21.【魔王軍拡大】 進化 後編
前編の最後からそのまま続く形になります。
「じゃあ次は私ね」
そう言って手を挙げたのはアカギだった。
「私が進化できるのは、ルチャドール、キラープレイ、バッドパレードの三つだね」
「名前だけだとどのような種族か判断しづらいですね」
「ルチャドールって、ダジャレかヨ!」
アカギの言葉を聞いたポラリスが呟くと、佐藤がそんな突っ込みを入れた。
「知っているのか佐藤?」
人生で一度は言ってみたいセリフの一つを言えて、ギリは満足そうだ。
「メキシカンスタイルのプロレスの事をルチャ・リブレと言うネ! 男性選手をルチャ・ドールと言うヨ!」
「え? 流石に偶然だろ……」
「ちなみに女性だとルチャドーラって種族になるみたい。直接戦闘系のステータスをしてるよ」
「もう決定ダロ!」
アカギの補足説明に佐藤が再び叫んだ。
「正統進化はキラープレイだね。大きさもそれほど変わらないみたい。バッドパレードは集団を指揮する能力に長けてるんだって」
「こっちはチョーケイか……」
「翻訳チートの結果、そんな風に訳されてんのかな? これも意訳って言うの?」
「意味的には合ってると思うけど、バッドパレードの方は微妙に変えてるのがね……」
今度はエレとエリがひそひそと囁き合う。
「元々のチャイルドプレイは魔法寄りのステータスと成長でしたよね。職業のシャーマンとも合致していますから、キラープレイに進化するんですか?」
「ううん、私はバッドパレードになるよ」
「一応理由を聞いても?」
「薄暗いダンジョンの通路を、大勢の私で行進したい」
「…………」
「…………」
「…………こわ」
薄気味悪い通路を、不気味な人形がこちらに向かってくるだけでも恐ろしいのに、それが大勢となると、まさしくホラー映画の一場面だった。
「勿論その光景自体は他の種族でも再現できるだろうけど、趣味と実益を兼ねられるのがバッドパレードだからね」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
流石のポラリスも、若干顔が引きつっている。
「じゃあ次は自分が行くっス!」
漂い始めた仄暗い水の底のような空気を打ち払うかのように、コータが元気良く、手ならぬ羽を挙げた。
「自分の進化先はチキンレッグとシソっスね」
「地鳥族という事で、飛べない鳥だと思うんですが、チキンだと小さくなってませんか?」
「いや、大きさは今とそんなに変わんないみたいっス」
「現実のロードランナーがそもそもコータほど大きくないからネ。シソは中国における旱魃の兆に分類される怪物の一つネ。進化先がどちらもチキンなのが面白いネ」
「なんでっスかね? 蹴りまくってたから?」
「それで、コータさんはどちらへ?」
「チキンレッグに進化したいと思うっス。シソの方は魔法系っぽいんで」
旱魃の兆に数えられる怪物と同じ名前だけあり、シソは魔法やスキルなどの特殊な能力を駆使するタイプのようだった。
「なんか、凄い悪魔的なのに進化できるのはシソの方じゃないか?」
「やー、自分、思いっきり走りたくてこの種族選んだんで」
「なら仕方ない。俺も人外成り上がりがしたくてこの種族を選んだんだし」
コータの何気ない一言に、ポラリスは彼女がこちらの世界にやって来た理由を垣間見た気がした。
そして、何となくエレと一緒にするのは失礼なような気がしたが、何故そう思ったのかを説明できなかったので口には出さずに先へ進める事にする。
「ではコータさんはチキンレッグへ進化するという事でよろしいですか?」
「うっス」
「じゃあ次はよりこーがいくわぁ」
続いて、よりこーが名乗り出る。
「よりこーの進化先は土蜘蛛、ジャイアントキャタピラー、ディザスターコクーンでぇす」
「なんだろう? これまでの進化先とくらべると、ジャイアントキャタピラーが浮いて見える」
「正統進化は土蜘蛛でしょうか?」
「そうみたいでぇす。説明を読む限り、特に日本の伝承とかは関係ないみたいですねぇ」
「日本の伝承?」
「朝廷に逆らった土豪の蔑称を土蜘蛛って言ったらしいのよ。源頼光伝説は妖怪退治じゃなくて、そうした土豪の征伐だったって話があるわね」
佐藤ではなく、エリがそう解説した。
「こちらの土蜘蛛はただの大きな蜘蛛の怪物みたいですねぇ」
「ジャイアントキャタピラーはまぁわかるけど、ディザスターコクーンってなんだ? なんとなくかっこよさげな響きだな」
「パルスのファルシのルシがパージでコクーン……」
「外界の悪の神様の下僕は人工都市から追放」
「ああ、あれそういう意味だったのか」
「まぁ、魔虫族という事を考えれば、普通にサナギでいいと思うけど」
「ディザスターは災害だな。ディザスタームービーとか言うだろ?」
「転じて災厄とか不運とかの意味でも使われるわね。つまり、災厄を内包した蛹。悪魔的なものが羽化するって事でいいのかしら?」
「でも、サナギって動けるのか?」
「宙を浮かぶ魚に宝箱、鎧までいて何を今更」
「今後に期待できそうなのはコクーンの方か? 『狩場』はともかく、ダンジョンでの戦闘では基本巣を作っての待ち伏せ戦術だから、コクーンでも問題は無いだろうし」
「今後に期待するなら、博打の要素が強いけれどジャイアントキャタピラーも候補に入るわ」
「エリさん、何故です?」
「日本にかつてあったのよ、イモ虫を祀る宗教が。中国の神仙道、陰陽道、呪禁道、神道なんかのチャンポン宗教だったけど」
「確かに、怪物だけじゃなく、悪魔や妖精なんかが進化先に出て来る事を考えると、最終的にそれに至れそうだな」
「怪物でイモ虫なら糸も吐けそうだしな」
「それだとその宗教の神に成る前に成虫になっちゃわないか?」
「土蜘蛛を選びまぁす」
そんなファンタジー談議に花が咲いている横で、よりこーがマイペースにそう宣言した。
全員、開いた口が塞がらない。
「理由を聞いても?」
メンバーの言っている事の意味が半分以上わかっていなかったポラリスは、立ち直りが早かった。
「蜘蛛が好きだからでぇす」
単純明快だった。
「……まぁ、魔虫族ってポイズンスパイダーの他にも色々いたからな。その中で蜘蛛を選んだんだから、そりゃそうか」
げんごろーが額を抑えながら、無理矢理に納得しようとする。
「まぁ、こういうのはあーだこーだ喋ってるのが楽しいみたいなとこあるから」
エリのフォローが逆に痛々しい。
「ふぅん、進化ってそういう感じなのね。なんとなくわかったから私も相談させて貰うわね」
次に挙手したのは幸恵だった。
「私の進化先はサキュバス、ヴィルデフラウ、セイレーンの三つよ。正統進化? は多分サキュバスだと思うわ。ヴィルデフラウも誘惑する感じの魔物みたいだけど、性的な欲望を大きくするインプと比べると、恋愛感情を植え付ける感じね。セイレーンは歌で相手を魅了する感じ」
「サキュバスはまぁ有名だな。しかしここでセイレーンとは、人魚とは別ってことなのかな?」
「説明には特に人魚との関連性はなかったわよ?」
「ヴィルデフラウはドイツのフェアリーだネ。女性だけしかいないフェアリーで、みんあビューティフルだヨ。気に入った男や子供を一方的に攫って行くけど」
「うん? 誘惑要素が美女って事くらいしかなくないか?」
「まぁ、名前だけ借りた別物って事だろうな。バグベアもそんな感じだったろ?」
「メキシコのプロレスラーとかいたしなぁ」
「原典のエルフと混同されてるのかもしれないわね。エルフがみんな美男美女なのって、人間を誘惑してエルフの国に攫っていくためだし」
「なにそれこわい」
しかも、誘惑された人間は正気を保てなくなり、運良く人間の世界に戻ってこれても、正気に戻る事はなく、そのまま死んでしまうという。
弓優れ、知恵があり、森に住む孤高の種族、というのは完全に後世の創作物の影響だ。
尖った長い耳のイメージは更にそこから後の世の創作物によるものであるから、エルフは妖精の中でも、最も間違った認識をされている存在の一つだと言えるだろう。
「それで、幸恵さんはいかがなさいますか?」
「うーん、そもそもこの種族を選んだのって、前の世界の職業にぴったりだったからなのよね。だからあんまり深い考えはないの」
「では、こちらの世界での目標などは?」
「言ったら引かれると思うから言わないわ。なんだかんだ、皆とにぎやかにやってるの、好きだから」
幸恵の言葉に、どこかしんみりしてしまうメンバー達。
「というわけで!」
その空気を察してか、幸恵は一度大きく手を叩き、話を進める。
「皆に選んで欲しいのよ。私に似合う種族を」
「サキュバスで!」
即座に反応したのはエレだった。
「自分の種族でハーレム作るだけじゃ不満なのか?」
「まだ作ってないし、今後の事を考えたら当分先になるだろ!? だったらせめてメンバーで目の保養をさせてくれよ!」
げんごろーの突っ込みに対するエレの反論は、どこか切実としていた。
「『異種族交配』があるから、ビジュアル値が高ければ良いんじゃないのか?」
「あんまり人型から離れすぎると効かないみたい。あくまで俺の欲棒が反応しないってだけで、有性生殖な相手ならスキルの効果は発揮されると思うけど」
「今、サラっととんでもないセクハラしなかったかな?」
「気のせい気のせい」
はんぺんの声は冷え切っていた。否定するが、エレの目は激しく泳いでいる。
「なぁ? グランドもサキュバスがいいよな?」
話を逸らすように、エレはエロスライムに同意を求める。
「いや、俺は別に」
「な、なんだって!?」
声を上げたのはエレだけだが、意外な反応に殆どのメンバーが驚いていた。
「嫌がらない相手にセクハラしても面白くないし」
「ほんと、最低だね!」
セクハラの被害者になる事が多いはんぺんが怒気の籠った声で非難した。
「数段上のエロスライムだったのか……」
そしてエレは別の意味で衝撃を受けている。自分でも、何故衝撃を受けているのかわかっていないが。
「戦闘力として考えた場合、広範囲に魅了が可能なセイレーンがいいか」
「ヴィルデフラウは特性がわかりにくいしな」
「恋愛感情だと、味方になってくれるとは限らないっスからね」
「そうだな。愛憎は昔から表裏一体」
「じゃあセイレーンでいいですかね?」
「待て、歌って広範囲過ぎないか? 仲間を巻き込むんじゃないか?」
「あ、そのへんどうなんですかね?」
「進化する時に獲得できるスキルに、〇〇の歌っていうのが沢山あるわね。詳しい説明までは見れないわ」
「これは博打になるな。敵味方を識別できないとなると使い勝手が悪過ぎる」
「魅了系だけならそこまで気にしなくていいんじゃ?」
「それはそれで使い道が狭まるな。魅了系に耐性がある相手だと何もできなくなる訳だし」
「それはサキュバスも一緒では?」
「LV上限はどうだ?」
「うーん、サキュバスが60、ヴィルデフラウが70、セイレーンが40ね」
「これまでの傾向を見ると、LV上限が高いと種族としての位階が高くて、初期ステータスも高く、成長も良いよな」
「つまり相手に耐性がある時は素のステータスが重要になるから、一番良いのはヴィルデフラウか?」
「けど、LV上限が高いとレベルアップに必要な経験値も多くなるしなぁ」
結論が出なくなってしまった。三種の傾向が似ているだけに判断が難しいのだろう。
「うーん、クランとしての重要度では判断できないって事でいいかしら? じゃ・あ。熱く欲してくれる人がいるサキュバスにしよっかな?」
言って流し目でエレを見るその仕草は、インプとしてヴィジュアル値が高いだけでは説明できない妖艶さが漂っていた。
種族が違う相手に劣情を催さないようになっている男達まで、思わず反応してしまった程だ。
「是非よろしくお願いします!」
「じゃあ魔王様、私サキュバスに進化するわ」
「よろしですか?」
「ええ、問題無いわ」
「わかりました、それではよろしくお願いします」
そして最後に残ったのはミリエラだった。
『私の進化先はリビングメイルとヘルアーマーですが、ヘルアーマーに進化したいと思います』
オークパペットに自身を『装着』させたミリエラが、筆談でそう宣言した。
「理由を聞いてもよろしいですか?」
『リビングメイルは動けるようになるようですが、『装着』ができなくなるようです。ヘルアーマーは正統? 進化ですので、『装着』が可能です』
「なるほど」
それは納得できる理由だった。
ポラリスが倒されるとゲームオーバーである以上、その生存確率はできる限り上げたい。ミリエラを『装着』するのもその一つだ。
進化すれば、ダークメイルの時以上にステータスに補正がかかるのは想像に難くない。
少なくとも、ダークメイルより上昇値が低いという事はないだろう。
「けれど、動けないままでもよろしいですか? ミリエラさんの目的的にそれは大丈夫でしょうか?」
『他人任せになってしまう事に心苦しさはありますが、まだ自分の我儘を通す時期では無いと思っています』
「チクリと刺された気がするね」
「俺も」
ユーキとエレが苦笑いを浮かべる。
「わかりました。そのように考えているのであれば、問題無いと思います」
『ありがとうございます』
頭を下げ、更に何かを書こうとして、ミリエラはペンを止めた。
顔を上げ、ポラリスに先を促す。
「では、今回進化する方は以上でよろしいですか? あくまでステータスの上昇を最大効率で行うために、LV上限に達してからの進化を推奨しているだけで、上限に達していなくても、進化をしたいというならそれを咎める事はしませんよ」
「まぁ、ここまできたら上限まで上げるさ。長くてつらい道のりだからこそ、上り詰めてやりたい」
「クリアするって大事」
「拙僧は転職の方が有り難いが、それなら職業LVを最大まで上げてから転職した方が良いと思う」
経験値稼ぎが難しいシュガー、おんたま、惣栄がそれぞれ言った。
ここまできたなら最後までやりきりたい、という思いがその背景にはあるようだった。
「では、今回進化する方も、これまでの話を聞いて、進化先を変更したいという方はいらっしゃいませんか?」
ポラリスが尋ねると、全員が首を横に振った。
「それではみなさん、よろしくお願いします」
そして『玉座の間』が眩い光に包まれたのだった。
それぞれの進化後の姿は、また後程、それぞれが登場する時に描写させていただきます。
次回、魔王様外に出る。




