26
ちょっとずつ…進めます。てへへ☆
「まずは、この度の不祥事についてヤヤ様に謝罪いたします」
しんと静まり返った部屋の中に、イセルのよく通る声が響く。そして、徐に立ち上がると、ヤヤの近くに移動し、胸の前で右の拳を左の手のひらで包むと膝を折り、顔を伏せた。
先ほどまで大爆笑をしていた人物とは思えない洗練された動作に、呆気に取られるヤヤであったが、周りのヴァンディットとセリウスはイセルの変わり身の速さを知っているだけに然したる変化はない。
「謝罪はお受けいたします。なので、どうぞお顔を上げてください」
呆気に取られつつも、人様に膝をつかれることに慣れていないヤヤは居心地の悪さしか感じなかった。しかも、己は隣の男に腰を取られているせいで立ち上がり、手をそえて立ち上がらせることもでいないので、なおのこと居心地の悪さに拍車がかかる。
ヤヤの心情を察してか、イセルは顔だけをゆっくりと上げた。
「数々の失態を犯した我らにお優しいお言葉を感謝いたします」
普段はおちゃらけた軽い笑みを乗せるイセルの顔だが、今回は外向きようのふんわりとした穏やかな笑みを浮かべている。
(…う、嘘くさっ)
その割に目が笑っていないのを見抜いたヤヤの返した笑顔は少しぎこちない。あまりにもわかりやす過ぎる変わり身に、自分にどこまでのカードを見せるのかとヤヤは困惑した。根本の事情がわからない故に、どこにイセルの本音があるかわからない状況はヤヤにとって歓迎すべきことではない。だからといって、ヤヤはイセルの本心がわかりたいわけでもなかった。知らぬが仏ではないが、知らなくてすむ面倒事などヤヤは知りたいとは思わない。ヤヤの中で、イセルがただの危険人物になりだした瞬間であった。
それを笑みを浮かべたまま、目を細めて見返すイセルはおやっを思いながらも言葉を続ける。
「早速ではありますが、この度は二度とこのようなことが起こらないためにも、少しばかりヤヤ様に提案があって参りました。私からは護衛の変更と、そしてセリウス殿からは侍女の変更を申し上げます」
そうして、再び頭を垂れたイセルを見ながら、ヤヤはここ一ヵ月、己についていた護衛と侍女に少しばかり思いを馳せた。
(まぁ、処分されるわね)
ヴァンディットの意図がわからぬままの対の間に入ったヤヤではあるが、対の間にいる以上はそれなりの身分というものが発生するのだ。それをないがしろにしていた侍女たちは、今回のことがなくても早々に処分の対象になるだろうなとは感づいてはいたのだが、それを教えたところで反発しか生まないのが目に見えていたヤヤは、あえて手を打たないことを選んでいた。
護衛についても、侍女の所業に気が付いていたのにも関わらず、何も手を打たなかったところで同罪とみなされただろうとヤヤはあたりをつけて、己を納得させる。
それが、あながち間違えでもないのだから、ヤヤは決して馬鹿というわけではなかった。
「先につけた侍女及び護衛の行いも到底許せるものではございませんでしょう。私からも改めて謝罪を申し上げます」
イセルを眺めていたヤヤの向かいから、セリウスがイセルに続くように言葉を発すると、セリウスもイセルに倣うように立ち上がり、イセルの横に膝をつく。
「先の侍女や護衛は急なことにより、きちんとした人選ではありませんでした。これを挽回するためにも、この度の人事の異動は厳選してあります。どうか、ご理解いただけないでしょうか?」
セリウスの美しい所作に、さすが美神と思うヤヤであるが、その美神にまで膝をつかれて美しすぎて見るに堪えれませんと顔を覆いたいヤヤ。自分より美しく才能に溢れている人物に膝をつかせているというのは、なんと罪深いことなのかと、半ば本気でそう思ってしまうヤヤは根っからの下級貴族である。先のソルディー公の反乱さえなければ、こうして話すこともなかったと思うと、すでに亡きソルディー公の疫病神具合に腹が立つような気がしなくもないヤヤである。
一般的な女性なら、イセルやセリウス、そして皇帝に会えれば恐れ多いと思いつつも甘い夢を見そうなものだが、ヤヤにしてみればまさに鬼門に位置する人物ばかりだ。嬉しさよりも先の未来を不安視してしまうのだった。
「セリウス様の謝罪も受け入れますので、どうか顔を上げてお二人とも席にお座りになってください」
ここで顔を上げられてもセリウスはその美しさゆえに直視出来ないと思うヤヤは、己の安寧のためにとっとを席に戻ってもらいたいばかり。
ヤヤの言葉があってから、立ち上がった二人は、お心遣いありがとうございますとヤヤにを述べると、それぞれヤヤに一礼して席に戻った。
「それでは先に護衛の紹介を済ませておきたいのですが、よろしいですか?」
席につくとセリウスがヤヤとヴァンディットの顔を窺い、ヴァンディットが軽く頷くと自分たちが入ってきた扉を開けるようにレイラに指示を出す。そして、その扉の奥からぞろぞろとこれから就くであろう護衛の騎士がぞろぞろ入ってくるのであった。そして、最後に入ってきた人物を見てヤヤの顔が複雑な面持ちになった。
嬉しいのだが、面倒事に巻き込む心配、さらにはその人物を見た瞬間にヴァンディットの背中から腹に回された腕に力が入り苦しいやらで、何とも言えない表情のヤヤ。しかも、見知ったはずのその人物はヤヤが知っている顔つきからいつの間にか大きく様変わりを遂げている。
この一ヵ月で何があったのか、想像できるあたり、ヤヤは眉を下げ仕方ないと言うかのように口元をわずかに歪めた。
二度ととは言わないが、しばらくは会えないと思っていただけに、現状のわからないヤヤにとってこれほどそばにいて力をもらえる人物は早々いない。あとはもう一人を引きずり込むだけねと、気は進まないが相手には諦めてもらおうとここにはいない、彼の人を密かに思うのだった。