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スマイルジャパン 2016

こけけ (ここへ来い)

作者: 齋藤 一明

 こけけ(ここへ来い)


 その時、俺はぐっすり眠っていた。


 あの日は夜勤明けだった。

 夜勤明けで家へ帰るのと、子供が学校へ行くのがちょうど重なった。賑やかな一団が去ってくれて、さて俺にとっての夕食だ。いくら子供だからって、外でワイワイ騒いでいると食べる気が失せてしまうのだが、その日は幸運だった。

 一風呂浴びて、一杯やって、それから女房の手料理をいただく。それが日課だ。


 あの日、入浴剤をたっぷり混ぜた湯船で、温まったなぁ……。

 その日はどうしてか燗酒を呑んでしまった。いやというほど湯船で温まったのに、今度は腹の中からカーッと熱がふいてくる。

 カレイのから揚げが旨かったこと。とても忘れられない味だった。

 夕食を終えてテレビをつけてみたけど、くだらない番組ばかりじゃないか。チャンネルを一通り切り替えてみて、気を引く番組がなかったから消してしまったよ。

 そうすると、することがないだろ? つまり、寝るにかぎるってことだな。

 俺は仕方なく二階へ上がったのさ。どうしてって? 二階が寝室なんだ。


 空は曇ってる。だけど、カーテンなしで寝られるほど暗くはないんだな。だから、厚手のカーテンでぴっちり陽を遮ったのさ。

 ところで、このところ子供が帰る時間が早かったので、女房とはご無沙汰だってな、うまい按配に今日は普通授業だっていうから引き込んだのよ。

 真昼間だろ? そりゃあ女房も嫌がったけどよ、そこはそれ、連れ添った仲だからな、外のことなんかすぐに忘れちまって。

 長湯で体が火照ってるとこへむけて熱燗やったからな、莫迦に元気がいいんだ。それには女房も喜んだね。日頃みせない乱れっぷりさ。


 おかげで二人ともへとへとさ。だけど、女房には用事があるからよ、頬を染めて降りて行っちまった。俺はそのまま、バタン・キューさ。



 ダンダンダンダン、ガタガタガタガタ……


 とてつもない揺れで飛び起きたんだが、寝入りばなだから頭がしゃんとしないんだ。枕元に置いたはずの眼鏡もどっかへ跳ばされちまってる。

 これは何事だ? 落ち着こうとしてたらまた揺すられた。


 ガッタンガッタン揺すられてみろよ、箪笥の引き出しがガンガンぶつかってくるんだ。女房の着物が入ったまま、情け容赦ないんだ。その箪笥がダーっと倒れて、下敷きになっちまった。

 幸いなことに布団を被っていたから怪我はしなかったよ。いや、してたかもしれねぇ。けど、痛くも痒くもないんだから、きっと大丈夫だったんだろう。でもな、箪笥が持ち上がらねぇんだ。布団が邪魔してよぅ、手足を突っ張るのにビクともしねぇ。

 這って出ろだと?

 ふん、知りもしないで勝手なこと言いやがって。そんなに広い家じゃないんだよ。悪かったな。

 そのうち、外が大騒ぎになったんだ。サイレンが鳴るは、放送がガナルは、水が来るって叫んでるのも聞いたよ。だがな、動けねぇんだ。


 ワーワー騒いでる最中だったな。

 家がよ、ふっと浮いたのよ。まさかと思ったよ。家が浮くんだぞ。

 そしたらな、ガシャーン。何かにぶつかった。

 慌てた自動車がぶつかったのじゃないぞ、屋根のほうから響いてきたんだからな。


 さっぱりわけが解らんうちに、水に呑まれちまったのよ。


 なぁ、教えてくれよ。ここはどこなんだ?

 いつんなったら帰れるんだ?



 海底には、巻上げられた泥を被った瓦礫が朽ちるのを待っている。

 その隙間から、こっちへ、こっちへと手招きをする者がいるのだ。

 朽ち果てた体で、しきりと我々を人を呼んでいる。


 こけけ……     こけけ……           こけけ

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうことがたくさん起こったのでしょうね。 何とも言えない話し方で書いているのが、実にリアルです。こけけ…が効いてます。
[一言]  このように日常生活の延長にいつ死んだかわからないような人が大多数ならば救われるのですが。  地獄絵図だったのでしょうね。  私のできることはニュースを見ることしかできませんでした。 …
[一言] こういうお話もちょうど書ける頃合いということでしょうか。 読んでいて悲しくなりました。 客観的に切り取る作業は必要なのでしょうね。 甘ちゃんの私には書けそうにありません。 次回はほんわ…
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