13.新たなる進化
いつも通りに『漁場』で『食料』のついでに経験値とソウルを稼いでいたキラーフィッシュのダークとサハギンのこんにゃく。
「お」
ニードルフィッシュをダークが噛み殺した時、彼は何かに気付いたように声を上げた。
「どうしました?」
「進化できるようになった」
正確には、進化は既にできるようになっていた。ニードルフィッシュの撃破により、LVが上限に達したのだ。
「それはおめでとうございます。どうします? 経験値の事を考えれば、ここで戻りますか?」
「いえ、『食料』とソウルが勿体無いので時間一杯狩っていきましょう」
「わかりました」
「という訳で進化しようと思います」
『漁場』での狩りを終え、『玉座の間』にやって来たダークは、ポラリスにそう宣言した。
「おめでとうございます」
ポラリスの素直に言祝ぐ。
「ぐぬぬ、羨ましい……」
そして素直に嫉妬するのはギリだ。
LV上限自体は低いのだが、狩りに出れないせいで経験値の取得が少なく、最近やっと進化可能になったばかりだ。
勿論、種族LVが1に戻るので、LV上限まで成長してから進化した方が得であるので、今は我慢している。
「それを言うなら、ミーなんて、位階が高いせいでLVが上がりにくいし、LV上限も高いしで進化なんてまだまだ先ネ」
「生産職組は、SPが空っぽになるから、狩りに中々出れないしね」
佐藤とはんぺんもギリと同じく羨望を口にした。
SPがゼロになると強制的に気絶してしまうし、SPが最大値の三割を切ると『疲労』のバッドステータスがつくため、狩りに出るなら、『私室』などでSPを完全に回復したあとでないといけない。
『狩場』の利用は六時間に一度なので、時間がうまく合わない事も多い。
また、一度に使用できる人数に限りがあるので、戦闘以外で経験値を獲得できる機会がある生産職は後回しにされがちだ。
一回の使用に時間制限があるため、効率良く『食料』とソウルを稼ぐなら、どうしても戦闘職が優先されてしまう。
何より一番大きいのは、種族LVの低い生産職は安全に狩りが行えないという事だった。
個人的な感情は勿論だが、代わりのいない生産職は、クランの戦力的な意味でも失う事ができない人材だ。
「それで、ダークは進化先をもう決めているんですか?」
「それもあって相談したいと思いまして。現在選べる進化先は三つです。巨大なサメになるキラーシャーク。恐らく正統進化であるソードフィッシュ。そして防御力の高いニードルフィッシュですね」
「ニードルフィッシュは確か、『漁場』の中ボスでしたよね」
「ええ。仮にあればLV1の強さだとすると、『頑強』が高くて『敏捷』が低い感じでしょうか」
「針を飛ばしてくる事もあったから、スキルで遠距離攻撃ができるようになるかもしれませんな」
こんにゃくがニードルフィッシュに関して補足説明をする。
「戦闘力だけを求めるなら、キラーシャークっぽいけど、大きさってどのくらい?」
「説明だと4メートルを超える、ってありましたけど」
ギリの質問にダークが答えた。
ちなみに、世界最大のサメ、ジンベイザメがおおよそ13~14メートル。
4メートルというと、一般的な『サメ』の大きさに近い。
「それ、ダンジョンの通路移動できるの?」
「あ……」
体長を聞いたはんぺんから冷静な指摘がなされる。
ちなみに、件の『プール』は暗さで誤魔化しているが、5メートル四方ほどの大きさしかない。
高さだけは30メートルあり、普段の水深は15メートルだ。
この『プール』から『玉座の間』へは『ステップ&スロープ』というトラップが複合された通路で繋がっている。
浮かべば上がって来れるダークと違って、こんにゃくは階段が必要だった。しかし、『プール』で生き残った侵入者が、万が一にも上がってこれなくするため、スロープになるこの通路が選ばれた。
しかしこの通路は、幅2メートル、高さ3メートルだ。
間違いなく、キラーシャークは通れない。
勿論、ソウルを使用すれば拡張する事はできるが。
「『私室』もパンパンになりそうだね」
「つか入れないだろ。あれ奥行き3メートルくらいだぞ」
「げんごろーさんが、進化したらベッドで寝れないかも、って言ってたもんね」
「既にベッドで寝れていないドーテイさんに突っ込まれてたけどな。……言葉で」
妙な意味になりそうだったので、ギリは慌てて付け加える。
「となるとソードフィッシュかニードルフィッシュの二択ですね。ニードルフィッシュは防御力が高まりそうだという話でしたが、ニードルフィッシュはどうなんでしょう? 正統進化でしたっけ?」
「体長は50cmほど、とあるので今より一回り大きくなる感じですかね。今の自分もそうですが、基本的に『筋力』が高くてあとは平凡って感じです」
「『漁場』で効率よく稼ぐ事を考えると、攻撃力の高いソードフィッシュが良さそうですね」
「遠距離攻撃も、本当にできるようになるかわからない以上、『敏捷』が減るのは悪手だわな」
「わかりました。自分はソードフィッシュに進化しようと思います」
「よろしくお願いします」
宣言をすると、ダークはマジックウィンドウを開き、器用にヒレで項目をタッチしていく。
そしてダークの体から眩い光が発せられた。
「おお、進化ってこうなるんですなぁ……」
「そう言えば、こんにゃくさんはエレさんの時はいらっしゃいませんでしたね」
「そういや、あいつ結局ハーレム作れたんかな?」
「新しく作れるようになったモンスターの確認を優先して貰っていますから、まだじゃないですかね?」
「ポラリス君も結構えげつないね」
「恋愛は構わないですが、あからさまに風紀を乱されても困りますからね」
エレも進化後のハイテンションが落ち着くと、一番先に進化した事と、そのうえで自分だけがハーレムを作る事に後ろめたさを感じているのか、素直に他の種族を『サモン』で喚んでいた。
種族LVも上げないといけないので、中々自分のためにスキルを使えないでいた。
そして光が収まったそこにいたのは、隊長50cm程の、細身の魚だった。
ソードフィッシュと言えば、一般的にはメカジキの英名だが、そのシルエットはどちらかと言えばサンマに近い。
メカジキと同じく、上唇の周辺が突き出した吻が、長く扁平に伸びていなければ、勘違いしていたかもしれない。
「ソードフィッシュは地球だとおおよそ全長4メートル。ビルフィッシュの中では最大級の種類ヨ」
「エレの時にも思ったが、佐藤さん、詳しいな」
「となると、やっぱり純粋なメカジキとは違うんでしょうね」
「あ、ソードフィッシュってそういう意味なんだ。てっきりサンマの英名かと思った」
「なんで?」
「漢字で書くと秋刀魚になるからでしょうな」
「パシフィックサウリーとは別だヨ」
「ん?」
「サンマの英名ですかね?」
「これやっぱり、佐藤さんって母国語喋ってて、言語チートでエセ外国人っぽく聞こえてるだけなのかな?」
「でも、それなら普通の日本語として聞こえないとかしくない?」
「とすると英語、かどうかはわかりませんが、公用語がそもそも母国発祥じゃないのかもしれませんね」
「ああ、オーストラリア訛とかあるって聞くもんね」
「今頃、故郷は雪が積もってるだろうな」
「え? ギリさんオーストラリア出身なんですか?」
「しまった、ポラリスはオタクじゃなかった!」
「や、俺もオタクですけど、俺もわかりませんよ?」
「私も」
「ああああも。そもそもオタクじゃないから、潜入がバレそうだなーってくらいしかわからない」
「わかってんじゃねぇか!」
「すみません皆さん、自分で言うのもなんですが、もう少し注目していただけませんでしょうか?」
「あ、すみません」
進化した自分をほったらかしにして、好き勝手に喋るメンバーに、ダークが申し訳なさそうに声をかけた。
ポラリスが素直に謝る。
「それでダークさん、ステータスやスキルはどのような感じですか?」
「はい。ステータスは若干の低下が感じられますが、これは種族LVが1になったからでしょうね。キラーフィッシュの頃のLV1と比べると、『筋力』と『敏捷』が高く、『頑強』と『魔防』との差が広がった感じでしょうか」
「攻撃特化って訳ですな。『漁場』ではその方がいいでしょうな」
「基本的に待ち伏せからの奇襲になるでしょうから、実戦でも問題無いでしょうね」
「ええ、それも考えて、スキルは『突進強化』と『先手必勝』を選びました」
『突進強化』はその名の通り、突撃、体当たり系の攻撃を強化するスキルだ。
『先手必勝』は戦闘開始後の第一撃が敵味方問わず命中するまで、自身の命中と回避の上昇。更に、こちらが第一撃を与えた場合に威力の上昇が得られるスキルだ。
「それは頼もしいですね。これからも期待させて貰いますね」
「ええ、お任せください」
進化したダークを中心に暫く雑談していると、『玉座の間』から他の施設に通じている扉が開かれた。
「ただいまー。『狩場』本日三回目、終わりましたよー」
「あー、しんどかった。エレが期待外れだったよなぁ」
「魔法使えないし、ステータスは魔法系だし、種族LVもまだ低いし、仕方ないだろう!?」
「シフト的に最も弱い組み合わせだったからねぇ。仕方ないわよ」
入って来たのは、ついさっきまで『狩場』で戦っていた、ターミットのユーキ、ダークマージのシュガー、ブラックアニスのエレ、インプの幸恵だった。
幸恵の言葉通り、前衛戦闘職がユーキしかいないので、少々てこずったようだ。
「お疲れ様で、し……た……」
労いの言葉をかけようとして、ポラリスの動きが止まる。
他のメンバーも、言葉を失ったまま動かなかった。
「うん? どうしました?」
「いや、お前が言うなよ」
ユーキが首を傾げるが、エレがそれに突っ込みを入れる。
ポラリス達が驚いたのは、ユーキの姿に対してだった。
灰色がかった体に、力強く発達した太腿。上半身から頭にかけてほぼ一体化しており、楕円形の大きな目が二つ、頭頂部付近についている。
そして何より大きく違うのは、レザーアーマーの裾から突き出た二対四枚の翅。
ユーキはターミットからサールアームへと進化していたのだった。
サールアームはハネナガイナゴです。




