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柔らかな陽射しが、ベッドの上の女性を包み込む。僅かな衣擦れの音を響かせ、女性が身動ぎする。


「…っゔ」


ベッドの住人であったヤヤは、掠れた呻き声を上げ、目を覚ました。


薄っすらと開けた瞳に飛び込んでくるのは、見慣れぬ調度品と朝とは言い難い光。


身を起こそうと、身体を動かせば彼方此方に響く痛みに眉を顰めた。


一気に思い出す昨日の情事に羞恥で燃えるように熱くなり、そして燃え尽きた様に突っ伏した。


(この歳で破瓜の痛みを知るなんてっ!!)


その思考が少しばかりずれているのに、本人はまるで気づいていない。


羞恥をなんとか追いやり、痛む身体を起こば、ただ一人、ぽつんとベッドに残された状態だった。


そのことに虚しさを覚えるが、当たり前かとも思うヤヤ。


特別美しいわけでもなく、器量だっていいとは言えない。昨夜も為されるがまま流され、気づけば一人。ヴァンディットの一夜限りの相手だったのだとしたら、この状況に納得できると思った。


微かな苦笑いをその顔に浮かべ、渇きを覚えた喉を潤す為にサイドテーブルに目をやる。


そこには水差しとコップ、それと小さな紙切れが置いてあった。


皇帝の私室とはいえ、水を飲むくらいは許されるだろうと、ベッドの端に行こうとすれば、身体のあちこちに響く痛みと一際主張してくる下半身の鈍痛に思わず舌打ちをしてしまっていた。


ままならない身体を引きずる様に、ベッドの端に足を降ろし、コップに水を注ぐ。それをゴクゴクと飲みながら、ちらりと紙切れに目をやれば、自分の名前が飛び込んできた。

渇きも癒され、コップをテーブルに戻し、紙切れを手に取る。そこには、力強いながらも流れるような文字が書かれていた。


ー身体が痛むようなら、留まれ。 ヴァンディット


紙切れに書いてあったのは、ヴァンディットの素っ気ない気遣いだった。


これが、かの皇帝に恋をする乙女であったならば、飛び上がらんばかりに喜び、そのまま部屋に留まっていたのだろうが、ヤヤはそれを無言で眺め立ち上がった。


下半身に痛みは走るが、動けないこともないことを確認すると、拙い足取りで自分の服を探し始めた。


(動けるなら帰れってことよね?)


相談できるような人もおらず、裸のまま、己の服を探し求めていると、ベッドの上の足元に新しい服が用意されているのに気づいた。


再び、羞恥心が燃え上がる。よく見れば、昨日散々乱れていたシーツも新しいものに変わり、自分が寝ていた部分と移動した部分だけが乱れている。


(いつの間に…!?)


気づかなかったこともさることながら、一夜限りとはいえ閨に関して誰かに知られてしまったことに言いようのない恥ずかしさを覚えた。


最後の方は意識も飛びがちだったため、いつ寝て、いつシーツ変えに来ていたのかすらわからなかった。


だが、いつまでも羞恥に身を任せているわけにもいかない。ここは皇帝の私室なのだ。彼がいつ戻ってくるか知れないとあっては、早々と立ち去るのが上策だ。


もし彼が戻ってきて、己の姿を見た時に、不愉快な思いになっては困ると、のろのろとした動きで用意された服を着込んだ。


(何か言伝をしていた方がいいかしら?)


紙切れとはいえ、気遣いの言葉を残していったヴァンディットに自分も無言で去るわけにもいかない。


部屋を見渡すが、この部屋には目ぼしいものが見当たらない。


動く度に痛む身体を叱咤して、昨夜通された部屋に行くと、文机があり、そこに紙とペンを発見した。


ペンを手に取り、紙を眺めながら考える。


(なんと書けばいいのやら…)


ー昨夜はご寵愛いただきありがとうございました。


何か違う気がするヤヤ。これでは寵愛を望んでいたかのようだ。ヤヤは寵愛を望んではいなかったし、昨夜の痛みを思えばありがたくもなかった。


ー部屋に戻ります。


これはその通りなのだが、素っ気無すぎるし、下手すれば次の寵愛を望んでいるとも思われてしまう。

今でさえ、全身の痛みと下半身に何かを埋め込まれているような不快感を味わっているのに、次回など真っ平である。


ヤヤは無難に、


ーお気遣いありがとうございます。大丈夫ですので、部屋に下がります。


と書いて、ソファーの前にあるローテーブルにそれを置くと、出口である扉を開けた。


ゆっくりとした動作しかできない自分を歯痒く思いながら、廊下に出ると扉の前に立つ、二人の警護兵に声をかけた。


「自室に戻りますので、陛下にはよろしくお伝えください」


本当はきつくて、腰に手を当てたい気分なのだが、恥ずかしくてそんな態度は取れない。


そんなヤヤに一人の警護兵が声を掛けてくる。


「もう少しお部屋で休まれた方がよろしいのでは?」


ありがたい警護兵の申し出だったが、いつまでも部屋に留まり、不興を買いたくはない。


「大丈夫です」


そう答えたものの、ちっとも大丈夫ではなかった。足はガクガクするし、身体はあちこち痛みを訴える。

一刻も早く部屋に戻りたくて、覚束ない足取りながら歩み出した。


(二度目からは気持ちいいって聞いたけど…、信じられない)


痛みで冷や汗をかきながら、歩みを進めるヤヤは、昔聞いた侍女の話を思い出していた。


ヤヤの部屋付きでもあったその侍女は、自慢気に想い人との赤裸々な体験を語っていたが、その想い人との不倫が発覚し、隠れるようにいなくなった女性だった。


「お待ちください!側室様」


懐かしいことを思い出したと思っていたヤヤに、後ろから声が掛かる。


振り返れば、先程声を掛けてくれた警護兵ではなく、もう一人の警護兵が駆け寄ってきた。


「側室様、仮にも一度、陛下にご寵愛いただいたお身体です。お一人で移動となると、危険が伴います。私が貴方様の護衛を呼んで参りますので、どうかお戻りになるのは、今しばらくお待ちいただけませんか?」


警護兵の口から出た、寵愛という言葉に、恥ずかしさと知ってるの!?という思いで、顔が熱くなるヤヤだったが、リンクスを呼んできてくれるというありがたい申し出にヤヤは素直に喜んだ。


リンクスに会えば、いろいろと聞かれるだろうが、このまま一人で部屋に帰れる自信もなかった。


「私の護衛はリンクスと申します。昨夜は何も言わずに出てきてしまったので、もしかしたら私を探しているかもしれません。お気遣いに甘えて、呼んできていただいてよろしいですか?」


ヤヤがそう頼むと、警護兵はサッと顔を赤らめ、慌てた様子で直ぐに呼んで参りますと駆け出して行った。


その様子をホッとした気持ちで見送ると、いつの間にか、もう一人の警護兵が近くに来ていた。


「側室様、どうぞ陛下のお部屋でお休みになっていてください。護衛が来れば、お知らせします」


そう言ってヤヤに手を差し出してくる。


ヤヤは正直、皇帝の私室には戻りたくなかったのだが、リンクスが来るまで、廊下に突っ立っているわけにもいかない。というか、今にも膝が折れそうだった。


警護兵が差し出してくれた手と、警護兵とを困った顔で見比べて、苦笑すると、ありがとうございますと言って、その手を取るのだった。




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