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第4話 ただいまを言える人がいたことに


 魔王城貯蓄魔力:90→102


「おお! 2日分稼いでる!」


 村での宴会から帰ってくると、アイアンゴーレムがきっちり仕事を果たしていた。

 玄関先で物一つ言わずオブジェと化している鉄人形をパシパシと叩いて労う。


「働き者な奴め……。よし! 今日からお前はアイアン号だ!」


「名前付けるの?」


「我が家の働き頭だからな。明日になったら身体を磨いてやろう」


「……ローダン、優しい……」


 きらきらーっとした目でおれを見るクルミ。

 おおう。

 これはさすがに、さっきみたいに指摘されなくてもわかる。

 恋する乙女の顔……。

 なんてわかりやすい奴なんだ。


 まあ、その、女の子に好意を向けられたのは初めてじゃない。

 というか、旅の仲間だった傭兵のランドラや僧侶のホップとは、そのー……非常に言いにくいのだが、(ねや)を伴にする関係だった。

 でも、それは恋人とはまた少し違う、相互扶助の精神から来るようなものだったわけで……。

 こんなにも純粋に、しかもわかりやすく恋心を向けられたのは、初めてのことかもしれなかった。


 冷静に考えれば、無理もないわなあ、と思う。

 村ではああしてブサイクブサイク言われる扱いで、ずっとずっと待っていた勇者にようやく会えて、そしてその勇者だけは、クルミのことを可愛いと断言した。

 白馬の王子様のように見られたとしても、おかしくない行動である。


 ……でも、やっぱり罪悪感があった。

 孫なんだよな、サルビアの……。


「ろ、ローダンっ。……お、お風呂、どう? 汗とか掻いてるんじゃ……」


「おお、風呂か。それも100年振りだな」


 いつまでも放置しているわけにはいかなかろうが、とりあえず今は、疲れを取りたかった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「あ゛ー……」


 生き返る……。

 湯に肩まで浸かって、おれはオッサンみたいな声を出す。

 100年分の疲れが、湯に染みだしていく……。


 魔王城を小さくするとき、広いお風呂だけはあった方がいいとクルミが強弁したので、湯船は足が伸ばせる広いものだ。

 風呂炊きも魔力任せなので超簡単。

 確かにこれはあった方がいいなあ……。


「ローダン、湯加減、どう?」


 脱衣所の方から、クルミの声が響いてきた。


「あー。ちょうどいいぞ~」


 と、気の抜けた声で返すと、


「そ、それじゃあ……」


 と、何やらごそごそと衣擦れのような音が……。

 んん?


 浴室の引き戸が、ガラリと開け放たれた。


「お……お邪魔……します」


 タオルを身体に巻いたクルミが、浴室に入ってくる。

 ほえ?

 ぺたぺたと歩いてくるクルミの、タオルに包まれたボディラインと言ったら、手を組んで神に祈りたくなるほど見事な―――

 じゃねえ!


「な、なぜゆえに……?」


「ふ、二人で入った方が……そ、その……早いし!」


 クルミの顔が赤らんでいるのは、宴会の酒のせいでも、浴室に満ちる湯気のせいでもないだろう。

 きっと村の女オークたちにそそのかされたんだろうな、と思った。

 クルミが女たちに囲まれてる場面を横目にチラッと見た気がするし、クルミ自身、相当の勇気を振り絞ってこの場にいるような雰囲気があった。


 ……ここは、うろたえるべからず。

 年長者としての余裕と落ち着きを見せなければ。


「そ……そうだな。早いしな」


「う、うん。だ、だから、その、あの……し、失礼しますっ!」


 クルミはぎゅっと目を瞑って、身体からタオルをはらりと落とした。

 一糸纏わぬクルミの裸体が目に入って、思わず「ぶふぉあっ!?」と噴き出す。

 余裕と落ち着き消失。


「な、なぜゆえにっ……!?」


「……だ、だって……タオルしたままじゃ、身体洗えない……」


 クルミは自分の身体を抱くようにして、なんとなく心細そうにする。


 そ、そうだよな。

 そりゃそうだ。

 当たり前だった。


 クルミはチラチラとおれの方を窺いつつ、軽く湯を被って身体の汚れを洗い落とす。

 ……ああ……見えてる、全部見えてるよ……。

 ホント、見れば見るほどおれ好みな……華奢でありつつもメリハリのある……。


 いかん。

 メシも100年振りで、風呂も100年振りなら、そういうことだって100年振りなんだ。

 ずっとベルフェリアの野郎と二人きりだったんだからな。


 もし理性の糸がぷっつんと切れたら、どうなることやらわからない。

 今後のクルミとの関係に大いなる支障をきたすだろう。

 気を強く持たなければ……。


「隣……いい、かな……?」


 広い湯船にそろりと片足を差し入れながら、クルミが訊いてきた。


「ん……ああ、いいぞ」


 かろうじて落ち着きは取り戻せている。

 それも頭の中だけの話だが。


「し……失礼します」


 いちいち断り入れるなコイツ。

 ちゃぷ……と湯面を揺らしながら、クルミがおれと肩を並べて湯に浸かった。

 そしておれの方を――正確にはおれの下の方をチラッと見て、


「ひゃあっ!?」


 と、素っ頓狂な声を上げた。

 いや、まあ、うん、そういうことよ。

 かつての仲間の孫とはいえ、好みな女の子の裸を前にしてシーンとしていられるほど、おれは出涸らしではない。

 気付かれない方法はないかと考えたが、思いつかなかった。


「……これは仕方がないんだ。気にしないでくれ」


「いや、その……えへへ」


 なぜかクルミははにかんだ。


「なんで嬉しそうなんだよ」


「だって……ちゃんと、そういう目で見てくれてるんだな、って……昼の言葉は、嘘じゃなかったんだな、って」


 まだお世辞じゃないかと疑ってたのか。

 お世辞で額にキスなんかするかよ。


「あのね……わたし、ね?」


 湯面を見下ろしながら、クルミはぽつぽつと語り始めた。


「実は、ずっと、不安だったの……。《城守の賢者》を継いで8年間……勇者様なんて、本当に帰ってくるのかな……って。帰ってきたとして……ブサイクで要領の悪いわたしのことなんて、嫌いになっちゃうんじゃないかな、って」


 ブサイクだというのはクルミの勘違いなわけだが、それに気付く手段は、彼女には存在しなかっただろう……。


「おばあちゃんから勇者ローダンの話を聞いて、そういう風に思う人じゃないって、わかってはいたよ? いたんだけど……やっぱり、ね」


「……そうか」


「だから。……さっき、わたしがブスならブス専でいい、って言ってくれたとき、報われた気がしたの」


 呟かれたクルミの声には、何年分もの想いがこもっていた。


「勝手だけどね……重くてイタい思い込みだって、わかってはいるけどね……? でも……待ち続けた8年が、報われたなあ、って……」


 勝手なんかじゃない。

 重くもイタくもなければ、思い込みだなんてこと有り得ない。

 だって、それは……。

 それは……。


「……え?」


 クルミがおれの顔を見て、目を丸くした。


「ローダン……どうして、泣いてるの?」


「は……?」


 頬に触れると、涙が流れていた。


「ああ……はは……いや……これは……」


 ―――クルミの8年が、そんなにも不安だったのなら。

 ―――それまでの92年、おれを待ち続けていたサルビアは、どんな気持ちだったんだ?


 ランドラは55年前に死んだという。

 ホップは79年前に死んだという。

 あいつらは……おれのいない世界で、どんな風に思って死んでいったんだ……。


「…………もう、誰も、いないんだよな…………」


 不意に恐ろしい寂しさが襲ってきて、おれを覆い尽くした。

 真っ暗闇の空間で、魔王ベルフェリアと対峙したときですら、こんな風には感じなかった。

 濡れた天井を仰いで思う。

 ……ああ……。

 おれだけ、生き延びちまったんだよなあ……。




「―――わたしがいるよっ!」




 そのとき。

 おれを覆った寂しさを、打ち破るように。

 浴場に、クルミの声が響き渡った。


「わ、わたしは、おばあちゃんじゃないけど……代わりになんて、なれっこないけど……だけど、だけど……わたしは、ずっと、傍にいるから……!」


 ぎゅっとおれの肩を掴んで、必死に、真摯に、クルミは自分の存在を主張する。

 おれだけ、なんてことはない、と。


 ああ……ちくしょう。

 サルビアといい、コイツといい。


 どうして揃いも揃って、おれを惚れさせるのが上手いんだ?


 そうだ。

 おれはサルビアのことが好きだった。

 サルビアに一目惚れをしたから、勇者なんてものになった。

 魔王なんてどうでもよかった。

 おれはただ、サルビアと一緒にいたかっただけだった。


 だからだ。

 クルミはおれのものだと言われて、罪悪感に苛まれたのは。

 かつての想い人の代わりを、その孫に押しつけているみたいで……。


 でも、きっと、おれは喜ぶべきなのだ。

 100年後の《城守の賢者》が、クルミだったことを。

 だって、彼女がいてくれたおかげで。

 言えなかったはずの言葉を、こうして言うことができる。


「……クルミ……」


「うん」


「ただいま。……待たせて、ごめんな」


 クルミはすべてを許すように微笑んだ。


「ううん……全然、待ってないよ」


 思わず、おれは彼女を抱き締める。

 そうして、静かに静かに、声もなく泣き続けた。

 こんなみっともない勇者を、クルミは失望するでもなく、ただ優しく抱き返してくれた。


 おれは、自分の胸が、100年振りに本気で高鳴っているのを、感じていた。


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並行世界の物語
『最低ステータスの最賢勇者』
人間や魔族を捕食する天敵・外獣が跋扈する世界で、最低クラスのステータスしか持たない少女クルミを、最強クラスの勇者(冒険者)へと育て上げる。
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