11.ゾンビ勇者と進化
協議の結果設置された『反魂儀場』。最初に配置された勇者が今日、ゾンビとなる。
アカギは『アンデッド作成』のスキルがあると、施設効率が上がると知り、『転職所』の設置と、ネクロマンサーへの転職を望むようになった。
ネクロマンサーはサモナー、あるいはシャーマンから転職できる上位職業であるので、彼女は積極的に『狩場』へ赴き、レベリングに励んでいる。
彼女の種族であるチャイルドプレイがアンデッド系の種族であれば、上位種族に進化すれば、『アンデッド作成』のスキルを、種族スキルで獲得できるようになった可能性が高いが、所持スキルから彼女が予想した通り、チャイルドプレイはゴーレムなどと同じ、魔法生物に分類される。
スケルトンのギリと獲得できる種族スキルと汎用スキルの傾向を照らし合わせて確認した事で、アカギは確信を持ったようだ。
吸血鬼であり、アンデッドでもあるヴァンパイアのゲオルグなどは、最初から種族スキルとして『アンデッド作成』を獲得できるため、アカギから嫉妬と羨望を向けられる事となった。
LVが上がると、新たな種族スキルを獲得できるようになるが、ゲオルグは度々、アカギに『アンデッド作成』を獲得して欲しい、と懇願されている。
『アンデッド作成』を持つ者が配置されると、『反魂儀場』で一度に利用できる死体の数が増える。
戦力増強にも繋がるので、ポラリスからも、拘りがなければどうか? などと提言されてしまっていた。
ゲオルグとしては、吸血鬼キャラのロールプレイのために欲しいスキルは別にあるため、獲得する優先度は低かったのだが、確かに、『アンデッド作成』は吸血鬼らしくもあったので悩ましいところだった。
「いよいよだね。ワクワクするよ」
そして、あと数分で設置してから七日が経過するとなったら、アカギは『反魂儀場』に赴き、そこから動かなくなった。
ポラリスは施設の利用状況の通知を受け取れるように設定しているので、それからでいいと思っていたのだが、アカギが期待しているのを見て、自分もゾンビが誕生する瞬間を見たくなってしまった。
ゾンビになった勇者に自我があり、襲われたらまずい、という思いもあった。
それを察したエリから、ミリエラを着ていくように言われていた。
いよいよという時、魔方陣の中心に置かれた、勇者××の死体が紫色に発光を始める。
「わぁ……」
その光景にアカギが目を輝かせるが、ポラリスには、何か禍々しいものにしか映らなかった。
(女性だとまた違う感覚なんでしょうか?)
(私もわかりません)
そして、勇者の死体が見えない程に強い光へと変化する。
暫くそのまま発光していたが、徐々に光は弱まり、そして収まった。
頭の上半分と右膝の裏、左脇腹を齧られた勇者の死体が、ゆっくりと起き上がる。
「わぁ! わああぁ!」
喜び勇んで駆け寄ろうとするアカギをポラリスが止める。
暫く様子を見ようと待っていると、膝裏と頭から紫色の煙が噴出し始めた。
煙を見ていると、徐々に頭が形成されていくのがわかった。
「どうやら、活動に支障がある部位を自動で修復しているようですね」
マジックウィンドウを開くと、ソウルでモンスターを作成した時と同じく、待機モンスターの欄に『××ゾンビ』と名前があったので、一先ず安堵した。
状態を確認すると、『肉体再生』スキル発動中、配置不可、と表示されている。
クランメンバーと違って、『サモン』で喚び出したり、ソウルで作成した魔物は、マジックウィンドウでステータスやスキルを確認できる。
『サモン』で喚び出した魔物は、『サモン』の使用者と、使用者と主従の関係にあり、かつ、主である者が確認可能だ。
ソウルで作成した魔物はダンジョンマスターのみしか確認できない。
ウィンドウを一緒に眺めれば確認は可能であるが。
(強いですね……)
現在待機中のオークパペットのステータスと比べて、ミリエラが呟いた。
全てのステータスバーがオークパペットの三倍近くある。これが勇者のステータスか、と慄いている。
「スキルも色々ありますね。種族スキルはゾンビとしてのものに変わったみたいですね。アキラさん達から聞いた人間の種族スキルが無くなっています」
(『副業』が無くなったのは残念ですね)
(『無限成長』も無くなっているので、LV上限はゾンビのものなのでしょうね)
「魔王さん、魔王さん」
ミリエラと話していると、アカギが声をかけてきた。
「そろそろ離して? それと、近寄っても大丈夫だよね?」
「ああ、すみません」
高さ50cm程の人形であるアカギを止めるために、ポラリスはつい抱きかかえてしまっていた。
肩越しに自分を見やり、首を傾げる仕草は、子供のものとしては可愛らしいものなのだろうが、表情の変わらない人形がそれをすると、そこはかとなく不気味だった。
ポラリスが地面に降ろしてやると、アカギが××ゾンビへと駆け寄って行く。
(可愛い)
(可愛い)
とてとてと走るアカギを見て、二人はそんな感想を抱いた。
「それじゃあ、そのゾンビはアカギさんの配下に配置しましょうか。知能が予想通りに『ない』ですので、恐らく自我は存在しないでしょうし」
つまり、自律行動がほぼ不可能という事だった。
これでは疑似的な蘇生には使えないだろうな、とポラリスは考えていた。
「でも、私『屍人族指揮』持ってないよ」
「そもそも私達の中では持っている方がいませんからね。指揮系のスキルだけで言うなら、『魔物指揮』のあるあーさんでしょうけれど……」
「うん、勿体無いね」
折角ステータスが高いのだから、色々と有効活用したかった。
そういう意味では、働きたくない、と常々言っているミミックのああああは上司としては不向きだった。
防衛戦となれば、自己の生存のためにああああもそれなりに働くが、それ以外だと、生産職組の近くにいる事が多い。
そこに勇者のゾンビがいるのは非常に非効率だ。
(あ、でもこのゾンビ、『光弱点』がありますから、外に出れないですよ)
「となると、ダンジョンの防衛が主な役割ですか……。あれ? それだとあーさんの部下としても問題無いですね」
現在生産職組がいるのは『玉座の間』である事が多いので、防衛という点では配置場所としては特に問題が無かった。
敵対者が探索組の巡回を避けてダンジョンへ侵入して来た場合、すぐに対応できるという利点は大きい。
「じゃあ、とりあえずあーちゃんの配下に配置してあげて。私は『屍人族指揮』を獲得してからでいいから」
別の種族であっても、汎用スキルで他の種族を指揮するスキルを獲得できる事はわかっている。
チャイルドプレイの汎用スキルテーブルには『屍人族指揮』は無かったが、進化したらどうなるかわからなかった。
「本当によろしいですか? 私としては皆さんの希望を優先したいですけれど……」
「うん、大丈夫。時々見せて貰えばいいから」
「そうですか。じゃあ、あーさんの配下に配置しましょう。本人が了承すれば、ですけど」
「移動が楽になるって言えば、多分大丈夫だよ」
「成る程」
ミミックは一応自力で移動できるが、非常に遅いうえに、とても疲れるらしく、ああああは移動する際、誰かに頼んでいる事が多い。
勇者のゾンビを配下にしておけば、近くに居ない時でもすぐに呼んで持ち運んでもらう事ができる。
「では『肉体再生』が終わったら、あーさんに言って自分の傍に読んで貰うようにしましょう。私はあーさんに配下にする事を伝えてきますが、アカギさんはどうしますか?」
「終わるまで見てる」
「わかりました。ごゆっくりどうぞ」
次の勇者の死体を設置して、ポラリスは『反魂儀場』をあとにした。
「進化しようと思う」
それから数日後、ポラリスの元をゴブリンのエレが訪れていた。
「LV上限に達しましたからね、いいと思います。ホブゴブリンですか?」
「それなんだけど、他の進化先も出現したから、相談しようと思って」
エレはLV1の時は、全てのステータスバーが綺麗に同じ長さで揃っていたのだが、現在は『魔力』と『体力』が若干長くなっている。
『サモン』を使い続けた結果だろう、とポラリスやエレは思っていた。
基本的にステータスはレベルアップ以外では上昇しないが、それまでの行動で、その際に上昇するステータスに違いが出る。
『サモン』はスキルなので使用する際にはSPを消費する。このSPの最大値に関わるステータスが『体力』だった。
そのため、スキルを使えば使う程、レベルアップする際に『体力』が上昇しやすくなる。
更に、『サモン』は魔法系のスキルでもあるため、『魔力』の上昇にも繋がったのだろう。
「進化先は多分、正統進化だろうホブゴブリン。それ以外に、オークとブラックアニスが追加された」
「オーク? 植物系モンスターに進化するんですか? 確かに体力、というか生命力に溢れているイメージがありますけど……」
「いや、そっちじゃなくて、豚の魔物みたいなやつになる。性欲に溢れるイメージだから、多分そういうところで『体力』の高さが要求されてんだと思う」
「はぁ、なるほど……」
しかしポラリスはピンときていないようだった。
「オークとスライムはファンタジー界のAV男優の二大巨頭だよな。ゴブリンはそういう意味では一歩劣るか」
口を挟んで来たのはギリだ。『玉座の間』で仕事をしているところにエレがやって来たため、生産職組も仕事の手を止めて会話に興味を示していた。
ちなみにスケルトンもLV上限15なのだが、『光弱点』のせいで『狩場』が利用できず、スキル使用のみで経験値を稼いでいるため、『狩場』とスキル使用で経験値を稼げるエレ達と比べて成長が遅い。
こんなところでも不遇なのか、とギリは落ち込んでいた。
ちなみに、現在のLVとLV上限は以下の通り。
ポラリス 魔王LV6/100
ダンジョンマスターLV4/99
エリ 一つ目LV12/20
レンジャーLV9/30
げんごろー ミノタウロスLV7/30
アクスファイターLV11/40
ミリエラ ダークメイルLV13/20
ガードLV12/30
ユーキ ターミットLV11/15
ライトセイバーLV10/40
エレ ゴブリンLV15/15
コマンダーLV12/50
グランド スライムLV12/20
グラップラーLV11/30
ぷっちり リザードマンLV9/25
ウォーリアLV10/30
ガンゲイル バードマンLV10/20
ハンターLV11/30
ケビン ソニックスワローLV12/15
グラップラーLV12/30
ギリ スケルトンLV8/15
クラフトマンLV10/40
おんたま ラミアLV6/30
ソーサラーLV9/40
ドーテイ ケンタウロスLV7/30
ヘヴィランサーLV8/40
こんにゃく サハギンLV16/25
ランサーLV15/30
ダーク キラーフィッシュLV18/20
グラップラーLV16/30
はんぺん シースルーLV10/30
アルケミストLV12/40
佐藤 ラストイーターLV11/25
スミスLV12/40
シュガー ダークマージLV8/30
ソーサラーLV9/40
アカギ チャイルドプレイLV12/20
シャーマンLV10/40
幸恵 インプLV11/20
ウィッチLV7/50
コータ ロードランナーLV12/20
グラップラーLV12/30
よりこー ポイズンスパイダーLV11/20
ウォーキャスターLV7/50
惣栄 デビルプリーストLV7/30
プリーストLV7/40
ゲオルグ ヴァンパイアLV8/30
マジックファイターLV9/40
ああああ ミミックLV5/30
ガードLV4/30
アキラ 人間LV10/99
ダークヒーローLV6/50
ファイターLV12/30
LV上限が高い種族は、初期ステータスや成長率も高い。その分、レベルアップのための必要経験値が多く成長しにくくなっている。
これは職業でも同じで、アクスファイターやライトセイバーのような派生職は上限が高く、成長が遅い。
魔法職と生産職は共に上限が高いが、成長率は生産職の方が若干良い。
ちなみに、人間の種族LVの上限は99だが、アキラは種族スキル『無限成長』でこの上限が存在しなくなっている。
「ブラックアニスは魔法が得意な種族らしい。デビルプリーストやダークマージが、種族スキルでは魔法を獲得できないから、コマンダーとの相性は若干悪いかもな」
「でも、ダークマージは種族スキルのテーブルに魔法を使えるようになるスキルがあるよな? ブラックアニスはどうなんだ?」
「種族としての説明と、ステータスの傾向、種族LVの上限。デフォルトで設定されてるものを含めた、進化時に選択できる種族スキルは確認できた。獲得できる種族スキルのテーブルは確認できなかったな」
ギリの質問にエレが答えた。
「LV上限はホブゴブリンが30だから、種族階位的にやっとげんごろーさんとかに並ぶわけだな。オークとブラックアニスは40だ」
「オークそんなに強いのか……」
「どうだろうね、サイトの初期設定にはどちらもいなかったから、ランダムか進化でのみなれる種族だからって事じゃないの?」
「そもそもミノタウロスが最初からいるのがアンビリーバブルだよ」
はんぺんと佐藤も会話に加わって来た。
「ヴァンパイアとか、ものによっては最上位クラスだもんな」
「ミノタウロスやケンタウロスの比べてどうかはわかりませんが、ホブゴブリンよりはオークの方が強いでしょうから、オークでいいのでは? ブラックアニスはちょっと賭けの要素が強いですよね」
「…………」
ポラリスがそう言うと、全員が沈黙した。
「? どうしました……?」
「や、まぁ、ゴブリン選んどいてお前が言うなって感じなんだけど、オークはちょっと……そっち方面に傾き過ぎっていうか……?」
「デフォルトの種族スキルを当ててあげようか?」
「やめてくださいしんでしまいます」
「『異種族交配』と『絶倫』」
「こんな時だけ参加してくんじゃねぇ!」
突然ああああから刺されて、エレは叫んだ。どうやら正解だったらしい。
「そうか、『絶倫』か。精力増強とかリビドーとか思い浮かんだけど、それがぴったりっぽいね」
「性豪とかどうだ?」
「ああ、性欲溢れるモンスター、でしたっけ? 成る程」
「やめて!」
ああああの絶妙な単語のチョイスに全員が盛り上がっていると、エレが頭を抱えて座り込んでしまった。
「ごほん。戦力的な事を考えたら、オークになっていただきたいですが、エレさんにはエレさんで、この世界にやってきた目的があるでしょうから、エレさんが望まないのであれば、それを強要する事はできません」
咳払い一つして、ポラリスが話を戻す。
「そもそもなんでゴブリンだったんだ? チーレム求めてたんなら、勇者選んでるはずだよな」
「や、ゴブリンからの成り上がりハーレムに期待して……」
「じゃあもうオークでいいだろ。位階が上がれば『サモン』で喚べる魔物も増えるだろうし、好みの魔物でハーレム作れば?」
「ど、どっちかってーと、部隊の指揮官的な位置で俺Tueeeeしたかったんだよ! オークはこう、ビジュアル的に違う」
「なんとなくわかるかな?」
「わからないネ」
「軍隊を指揮する立場で活躍したかった、という事であれば、SPの最大値が増えるでしょうから、やっぱりオークなのでは?」
「そう言えば、エレくんってビジュアル値幾つなの?」
「……92」
「微妙に100を避けるところがエレくんっぽいよね」
「それ刺さる奴他にもいるからやめてあげて」
自己申告では、ぷっちりがビジュアル値が高いが、100ではない事が判明している。
ポラリスはなんとなく誰がどのくらいの値かわかるが、流石にそれを漏らす事はしていない。
ぷっちりの時の反応から、バラされると恥ずかしいだろう事がわかっているからだ。
「結局魔王様の言う通り、エレがどうしたいかネ。テンセーするときの目的をあくまでインポータントと考えるなら、ホブゴブリンをセレクトすればいいネ」
「でも正直、レアっぽいブラックアニスにも惹かれるんだよ……」
「どう考えても地雷種族だけどな」
「魔法系は賭けの要素強いよね。おんたまさんなんかも、魔法寄りのステータスで中途半端、加えて魔法を強化するスキルが無いって嘆いてたしね」
「惣栄さんよりマシだろ。あの人ステータスが魔法寄りなのに魔法すら使えないうえ、種族も職業も成長率悪くてすっげぇ苦労してるぞ」
「一番『転職所』望んでるのあの人だもんね」
「一応、プリーストのLVが上がれば、使える神性魔法の種類が増えるので、それに期待してるそうですけど……」
ポラリスのフォローは、しかし虚しい行為だった。
『神性魔法』に限らず、魔法系の職業は、『精霊魔法』や『自然魔法』を獲得しただけでは、初期に設定されている魔法しか使う事ができない。
職業LVを上げると徐々に使える魔法が増えるが、それとは別に、個別に魔法をスキルとして獲得する必要があった。
強力な魔法は大体このスキルとして獲得するようになっている。LVが低くても強力な魔法が使えるようになるというメリットがある反面、スキルで獲得しないと、LVをどれだけ上げても、基本的な魔法しか使えないというデメリットもあった。
そして『神性魔法』は無数にある『〇〇神の洗礼』を獲得しないと、基本的な魔法しか使えない。
しかも、その洗礼を獲得したとして、どのような魔法が使えるかは事前に確認できない。
炎や氷など、〇〇に入る単語から予想するしかない。
洗礼を一つ獲得すれば、複数の魔法が使えるようになるので、他の魔法系職業より効率的だ、と強引な良かった探しを惣栄ははじめていた。
しかし『転職所』の設置を望んでいる時点で、その心情は知れる。
「まぁ、部隊指揮官的な活躍がしたいって事に重点を置くなら、SPが高いだろうオークか、魔法でサポートができるかもしれないブラックアニス。ビジュアル的にオークが無理なら、ブラックアニスしか残らないだろ」
「やっぱりそうか……」
「でもそういうストーリーだと、レアな種族じゃなくて、スタンダードな種族この事が多いよネ」
「三回くらい進化してからだよな。世界で唯一、みたいな種族になるのは」
「ええ……!? もうどうすりゃいいんだよ……」
「こちらで決めていいなら、なんだかんだ言っても、魔法系の種族は数が少ないので、ブラックアニスをお願いしたいですね」
明らかにエレをイジリたいだけの他のメンバーとは違い、ポラリスは真面目に返答した。
「う、うーん、やっぱりそうか……」
「ビジュアル値の高いオークはちょっと見てみたい気がするね」
「イケメンのゴリラはイケメンだったし、ワンチャンあるかもな」
「ブタはペットとしてもプリティで人気ネ」
「皆さんは一度黙りましょうか」
遂にポラリスから警告が入った。
「よ、よし! 決めた! 魔王様、俺はブラックアニスに進化する!」
「わかりました。よろしくお願いします」
早速エレはマジックウィンドウを開き、点滅している進化の項目をタッチする。
進化先が表示され、その中からブラックアニスを選択する。
初期に獲得できる種族スキルを選択し、決定をタッチした。
するとエレの体から眩い光が発せられ始めた。
「おお……」
見守るクランメンバーから、感嘆の声が漏れた。
光によってエレの姿は見えなくなるが、うっすらとシルエットは見えた。
小柄な姿だったゴブリンが、徐々に大きくなっていく。
「ブラックアニスはイングランドの伝承に登場するフェアリーね。女神アヌがキリスト教によって歪められた姿とされているネ。ブルーなフェイスでアイアンクローを持つ人食いのフェアリーよ」
「佐藤さん、詳しいな」
「フェアリーって言われると愛らしい姿を想像するけど、中々エグい設定だね」
「女神、という事は女性なのでしょうか? エレさんは男性ですし、どうなるのでしょう」
「性別変わったりして」
「あーさん!」
有り得ないとは言い切れないから、ポラリスの注意もその程度にとどまってしまった。
ちなみに現在、ゾンビ勇者はああああの配下に設定されているが、臭い、という理由から『反魂儀場』に置かれている。
光が収まった時、そこに居たのは、一人の美青年だった。
スラリと長い手足の長身痩躯。堀の深い整った顔立ち。
腰まで伸びた烏の濡れ羽色の長い髪。
「おお、イケメン……」
「なんだ男か」
「アニスが男の名前でわるいかヨ!」
「ゴブリン要素はどこにも無いね」
「肌が少し青いというか、紺色っぽいですね」
「ふ、ふふふ……」
外見に対してコメントがされる中、エレが肩を震わせ始めた。
「よっしゃああぁぁぁ! 勝ったあああぁぁぁぁああ!!」
そして絶叫と共に拳を天に振り上げる。
「獲得可能な種族スキルの中に魔法があったんでしょうか?」
「いや、あれは……」
「イケメンきたああああぁぁぁぁぁああ!」
ポラリスは能力的に賭けに勝ったのかと思ったが、しかしエレが喜んだのは別の理由からだった。
「イケメンきた! これでカツル! チーレム決定ですありがとうございまーす!」
小躍りせんばかりに喜ぶエレ。反対に、周囲のテンションが落ちて行く。
ポラリスだけは、言っている意味がわからず、首を傾げていた。
「はっ! ブラックアニスは魔法系! つまり頭が良いはず! なら『サモン』で呼べば男子の憧れ妄想108式の一つ『教官と隊員』が現実のものに……!」
「そんなのあるんですか?」
「俺に聞かんでくれ」
「まぁ、自分のスキルを自分のために使おうと構わないけどね。割り当てられた仕事はちゃんとやりなよ」
「よしポラリス。色々なモンスター喚ばせようぜ。位階が上がったんなら種類も増えてるはず。グールとかオークとかスケルトンの上位とか喚ばせよう」
「そうネ。スキルポイントが尽きるまでサモンさせるといいネ」
「……理屈は通っているんですが、何か不穏なものを感じます」
勿論、エレに『サモン』を自分の欲望のために使わせないための策略だった。
召喚できるかどうかはともかく、チョイスが彼の欲望を刺激しないものになっている。
「いや『異種族交配』でどんな相手とも繁殖可能だから、メスのオークはグラマラスで魅力的と思えるかもしれないよ」
「じゃあゴーレムとかの魔法生物系だな。いっそダークメイル喚んで全員に着せようぜ」
「おいお前ら」
「グランドさんはともかく、あーさんとかケビンさん、ダークさん辺りが『装着』するとどうなるのか、ちょっと興味がありますね」
「魔王様もノらないで!」
こうしてエレ・エンドヴィアはゴブリンからブラックアニスへと進化した。
種族スキルはゴブリン時代からのものに加え、『黒檀の髪』という魅了系スキルと、『ベテラン』という指揮系スキル強化のスキルを獲得した。
「それで、魔法系のスキルはどうですか?」
「…………」
どうやら、獲得可能なテーブルには存在していないらしく、マジックウィンドウを覗いたまま、エレは動かなくなってしまった。
エレ「お先に勝ち組確定ですまんな」
???「そううまくいくと思うなよ」




