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ヤヤの部屋から下がったリンクスは、己の不甲斐なさを痛感し、夜通し、城内の演習場で剣を振るった。
そうしたところで、夜会での失態を取り戻せないことはわかっていたが、真面目で少し融通の効かない所がある彼は、下がるように言われた手前、ヤヤのそばにいかないようにする為に、訓練に勤しむしかなかった。
翌朝、朝日を確認するや否や、ヤヤの部屋へと向かったのだが、そこで彼が見たものは、主人の居ない空っぽの部屋であった。
リンクスは昨夜の腕の中で震えるヤヤを思い出し、焦りを覚えた。
ヤヤも眠れず、今頃何処かで震えているのかと思うと、昨夜は何故、強引にでも部屋の外に留まらなかったのかと、自分を罵りたくなるのだった。
出会ってから十年の間にヤヤと過ごした様々な場所を思い出し、ヤヤの好きな場所からしらみ潰しに探すが、一向に見つからない。
いつしか、日も随分高くなり、もしやと思いヤヤの部屋に戻ってみたが、変わらずそこはもぬけの殻であった。
主人の居ない部屋にいつまでもいる気になれず、部屋の外に出たものの、ヤヤの行方が掴めないことに茫然と佇んだ。
ヤヤの性格から、ヤヤが自分に何も言わずに姿を消すとも思えず、何事かに巻き込まれたのではないかと思うと生きた心地もしない。
そこへ、何処からか慌ただしい足音が近づいてくるのに気付いた。
もしや、自分の知らないところで事件が起きて、ヤヤが巻き込まれたのではないかと思い、弾かれたようにそちらに走り出す。
慌ただしい足音の主は後宮の入り口で警護をしている女性だった。
「リンクス殿!」
彼女はリンクスの姿を認めると、駆け寄ってくるではないか。いよいよ、ヤヤに何かあったのだと、泣きそうになるが、そんなことをしても何も解決しないと、ぐっと拳を握り、自分も彼女の方へと向かうのだった。
「ここにいてくれて良かったです。今、城の警護兵の方がいらしてるのですが、リンクス殿をお呼びなんです。共にいらしてもらってもよろしいですか?」
彼女はリンクスが何かを言う前に、遮るように話し出した。
それから、辺りを見回し、誰も居ないことを確認すると、リンクスに身を寄せ低く小さくした声で、
「側室様のお迎えにとのことです」
と、告げたのだった。
それからのリンクスの行動は、今までで一二を争う素早さであった。
呼びに来てくれた女性を置き去りにし、走り出す。後ろから、名前を
呼ばれていたが、それに答える間さえ惜しかった。
ヤヤの部屋は後宮でも奥まった隅の方にあり、入り口までは随分と遠いのだが、一部の者だけが知る近道を通り、入り口に向かう。
それから、余程急いできたのか、僅かに息の上がっていた警護兵に気遣いをみせる余裕もなく、急き立て、先導をしてもらう。
待っていた警護兵は、それに不快を覚えた様子も見せず、リンクスに順路を覚えるように言い含めると、素早く踵を返した。
リンクスは警護兵の背中を見ながら、ヤヤの安否だけを心配していた。その姿を目にするまでは、安心出来ないとばかりに、前を走る警護兵を追い抜き、叫びながら探したい気持ちなのだが、どうも、人目を憚るような道を通っているようで、焦れる気持ちに蓋をして大人しく後ろを走るしかなかった。
何故ヤヤが城にいるのかだとか、どうして人目を避けなければならないのかなど、疑問は多々あったが、リンクスは何があってもヤヤについて行こうと心に誓うのだった。