始まる日々[2]
シャータの部屋はいつもの整頓された状態とは違い、バルコニーへ通じる窓は乱雑に開け放たれ、壁際の机の引き出しが抜け落ちており、金品を漁ったのかシャータの書いた絵や以前クルートが貰ったものと色違いのクマの人形などが床に散らばっていた。
(誰もいないのか・・・)
部屋を出ようとしたその時、衣装棚からガタリと音がした。
身構えたアルスの前に徐々に衣装棚のドアが開く。そこには緑の衣装で着飾っている齢10歳弱の女の子が現れた。
「マリン、無事だったのか」
構えを解いたクルートはマリンへ駆け寄った。
「クルート様・・・今、前に男性がドアを開けようとして、そこへクルート様が来て、そして」
今あった事を必死に伝えようとしているマリンは、ホッとしたのかそこで大声で泣き出してしまった。
「よしよし俺が来たからもう大丈夫だ」
マリンはクルートと同じシャータ姫君の付き人で、お転婆で有名なシャータ姫と逆に性格は大人しく、読書や花を使っての手芸を好んでいる。クルートと違いマリンは武芸の類は習得しておらず、変わって宮廷作法などはクルートよりも深く理解し会得している。しかし人は自分に無い物を持つ人物に惹かれるのか、シャータ姫に気に入られよくあちらこちらと振り回されていた。クルートともヤーク、シャータを含めよく一緒に行動した仲であった。
「シャータ姫はどこにいるのか」
マリンは泣きながら衣装棚の奥を指指した。
そこには横たわった純白のドレスを着こなし、長く艶やかな長髪が床へ四方八方へ伸びている。赤髪で顔は見えないが、白いドレスにはあまりにも目立ちすぎる赤色が腹部に広がっていた。
クルートは一瞬目の前のことが理解できなかった。ゆっくり一歩ずつシャータへ近寄る。
シャータ姫はよく動き飛んで跳ねて、王族では異端の活発児として有名だった。
それがピクリとも動かない。この騒動内で考えられることは最悪そのものだった。
「シャータ様、シャータ様っ」
クルートはシャータを抱え、名前を何度も叫んだ。名前を呼ぶ度シャータとの思い出が蘇ってきた。
「・・・なによ?」
シャータから声がした。その声色は疲労感が混じっているが、間違いなくシャータの声色だった。
「っ生きてるぞ、マリン」
思わずマリンを振り返る。涙をぬぐうマリン落ち着いたのか、まだ目が赤いが、落ち着いた様子だった。
「えっと、何をおっしゃているのですか?」
聞けば、シャータはまだ12歳ながらワインに興味を持っており、この式典でこっそりワインをマリンに持ってこさせ、この部屋で一口飲んだそうだ。しかし相性が悪かったのか、その一口がシャータを横たわらせた結果となった。ドレスの赤色はその時こぼしたワインだった。
「それで部屋の外から叫び声が聞こえ、この衣装棚へシャータ様を運び、身を隠しておりました」
マリンは水をつぎ、意識が朦朧としているシャータへ飲ませた。
「そこへあの殿方が窓の外から押し入られ、シャータ様の机の引き出しをかき回し、次にこの衣装棚の扉へ手を掛けたとき」
「俺のヤーク様を探す声が聞こえて奇襲のためドアへ構えに行ったのだな」
「左様でございます」
ひとまず妹君とマリンは無事だった。
胸を撫で下ろすクルートだった。
そこへ複数の足跡がこの部屋に近づいて来るのが聞こえてた。