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脱字の訂正と、一部推敲致しました。

(生きた心地がしないってこう言うこと言うのかしら?)


ヤヤは今の状況に、頭の隅でそんなことを思っていた。


連れていかれた先は、皇帝の私室。

そこにある如何にも高級そうなソファーに座らされ固まっているヤヤだが、着替えを許されることなく、ナイトドレスにガウンを羽織る格好でここに連れてこられた。


そんなヤヤの隣には、長い足を組みながら酒を呑むヴァンディット。

セリウスといえば、ここに来るまでは付き添っていたが、部屋に着いた途端、私はこれでと言って部屋を去って行ってしまっていた。


残されたヤヤはよもやヴァンディットと二人きりにされるとは思ってもみなく、軽くパニックになりそうだった。


何をどうすればいいのかわからず、部屋に通された所で立ったままになっていると、そこに座れと言われ、今現在に至っている。

ヴァンディットはそんなヤヤに何を言うでもなく、棚にある酒とグラスを取るとヤヤの隣に座り、固まっているいるヤヤを肴に面白そうに酒を煽った。


本来ならば、ヴァンディットが酒を呑む前に毒味をしなければならないのだが、今のヤヤには思い付きもしない。その上、ヴァンディットに酌さえしないという、かなり不敬と取れる態度をしてしまっているのにすら気づいていなかった。


ヤヤは北の塔に連れていかれるとばかり思っていた。


北の塔は貴族が犯罪を犯した、または容疑をかけられている場合に一時的に収容される所で、今夜の生存者もそこに収容されているはずなのだ。

階級などで、そこでの暮らしは天と地ほどの差があるのだか、そこに連れていかれた自分がどんな扱いを受けるのか、ヤヤには想像出来なかった。


しかし、実際連れて来られたのは皇帝の私室。ヤヤは自分の理解の範疇を超えている事態に叫び出したい気分を抑えるのに精一杯だった。


どれくらいの間、そうしていたのだろうか。


(胃が痛くなってきた…。気を失えるものなら失いたい!)


幼少の頃から、胃腸が繊細な割に、精神的な苦痛をギリギリで乗り越えてしまうヤヤは、本当にか弱い女性のように酷く取り乱したり、気をやることが出来ない。ある意味、不幸な体質と言えた。


ヤヤの脳裏には、これまでの穏やかな後宮生活が思い出され、どうしてこうなったのかと仕方のないことを悩み始める。

そんなヤヤは、隣に座るヴァンディットの存在を忘れかけてしまっていた。


ヴァンディットは、そんなヤヤを眺めながら、久々に愉快な気分を味わっていた。


夜会の席でソルディー公が反乱を企てているのは知っていた。それを敢えて止めなかったのは、この国に巣食う膿の一掃を図るためだ。


事前にソルディー公の背後は洗ってあり、ヤヤが無関係なのは承知の上なのだが、ヤヤはそれには全く気づいていない。


ヤヤと不様なソルディー公とのやり取りを思い出し、ヴァンディットは自分が笑っていることに気が付いた。


(この女は面白い)


自分が切り捨てたソルディー公が、助けを求めて彷徨う様をなんの感情もなく見つめていた先にいた、普通の女。


その女は、血塗れのソルディー公を前に悲鳴を挙げない。その身体はカタカタと震え、恐怖に怯えているのに、その瞳は何処か冷めている。


ここで、少しヤヤに興味を持ったヴァンディットはヤヤがこの後どうするのか気になった。


血反吐を吐かれ、追いすがるソルディー公を前に、ヤヤの発した一言は光聖の間に響いた。それと同時に、己が手にしていた小刀をソルディー公の背に向けて放っていた。ソルディー公に縋られ、絶命した際に引っ張られて脱げかけたドレスを戸惑うことなく、そこに脱ぎ捨て、その場から離れるという一般的な婦女子としてはあり得ない行動をしたヤヤに、その興味は一気に高まる。


周りに気づいていない様子のヤヤが誰かを探している時、ヴァンディットは自分に気づいて欲しいと思った。だが、それは護衛の声により叶うことはなかった。


護衛の姿を認めたヤヤの足元が崩れる様を見て、思わず手が伸びていたのには自分でも驚いた。


暗い茶色の髪で、美しくもない顔立ちをした女。だが、その行動は普通の女ではなく、かと言って女騎士のように豪胆でもない、不思議な狭間にいる女。

哀れな姿を晒していても、それに恥らうことなく、護衛を気遣うヤヤ。


それを眺めながらヴァンディットは考えた。この女は自分にどういう態度をとるのか、と。


セリウスが話しかけるのを聞いた瞬間、小躍りしたくなる気分になった。


久々に嗅いだ血の匂いに気分が高揚している。そうだ、この熱を冷ますのはあの女にしようと。


いつもの自分なら、こういう時は城を抜け出し、馴染みの娼婦の所に行くのに、その時はヤヤ以外で熱を取り除く気にはなれなかった。


ヤヤが去っていた後、セリウスに対の間を用意させたのは気紛れだ。

相性が良ければ、それ程、気の強そうでもないヤヤを正妃に据えるのも悪くないと思ったからだった。


ふっと、ヤヤの頬に掛かる一筋の髪を手に取ってみる。僅かに花の香りが鼻を擽る。


(なっ、何っ!?)


自分の思考に浸っていたヤヤは突然、現実に引き戻された。


隣に座るヴァンディットが降ろしたままだった己の髪を弄んでいる。小さく身体が震えてしまったが、ヴァンディットが気にする様子もない。


ヤヤは少し俯くと、そのままヴァンディットの好きにさせた。

本当はヴァンディットに今の状況を説明してもらいたくて仕方がないのだか、身分が上の者に対し、下の者が話しかけるのは無礼に当たるため話しかけることが出来ない。


(何のためによんだのかしら?)


無罪を証明しなければと、ギリギリの精神でいるというのに、ヴァンディットはソルディー公のソの字も出さない。

ヤヤは、何のために自分がここにいるのかさっぱりわからなくなってしまった。


ヴァンディットはヤヤの戸惑いに気づきながらも、いまだ回想の中にいた。


セリウスを伴い、ヤヤの部屋を訪れたのはちょっとした悪戯心だったのか。

別に自室に呼び寄せるのに己が行く必要はなかったのだが、自分を見た際、ヤヤはどう反応するのかを見たいと思ったのは確かだ。


ヤヤはヴァンディットを認めても、媚を売ることもせず、そればかりか血の気の引いた顔をしていた。


そこまで己が恐ろしいのか、それとも先程の恐怖が残っているのか、ヴァンディットには判断がつかなかったが、ヤヤの気丈に振る舞う姿を見て、何を思っているのか暴きたくなった。


しかし、後宮にいつまでもいる気はなく、ついて来いと言えば、呆然とした顔をしながら、己の眼をしっかりと見つめ返すヤヤ。


初めてヤヤの瞳を見たヴァンディットは、その珍しくもない黒い瞳に引き込まれるのを感じた。

そして生まれる、言い知れぬ感情。


早くこの熱を治めなければーー。


ハッとしたかのように、己に宿る熱を思い出す。

回想を打ち切り、ヤヤの髪に口付けると、その手を離し、一気にグラスの残りの酒を煽った。



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