に強いし。私は私自身はステータス低いんだけど……」


「ま、まぁ、嘴は刺突だろうし、鉤爪は斬撃だろうからな。うちの鳥共はなんか打撃ばっかだけど……」


「では私とギリくんで抑えるから、アカギくんはバッドパレードの数を増やしているといい。君は数が増えれば強くなるし、相手に『恐怖』のバッドステータスを与えやすくなるはずだからね」


「そ、そうだね、よろしく」


「ああ、任せたまえ」


そう言って、ゲオルグは佩いていた『刈り取る者』を抜いて構える。


「うおお、マジか。進化後初戦闘が中ボス戦からかよ……」


ギリも『木剣』をストラスの使い――メガアォウルに向けて構える。


「HO-HO-HO-------!!」


それを受けて、メガアォウルは大きく翼を広げて高く鳴いた。


「それ、今がチャンスだよ!」


「お、おう!」


本来その鳴き声には、聞いた相手を動けなくする、『拘束』のバッドステータスを付与する効果があるのだが、『吸血鬼』『アンデッド』『非生物』はバッドステータスを受けないという効果があった。

鳴き声が続いている間は動かない事を知っているゲオルグが、メガアォウルが鳴き出した瞬間に飛び込む。

遅れてギリも続いた。


「さぁ、生き血を啜り命を刈り取れ! ブラッディスラッシュ!」


ゲオルグが刃に魔力を込めて振るう。

彼の職業であるマジックファイターは、武器による攻撃と魔法による攻撃の両方ができるというだけでなく、武器に魔力を纏わせる事で威力を上昇させる『魔法剣』というスキルを持つ。

この時、その武器による攻撃は、無属性の魔法ダメージになるので、『物理耐性』スキルを無視できるというメリットもあった。

また、ギリの持つ『斬撃耐性』『刺突耐性』も、物理攻撃を対象としているため、『魔法剣』はスキルの適用外だ。

逆に、『斬撃弱点』のようなスキルも、効果を発揮しなくなるが。


振り抜かれた刃は、メガアォウルの右の翼を切り裂いた。

血飛沫とともに、巨大な翼が宙を舞う。


「うわぁ、すげぇ……。夜のゲオルグさんって、ミリエラさん『装着』したらポラリスとまともにやり合えるんじゃねぇかな……」


それはそれで、そこまでいないと互角に戦えない魔王の強さを表していた。


「でぇい!」


ゲオルグがもう一つの翼を切り裂いた直後に、ギリはようやくメガアォウルの元へ辿り着く。木剣を腹部目がけて振り下ろした。

命中。手応えもそれなりにあるが、まともなダメージを与えられているようには思えなかった。


「戦闘職でもないし、レッドボーンってそこまでステータス高くないし、こんなもんかな……」


などと自己分析をしていると、吸い込まれるような感覚があった。


「躱せ!」


鋭くゲオルグが叫んだ。その忠告に逆らわずに右へ跳ぶ。

直後、ギリの間近を風が吹き抜けていった。その先にあった草木を薙ぎ倒していく。


「あれがゲオルグさんの言ってた、風の魔法だかスキルだかって奴か……。俺が食らってたらやべぇな」


レッドボーンの魔法防御力は同位階の中では並だ。

物理攻撃なら相当耐えるが、魔法攻撃だと一撃で死ぬ可能性は否定できない。

進化したばかりでLVが低いので尚更だった。


その直後、メガアォウルは仰向けに倒れた。

そのまま動かなくなる。


「どうやら、最後の気力を振り絞った一撃だったようだな」


剣に付着した血を払いながら、ゲオルグがそう分析した。


「あれ、終わっちゃった?」


新たに三体の分身を生み出したアカギが首を傾げながら近づいて来る。

仕草は可愛らしいのだが、薄暗い森の中で、フランス人形が複数体歩いている様は不気味としか言いようが無かった。


「ああ、流石に強ぇぜ、ゲオルグさん」


「まぁ、これだけ色々と成長しにくい要素があるのだから、そもそも強くないと割に合わないからな」


そしてゲオルグは、ダンジョンとは別の方向へ歩き出した。


「あ、あれ? ゲオルグさん、どこに……?」


ギリが声をかけると、ゲオルグは立ち止り、肩越しに振り返った。


「夜はまだこれからだろう?」


いきなり巨大な魔物が出てきたせいで、ギリの中では既に終わったような感覚があったが、言われてみれば、確かにまだ夜の散策を始めたばかりだった。

ゲオルグの言葉通り、彼らの夜は、まだ始まったばかりだった。


それなりに良いキャラとして設定したはずなのに、スキルが足枷になってほぼ出番の無かったゲオルグ。

今後の拡張路線で出番は拡大するかも?

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