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お気に入り、1000件突破…Σ(゜д゜lll)
いつも読んでいただきありがとうございます。これからも精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします!
ゴトリ
グラスと机のぶつかる音が静かな部屋に響く。
「どうしてここに呼ばれたか、わかるか?」
漸く話しかけてきたヴァンディットに、ヤヤは怖いにも関わらず、少しだけホッとした。
だか、考える時間はたっぷりあったにも関わらず、答えになりそうなことを何も考えていなかったヤヤは、冷や汗が出てきた。
(何と答えればいいのっ!?)
自分の無実を証明するために、最善の方法を取りたいのだが、ここでソルディー公の名を出してもいいものか悩む。仮にその名を出し、余計に嫌疑をかけられるのは避けたいところだ。
「わかり…ません」
とりあえず、無実なので、一番無難な答えを言ってみる。
「では、お前はなんだ?」
「…えっ?」
思わぬ質問に、頭が真っ白になってしまう。
(なっ、何を言ってるのかしら?)
ーソルディー公の仲間だと言いたいのか?
そう思えば、良い気分はしないが、納得できる。しかし、それを認めてしまえば、ない罪を被ってしまう。ヤヤの混乱は頂点に達しようとしていた。
なかなか答えを出さないヤヤにヴァンディットは焦れ始める。
もともと、ヴァンディットは気の長い方ではない。先ほど思い出した、己に宿る燻る熱をヤヤにぶつけるため、ヤヤの片腕を掴むと、自らと共に立ち上がらせる。
その些か乱暴すぎる扱いに、ヤヤは一気に恐怖した。
(殺されるっ!?)
弁明も何も許させることはないのかと、絶望の淵に立たされていると、引きずられるように奥の間に連れていかれ、そこに放り出された。
ばふっと柔らかい何かに背中を包まれ、目を白黒させるヤヤは、死ぬときは痛くありませんようにと願っている最中だった。
そこに覆い被さるように、ヴァンディットがヤヤの上に跨ってくる。
ヤヤは死を覚悟したためか、抵抗をすることなく目をギュッと瞑り、胸の前で手を組んだ。
(反抗して、痛みが長引くなんて…耐えられないっ)
ソルディー公の死に際をふと思い出してしまったヤヤは、無様な死に様だけは晒すまいと必死だ。
脳裏には穏やかだったこれまでの生活と、優しかった家族と護衛の姿が横切る。そこで漸くハッとなり、せめて被害は最小限に留めなければと意を決した。
固く閉じていた瞳を開けると、覗き込んでいる榛色の瞳とぶつかる。
その瞳が細くなり、再びあの質問が降ってきた。
「お前は、俺の何だ?」
いや、僅かに違う。ヤヤは、考えた。しかし、今のヤヤには考えることが多過ぎて簡単な答えすら出せない。
ヴァンディットにとっての自分はなんなのか?
一応、側室とは言えど名ばかりで、はっきりと側室ですとは言いにくい。しかも、今は嫌疑をかけられていると思っているので、余計に憚られる。
そんなことを悶々と悩みながら、困惑した顔でヴァンディットを見つめ返す。
ヴァンディットは、ベッドに押し倒したヤヤを見ながら思った。
ーどうしたらここまで鈍くなれるのか?
ベッドに押し倒されているにも関わらず、恥じらいすら見せない。慣れているのかと思えば、ヤヤからはこれからの行為に対する雰囲気と言うものが出ていない。
身体を強張らせ、じっとしている様はまるっきり処女のそれ。
だんだんとヤヤの様子に、疑問が湧き、もう一度だけと、質問を投げかければ、黒い瞳を揺らしながら見つめ返してくるばかり。
(お前は俺の側室だろう?)
歯痒い気持ちがヴァンディットを支配し、答えが出ぬなら、身体に教えるまでと、ヤヤの瞳を見つめながら、その唇を塞いだ。
(えっ!?)
驚いたのはヤヤだ。榛色を見つめていた黒い瞳はこれでもかと見開かれ、息を止めてしまう。
ヴァンディットは漸くそれらしくなってきたと、合わせていた唇の端を上げると、ヤヤに息をさせるためにその唇に侵入を開始した。
成人してからすぐに、後宮に入ったヤヤは勿論キスの仕方など知らない。
「はっ…、はぅっ、…んっふ…」
ヴァンディットの舌があっさりとヤヤの口内を蹂躙し、僅かに離された隙になんとか息をするヤヤ。
その手は苦しさのあまり、ヴァンディットの上着を掴んで震えていた。
執拗なキスを繰り返しながら、ヴァンディットはキスが意外なほど相性の良いことに気がついた。
キスに慣れていないヤヤの唇だが、その柔らかさはヴァンディットを魅了し、その先の快楽を予想させる。
猛り始めた己をヤヤに擦りつければ、ヤヤの身体がびくりと跳ねた。
ヤヤは予想外の展開に、着いて行けず、頭が一瞬真っ白になるが、何とかヴァンディットが何を望み、自分をここに連れて来たのかを理解した。
ヤヤは普段はそれ程鈍い訳でもない。
ただ、ヴァンディットを男色か不能だと勘違いをしていたことと、ソルディー公の一件で、自身がその対象で呼ばれていたとは思いもしなかったのだ。
荒々しく貪る唇に吐息すら奪われ、思考に霞が掛かる。
もしかしたらと考えた、後宮に入ったばかりのことを思い出し、今更と言う思いが胸を過る。
後宮に上がった時点で、覚悟は決めていたとは言え、十年間の内にあり得ないことに変わっていたそれ。
特に愛しい男がいるわけでもない。本来ならその為に呼ばれていた存在だ。
ヴァンディットの行為に驚きは隠せないものの、嫌悪を感じることはなかったヤヤは、霞む脳裏で、全てを受け入れる覚悟をした。
もとより、末端貴族。権力に逆らうという頭はなかった。
(どうか、痛くありませんように!)
後宮で、たまに聞こえてきた破瓜の痛みだけが、ヤヤの一番の心配にとって変わった。
ヤヤの唇を思う存分貪ったヴァンディットと、ヤヤの視線が一瞬絡む。
生理的に浮かんでいた涙が黒い瞳に色を添え、榛色の瞳は赤みを増し、獣のそれにとって変わる。
哀れな子羊、後は獣に嬲られるだけー。
言葉を交わすことのない二人を包むのは、獣の息遣いと生贄の嬌声。そして、更けていく闇に揺らめく僅かな明かりだけだった。