18.【魔王胎動】 後編
夜になり、ダンジョンの前には幾つもの陣幕が建てられ、周辺に篝火が置かれた。
歩哨は存在するが、基本的には野生の獣や魔物への警戒であり、それらの多くは、光を避けて暗闇から歩哨のみを排除するような知性は無いと考えられているため緊張感は見られなかった。
「森の中の野営というのは、何度経験しても慣れんな」
陣幕の中で石より硬い燻製肉に齧りつきながら、隊長は一人ごちた。
殆ど肉の味がついた塩を舐めているようなものだが、これは仕方がなかった。
野生の獣や魔物は火を怖がると言われているが、野営した事のある軍隊であれば、それが嘘である事は知っている。
彼らが怖がるのは、火に照らされた大勢の人の影であり、大規模な山火事で炎に追われてでもいない限り、彼らは火を怖がらない。
鳥の中には、草原に隠れた虫や蛙、蛇を炙り出すため、山火事で火のついた枝を拾い、草原に投下する者までいる。
百人もの人間が野営している場所なら、獣や魔物は近付かないだろうが、そこで調理をすれば別だ。
干し肉を炙っただけの匂いでも、獣は簡単に釣られて防衛本能が食欲に負ける。
少数が相手なら問題無く駆逐できるが、出さずに済む損害なら、出さない方が良いのは当たり前だった。
「むぅ?」
何やら外の喧騒の質が変わった気がした。
それまでは、適当に人間がざわめいていただけだったのが、そのざわめきが、騒ぎに変わった気がしたのだ。
酒でも持ち込んでいた奴がいて、酔ったバカが喧嘩でも始めたのだろうか。
「敵襲ーーーーーっ!!」
様子を見ようと隊長が陣幕から出ようとしたその時、外からそんな叫び声が聞こえて来た。
やる気の無い任務の最中とは言え、そこはそれなりの訓練を積んだ兵士だ。隊長はすぐに剣を取って外に出る。
休むのはまだ先だったため、鎧を脱いでいなかったのは良かった。兜は被り忘れている。
外に出ると、陣地内が悲鳴と怒号で埋め尽くされているのがわかった。
「誰か! 状況を知らせろ!」
剣を掲げて隊長がさけぶ。
その間にも周囲を観察すると、陣地の外縁部で戦闘音らしきものが聞こえた。
一ヶ所ではない。ありとあらゆる方向から聞こえて来る。
「まさか、包囲されているのか……?」
だが誰に?
決まっている。魔物の統率者だ。
「だれ……ぅぐっ!?」
再び叫ぼうとした隊長の喉元に、一本の矢が突き刺さった。
この混乱した状況で、剣を掲げて叫んでいれば、誰だって指揮官だとわかる。
そこを狙い撃たれたのだ。
「か、は……」
それで充分と判断したのか、仰向けに倒れた隊長への追撃は無かった。
このままなら間違いなく自分は死ぬ。
苦痛と恐怖がないまぜになった思考の中で、隊長の冷静な部分がそう判断した。
どうせ死ぬなら、いっそ楽にして欲しい。
しかしその望みは、叶えられる事は無かった。
「くそ、スケルトンだと!? どこから湧いてきやがった!?」
「あの洞窟からに決まってんだろ! どこかに抜け穴が……」
突然暗闇から出現した骸骨の魔物の集団。
連携こそ取れないものの、明確に兵士達を敵と定めて襲い掛かって来た。
スケルトンという魔物の存在は知っていたが、彼らは基本的に人間相手に戦う訓練を積んでいた兵士。
剣や槍では、あまり効果が無い事を、咄嗟に思い出せなかった。
刃が通らない事に焦り、余計に正しい対処法を思い出せなくなる悪循環。
襲って来るスケルトン自体は無手だが、時折、スケルトンの背後の暗闇から矢が飛来し、兵士達に突き刺さった。
「だ、駄目だ! こいつらキリが無い! とっとと逃げよう!」
「逃げるってどこへ!? どこもかしこもスケルトンだらけだぞ!」
「鞘だ! 鞘で殴れ!」
「槍は石突か柄で攻撃しろ!」
士気が崩壊し、抵抗する気力が折れかかったところへ、そんな声が聞こえて来た。
ダメで元々、と兵士の一人が槍の石突でスケルトンの頭を突いた。
すると、さっきまでの硬さが嘘のように、あっさりと頭蓋骨が砕け、消滅する。
「い、いける、いけるぞ!」
「殴れ! 殴れ殴れ!」
希望が見えた事で彼らの士気が回復する。
恐怖に期待がブレンドされた事で、彼らの脳髄は幸福感で満たされ一気に爆発した。
しかし、それは風船にも似た士気の膨張だった。
たったの一突きで破裂してしまう危ういものだった。
「ぐわぁっ!?」
先頭の兵士が切り裂かれた。
今まで、スケルトンは殴る事しかしてこなかった。
戦闘不能と言っても、打撲による骨折、失神などで、よほど運が悪くない限り、死ぬような事はなかった。
この防衛線が始まって、初めて目にした鮮やかな血飛沫に、彼らの熱に浮かされた頭は急速に冷えた。
そこにいたのは黒い鎧を身に纏い、禍々しい輝きを放つ剣を持った人型の何かだった。
土気色の肌。生気の無い目。
吐息は漏れず、代わりに腐臭が漂って来る。
篝火に照らされたその姿は不気味で、忘れていた恐怖を呼び起こすには十分だった。
「そ、ゾンビだ……!」
斬殺された兵士の近くにいた兵士が、緊張感とともに相手の正体を呼ぶ。
それに反応するようにゾンビ、――ゾンビ勇者はその兵士に近付き、剣を振りかぶった。
「ひっ!?」
槍を頭上に持ち上げて斬撃を防ごうとするが、掲げた槍ごとその兵士は体を断ち割られた。
「こ、この!」
別の兵士がゾンビ勇者に向けて槍を突き出すが、その場でくるりと回転して穂先を躱したかと思うと、そのまま剣を横薙ぎに振るい、攻撃して来た兵士の首を飛ばした。
「な、なんでこんなにゾンビが動けるんだ!?」
攻撃が当たらない。当たっても、真正面からでも鎧に当たれば弾かれる。
振るう刃は必殺。剣や盾、槍で防御しようとも、諸共切り裂かれる。
そのゾンビに捉えられた者には、絶望しか待っていなかった。
逃げ場なんてどこにも無い。
わかっていても、兵士たちは逃げ始めた。
スケルトンやゾンビ勇者に追い立てられるように、陣地の中央へと逃げて行く。
徐々に包囲はせばまり、ついに、他所から逃げて来た兵士と、背中がかちあってしまうほどのスペースに追い込まれた。
「ふ、副長……」
既に隊長の戦死は知られている。
誰が発したのか、包囲された部隊の中心にいる兵士に縋るような声が飛んだ。
「このままここで全滅したくなければ覚悟を決めろ。正面のゾンビは強い。他の場所へ突撃。一点突破で解囲を図る……」
副長と呼ばれた兵士がそう言うと、周囲の兵士が、おびえながらも、覚悟を決めた表情で頷いた。
「話を聞く態勢が整ったかな?」
彼らがいざ決行に移そうとした時、そんな声が聞こえて来た。
低く、落ち着いたよく通る声。
思わず、膝を折ってしまいそうなほど、威厳に満ちた声だった。
スケルトンとゾンビの動きが止まった。
彼らの隊列が割れ、それまでとは明らかに毛色の違う者達が姿を現した。
思わず、兵士達の中から、驚きの声が漏れる。
人の身長を大きく超える、首から上が雄牛になっている怪物。それすら見下ろす、巨躯を持った怪鳥。
人が両手で抱えても抱えきれないだろう巨大な槍を片手で持った騎士は、しかしその下半身が馬だった。
そんな彼らを従えて、禍々しき黒い鎧に身を包んだ者が、外見としては一番まともだが、しかし誰よりも禍々しい雰囲気と、圧倒的な威圧感を放っていた。
「まずは挨拶から始めようか。私の名前はポラリス。このたび、このダンジョンの管理を任された魔王だ」
「ま、魔王……!?」
「君達の言葉では、魔物の統率者と言うのだったかな? まぁ、それはどちらでも良い。君達は、私達の領地を無断で侵略しているという認識はあるかね?」
「そ、それは……」
(そのキャラ、なんなんですか?)
(魔王っぽさを演出しています。ここまで圧倒的な力を見せたのですから、下手に出るよりは上から押さえつけた方が良いと思いまして)
(はぁー……)
この森はフォルスナ王国の領地にあるので、どちらかと言えば侵略しているのはポラリス達なのだが、それを指摘する者はいなかった。
実際、碌に管理されていなかった森のさらに奥地であるので、それを指摘したところで無意味ではあったが。
「まぁ、それに関してはこちらも通達不足だったのだろう。聞けば人間には冒険者という職業があり、未知の洞窟を見つけると勝手に入り込み、その中に住まう生物を虐殺し、宝物を奪い去っていくとか」
「……」
あえて強烈な表現を使った皮肉だが、改めて言われてしまうと、とても許される行為ではないように思えた。
兵士達の顔が蒼褪める。
「だからまぁ、知らなかったという事で、お互い今回の事は水に流そうじゃないか」
「な、なにが望みだ……!?」
ポラリスの言葉を白々しいと感じた副長が、恐怖に顔をひきつらせながらもそう尋ねた。
「我々は人間との争いを望まない」
「……到底信じられん」
「信じる信じないはどちらでも構わんよ。少なくとも、我々から人間の領域を侵すような事はしないと約束しよう。それを、君達をここに差し向けた者達に伝えてくれれば良いのだ」
「……断った場合は?」
「君の首をはね、君の次に偉い者に頼もう。その者も断ったなら、次の者に。その者も断ったなら、次の者に。君達全ての胴体と首が離れてしまったなら、仕方あるまい。次に来る者に伝言を託すとしよう」
「…………」
全滅させる事に躊躇いを見せないポラリスに、副長は押し黙る。
兵士達から、不安が伝わって来る。
間違いなく、自分が断っても、この二十人ほどの兵士の中で、誰かが頷くだろう。
「先の戦いで気を失った者も連れて帰って構わぬ。すぐに帰れとは言わんよ。夜が明けるまでに準備を整え、素早く帰ってくれれば良い」
「……領主が再び軍を差し向けた場合は?」
「潰すとも。ただし、逆襲には出ない」
即答だった。
勿論、相手の発言を想定して、様々な会話パターンを用意してあったが故の速さなのだが、副長にはそれはわからない。
そんな副長からしてみれば、人間など取るに足らない存在だと言われているように感じた。
それだけの力は、十分に見せつけられた。
「それと、既にこちらの意向は伝えている訳だから、改めて差し向けられた軍には容赦せぬ。もしも君達がその中に含まれていたとしたら、今回のように生きて帰れるとは思わぬことだ」
「…………」
そこまで読むか、と副長はポラリスにこれまで抱いていたのとは別種の恐怖を感じた。
もしも領主がポラリスの言葉を聞き入れず、再び軍を差し向ける事になった場合、高い確率で今回参加した兵士が組み込まれるだろう。
そして、ポラリス達を知っているがゆえに、彼らは必死に領主を説得しなければならない。
誰だって、死にたくはないのだから。
「わかった、伝えよう」
「副長……よろしいのですか?」
「これ以上はどうしようもあるまい。全員死ぬか、生き残りだけでも帰るか、どちらかしかないのだから」
「しかし敵の首魁は目の前ですよ」
「どうにかできると思うのか? あれを……」
「…………」
問われて兵士は口を噤んだ。
ゾンビ勇者は勿論、スケルトンにさえ苦戦した自分達を、その統率者に敵うとは思えなかった。
全員でかかればあるいは、と思っても、その犠牲の中に自分が入りたくないというのが本音だ。
しかも今、目の前には生き残る道が示されているのだから尚更だ。
「魔王ポラリス、あなたの領分を無断で侵した事を詫びよう。そして、我らを許す慈悲に感謝を」
「受け入れよう」
一言答えて頷くと、ポラリスは彼らに背を向け、暗闇へと消えて行く。
ゾンビ勇者、スケルトンもそれに続き、暫くの後、陣地は静寂に包まれた。
「ふぅ、なんとかなりましたね」
「いやぁ、ポラリス、中々の魔王っぷりだったな」
「ほんとっスね! カッコよかったっスよ」
『玉座の間』に戻り、ポラリスが一息吐くと、ミノタウロスのげんごろーとロードランナーのコータが声を弾ませた。
「私が一撃で指揮官を倒したお陰だって事、忘れないでよ?」
「それを言うなら、私だって弓で兵士を倒したぞ」
一つ目のエリと、バードマンのガンゲイルが自分の功績を誇った。
実際に兵士達の前に姿を現したのは、ポラリスを含めて一部のクランメンバーだけだったが、あの場にはほぼ全員がいた。
直接戦闘をしなくとも、その場にいれば、戦闘に参加したという事で、経験値が得られるからだ。
「しかし、『落とし穴』と『ステップ&スロープ』のトラップ、使い勝手が良過ぎないだろうか?」
リザードマンのぷっちりが苦笑いしながら言った。
『ダンジョンの入口』を使用せずにダンジョンを出入りする手段として、ポラリス達は挙がった二つのトラップを活用していた。
ただの通路では侵入者がそこから侵入して来てしまう可能性があるので、『落とし穴』で設置した空間を二つの『ステップ&スロープ』で繋いでいるのだ。
トラップの多くは自動で発動するが、手動操作に設定する事ができる。『落とし穴』のトラップは発動さえさせなければ、その蓋が開く事は無い。
『ステップ&スロープ』は、普段はスロープ状態にしておき、自分達が使う時にステップに戻せば良かった。
『クランストーリーLV3:【魔王胎動】のクリア条件が満たされました。クランストーリーLV3を終了します。クリア報酬として、5000ソウルポイントとクランメンバーへ10000経験値を付与します』
暫くすると、アナウンスが響いた。
「終わったみたいだな」
「夜明けから暫く経っていますね。森を出るには早いので、陣地を引き上げた段階で撃退、と判断されたのでしょう」
『クランストーリーの基本クリア条件【軍の殲滅】が満たされませんでした。五十人以上の人間を殺害しているため、ペナルティは発生しません』
「敵の全滅は基本なんだな」
『クランストーリーの特殊クリア条件【侵入者殲滅】が満たされました。条件クリア報酬として特殊施設、『魔力炉』を配布します』
そのアナウンスと同時に、ポラリスの頭の中に、何かが瞬いた。
『マジックウィンドウ』に何かが追加されたのだと本能的に理解した。
『クランストーリーの特殊クリア条件【攻勢迎撃】が満たされました。条件クリア報酬として特殊施設、『防衛司令部』を配布します』
「お、なんか結構貰えたぞ」
「侵入者殲滅は、多分ダンジョン内に入った奴を全滅させる事が条件だよな?」
「攻勢迎撃は? 最後の夜襲か?」
『クランストーリーLV3が終了しました。続いて、クランストーリーLV4:【魔王軍拡大】を開始します。ソウルポイント10万達成、ダンジョン外の施設五個以上設置、使用ソウルポイント累計20万達成を満たしてください』
「迎撃系じゃないな」
「これ、逆にLV5が怖いんだけど……」
「言うなよ」
明らかにこれまでとは経路の違う達成条件。そしてそれが、ダンジョンの戦力拡大を目的としている。
ならば普通に考えて、次にくるストーリーは、その拡大された戦力を十全に使うものであるだろう。
先に待っている苦難の未来を夢想し、クランメンバーは気分が重くなったのだった。
次回からは内政を絡めつつ、メンバーを掘り下げていきたいと思っています(掘り下げるとは言ってない)。




