こころのさけめ
【まえがき】
シリアスなもの。重たいもの。残酷なもの。ヘンテコなもの。色々です。
※ルビを振っているためIE推奨です。
『ままごと』
月曜日……子犬のジョンが消えた。
火曜日……良子先生が来なくなった。
水曜日……健太くんが家出した。
木曜日……弟も家出した。
金曜日……お父さんがじょう発した。
土曜日……お母さんもじょう発した。
そして日曜日──
あたしはひとりで、
大きな大きな、
おナベをにるの。
◆◆◆
『紙』
まっすぐな紙は、なんとなく悲しい。
最初から、ぴんと張りつめた、つるつるの清らかさが
求められている気がするから。
だから、まっすぐな紙は
少しでも皺がよってしまうと、
もう《紙》として見てもらえない。
ただの役立たずだ。
まるでわたしのようで、
悲しい……。
けれど、と
わたしは思いつく。
くしゃくしゃになったって、
アイロンをかけてしまえばいいのだ。
それにわたし
アイロンがけって、
けっこう好きだ。
◆◆◆
『母娘』
いろはのお札のぬくもりを
めんこいおててがこねまわす
お前の好いた字とってみな
「ね」と「み」と「の」と「な」と、
あと「ふ」がひぃとつ
あれまあ好いた字それだけかィ?
おやまあなんとまるい字ばかり
ほんにお前は憂いやつじゃ
けれどこれだきゃ覚えておおき
好いた字だけじゃぁねえお前ィ
すべてを書けやしないから
あたしゃ何にもしてやれないが
せめてお前にゃそれだけよ
ほかには何にも
ありゃしないさね
◆◆◆
『束縛』
わたしには自己というものがないのです。
我とわが身を持たず
確固たる意思や自愛も存在せず、
ただ別れるのがつらくて、
捨てられるのが怖くて、
だからわたしは いつだって
遠くから見ているだけ。
それでも ひとりは寂しい
……だから……どうか、
わたしを束縛してください。
わたしが不安にならないように──
いつでもあなたを感じていられるように──
わたしをきつく締めつける この狂おしい縄のように。
わたしを縛って、放さないで……。
◆◆◆
『デート』
彼は長いこと 浮気をしていた。
悔しかった。
悲しかった。
憎らしかった。
彼を奪った女が。
そんな淫乱を求めた彼が。
わたしはいつでも耐えるだけ。
彼が戻ってくると わかっていたから。
そうして彼は 戻ってきた──。
戻ってくるなり彼は、
わたしに土下座して謝った。
泣いて詫びもした。
わたしは彼にとても甘い。
すぐに許してしまう。
彼が浮気をしたのは、これで何度目だろう。
いったい彼は何度泣き、わたしはいくたびそれを許したのか。
あとどれほど繰り返せば、
この悲しみが終るのか──。
わたしは不安になる。
となりで寝息をたてる、彼の横顔をみつめ 夜半に、
誰に知られることもなく、ひっそりと降る雪のように、
わたしは咽び泣く。
でも──
今度こそ最後かもしれない。
彼は約束してくれたんだもの。
そして今日は 彼とデートの日。
嫌なことは忘れよう。
ほら 窓の外で 小鳥たちも機嫌がイイ。
わたしは小鳥たちに「おはよう」を言って身支度。
クスクス。
今日は何処へ連れていってくれるのかな。
あれを見て、これをおねだりして、
あとはなにがいいかしら──
クスクス。
そんなことをあれこれと、
考えながら、
鼻歌まじりに手をかけた クローゼット。
ゴロン。
彼が出てきた。
ああ そうか。
私は思い出す。
もうデートはできない。
彼は二度と 笑わないのだから。
でも 泣くこともないのだ。
わたしは初めて ほっとした。
◆◆◆
『文明の利器』
ある日 博士が私を呼びつけて、言った。
「聞いて驚くな、助手よ!」
私がうなずくと 博士は胸を張り、
高らかに宣言した。
「ついにタイムマシンが完成したのだ!」
私が黙っていると、博士はすねた。
「もっと驚け」
「驚くなと言ったのは博士ではありませんか」
私が答えると、博士は
「いいんだ、どうせワシなんか」と、さらにいじけた。
調子に乗らせると色々と面倒なので、
私は博士の後頭部を張り倒した。
「それで、これからどうなさるおつもりですか?」
博士は頭のタンコブをさすりながら、言った。
「助手よ、心して聞け。
ワシはこれから、
《親殺し》のパラドックスに挑むつもりだ」
私はかけるべき言葉を失った。
博士のこめかみには青筋が浮かんでいた。
「だから驚けよ」
私は仕方なく、博士に言った。
「博士、残念ながらそれは無理です」
博士は取り乱した。
「さては貴様、英国のスパイだな」
なぜそういう発想が生まれるのか、
問いただすのも馬鹿らしかったので、
私は真実を告げた。
「だって、一番乗りは博士ではないからです」
私が指さした、博士の背後には
博士とまったく同じ顔をした、
おそらくは博士の子孫がいた。
改良型のタイムマシンに乗り、
その手に銃を握って。
私は無職になったことを知り
次の職探しのことを考えて、
憂鬱になった。
◆◆◆
『こころのさけめ』
それは本当に
本当になんということはない
ごくごくありふれた
午後のこと
ちょっとひらいた
隙間から
母さまがゆれているのが
知らないひともゆれているのが
みえたから
栓をひねって
火をつけて
わたしはにげた
それからずうっと
にげたまま
【あとがき】
閲覧ありがとうございます。
私が書く詩は、とくに韻を踏むことを意識していないので、基本的には『詩と見せかけた散文』です。
駄文ではありますが、そのうちの一編でも、心にとめてくれる方がいれば嬉しく思います。