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12.はんぺんの野望 立志編


「アルケミストが少なーーーーい!!」


ある日、玉座の間にそんな叫びがこだました。

叫んだのは、当然、アルケミストのはんぺん。シースルーである彼女は、普段はどこにいるのかわからないため、ギリに作ってもらった革製のジャケットを羽織っている。

当初は帽子などだったのだが、帽子だと浮かんでいるのか、引っかかっているのかわかりにくく、普通の服では体のラインが浮かんで恥ずかしいという事で、厚手のジャケットになった。

そのため、スミスではなくクラフトマンの領分になってしまったが、そこは大した問題ではなかった。


「全裸に革のジャケットだけって、色々捗るな」


とはグランドのコメントである。


武器や防具に限らず、生活必需品なども日々作成している生産班だが、その中でもアルケミストは殺人的な忙しさだった。

当初は、『素材』になるアイテムだけを採取していた探索班だったが、通常の自然物でも、アルケミストが『錬成』をする事で『素材』になる事がわかったため、彼らは毎回、荷物一杯のアイテムや自然物を持ち帰っていた。


クラフトマンやスミスは『素材』が無ければ何もできないし、『素材』なしで作れるものは、性能も低く種類も少ない。

そのため、『素材』にするアルケミストは休みなしに働く事になった。


とは言え、『錬成』を使用するとSPが減り、そのSPにも限りがあるので本当に休憩が無い訳ではないし、ポラリスの作ったシフト表により、一日最大八時間労働で、週五日勤務を徹底された。

勿論、サボりたいならサボっても構わないし、働きたいなら働いても構わない、という緩いものではある。


サボるにしても、集団生活で他人の感情を無視できるような精神の持ち主でなければ、そうそう大胆にはサボれない。

どれだけ効率的にサボらせるか、を周囲に考えさせているああああがその点では異例なのだった。


反対に、いくら働いてもいい、とは言っても、HP、SP、MPの制限があり、元の世界と違って、その残量がはっきりと確認できるため、誰も無理をしようとしない。


「でも、でもさ! 依頼が、仕事が残っているのに休むのは、なんか嫌なんだよ!」


SP切れで休まざるを得ないのはともかく、SPが残っているのに、八時間働いたから、週に五日働いたからと言って、『錬成』待ちのアイテムや自然物を放って休むのは、はんぺんにとっては苦痛だったのだ。


(ああ、社畜か……)


そんなはんぺんの反応を見て、クランメンバーは哀れみの籠った目で、彼女の前世を理解した。

そういうものから逃げて来た筈なのに、その思考から逃れられない。哀しみの企業戦士である。


それなら何故、生産職を選んだのか、という疑問も湧いた。


「戦闘は怖いと思ってたからね」


納得できる理由だった。


実際に今でも慣れないし、だからこそのシースルーでもあるという。


「わかります、はんぺんさん、その気持ち、わかりますよ!」


そして意外なところから賛同者が現れた。ポラリスである。

仕事に行き詰っている時に例のサイトに出会い、この世界に転生して来た、というポラリスもこの発言で社畜であった事が確定した。

ただ、はんぺんが平社員っぽいのに、対し、これまでの言動から、中間管理職ではないか、という推測が流れる。


「チェーン店の店長かもしれない」


そう予想したのはエレだった。


「人事を管理する立場だから、残業代や休日手当てが出ないって聞いた事がある。かと言って、店の業務を滞らせる訳にはいかないから、サービス残業、サービス出勤当たり前なんだって」


それはネットや、コンビニの実は系の雑誌から仕入れた知識だったが、それなりの説得力があった。


「お仕事系漫画の店長は、店に住んでるレベルで変えれないキャラが多いですね」


そしてダークもその推測を支持した。


「しかし、現実問題、アルケミストを増やすのは無理ですね」


「何人かいるグラップラーを、『転職所』でアルケミストにできないかな?」


流石に生産職からは転職させられないし、職業を二つ持つ事もできないので、はんぺんはそんな提案をした。

幸恵のウィッチやよりこーのウォーキャスターは確かにレア職だが、現状、強い、と実感できるほどではないため、これらも転職してしまっていいんじゃないかと思っている。


「本人がいいと言うならいいですけどね、無理強いはできません」


「アキラくんにアルケミスト獲得して貰うのはどうかな?」


人間の種族スキル『副業』は複数の職業を所持できるという効果だ。別に、一つに限らず、幾つでも獲得できる。

反面、取得経験値は職業それぞれに同じ割合で分配されるため、職業LVの伸びが悪くなるというデメリットもある。


「獲得条件もわかりませんし、できればダークヒーローを伸ばして欲しいですね」


そのため、勇者に対する強力な戦力であるアキラの弱体化を招きかねない提案を、ポラリスはやんわりと拒否する。


「じゃあ、ゾンビ勇者はどうかな? 一応、職業獲得できたよね?」


「いえ、ゾンビ勇者は『副業』のスキルを失っているので、新しく獲得する事はできませんよ。一応、所有権はああああさんとアカギさんにあるので、どうしてもと言うならそちらに確認してください。まぁ、私としては貴重な戦力なので、非戦闘系の職業に転職させるのは反対したいですが……」


「むぅ……」


「いや、はんぺんさん。別に俺達は『素材』の錬成が遅れても構わないから、気にせず休んでくれよ」


「気にしないでいられるなら、苦労はしないんだよ」


クラフトマンとして、はんぺんと同じか、それ以上の仕事を抱えているギリが宥めるが、効果は見られない。


彼自身は、アイテムや非金属製の武器防具だけでなく、椅子やテーブル、ベッド、布団、枕、と言った日曜品もスキルで作れる事が判明したため、注文が殺到している。

しかし、一切の残業も休日勤務もしないため、学生、あるいは無職だったのでは、と思われている。


だがポラリスは、むしろギリこそ、とてつもないブラックな企業から逃げ出して来たのではないかと考えていた。

サービス残業と自主的な休日出勤のつらさを知っているからこそ、絶対にそれをしないのではないか、と推測していた。


「そうネ。大体日本人は働きすぎだヨ。安息日は休まないといけないネ」


「休まないと怒られちゃう宗教の国と一緒にしないでよ」


ちなみに生産職の中では、スミスである佐藤は二人に比べると仕事が少ない。

武器防具という事で、非金属のものも作れるが、『素材』や日用品と違って、そこまで数を必要とされていない事が大きかった。

また、『木材』『繊維』『革』といった非金属の武器防具は現在ではあまり強力ではなく、それより強い装備には『鉱石』『金属』の『素材』が必要とされるため、それらの採取場所が見つかっていない現在では、彼女に回される仕事は、予備の非金属製武具の製作と、装備のメンテナンスくらいだった。


時間が余っているので、戦闘用の性能を無視した、趣味の服をたまに作っており、女性陣からはそちらの注文が寄せられているほど。

ちなみに、ラストイーターである彼女が自己紹介の時に言っていた、自分で金属製の装備を作って自分で食べる、というマッチポンプは、現在完成していない。

SPだけでは金属製の装備を作れないので、これは仕方ない事でもあった。


鉱石の素材に関しては、現状、ソウルで召喚できるストーンゴーレムを倒し、その破片を『錬成』して『石材』を手に入れてる状態だ。

ストーンゴーレム自身の設置費用はそれなりに高いし、倒してもソウルが手に入らないので、頻繁に使えるものではないし、『石材』の有効な利用法も確定されていないので、はんぺんの抱える仕事量の事もあり、優先順位は低い。


今はストーンゴーレムによってストーンゴーレムを倒させ、LVを上げてアイアンゴーレムに進化させる計画を練っていた。

そうすればソウルでアイアンゴーレムを喚べるようになり、待望の金属の『素材』、『鉄』を手に入れる事ができるようになる。


「ただゲームだと、鉄製の装備ってそんなに強くないんだよな」


「むしろ初期装備のイメージだよね」


「いや、装備は鉄かそうでないかだろ」


「前衛職が鉄で後衛職が革だよね」


とクランメンバーの見解は分かれたが、ポラリスはその認識のずれを理解していなかった。


「はんぺんさんのステータスの傾向と、ソウルで喚べるシースルーのデフォルトのステータスの傾向を比較すると、『魔力』と『器用』が高いモンスターならアルケミストを獲得できそうですね。頑張って育てましょうか」


「そういう意味だと、シースルーは合わないんだよな」


「『不可視族指揮』が無意味になるネ」


「まぁ、はんぺんさんが指揮する必要はありませんし」


そもそも、生産職でないモンスターを育てるなら、『狩場』か探索に同行させないといけないので、基本的にダンジョン内にいるはんぺんは指揮官に向かない。


「シースルーにアルケミストをつけて、ユニークで喚ぶとどうなるんだっけ?」


「『転職所』を設置するより高くなります。まずシースルーが必要ソウルが高いため、ユニーク化も高くなってしまうんですよね」


モンスターのユニーク化は固定ではなく、元になるモンスターの必要ソウルを基準に割合で増加するため、デフォルトの必要ソウルが高いモンスターほど、同じユニーク化をしても必要なソウルが高くなる。

なら弱いモンスターをユニーク化した方が得か、というとそうとも言えない。

今度は、即戦力にならない、というデメリットが顕在化するからだ。


クランメンバーは元々ユニーク扱いであるし、LV1でのステータスは、同じ種族のLV1モンスターより高く設定されている。

そのため、生産職ではSPの不足から『錬成』などのスキルの使用回数が減り、回復回数が増えてしまうので、効率は極端に下がる。

おまけに、ステータスが低いと失敗してしまう可能性が高まるため、自然物やアイテム、『素材』を無駄にしてしまいかねない。

戦闘で育てる場合も、『狩場』は一日の使用回数と、一度の利用人数に限りがあるので、役に立たないモンスターを同行させる事は憚られる。

そして外に連れ出すとなると、不慮の事故などに遭う可能性があり、『狩場』に比べてロストの危険が大きい。


「結局ソウルが必要なんだね……。金が無いのは首が無いのと同じとは、よく言ったもんだね……」


現状では、消費ソウルに獲得ソウルが追いついていないため、モンスターのユニーク化は見送られている状態だ。


「欲しい施設が多過ぎるんだよな」


「何に役に立つかわからないから、何かに使えるなら設置しないといけないからネ。ネット百科事典が欲しいところネ」


「当面の目標は『加工所』の設置ですね。あれがあれば、『素材』の獲得速度が単純計算二倍になりますから」


自然物に対しては使えないが、アイテムを『素材』に変える事ができる施設が『加工所』だった。

設置費用は1000ソウルとそれなりにかかるが、はんぺんの負担を減らす事はできる。

自然物には使えない事と、『素材』へ変える事しかできないため、後回しにされていたが、優先順位を上げる必要ができたとポラリスは考えた。


こうして、はんぺんのアルケミスト増員要求は却下された。

とは言え、必要な事ではあるので、あくまで保留、という形になった。

そしてまた、ソウル使用の案件の中に、待機中のものが増えるのだった。


ブラック企業、ダメ絶対。

「(今日中にやらないといけない訳じゃないけど)仕事残していくと皆に迷惑がかかるかもしれない」「皆は残業してるのに自分だけ先に帰るのも悪いかも」

ブラック企業にからめとられるのは、真面目で優しく自己が弱く同調圧力に弱く押しに弱い人間です。

ただ、職場の人間関係も精神衛生上重要なので、バランスが大事。

勿論、サービス残業、サービスの休日出勤を強要されるなら、きちんと戦いましょう。

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