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ジャック・オ・ランタン

作者: シラウオ

 十月最後の夜。街はオレンジと黒を基調に、鮮やかに彩られる。

 どの家も窓からは暖かな明かりが漏れ、遅くまで話し声が響いていた。通りは、いつもとは違うコスチュームをまとった人々で溢れかえる。今日ばかりは、子供たちも親に夜間の外出を許された。

 そう、この街にとってハロウィンは、年に一度の大イベントであり、誰もが楽しみにする特別な日であった。



 僕は、今年、『ジャック・オ・ランタン』の役目を任された。


 『ジャック・オ・ランタン』。

 この街のハロウィンの陰の主催者であり、その存在は誰もが知りながら、その正体を知る人はない。

 ハロウィンの晩は、いつも彼によって守られる。

 彼は、は闇夜を照らすのだ。カボチャ頭のランタンを片手に、ひとり、十月最後の夜を照らす。

 若いジャックを見守るのは、老いた前任と、遥か遠い世界の者。


 僕は、今年のハロウィンを成功させなければならない。誰ひとり、ひとりぼっちのハロウィンにはさせない。街中の誰もを笑顔にしてみせる。



 ハロウィン当日の朝、バートは午前五時ちょうどに目を覚ました。

 ジリリ、と鳴ろうとした目覚まし時計をその寸前で止める。大きなあくびをひとつしてからベッドを下りた。

 彼は洗面所に向かうと、顔を洗い、歯を磨いた。段々とはっきりとしてくる意識の中、最低限だらしなくない程度に寝癖を押さえつけると、すぐさま紺のコートを羽織った。十月の終わり、それも早朝となると、外の空気はなかなか冷たい。

 今から、バートのハロウィンの準備は始まる。

 昨晩机の上に置いておいた名刺サイズのカードの束をまとめて片手で取ると、履き慣れた短いブーツに足を突っ込み家を出た。

 ドアを開けた瞬間、その隙間から待ち構えていたように冷気が入り込んできて、思わず身震いした。

「やっぱり、冷えるなあ」

 外に出ると、刺すような空気に囲まれて首をすくめる。吐いた息は仄かに白かった。もうすぐ冬が来る。

「とりあえず、急がなくちゃ」

 そう気持ちを奮い立たせて、彼は通りへ出た。早朝の街はひっそりとして静かだ。時期が時期なので、空もまだ暗い。

 そんな中彼は、手に持ったカードをまだ明かりの灯らない家たちのポストへ次々と放り込んだ。と言っても、彼は街中すべての家にそれを送ったわけではない。それぞれの家庭の様子を事前に調査し、その中で、ある条件を満たした家だけを選別してカードを送るのだ。

 全部で十五軒前後の家にカードを送り終えた頃には、時刻は七時を過ぎていた。それくらいの数の家を回るのも、表札を確認しつつだとなかなか時間がかかるものだ。

 この時間ともなれば、休日であっても起き出してくる者はいる。カードを送る仕事はあまり他人に見せたいものではない。彼はそそくさと家に帰った。

 コートをハンガーにかけると、バートはコーヒーを淹れた。白い湯気に、ほっと息をつく。数枚のクラッカーをつまみ、それを朝食の代わりにする。外ですっかりと冷え切ってしまっていた体は芯から温まった。

 彼はコーヒーを飲み終えると、またハロウィンの準備のために動き始めた。

 今度は、パーティ用の料理の下ごしらえ。パンプキンパイに、カボチャのグラタン。それから、ポタージュにデザートまで。どれも、カボチャをふんだんに使ったメニューである。

 バートは、父方の祖母から受け継いだレシピを片手にキッチンに立った。彼は少し危なっかしい手つきだったが、着々と調理を進めていく。

 すべての料理の下ごしらえが終わったのは昼過ぎだった。ひと段落ついてようやく気が抜けた。すると、思い出したかのように腹の虫が抗議を始めたので、昼食にする。そういえば、きちんとした朝食はとっていなかった。

 先程ついでに焼いておいた、パーティ用のものより一回り小さいパンプキンパイを食べる。

「お、なかなかいい味だな」

 祖母のレシピに従って作ったパイは、その味を忠実には再現できなかったものの、十分美味しかった。サクサクとしたパイ生地とカボチャのねっとりとした甘みが絶妙な味わいを生み出していた。

 これなら、堂々とパーティに出せるな。彼は微笑みながら呟き、食器を流しへ持っていった。

「そうだ、食器類もきれいにしておかないと」

 部屋の掃除は昨日のうちに済ませたが、食器は盲点であった。バートは早速、今夜使う予定の皿やカップ、それからナイフにフォーク、スプーンを戸棚から取り出した。

 どれも、曇りひとつないくらいぴかぴかに洗い上げる。よし、と満足気に頷くと、ようやく暫く休憩できる時間が訪れた。

「ふう……」

 ソファにもたれ、息をつく。大きく伸びをすると、窓の外を眺めた。

 街の中心から少し外れたここからは、街の賑わいは見えない。おそらく、仮装をした人々で溢れかえっているのだろうな。

 「トリック・オア・トリート!」お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ。無邪気な子供たちの声が聞こえて来るようだ。

 魔法使いに狼男、オバケ、ドラキュラ、包帯男。大人も子供も、力の入った仮装をし、昼も夜も関係なく街の人々と騒ぎ合う。この街のモンスターたちはハロウィンを余すことなく楽しんでいる。

 だから、バートはこの街が好きだ。だからこそ、この街の誰もにハロウィンを楽しんでほしいと思っている。


 やがて、窓から差し込む明かりがほんのりと赤く色づき始める。それに気づくと、バートは時計に目をやった。パーティの開始時刻まで一時間を切った。

 バートはソファから身を起こす。さて、準備も最終段階だ。

 まずは、昼前に下ごしらえしておいた料理を仕上げる。一年間は使っていなかった、やたらと大きいオーブンにまずはグラタンを入れる。それから、その隣の一回り小さいオーブンにはクッキーを。

 焼き上がるまでの待ち時間には部屋の装飾の最終チェック。部屋中の飾りを一通り確認すると、吊るしたジャックランタンに火を灯した。

 ハロウィンの日に、これはどうしても欠かせない。部屋の明かりを落とすと、仄暗く漏れる明かりがなんとも不気味に美しく揺らめくのだ。

 部屋と料理の支度が整えば、後は自分だけだ。

 一昨日、タンスの奥から引っ張り出してきた埃まみれの黒いマント。それから、それに合わせて買ったフェイクの歯。バートはこれらでドラキュラの仮装をするのだ。

 埃を払うと、マントは中々に立派であった。それを羽織って尖った歯を装着すると、それだけでも様になる。しかし、それだけで終わらせないのがこの街の仮装、この街のハロウィンである。

 バートはこれに加えて、顔に薄くドーランを塗ってほんのりと青白くし、より怪物らしい面持ちにするつもりだ。本当は髪もグレーに染めるつもりであったが、それは予算オーバーの為に諦めた。

 さて、仮装をしようか。

 洗面所に向かい、前髪を上げ、固めたところでオーブンが鳴るのが聞こえた。どうやらクッキーが焼けたらしい。

 手をしっかりと洗い直し、オーブンからいい色に焼き上がったクッキーを取り出した。湯気と共に甘い香りが広がる。形の悪い一枚を選んでかじってみると、思ったよりも少し硬かったが、さくりといい音をがした。バターの風味も悪くない。これなら、小さなお客様にも満足してもらえるだろう。

 ついでにグラタンを隣のオーブンから出すと、代わりにパンプキンパイを入れた。焼き上がったグラタンは、白いチーズとごろごろと入ったカボチャの緑と黄色に彩られており、ところどころある茶色い焦げ目が食欲をそそる。

 クッキーとグラタンを皿に盛り付けると、部屋の一番大きいテーブルに置いた。

 この時間なら、冷めてしまうこともないだろう。

 洗面所戻り、髪型を整え、簡単にメイクを施す。

 衣装も着た。顔と髪のセットもオーケー。

 姿鏡で全身を見る。バートは鏡に向かっていくつかポーズをとってみる。

 うん。納得のいく完成度だ。

 お客様もそろそろ集まり始める頃。バートは上機嫌に口笛を吹きながら、残りの料理の盛り付けを始めた。カボチャの黄色いポタージュに、特製サンドイッチ。それからフライドポテトといった子ども向けのメニューも欠かせない。


 ピンポーン。壊れかけたチャイムの、間延びした音がした。

 はい、はい、と独り言のように返事をしつつ玄関へ向かう。開けた扉の前には本日、最初のお客様。

「……トリックオア、トリート!!」

 魔女の格好をした少女が笑顔で立っていた。

「いらっしゃい。よく来たね」

 そう言って中へ促す。少女は部屋の飾り付けを見回した。そして、テーブルの上の料理を見つけると嬉しそうな声を上げた。

「どうぞ、好きに食べていいよ」

「ほんとう? すっごくおいしそう!」

 取り皿を手渡すと、どれから食べようかと笑った頬を更に紅潮させた。

 それを見守っていると、またチャイムの音が。

 今度は三人。友達同士で来たという。中に入ると、最初に来た少女も合わせて、仲良さげに談笑を始めた。

 それから後は、次々とやってきた。やはり一人で来る子供がほとんどであったが、中には親に連れられて来る子供もいた。

 集まったのは全部で二十人弱。一人では少し広すぎた部屋が子供たちによって狭いほどに賑わう。


「ねえ、お兄さんは誰かと一緒にハロウィンをすごさないの?」

 振り返ると、悪魔のようなツノを付けた少年が立っている。

「どうして? 今、君たちとパーティをしてるじゃない」

「そうじゃなくて、家族と過ごしたりしないの?」

 少年の純粋な疑問にうまい返事が思いつかず、つい口ごもる。幼い頃は家族と祝ったものだが、ここ数年は独りが当たり前になっていた。

「……うーん、昔はそうだったんだけど、最近はね。でも、今年は久しぶりに誰かと過ごせて嬉しいよ」

「ぼくも本当は今日、ひとりだったんだけど、お兄さんのおかげでひとりじゃないんだ。去年もね、ミイラのおじさんがパーティを開いてくれたんだ」

 ミイラのおじさん。去年まではひとりぼっちのハロウィンを過ごす子供たちを集めてパーティを開いていた男性。必ずミイラ男の仮装をしていたから、ミイラのおじさん。

 彼は今年はいないため、バートが代わりにその役目を担った。

「僕も昔はそのおじさんのパーティに行ったよ。懐かしいな」

 そう笑いかけると、少年もにっこりと笑い返した。

 彼は数年後に「ドラキュラのお兄さん」のパーティを思い出すのだろうか。そう思うと、なんだか不思議な感覚がした。でも、悪くない。

 そう、なればいいな。


 料理に会話、時折ゲームなどをしているうちに、時計の針は十一時を指していた。そろそろお開きだ。

「そろそろ、みんなのお父さんやお母さんが迎えに来るよ」

 そう言うと、一部の子供たちはハロウィンの終わりを嘆き、一部の子供たちは魔法が解けたかのように家に帰りたい素振りを見せた。しかし、どの子もパーティは存分に楽しんでくれていたようだ。

 そう思うと自然と口元がほころぶ。

 ひとり目の迎えが来ると、後は次々と迎えが現れた。気づけば残りはあとひとり。室内には静寂が戻ってきた。

 先ほどの子供が帰ってから十分ほどして、最後のひとりの迎えがやってきた。魔女の仮装をしているかのような黒いコートに、それこそ本当に魔女を彷彿とさせる鉤鼻をした老婆であった。しかし、プリンセスの物語に出てくるような悪い魔女とは違い、暖かな雰囲気をまとっていた。

「お迎えが来たよ」

 声をかけると、彼は嬉しそうにパッと顔を上げると走るようにして玄関へ向かった。

「おばあちゃん!」

「どう? 楽しかった?」

「うん!」

 ふたりの会話を見守り、こちらも満たされた気分になる。ああ、ミイラのおじさんもこの感覚を味わっていたのだろうな。

「どうも、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。久しぶりでしたよ。誰かと過ごすハロウィンは」

「そう。あなたが、ミイラのおじさんの後継なのかしら?」

 その言葉にドキリとして老婆の顔をまじまじと見つめた。深いシワに沈んだ瞳は、確かな光をこちらに向けている。

「たぶん、そうかもしれません」

 笑いながら、曖昧にぼかしながら応える。きっと、誤魔化せてはいないだろうけど。

 少年が眠たそうに目をこすりながら老婆のコートの裾を引いた。もう夜中だ。普段はとうに眠っている時間なのだろう。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「お兄さん、おやすみなさい」

 少年はそう返すと、ひとりで歩き始めてしまった。老婆は慌てて少年を振り返り、困ったように少し笑った。視線が合ったので、バートは同じように困った笑顔を返した。

 風がひとつ強く吹き、木々がざわめく。思わずぶるりと身震いした。

「今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」

 老婆はゆっくりと腰を曲げ、頭を下げた。被っていたフードを外すと、品のいい整った白髪が現れた。

「はい。おやすみなさい」

 バートもお辞儀を返す。下げたままの頭に老婆の少し低い声がかけられた。

「ハッピーハロウィーン。来年もよろしくね、『ジャック・オ・ランタン』くん」

 はっとして顔を上げると、老婆はすでに離れた場所にいた。少年と手を繋いで歩く後ろ姿が小さく見える。

 彼女は、いったい……?

 先ほどの声色。少年にかける声とも、バート話していた声とも違う。まるで、思い出を託すような。

 真っ黒な空に浮かぶ細い月は、銀色の光で静かに街を照らしていた。

 部屋の奥から十二時を告げる鐘が聞こえた。大きな振り子時計のボーン、ボーンという音。

 ハロウィンの魔法が解ける。街の家々からは灯りが消え、世界が闇に溶ける。

 今年のハロウィンも、ハッピーエンドで幕を閉じる。



 十一月一日。バートは朝から病院を訪ねた。

 受付で病室の番号と位置を確認する。

 五○二号室に彼はいた。四人部屋の向かって左側の奥。窓際のベッドにだけ薄い水色のカーテンが引かれていた。

 他の三つのベッドの周りには一切の生活感が見られない。おそらく、今この病室の患者は彼ひとりなのだろう。

 病院特有の薬品臭と、シミひとつない真っ白な壁。そしてだだっ広い四人部屋。こんな場所に彼はいつもひとりでいるのだろうか。

 そんな環境下での生活、考えただけで気が狂ってしまいそうだ。

 そんなことをかんがえつつ、カーテンをノックの代わりに軽く揺らしつつ、声をかけた。

「バートです。……開けるよ?」

「……おう」

 少しの沈黙の後の返答はやけに苦しげに聞こえた。まさか、容体が悪いのだろうか。

「父さん、おはよう」

 カーテンを開け、ベッドを見ると、そこには包帯でぐるぐる巻にされた男が横たわっていた。

「う、うわあっ!!」

 悲鳴をあげてから、ここが病院であったと思い出し、慌てて口元を抑える。よく見れば、紛れもない自分の父親の姿があった。

「おどかさないでよ……」

「悪い悪い。でも、懐かしいだろ?」

 父が状態を起こす。その拍子に管が揺れて、彼の左腕から点滴が繋がっていることに気づいた。

「ハロウィンは昨日だよ。……ミイラのおじさん」

「ははっ。だってよ、昨日は忙しかっただろ? で、どうだった?」

 カラカラと笑っていた父が急に顔つき、いや、声色を変えた。自然と背筋が伸びる。

「うまくいったよ。昨日の夜をひとりで過ごした人間は、あの街にはただのひとりもいなかった」

「そうか……。なら、よかった」

 言いつつ、バートは昨日の光景を思い出す。親と過ごせない子供たちが、自分の開いたパーティで楽しげにはしゃぐ。幸せな笑顔に満ちた空間。

 きっと父も自分が見た同じ光景を思い出しているのだろう。

「父さんは、毎年あんなのをやってたんだね」

「おう。すごいだろ?」

「うん。……すごい」

 珍しく素直に父親への尊敬をあらわにされて戸惑ったのか照れたのか、父は窓の外へ視線をやった。

 窓の外には紅葉も半ば落ちかけた寒々しい様子の木が見える。もう、冬だ。

「……だったら、お前にやるよ」

「え?」

 唐突な父の呟きに間抜けた声が漏れた。

「俺の役目は、たった今からお前のものだ。いいな?」

 父は包帯から覗いた瞳をバートに向けた。

 いつもジョークと笑いを絶やさない父親であっただけに、時折見せる真剣な眼差しにたじろいでしまう。彼の瞳は光が強い。

「それって、どういう……」

「いいな? もう決めたからな。お前に拒否権はない」

 そう言うと、また黙って外を見てしまった。父の姿はこの間よりも少し小さく頼りなく見えた。でも、そのことについては目を逸らしていたかった。

 気詰まりな沈黙が空間を満たした。点滴の薬品がぽたり、ぽたり、と垂れる音が聞こえる。

「……わかった」

 喉から上手く出なかった声は、妙に掠れていた。

 わかったって、何が? 役目を継ぐこと、それとも……。

「そうか。頼んだぞ」

 父はバートを振り返り、両目をゆったりと細めて見つめた。しばらく視線を交わし合う。静寂に風の音が聞こえる。

 その瞳はなんだか妙に寂しげで、どこか悲しげで、バートは嫌な予感を肌で感じた。いやだ、いやだと子供のように、予感を頭から振り払おうとする。

「父さん、」

「バート。来年のハロウィンは、お前が俺を楽しませてくれよ。お前は『ジャック・オ・ランタン』なんだからな」

 出かかった言葉は父に遮られ形にはならなかった。父が、意図的に形にさせなかったのかもしれない。けれど、どの道、その先の言葉は今となっては上手く思いつかない。

 別れの言葉を幾つか告げると、薄いカーテンを閉めて、バートは病室を後にした。

 ドアを出る直前、少しつらそうな咳が聞こえたが、聞こえなかったふりをした。


 ーー来年のハロウィンは。

 父は、必ず約束を守る人だ。冗談好きで、デタラメで、けれど、他人との約束には誰よりも誠実で。

 父の容体はきっとよくない。ミイラの仮装だって、きっと青い顔色を隠すため。それは精一杯の心遣いで、あまりにも父らしい優しさで。だからこそーー。

 少し、詰めが甘いよ。

 包帯を巻いたって、細くなった腕は隠せない。震えがちになった手は誤魔化せない。

 ああ、きっと父さんはもう、わかってしまったんだ。

 バートは込み上げるものを飲み込んで早足に病院を出た。ガラスのドアの向こうの空はどこまでも白かった。

 冬の空気が冷たく頬を撫でる。バートは初めて、濡れた頬に気づいた。


 僕は、『ジャック・オ・ランタン』となる。そして、ハロウィンの夜を照らすと誓った。

 来年、父さんが約束を果たすのなら、僕は必ずその約束に応えよう。そう、心に決めた。



 四人部屋の病室。向かって左側、窓際のベッドだけ、布団が少し盛り上がっている。

「お久しぶりね、ミイラのおじさん?」

 病室の入り口からした年老いた女性の声に、ベッドの中の男は小さく笑った。

「俺はもう、ミイラのおじさんじゃねえよ」

「まあ、いいじゃない。私の孫には評判だったのよ」

「そりゃあ、当然だろ?」

 気安いやり取りが途切れ、つかの間の沈黙。ふたりは、それぞれ違う方向を見ながら、見つめあっていた。

「……あいつのこと、よろしく頼むよ」

「やぁね。あなたらしくない。約束、したんでしょ?」

 男は言葉を返さなかった。

 窓の外は風が強く、枯葉がちぎれて飛んで行く。

「ね、私とも約束しましょうよ。来年のハロウィンも、一緒に過ごすの」

 男はまだ、黙ったままだった。

 ひときわ強い風が吹き、木が大きく揺れた。

「楽しみね。あの子のハロウィン」

 今度は、老婆も男の返事を待たなかった。

 別れの言葉を独り言のように告げて、男の病室から消えた。


「ハッピーハロウィーン。また、来年……」

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