始まる日々[3]
「先ほど俺が見たが居なかったぞ」
「しかしシャータ君は隠れるのは得意。恐らく息を潜め伏せていたのでしょう」
「うむ。いたら逃すなよ国王の娘だ、利用価値はいくらでもある」
会話の内容ががはっきりと聞こえるほど近づいてきた。
足音から十人前後。話から想像すると敵方で間違いないだろう。
まだ意識の朦朧としているシャータを介抱するマリンに、この衣装棚で息を潜めるよう伝え、部屋の入口へ先ほどの奇襲者と同じく今度はアルスが奇襲の構えをとる。
この人数では勝てない。大人しく降伏すべきか。いや、先ほどの奇襲は俺を殺すつもりだった、それならば降伏しても同じ殺すつもりだろう。
考えを巡らすアルスを他所に、いよいよ部屋の前に敵方は着いたようだ。
「よし探せ、先ほどの王子と同じく切り付けて構わん」
隊長格だろうか、部下へ指令を出した。この一言でクルートの気持ちは吹っ切れた。
叫び声をあげ最初の一人を姿も確認せず切り伏せた。
ついでまだ状況の理解できていない二人目を剣先で胸をひと突きした。
「くそっ」
続いて部屋に入り込もうとしていた三人目も廊下へ身を乗り出し一刀両断した。
そこでクルートは素早く廊下から部屋内へ後退した。
「おのれ小僧っ」
部屋内へ乗り込んできた四人目も一撃目をかわし、その横腹の隙をぐさりと突き刺した。
再び廊下へ向け体制を整えた。
部屋への入口はひと一人が通れる程の広さしかなく、敵は複数の利を生かせず、強制的に一騎打ちとなる。
敵は怯んだ。
クルートは敵の情報を読み取ろうと、廊下で立ちすくむ敵をまじまじ観察した。
恰好はフォークランド国兵卒と同じ衣服だったが、クルートは敵と確信していた。
こちらの出方を警戒する兵たちの奥に、先ほどの奇襲者が立っていた。
「貴様たちアルクレイド将の手の者だな」
「いかにもヤーク様付き人のクルート君。思い出したよヤーク様の横にいつもいる青年。それが君か」
奥の奇襲者が答えた。
「アルクレイド大将第五隊指揮長将バルスだ。先ほどはすまないな。この混乱下だ、敵と間違えてしまった。俺の不手際だ。さぁ剣を下してくれ」
バルスは距離を詰めながら、微笑んだ。
「だまれっ、ぬけぬけとよく言うな。先ほどの会話と、この部屋内で金品を物色する不自然な動き。すべて知っているぞ」
クルートは言い放った。
「なにが起こっているか分からないが、お前らが敵ということは理解しているぞ」
バルスは先ほど浮かべた友好的な笑みを消し、最初の襲撃者の顔となった。
「ははっ、ならばここで最後の剣技を見せてもらおうか。」
バルスは剣を手に取り奥からの助走を利用し駆け足で迫り、剣を素早く繰り出してきた。
寸での所でかわした。これも日々上級武官らから直接手ほどきを受け、素早い太刀筋を見慣れているからかわせたのであった。
続けて剣を振られ、まだ体格差があるクルートは受けるのが精一杯だった。
この隙にバルスの部下が部屋へ乗り込んできた。
万事休す。敵はバルスを含め5人。バルス一人でも苦戦を強いられている最中、この人数は到底相手に出来ない。
「運命とは面白いな。付き人のお前が、主人と同じ刃にかかるとは」
部屋の奥まで詰められ、クルートはバルスと鍔競り合いになりそう囁かれた。
「そんなことあるかっ」
剣に力を込め、バルスを振り払った。
「嘘ではないが、なんならあの世でヤーク王子に聞いてみるんだな」
言葉を失うアルス目掛け剣を振り下ろす。
するとバルスの背後で部下の叫び声と共に血しぶきが舞った。
「なんだぁっ」
振り返ったバルスの後ろに立つ人物を、クルートはバルスの物陰見た。
(・・・あの熊男だ)