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うむむ…
納得いくようないかないような(; ̄ェ ̄)
もしかしたら、書き直すかもしれませんが、一応投稿です☆
よろしくお願いします(`_´)ゞ
サリが部屋を去ると、ヤヤは深い溜息を一つ吐き、その身体をソファーに沈めた。そのまま、そこにあったクッションを抱え込むようにして横になる。
目に映るのは見慣れた自分の部屋の風景。
装飾もない黒い飾り棚に、お揃いの黒い本棚。本棚に収まりきらない本がローテーブルに何冊も積み重なっている。
側室の部屋というより、どこかの学者のようなその有様を無表情で眺める。
脳裏には先程のソルディー公の姿。改めて思い出してしまい、その恐怖を押しやる様に部屋履きを脱ぎ足を丸めた。
本当は今夜誰かに付き添って欲しかった。リンクスが残ると言ってくれたが、部屋の外にいるのでは意味がない。サリに頼もうにも、そこまで親しくはない。
一人だけいつでもヤヤの味方で、呼べば直ぐにきてくれる人がいるが、この状況を面白がるのが目に見えて呼ぶ気にはならない。
(何日か昼に寝るか…)
幸い、この後宮で昼夜が逆転しても咎められることはない。
そう決意し、夜を潰す為に本を読もうと立ち上がる。
コンコン
そこへ部屋の扉が叩かれ、身体がびくりと跳ね上がってしまったヤヤは招かざる客に眉を顰めた。
「ヤヤ様、セリウスです。お疲れのところ申し訳ありませんが、こちらを開けてもよろしいですか?」
外から聞こえてきたのは、先程の初めて間近に見たセリウスの声だった。
(もしかして、私も疑われてる…?)
咄嗟に思ったのはそれだった。
あの時のソルディー公の言動は、他の者に関係があると勘違いされても仕方のないものだ。部屋に帰されたことで、そちらの可能性を考えなかった自分を悔やむ。
そして、たまたま出た夜会で自分を巻き込んだソルディー公を恨みたくなる。
「ヤヤ様?」
扉の先から催促の声がする。
ヤヤは一瞬、逃げてしまおうかと思ったが、家族を思い出し、なんとか思い留まる。
常に味方であるあの人を呼べば、逃げられないこともない。しかし、後宮に召し上げられた際に家名を捨てたとはいえ、貴族社会では常に付いて回るそれはもしもの時に実家に被害が及ぶのを防げない。
(私は無関係、逃げも隠れもしない!)
本当は疑われているかもしれないことに、動揺を隠せないのだが、なんとか気合を入れて自分を奮い立たせた。
「どうぞ、お入りください」
震えそうになる声を、なんとか穏やかに聞こえる様にするヤヤの顔は血の気が引き、白くなっている。
ガチャリと開く扉の音に、立ち上がっていたヤヤは背筋をピンと伸ばしたが、そこから現れたセリウスともう一人の姿を認めて愕然となる。
(私、そこまで重要人物なのっ!?)
開いてしまいそうになる口を必死で引き結び、その人物に頭を下げた。
「私を待たせるとは…いい度胸だな」
下げた頭の上から聞こえたのは、この帝国の皇帝、ヴァンディットに他ならない。
(来るなんて聞いてないしっ!)
言い訳をしたいのは山々だが、それが許されるわけもなく、頭を下げたまま、申し訳ありませんと謝るしかなかった。
「まあよい。面を上げよ」
ヴァンディットの言葉に頭を上げるが、目線は決して上げてはいけない。皇帝はガルディナ帝国において、唯一の存在。尊ぶべきお方だ。
そんな人物が目の前にいることがヤヤには信じられなかった。
容姿こそセリウスに及ばないが、その存在感とカリスマ性は全身から溢れ出ており、ヤヤの肌を刺激する。
短く無造作に切り揃えられた栗色の髪と、猛禽類を思わせる鋭く澄んだ切れ長の赤みがかった榛色の目。そして、服を着ていてもわかる鍛えられた身体が、彼をお飾りの皇帝ではないとしらしめていた。
「この様なお見苦しい格好でのお出迎えで申し訳ありません」
普段着ならばともかく、ナイトドレスで出迎えるなど本来はあってはならないことなので、重ねて謝罪するヤヤにセリウスが言葉をかけた。
「いいえ、先触れも出さずに突然の訪問をしたのはこちらですから。どうぞ、お気になさらないでください」
あまりにも穏やかに返されたヤヤは、安堵するより不安が煽られてしまう。
セリウスが宰相として働く傍ら、後宮のことを一手に担っているのは知っているが、それこそ何故ヤヤ如きのためにセリウスが出てくるのかがわからない。
しかも、皇帝を連れて…。
この時、ヤヤには皇帝との務めに関してすっかり抜け落ちていた。
十年も後宮にいながら、自分は疎か、他の側室にも手を出したことのない皇帝との務めを思い出せと言うのが、ヤヤには到底無理な話であった。しかもヤヤはヴァンディットが男色か不能だと思っているため、自分がその様な対象になるとは考えもしていなかった。
「ヤヤ様、今夜は大変な思いをされて疲れていると思われますが、少しだけお時間を頂けますか?」
(来たっ!!)
セリウスの勿体ぶったような言い回しに、ヤヤは本格的に容疑者扱いされていると思った。
あまりのことに、指先がカタカタと震えそうになるが、両手を前で組み務めて冷静を装う。
しかし、脳裏にソルディー公の最後とむせ返るような血の匂いが横切り、キュッと唇を噛んだ。
ヤヤはこの理不尽な状況に苛立つのを止められない。こんな状況に追い込んだソルディー公は既に冥府へ旅立っている。やり切れない思いを抱えながら、セリウスの願いに、はいと小さく答えた。
その間、ヤヤを無言で観察していたヴァンディットは、にやりと唇の端を上げ、その榛色の瞳を細める。
「ヤヤといったか。ここでは他の目があるとも限らん。ついて来い」
てっきりここで、事情聴取をされると思っていたヤヤは、まさか移動するとは思ってもみない。
ヴァンディットが話しかけてきたことにも驚いたが、ここから移動する事にはもっと驚いた。
身分が下の者が許しもなく、皇帝の顔を見返してはならないという事も忘れ、血の気の引いた白い顔でヤヤはヴァンディットに顔を向けてしまった。
そこにいるのは西国の黄昏を呼ぶ鷹。鋭い瞳に射すくめられ、ヤヤはいよいよ終わったなと感じた。