始まりの物語
『昔、この世界には3つの大陸にそれぞれ“愛し子”と呼ばれる選ばれし3人とその3人を要する各大陸の三大種族がいました』
これは三千年も昔の物語
人の歴史──その繁栄の始まりにして人類の転機
それを記した数ある内の中でも一番読まれている本“建国の国史〜中、高学部向け〜”
その本の裏にはこの『ストゥール王国』の国旗が書かれ、国に依って作られた書籍だと示されていた
他にもこの部屋には同じ物語を描いた本が何冊かある
幼児向けの絵本から歴史学者が勉強に使うレベルの本まで
個人や教会、他国や各貴族まで様々な目的の人達が各々で出版している
そのせいで正確な種類の数は把握されていないが、人族にとってこの物語の本を読むことは"生きている"事と同じくらい当たり前になっていた
もし仮に"知らない"と言えば衛兵に捕まり訊問(拷問)される程に重要な物語だ
そんな物語の内容は、どの本も大して変わることがなく(大幅に変えると犯罪になる・虚偽罪、詐欺罪など)どの本を見ても人族は選ばれた種族でこの世で最も尊き人種だとされていた
人間の視点から見れば確かにそうだ
私も初めて絵本を読んだ時、主人公の“ユーシャ”に憧れた
書かれた物語を素直に受け取り、そこに書かれていることが正しいと無意識に思い込んだ
ただ誰も気にしないだけでそこには分かりやすく明快に人族の“罪”が書かれていると謂うのに、もし何もなければ私はその事実に気付く事もなかったんだと思う
『三大種族は[ラァミア大陸]に住む“龍族”[グランデット大陸]に住む“エルフ”[魔大陸]に住む“魔族”とされ、他の種族(人族・龍人、獣人、魔獣)はそれぞの庇護を受け平和に暮らしていた
しかしある時、種族にすら数えられず“魔獣”という枠に入れられた“ドラゴン(竜)”達が龍族の庇護を賭け人族に戦いを挑んできたのだ
当時、龍族の庇護を受けラァミア大陸に住んでいたのは人族と龍人族の2種族
庇護と言っても守ってくれるようなものではなく、ただその種族が治める大陸に暮らしていい、と許可を得る事をいう
つまり人族は自身の何倍もの大きさと強さを持った魔獣、ドラゴンと自力で戦わなくてはならなかった
当然戦力差は圧倒的でドラゴンの攻撃を受けた人族はあわや滅亡か…というところまで追い詰められる
だが、偉大にして絶対たる“天の意思”はそんな無道に苦しむ我ら人族を放ってはいない
人族の中から“選ばれし者”が誕生し天の尖兵たる“天使”達を召喚したのだ
喚ばれた天使達は人族を救う為“方舟”を用意し望んだ人族を率いて新たな大陸“グランデット大陸”に上陸した
そこは“エルフ”が治め獣人の住まう緑の大地
見渡す限りの森に見たこともない生き物、弱い人族では生きるのも難しい環境
だが、上陸した人族は誰一人として絶望しなかった
暗い顔すら誰もしない…皆嬉々として喜び期待の眼差しを一人の男に捧げていた
その人物こそ、人族の窮地を救い、率いてきた…人族の希望
世界に3しか居なかった“愛し子”の4人目
名を“ユーシャ=ストゥール”という青年だった
彼は天に愛された紛れもない選ばれし者
彼は望むだけで全てを手に入れる事ができた
人も土地も国も…
大陸ですら彼はたったの1年で征服して魅せた
5年経てば国は大国に、土地は切り開かれ豊穣の大地に、人は数を増やし
彼の生涯が終わる40年後には5倍にまで増加していた』
本の内容を簡単にまとめるとこうなる
人族であればこの物語に感動し、ユーシャの血族である王族を敬う
だが、今の私にはそんな気は一切興らなかった
詳しく書かれている歴史書を見るまでもなく、この話には隠されている部分がある
いや、恐らくは隠しているつもりはないのだろう
ただ単に"気にもしない"だけで…
そう、人族は自己中心的な種族…大陸を"征服"され敗けたエルフや獣人がどうなったかは何処にも書かれていない
しかし、大陸に渡った人口と繁栄までの時間、今の境遇を考えると答えは"奴隷"もしくは"労働力"でしかありえない
まず、獣人は今でも"奴隷"として扱われているし、エルフは南の森に隠れ住んでいるが、人族での扱いは"絶対的な悪"なのだ
教会などでは"エルフ"とは呼ばず"緑の悪魔"と呼んでいる
それだけで三千年前何があったのか大体解るというものだ
恐らく、獣人は新たな大陸の支配者に服従し、旧支配者に当たるエルフは徹底抗戦したのだろう
私はそんな哀れな者達を想い自然と涙が零れた
まだ、人族が自力で戦った結果こうなったのであれば、弱肉強食と割り切れただろう
でも違う、人族は自力で勝ったわけでもエルフの様に命懸けで戦った訳でもない
地上に住む者にとって絶対的な強者"天使"達によって一方的に虐殺されたのだ
何処までが真実かはこの本からは解らない、でも私にはそれが解る特別な力がある
本物の“神様”から貰った力が───