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16.マグナズイレブン2 後編

マグナズイレブン2の最終章です。

やや長めです。


冒険者ギルドへの登録も含めて、マグナ達は幾つかの依頼を受けた。

採取や害獣の討伐的なものが多かったが、魔王のダンジョンへ到着し帰って来るまでに必要だろうと思われる物資を購入するだけの資金は三日ほどで稼げた。


この依頼をこなしている間に新たにわかった事が幾つかあった。

まず、魔王のダンジョンがある山の名前。


エディナ山と呼ばれており、深い森の中にある事もあって、あまり付近の住民は近付かないという事を、冒険者ギルドで教えて貰う事ができた。

森林で狩りをする者は、森の浅い位置までしか入らないという事だった。


次に、勇者たちの実力。

勇者三人は、エディオムに常駐する冒険者よりは強い事が判明した。

しかし、あくまで基本的なステータスを比べた場合の話であって、依頼をこなしていると、経験というものがどれだけ重要かを彼らは思い知らされた。


ランク青の、初心者を抜け出したばかりの冒険者相手ですら、森の中で待ち伏せをされたら負ける可能性がある、というのがマグナ達の印象だった。


「この時点で気付けたのは大きいな。それこそ、魔王のダンジョンはまさにそうした待ち伏せが考えられる場所だ」


「俺達が自由に行動できている事を考えると、相手も自由に動けてるだろうからな。罠とか防衛施設とか造ってるだろうし」


ソウルでダンジョンの増改築が行える事は、マグナのクラン入りした魔物から聞いたので、ダンジョンの周囲の魔物や動物を倒してソウルを稼いでいた場合、相当な要塞化がされているだろう事は予想できた。


「あとは、向こうにどれだけ転生者が残っているかだな」


位階の低い魔物でさえ、転生者であるなら、ステータスは野生の魔物や動物より強い事が判明した。

やはり、元の世界で実戦経験がある者が殆どいなかったため、ゴブリンのような位階もステータスも低い魔物相手でも当初は苦戦していたが。


「それでも経験を積めば、同じ種類の魔物に比べれば強いわけだし、同じ種族を指揮スキルで強くできるしな。ユニークモンスターはソウルを大量に消費するそうだから、主力はやっぱり転生者だろう」


そして、この世界の住人は、LVやスキルは勿論、職業も認識していない事もわかった。


「鍛えるよりも実戦経験を積む方が強くなれる、っていう認識はあるから、LV自体は存在しているんだろうな」


「魔法があるから、スキルもあるって考えた方がいいんじゃないか?」


「そうなると、職業も認識してないだけで獲得してる気がするな」


「マジックウィンドウを開けないと、他人のステータスを見れないからなぁ」


「魔法でそういうのがあるかもしれないね」


その存在を知っている者はいなかったので、存在しないのか、習得が難しいのかまではわからなかった。

一応知り合った冒険者に『セルフアナライズ』と唱えさせてみたが、マジックウィンドウは現れなかった。


「あくまでこの世界に存在しているものを、可視化できるようになってるんだと思ってたんだが……」


「考えると色々怖くなるから、やめとこうぜ」


「ストーリーを進めていったらわかるかもな」


考え込む若菜しきなにモンガーが抗議し、マグナがそう締め括った。


そして食料などの物資を買い込み、マグナ達は魔王のダンジョンへ向けて旅立つ。

マグナとしては、ここで男性の魔物とはおさらばしても良かったのだが、彼らもついて来る事になった。

勇者に協力する、というよりは、彼らもこれからどうするべきか決めかねての行動だった。


中には既に、帝国やこの地方から離れる事を決めている者もいたが、折角だから、とエディナ山とその周辺を目的地とした依頼を受ける他の魔物を見て、それに倣ったようだ。


「収納魔法みたいなのはないのかよ……」


ついて来るなら、と荷物持ちを任された男性の魔物が愚痴る。

別段、マグナ達が彼らを奴隷のように扱っている訳ではなく、主戦力となる勇者や強力な魔物を身軽にさせておこうという狙いだった。


26人分の物資を二週間分、となるとかなりの量になる。

そのうえで、装備などを整えているので、その重量はかなりのものだ。


「馬も馬車も高かったからなぁ……」


「馬車だけでも買えたらトゥーさんに曳いて貰うって手もあったんだろうけど……」


同じく荷物持ちを任されている男性の魔物がフォローするように答えた。


適度に休憩を挟みながら、二日ほどで、山の麓に広がる森に到着した一行は、休憩も兼ねて物資を点検したのち、森の中へと足を踏み入れた。

人数が多いためか、この二日は盗賊も魔物も動物も彼らを襲う事はなかった。


森の中ならどうだろう? と考えていたが、やはり積極的に襲ってくる相手はいない。

時折、『気配感知』や『気配探知』持ちが、近くで気配を感じていたが、様子を見ているだけでやはり何も仕掛けてこなかった。


「森の中の奴らも、縄張りに踏み込まないと襲って来ないタイプばかりみたいだな」


「縄張りに踏み込まれても、この人数だとびびるだろうしね」


「植物や鉱石の採取依頼はともかく、討伐依頼や動物の素材の納品依頼は人数を分けないといけないな」


とは言え、人数を分けるとなると、物資もそれに応じてわけなければならず、それならば、全員一緒に行動した方が効率的だと結論が出た。

ダンジョンまで行ってから人数を分けるとなると、今度は物資の残りが心許無くなる。

討伐や動物の素材の納品依頼が一日、二日で終わらなければ、物資的に厳しくなってしまうだろう。


なので、これまで歩いて来た日数と、マジックウィンドウ上での進み具合を比較し、一日に進む距離を算出。

ダンジョンまであと二日、という位置に大きな拠点を作り、そこからダンジョンへ向かう者、依頼をこなす者、拠点の番をする者に分かれて行動する事ととなった。


ダンジョンへ向かうのはマグナら勇者三人と、女性魔物七人。そして、『気配探知』を使って待ち伏せからの奇襲を防ぐため、直立歩行した犬といった風貌の魔物、コボルトの男性が同行する事になった。

マグナとしても、絶対に連れて行きたいのは女性の魔物だけだが、男性の魔物でも、来たいというならそれを拒否しないつもりだった。


会話ができる以上恋愛に発展する可能性が残されるとは言え、それは他の勇者も同じであるから、気にするところではないと考えた。

なら、ビジュアル値が正常に作動するマグナの方が有利である事は間違いない。

少なくとも、マグナの考えはそうだった。


そして拠点から歩く事約二日。

森が途切れ、岩山が見えて来た。その麓に、明らかに場違いな、扉がとりつけられていた。


「あれだな」


「だな」


マジックウィンドウで位置を確認し、マグナ達があの扉こそ、ダンジョンへの入口だと確信する。


「ここまで罠も、魔王の配下と思しき魔物も配置されていなかったが……ダンジョンの外はいじれないんだろうか?」


「そこまではあの魔王は教えてくれなかったからね」


「他の魔物、信用してなさそうだったもんなぁ」


「タロジロ、どう?」


「近くには特に何も感じないでやんす。扉の向こうに幾つか気配があるでやんすね」


モンガーに尋ねられ、コボルトの魔物、タロジロが答えた。

ちなみに、タロジロの語尾は、あくまで本人の意向によるものである。

最初は、黄門様一行のうっかりな立ち位置としてギャグ的な要素でつけていたのだが、この二日間ですっかり馴染んでしまったようだ。


「扉に特に罠はないな。シキナ」


扉の前に立ち、マグナが罠の有無を確認し、若菜を呼ぶ。

呼ばれた若菜は扉の前に立ち、剣を構えた。

そしてマグナが勢いよく扉を開ける。


「……どうだ?」


「通路が繋がってる。中は前回のダンジョンと同じく、天井が発光してて特に暗さは感じない。目の前に骨……多分スケルトンがいるが、襲ってくる感じはしないな」


「スケルトン……転生者か?」


「いや、その感じはしない。多分、ソウルを使って喚び出されたモンスターだろう」


「なら大した強さじゃないな。サイトを見た感じだと、斬撃と刺突に強かったはずだ。デフォルトで持ってるかどうかは知らないけど」


「持ってるだろうなぁ……」


持っている。


「さがりなさい」


「トゥス?」


ステータス的に考えれば負けないだろう。だが、与えるダメージが少なくなるという事は、倒すまでに時間がかかるという事だ。

数も多いので、余計な手間は疲労に繋がり、それは事故を招く危険がある。


どうしたものか、と考えていると、トゥスが若菜を押しのけるようにして前に出る。

彼女の足がダンジョン内に少し触れると、スケルトン達は一斉に向かって来た。


「なるほど、ダンジョンに入ると襲ってくるみたいね」


しかしその動きは遅い。トゥスはスケルトン達の前で仁王立ちし、その大きな口を開けた。

口腔内が眩く光る。


そして放たれたのは『魔力ブレス』。

強烈な魔力の塊が砲弾となり、ライナー性の軌道を描いて、スケルトンの群れを粉砕する。

そのまま壁まで飛び、爆発した。


「なるほど、確かに弱いわ」


通路がそれほど広くなかった事もあって、スケルトン達は全て一撃で倒されていた。

残された骨の破片が、粒子となって消えていく。


「スケルトンだから素材が残らない? それとも、ソウルで喚びだした魔物だからか?」


「後者だろうな。ソウルで素材を量産できないようにするためだろう」


「いくわよ、ついてきなさい」


鼻息荒く、トゥスがダンジョンを進んでいく。

慌ててマグナ達も、その後を追った。


通路は幅2メートル程の狭さで、直線距離も5メートル程しかなかった。

突き当りでは左右に通路が伸びている。


「タロジロさん?」


「どっちにも気配があるでやんす」


「よし、トゥスは右、俺は左だ。一斉に出るぞ、合わせろよ」


「そちらこそ、遅れないようにね」


「「せー、の!」」


そして二人が同時に丁字路へ飛び出す。

その先にいたのはまたしてもスケルトンだった。


「位階が低いからコストも安い。数で勝負ということね!」


「しかも物理が効きにくいから、地味に面倒だな!」


「少し我慢しなさい。こちらを片付けたらすぐに!」


そして放たれる『魔力ブレス』。トゥスの目の前のスケルトン達が粉砕される。


「うっ!?」


だが、直後に先の通路の曲がり角から顔を出したスケルトンから放たれた矢が、トゥスに命中する。


「トゥス、大丈夫か!?」


「ただの青銅の矢よ、大した事無いわ」


スケルトンのステータスはトゥスに大きく劣る。そのうえ、トゥスにはダメージを減少する『竜鱗』がある。

矢を受けた程度では、痒みくらいにしか感じないが、スケルトン達は曲がり角の向こうに体を半分隠したままなので、ブレスで一気に薙ぎ倒す事ができない。

更に、その角の向こうから、徒手のスケルトンが五体現れ、トゥスへと向かって来た。


「この……!」


「待った、先がわからないからブレスは温存してくれ。まいは全員のカバー。タロジロは周囲の観察。シキナ、鞘で殴れ! モンガーはこっちを手伝ってくれ」


「了解」


「そうか、鞘ね……」


鞘に納めてしまうと、魔剣、宝剣の効果が発揮されず、スキルも効果を発揮しないため、その発想がなかった。


ダメージが碌に入っていない事がわかる斬撃で、それでも二体のスケルトンを倒していた若菜は、『打ち勝つ者』を鞘に納め、鈍器に見立てて殴りかかる。


一撃でスケルトンの頭が砕け、そして動かなくなった。


「ええ!? いくらなんでも簡単すぎだろ!?」


「確かスケルトンには『打撃脆弱』があったはずだからな!」


モンガ―と共に鞘を振り回しながら、マグナが叫んだ。どや顔である。

矢は大したダメージではないが、それでもやはり痛い。頭や首などに当たってしまうと、急所と判定されてダメージが増える。

へたをすると、一撃での死亡もあり得る。

矢を躱しながら、スケルトンを蹴散らし、そして射手のスケルトンへと到達し、これを撃破した。


通路の先には誰もいなかった。左の通路のスケルトンを全滅させた若菜も合流し、右の通路へと進む。

曲がり角を曲がるとすぐに十字路になっていた。


「複雑な作りだな……」


「敵の数もやたらと多い。全て転生者じゃないみたいだが……」


マッピングをしつつダンジョン内を進んでいるが、マグナの言葉通り、複雑に入り組んでいた。

丁字路や十字路は多いが、行き止まりが少なく、うっかりするとどこをどのように進んでいるかがわからなくなる。

大した効果の無いものばかりだが、トラップも多く設置されており、なにより、モンスターが大量に配置されていた。


これまで出会ったのはスケルトンばかりであり、コストの低いもので、とにかく侵入者を消耗させる造りになっている。


弱いとは言え、無傷とはいかない。HPが減ると動きが悪くなるだけでなく、痛みや疲労もマグナ達の行動を阻害する。

HPはユリアはモンガーが魔法で回復できたが、彼らのMPはそうはいかなかった。

モンガ―は『瞑想』でMPも回復できるが、ユリアは一度MPが尽きてしまうと長い休息が必要になった。


「ダンジョンの施設の『私室』や『大部屋』だと一時間で最大値の一割。六時間連続で使用すると完全回復する」


「自然回復はあるみたいだが、それよりは効果が低いと考えるべきだな」


「宿屋に泊まった時は朝になると大体全回復してたな。野営の時はそうでも無い感じだったけど」


「正確な睡眠時間を測っておくべきだったわね」


「一時間あたりの回復量。『私室』の効果を考えると、ある程度の連続睡眠で最大値まで回復すると思うけど……」


「人間の睡眠時間で考えるなら、八時間程度だろうな」


「宿屋が特別なのか、それとも寝る環境次第なのか……」


ダンジョンの中で野営も行いつつ、進む彼らの前に、ついに見覚えのある巨大な扉が姿を現した。


「長かったな」


「ああ、長かった……」


達成感よりも徒労感の方が大きかった。疲れた様子でマグナとモンガーが感慨深げに呟く。


「おい、まだ終わってないぞ。これだけ消耗させられて、まだ転生者が一人もいないんだ。ここがら本番だ」


若菜にそう注意されて、二人も表情を引き締めた。

これだけ複雑な造りのダンジョンを造り、コストの低いものばかりとは言え、大量のトラップとモンスターが配置するには、大量のソウルが必要だった。

つまり、それだけのソウルを稼いでいるという事であり、それはそのまま、魔王とクランメンバーの獲得経験値の高さを表している。


扉にトラップは無かった。

ゆっくりと、マグナが扉を開ける。


見覚えのある大広間。見覚えのある、入口から伸びる赤い絨毯。

そして、段差の上に置かれた見覚えのある玉座には、黒いローブをまとった一人の男が座っていた。


「ここまで来たか、勇者よ。そして、仲間の魔物か……」


「用件はわかってるな? 悪いが、勇者のクランには魔王は入れない。だから、お前を殺さないといけないんだ」


「わかっているさ。だが、一つ聞こうか。どうだ? 僕のクランに入る気はないか?」


「断る!」


「そうか。まぁ、そうだろうな。なら一つ、約束してくれるか?」


「……言ってみろ」


「僕に勝ったなら、必ず勇者のストーリーを終わらせて欲しい」


「? どういう意味だ?」


「君達がどのくらいこの世界について知っているかは知らないが、それでも、この世界が、いや、この世界における僕達の存在がおかしい事はわかるだろう?」


「……ああ、そうだな」


「あのサイトを思い出して貰えればいいが、僕達は何者かによってこの世界に送り込まれた」


それは神と呼ばれる存在かもしれないし、あるいは悪魔の仕業かもしれない。


「少なくとも、僕らをここに放り込み、そしてそれを眺めている者が存在しているはずだ」


勿論、例のアナウンスがリアルタイムで行われているとは思っていない。

しかし、確実に自分達は監視されている。

神の手の存在を感じたのは、一度や二度ではなく、それはマグナ達も同様だった。


「ならば、このストーリーはどこへ続いていると思う? LV1、LV2と上がっていって、行きつく先はどこだと思う?」


勿論、どこにも繋がっていないかもしれない。けれど、今はその手掛かりはそこにしかない。


「辿り着いてどうしたいかはわからないけれど、けれどそれでも、せめて話くらいはしたいよね」


言って魔王は立ち上がり、ゆっくりと段差から降りて来た。


「だから約束してくれ。必ず、勇者のストーリーをやり遂げてみせると」


「……わかった。少なくとも、俺には他に行動の指針が無いからな」


マグナは答えた。

この世界で自分の欲望のままに生きると決めているマグナは、それこそそうした大きな目標が無ければ、女性の魔物達と自堕落な生活を送ってしまう気がしていた。


「これで一安心だ。とは言え、僕も死にたい訳じゃないんでね。全力で抵抗させて貰うよ」


「一つ、聞いていいか?」


「なんだろう?」


「他の転生者は、どうした?」


「前の勇者に殺されたよ。少数の生き残りは、君達が来るまでソウルを稼いで貰ったあと、クランから除名してダンジョンから逃がした。僕が勝ったら戻って来て貰う事になっているけど、僕が勝った事を知る術が無いからね。そのまま逃げるんじゃないかな?」


「……お前が逃げなかった理由は、そうか、どっちにしろストーリーが進まないもんな」


「ああ。魔王がダンジョンを捨てた場合、君達が踏み込むだけでクリアになるなら良いけれど、それは確認できなかったからね」


だから、魔王は一人で待っていた。

こんな世界に自分達を放り込んだ何者かに、一言物申すために。

それが感謝の言葉になるのか、恨み言になるのかは、魔王自身にもわかっていなかったが。


「できれば死んでしまう前に降参してくれると助かる。折角配置したトラップとモンスターの殆どを壊されてしまったからね。今後のためにも、君達は戦力として欲しい」


「それはこっちも助かるな。俺も、死にたくはないからな」


「俺も」


「俺もだね」


マグナが剣を抜いて構えると、若菜とモンガーがそれに続いた。


「では、始めよう」


そう言うと、魔王は右半身となり、拳をマグナ達に向けて腰を落として構えた。

その構えから、やっている奴(・・・・・・)だと直感的に理解した瞬間、マグナ達の後方から魔力の砲弾が魔王へ向けて飛んだ。


トゥスの魔力ブレスが直撃し、爆発する。


「くるでやんす!」


勇者達がフラグを立てる前に、タロジロが鋭く叫んだ。

爆炎の向こうから、魔王が姿を現す。


「ちっ!」


迎撃のために一歩前に出た若菜が剣を振るうが、その途中で手首に手刀が打ち込まれ、軌道がずれる。空いた胸に、左の拳が打ち込まれた。


「がはっ!?」


「このぉっ!」


吹き飛ぶ若菜と入れ替わるように前に出たモンガーが剣を振りかぶるが、その前に、モンガーの顔に拳が叩き込まれた。


「ぶっ!?」


それほど威力があったわけではなかったが、痛みと衝撃で一瞬モンガーの動きが止まる。その側頭部に、ハイキックが放たれた。


「ぐえっ!?」


モンガ―が吹き飛ぶ。ハイキックを放った直後の魔王を狙い、マグナが突きを放った。


「えっ!?」


振り抜いた蹴り足が戻って来て、剣を握る手を直撃。剣を手放す事こそなかったが、その分、隙だらけになった。

顔面に拳が打ち込まれ、マグナは後退る。


「強い……!」


ステータス的にはマグナ達に勝っている訳ではない。それは『致死予測』でわかっていた。

戦闘技術でマグナ達が劣っているのだ。

実戦を経験したとは言え、それは高いステータスに任せて剣を振るっていただけに過ぎない。

言ってみればそれは、実戦で怯えないための訓練のようなものであり、戦闘技術を得るためのものではなかった。


対して魔王は、間違いなく、正しい指導を受けた経験者だ。

そのうえで、命のやりとりをする実戦を経験した事で、躊躇いなどが無くなっている。


「『スピードダウン』」


「む……!?」


距離を取った位置から、ふふふがステータスを下げる『呪術』を使用する。


「でや!」


「いやぁ!」


マグナが再び飛び込み、トゥスも合わせてかぎ爪を振るう。


しかし、速度が下がっても魔王の動きは殆ど変わらなかった。

爪を肘で、剣を手刀で弾き落とすと、それぞれに拳を撃ち込む。


「ちっ!」


舌打ちをしたのは魔王だった。

速度を重視して碌に腰の入っていない打撃だったため、大してダメージは入っていない。

それに加えて、トゥスは外皮が硬く、撃った拳の方に痛みがあった。


「『アタックダウン』」


「うっとうしいわ!」


距離を取る魔王の手には、帯電した光の球が出現していた。


「『サンダーボール』!」


それは魔法だった。それほど強力なものではない。しかし、魔王のステータスで放たれたそれは、ふふふに十分なダメージを与えた。


「あああ!」


「この、よくも!」


痛みに喘ぐふふふを見て怒りを覚えたマグナが、魔王との距離を詰める。


「『サンダーボール』!」


「くっ!」


そのマグナに向けて魔法が放たれる。躱すが、態勢の崩れたところへ蹴りが飛んだ。

顔面を蹴り上げられ、仰け反る。


「先に君達から処理させて貰おう。なに、運が良ければ死にはしないさ」


「させるか!」


目標をふふふ達へ向けた魔王だが、すぐにマグナが剣を振るって飛び込んで来た。

刃を躱し、打撃を返す。


「あいつらは俺の大事な女だからな! 殺すつもりはないと言われても、好きにさせられるかよ!」


「だったら降伏をお勧めするが?」


「それも断る!」


マグナはすぐに態勢を建て直し、魔物達と魔王の間に立ち塞がる。


「君の中にある僕への敵愾心こそが、僕達をこの世界へと遣わした何者かの存在証明だ。そんなものに振り回されるな!」


「そんな事は百も承知!」


特になんとも思っていなかった魔物達が、クランに入った途端愛おしく思えた。

そこに作為的なものを感じない方がおかしい。

だからと言って、マグナはこの感情を否定しないし、否定されたくなかった。

彼女達を愛しいと思うこの感情は誰にも否定されなくなかった。否定させる訳にはいかなかった。


だからこそ、マグナは目の前の魔王に抱く敵意を否定できない。

それは彼女達への想いも否定する事になるからだ。


「そもそもの話、お前のクランに入った時、俺が彼女達に抱く感情が、彼女達が俺に抱く感情が、どうなるかわからないからな!」


クランの設定は上書きされるというなら、マグナも彼女達も、魔王のクランに入ると考えるのが妥当だ。

となると、彼女達がマグナに抱いている感情も消えてしまうかもしれない。

例えマグナへの想いが消えなかったとしても、魔王にもそういう感情を抱くようになってしまったら?


正々堂々と恋敵として奪い合うような度胸があるなら、勇者の力を利用してチーレムを作ろう、なんて陰鬱な願望を抱く訳がないのだ。

そういう事ができないから生活に潤いが無く、だからこそ、マグナはこちらの世界に来たのだ。


勇者の力と立場を利用したハーレム作りは、マグナが縋りつく、最後の希望なのだ。


いるかもわからない出会えるかもわからない話ができるかもわからない神の元へ辿り着くために、その希望を捨てる訳にはいかない。


「少なくとも、俺は今の世界を気に入っている!」


「それは勝っているから言える言葉だ!」


マグナが刃を突き出す。それを迎え撃つべく魔王が拳を引く。

そしてその拳は振るわれる事無く、魔王の胸に、『刈り取る者』が深々と突き刺さった。


「ぐ、なぜ……なぜ、体が、動かない……!?」


「やっと効いたわね」


「ああ、やっと効いてくれた」


混乱し、疑問を口にする魔王に答えたのは、ふふふと舞だった。

ゴーゴンの種族スキル『石化の魔眼』。フロストマンの種族スキル『冷気』。

相手の行動の自由を奪う二つのスキル。


戦闘開始から使い続けて、レジストされ続けたこのスキルが、ようやく魔王の動きを止めた。


「悪いな。何度も言うけど、勇者のクランに魔王は入れない。お前は、殺すしかない」


「ふ、いいさ。元々、僕は向こうの世界で死ぬつもりだった。死ぬかこっちへ来るかを選べたから、死なずに済んだだけの話だからな」


「最後に、お前の名前が聞きたい」


「…………あさ、いや、ボールだよ。魔王ボール」


言いかけたのは、果たしてなんなのか。しかしそれは追及せずに、マグナは剣を引き抜き、そして大きく振りかぶった。


「じゃあな、魔王ボール」


振り下ろされた刃が、魔王の胴と首を切り離したのだった。




『勇者ストーリーLV2:【新たなる仲間】のクリア条件が満たされました。勇者ストーリーLV2を終了します。クリア報酬として、英雄ポイント500と、クランメンバーへ1000経験値を付与します』


「すまん、あまり役に立たなかったな」


「いや、状態異常で動けなかったんだから、仕方ないさ」


「ダンジョンマスターと魔王の固有のスキル以外を持ってたって事だよな。やっぱLVが上がると向こうもやばいな」


若菜は『気絶』、モンガーは『恐怖』の状態異常にかかっていた。

どちらも、行動不能になる状態異常だ。スキルで、攻撃に付与されていたのだろう、というのが彼らの推測だった。


『勇者ストーリー特殊クリア条件【魔王軍蹂躙】が満たされました。条件クリア報酬として勇者専用装備『星水晶』を配布します』


そうアナウンスがされると、勇者達の手の中に、青く輝く水晶があしらわれたネックレスが出現した。


「おお、装備アイテムだな。何かしらの付与効果がありそうだ。ユリア、あとで『鑑定』頼む」


「あ、うん」


『勇者ストーリーLV2が終了しました。続いて、勇者ストーリーLV3:【英雄への一歩】を開始します。冒険者ランク紫に到達してください』


「おや?」


「魔王関係無いな」


「魔王ここで終わりか?」


『それでは、勇者ストーリーLV3を開始します』


それっきり、アナウンスは途切れた。


「今回は転送はなしか……」


「紫ってどのくらいだっけ?」


「冒険者ギルドの支部で認定が受けられる最高ランクだな」


「……なぁ、俺は別の国っていうか、別の地方の冒険者ギルドに行こうと思うけど、皆どうする?」


「え? なんでわざわざ? まぁ、簡単な依頼だとランク中々上がらないみたいだし、色んな場所に行くのはありだと思うけど……」


「や、そうじゃなくてさ、できれば別行動が取りたくて……」


若干おどおどしているが、しかし、モンガーの意思は固いように思えた。


「どうしてだ? このまま協力してた方が……」


「や、俺の目的って、チーレムっていうか、まぁ、有名になってモテたい? みたいな感じだからさ。皆と一緒だと、やっぱり競争になっちゃうじゃん?」


「うーん……」


「それに、新しい仲間とか、臨時で行動を共にする冒険者とかも、このパーティだと望めないし」


「まぁ、そうだけど……」


「だから悪い。俺はここで抜けるわ。ああ、別に魔王に協力したりする訳じゃないし、LV4以降で協力する必要があるなら、よろしく頼むな」


「そうか。うん、まぁ、仕方ないな。皆それぞれこっちの世界に目的があって来てるはずだしな」


「そう思うなら私達も解放してくれない?」


「勝手に達で括らないで欲しいわね」


トゥスが髪をかきあげるような仕草で文句を言うが、さざんかが抗議の声を上げた。


「じゃあ俺も別行動をするかな」


「シキナも!?」


「俺は別にハーレムも興味ないし、モテたいとは思わない。あくまで、俺一人の力でどれだけやれるかを試してみたいな」


「お前、戦闘系のスキルしかないのに大丈夫か?」


「……大丈夫だ、問題無い」


それは大丈夫じゃない人間の受け答えだった。


「うーん、まぁ、仕方ないか。そう言えば、このダンジョンどうする? 確か、マスターが死ぬと、ダンジョンがその機能を失うんだよな?」


「特殊な施設の効果は使えないだろうから、ただの迷路だな」


「拠点に使うにしても、街から遠いからなぁ」


「その辺りは一度街に戻ってから、じっくり考えましょう。ひょっとしたら、ギルドに売却できるかもしれないし」


「可能性はあるな。依頼の報告もあるし、ギルドまでは同行するよ」


「あ、俺も俺も」


そして彼らは、次の目標に向けて歩き出すために、主を失ったダンジョンを後にするのだった。


物語の主役としては、魔王の方が正しいのかもしれません。自分達の環境に疑問を持ち、神か悪魔に会いに行く。ある意味、転生、転移ものの物語では王道の展開でしょう。

しかしそれも、本人の意思とは別に転移転生させられた場合の話。例えそれが低俗で下劣なものだとしても、目標を持って来ている人間に、それを捨てさせるのは難しいものですね。

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