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閑話 とある少女の拾いモノ④

やっとクロノス&ヤヤ編お終いです★


長らくお待たせしすぎてすみません。そして、宣言通りこちらの閑話は六月頃にいったん下げさせていただきます。


きちんと納得いく形になりましたら、再び投稿させていただきますのであしからず。




クロノスがベルーラ邸の一員として認められるのに、時間はさほどかかることはなかった。


クロノスが目覚めたその日、クロノスの背後にある闇に気づいた使用人の一人が速やかに、屋敷の主のもとへと報告すると、すぐさま主はクロノスのもとへと急いだのだが、そこには寝転がる無表情の美青年の髪の毛を無心で三つ編にしているヤヤの姿があった。


そんなヤヤに呆れながらも、可愛らしく映るその姿に思わず頬が緩んでしまう主ではあったが、なんとかそのだらしなく歪んだ口元を正すと、未だに己の存在に気づきもしない娘の側へと歩みを進めた。


天使アンジェロ、起き抜けの怪我人に無理をさせるものではないよ」


突然背後から聞こえてきた父親の声に、びくりと肩を震わせて振り返ったヤヤは、少ししょんぼりとなっている。


「はい、とおさま。ごめんね、クロノス」


父親に返事を返して、申し訳なさそうにクロノスを見やるヤヤをクロノスは相変わらずの無表情で見返す。そんな二人を目を細めて見ていた主は、そっとヤヤの肩に手をかけ、腰を落とすとヤヤの耳元に口を近づけた。


耳打ちをされるように、囁かれた父親の声にくすぐったそうに肩を竦めたヤヤだったが、話を聞き終わるとクロノスの髪をそっと撫でるとクロノスを安心させるようににっこりと微笑んだ。


「大丈夫よね?あなたはクロノス。クロノスよ」


まるで自分に言い聞かせるようにクロノスに話かけたヤヤは、今度は顔をくしゃりと困惑させてまたねと言って部屋の外へと体の向きを変え、歩き出した。


クロノスで視線だけでヤヤを見送る中、主はヤヤの後姿をドアでさえぎられるまで顔が緩まないように必死で見送っていた。


ヤヤの背中が完全にドアで遮られると主は、さっと立ち上がり先程とは打って変わってクロノスにも負けない程の無表情で、横たわるクロノスを見下ろす。その視線だけは鋭く厳しいものであったが、ヤヤを見送ったクロノスの視線は既にそれを移すことなく天井に戻っていた。


「…お前は、生きたいか?」


主の声がヤヤのいなくなったしんとした部屋に響き渡る。

その声に、ちらりと視線だけ寄越すクロノスの瞳は水面すら立たない真っ青な深い湖のようである。


「俺の名は、クロノス。先ほどより時を刻んでいる」


クロノスのさほど大きくもない声も静かな部屋にはよく透った。


「ならば、ここに留まることを許そう」


厳しかった主の瞳が、その厳しさを奥にしまい込み、穏やかな光を湛えだす。


「お前の世話は、ヤヤに任せる。養生するがよい」


わずかに細められた主の目を見ながら、クロノスの水面が微かに揺れた。






その日からクロノスは、ヤヤを中心に生活をすることになるのだが、それはまるで孵ったばかりの雛鳥が親鳥の後を追うようなものであった。










*     *     *     *     *     *     *     *     *     *








クロノスが、主の許可を得たと言え、本当に邸の一員をして迎え入れられるまで何をしていたか?


まずは起き上がれるまで、ヤヤを中心とした数人の使用人に、介護されること三日程。脅威的な回復力でそれ以降普通に生活するのに困らないぐらいに回復して、邸の者を驚かせるが、ヤヤは「びっくりするぐらいはやくげんきになってよかったね」とにっこり笑うだけであった。


それから、身の回りのことは自分でしつつも、行動は常にヤヤの三歩程後ろを歩くということを繰り返す。その際のヤヤと言えば「おせわがしやすいわ」とこれまたにっこり。


それを一週間ほど続けたクロノスであったが、なにせ相手は子供で自身は闇に身を落としていた元駒。行動力の違いに気づき、それからはあちらこちらに身を潜めてはヤヤの後を付回していた。さすがのヤヤも、これにはどうしようと悩んだかと思えば、「よんででてきてくれるときにわざわざおどかすいみがわからない…」と眉を顰めただけで大して悩むことはなかった。


使用人もそんなヤヤとクロノスを半ば呆れ気味で見守っていたが、特にクロノスが害がないことがわかるそのままにしていたのだった。


そんなクロノスには、クロノスとして生き始めてから少しずつ『楽しい』という感情が生まれてきつつあった。


最初の頃こそ、感情というものが全くなかったと言ってもいいクロノスではあったが、ヤヤに世話を焼かれ、ヤヤをつけまわすうちに胸のうちにもやもやとしたわけのわからない感覚に戸惑っていたのだが、そのもやもやが最近になって漸く、『楽しい』あるいは『面白い』と言う感情であるかとに気がついたのだ。


例えば、ヤヤをつけまわして名を呼ばれたとき、クロノスにとっては日常の動きであった姿の現し方にヤヤが心底びっくりして、大して大きくもない目を精一杯見開いているのを見たとき(最近では余り驚かないので『つまらない』という感情も覚えつつある)。ヤヤが庭で絵本を読んでいる横で、ヤヤを驚かす方法を考えているときなどだ。


害はないが、はた迷惑をこうむっているのは今のところヤヤ一人である。


そのうち、クロノスはその『楽しい』や『面白い』ということが『幸せ』なのだということに気がついた。


クロノスの内に少しずつ『幸せ』が積もりだした頃、ヤヤが子供にありがちな突発性の高熱に倒れた。


クロノスはその時初めて『恐怖』という感情を目の当たりにする。


今まで誰かに与えてきたその感情を自分で感じた瞬間、クロノスの中で何かが新たに生まれた。


それは自分を置いて死ぬかもしれないヤヤに対しての『憎悪』でもあったし、ヤヤを死なせたくないという『慈愛』でもあった。


その相反する感情が同時に生まれたとき、おそらくクロノスの性格というものが表に出始めたのかもしれない。


クロノスになってから薬というものに一切関わることのなかったクロノスは、ヤヤを生かすためだけにもう使うこともないと思っていた薬の知識を蘇らせた。


クロノスにしか扱えない特殊な薬、それは大変ヤヤの熱に良く効いた。夢現で薬を飲まされたヤヤがあまりの不味さに噴出しそうになるのを片手で抑えながら、ただヤヤの無事を願い、その吐き出したくて涙を滲ませながら顔を歪ませるヤヤに愛しさを感じるクロノス。


この一件で、彼が薬師として十二分に優秀であることがわかり尚且つヤヤを救ったことで邸の者たちとの距離がグッと近くなった。


それからヤヤを殺さないために何かにつけて非常にまずい薬を飲ますクロノスと、それをいやいやしながら不味そうに飲むヤヤの姿がしばしば邸で見られるようになる。それを微笑ましそうにみる両親と生温かく見守る使用人たちに、ヤヤは諦めというものを嫌というほど思い知った。






クロノスがベルーラ邸の一員となり自我が確立しだした半年ほど経った頃、クロノスはしばしば邸を離れることが多くなった。


ヤヤを含めた邸の人々は親離れでもしたのかと特に気にしてはいなかったが、それから二年経った寒い冬の日、事態は急転した。






その日、二年目より少し大人になったヤヤの前に、体中を血塗れにしたクロノスが姿を現した。


「クロノス…、それは…っ?」


突然現れることに驚きはしなくなったものの、さすがに全身血塗れではヤヤも度肝を抜かれるのも無理はない。さっと見た限りクロノスに怪我らしい怪我がないことを見て取り、安心するヤヤであったが、すぐさまなぜそんな事態になっているのかと頭を混乱させていた。


「ヤヤ、組織に見つかった…」


目の前に立ち、項垂れるクロノスの髪から冷たく凍っていた血液が、邸の暖かい空気に触れて音もなく床に落ちた。


「…っ」


クロノスを拾ってから、父親と母親の教育によりそれがどんなことになるかを日々教え込まれてきたヤヤ。それがどんなことを意味するかなど実際の七歳の子供が理解するわけもないのに、悲しいかなすぐに理解できてしまうのだった。


「…見つかっちゃったら、しょうがないね」


クロノスの前に立つヤヤの視線は、床に音もなく斑模様を作る深紅色に注がれる。注がれているものの、ヤヤの思考はその深紅に染まることはない。


(…クロノスの顔目立つもんなぁ)


もう随分と見慣れてはいたが、クロノスの顔はとんでもなく良過ぎたのだ。隠れるように行動するのが常とは言え、過去の同業者たちも同じように行動する。

少しでも見てしまえば決して忘れることの出来ない程の美貌を持っているクロノスが、二年もの間見つからなかったことの方が奇跡に近かった。


沈黙が二人の間に横たわったのは数秒だったのか数分だったのか、大人の女性になった後のヤヤは思い出せもしないがその沈黙を破ったのがクロノスであったことはその後も鮮明に思い出せるのである。…若干の悪夢として。


まるでであった時のようにむせ返るような血の匂いに包まれて、ヤヤの顔をくしゃりと歪ませる。


「…少しだけ、付き合ってくれないか?」


常にない震える声に、ヤヤはハット顔を上げた。


感情が表にでるようになってから、人をからかうような顔をよくしていた真っ青な瞳を彩る秀麗な顏は、出会った頃ような無表情。


クロノスはヤヤが返事をする前に、ヤヤを抱え上げると飛ぶように邸の外へと飛び出していた。


ヤヤが目を白黒させている間にたどり着いた場所は、邸の裏側にあるあまり人目にはつくことのない小さな小屋であった。


庭の手入れをする道具がしまわれているその小さな小屋に着くと、クロノスはヤヤを床に降ろし、ヤヤの前に跪く。まるで、一介の騎士のようなその姿にヤヤの混乱はますます深みを増していく。


跪くクロノスにそっと左手を取られ、吸い込まれそうな程深みを増した青い目に視線を外すことのできないヤヤ。


「……クロノス?」


だんだんと不安になり、思わず声をかけたヤヤにクロノスは、穏やかな笑みを浮かべた。


何故だか、背中がぞくりと震えるヤヤに対して、安心させるように握っていたヤヤの小さな手をもう片方の手で覆うクロノス。


(…いやだわ、余計不安になるわ!)


今やヤヤの視線はクロノスに向かっているものの、全身から冷や汗が吹き出し、意識が遠のきそうでぎりぎり正気を保っているような状態である。


はたから見れば、平凡顔とはいえ幼さ故の可愛らしい子供に跪く目麗しい青年はなんとも微笑ましい光景のはずなのだが、片方は抱き上げられた際に血糊をべっとりと貰い、もう片方は現れたときから全身血塗れ。まったくと言っていいほど、そこには微笑ましさのかけらもなく異様さだけが際立っていた。


「ヤヤ、今から俺の言うことをよく聞け」


暖かさのかけらもない小屋の中に、クロノスの二人の吐息が舞う。どこかで再び凍り始める互いに付いた血液を気にするヤヤは少しだけ現実逃避に成功するが、そんなものはこの空気の前では風前の灯のように儚いものである。


「俺はお前に拾われ、駒ではなくクロノスになった。クロノスに命を与えたのはお前だ、ヤヤ。お前には言っていなかったが、俺は命を手にした時からお前とともにあることを決めた。つまり、俺の命はお前の命でもあるということだ。俺はまだ死ぬつもりはない。故に、お前を死なせたりはしない。…ここまでは、いいか?」


全く意味が分からないと思いつつ、視線を外さないまま神妙に頷くヤヤ。


「組織に存在がばれた以上、俺は常に命を狙われる。俺を拾ったお前も、俺を匿ったお前の家族も同様だ」


今度は両親の教育の賜物ですぐさま理解でき、真剣に頷く。


「こうなった以上組織は執拗に俺やお前たちの前に現れるだろう。俺はお前もお前を育んだこの邸の誰一人として死なせるつもりはない。だからな、俺は決めたんだ」


神々しいと言わんばかりに微笑みを増すクロノスに、ヤヤはどうしようもなく叫びながら走って逃げたくなる。それなのに、強くもない左手の拘束を解くことも出来ず、まるで魅入られたかのようにクロノスを見つめことしか出来ない。


「その決意を表するにあったって、一つだけ邪魔なものがこの世にはある。使いようによっては武器になるが、『クロノス』には不要なものだ」


(その先は…聞きたくない!!)


ヤヤの嫌な予感は最凶の予感に変わり、今や最高潮に達している。耳を塞ぎたいのにそれを許さないクロノスの視線に、細かくブルブルと首を振ることしか出来ないがそれすら、寒さで震えているのか自力で震えているのかわからないほど、ヤヤの感覚は麻痺していた。


「この顔が『クロノス』の生活を壊す。そして『死の薬師』という駒があった過去が『クロノス』を殺そうとする。だからな、ヤヤ。この顔と駒の過去を潰そう。そうすれば、『クロノス』の命はナニモノにも脅かされることはなくなる」


既に頭は真っ白なはずなのに、やけに頭の隅々まで染み渡るクロノスの声。





まずは手始めに、この顔から―。





ヤヤの耳元にいつの間にか、近づいていたクロノスの唇から囁かれた声に、ヤヤは気絶というものが出来ない自分を心底恨んだ。










気絶も出来なかったヤヤがその後見たものと言えば、何かに浸した布で両目を多い、頭から油を被ったクロノスが燃えるというものだった。


ヤヤの部屋に落ちていた血痕に邸の使用人たちが血眼になってヤヤを探し始めた頃、邸の裏側で聞こえたヤヤのとても少女とは思えない叫び声とクロノスの断続的な高笑いに、慌てて駆けつけた使用人たちによって、ヤヤは救い出されてクロノスは一命を取り留めた。といっても、クロノスは死ぬつもりなど毛頭なく、使用人たちが来るのは計算済みであった。


クロノスの火傷は、怪我をしていた時と変わらず脅威な速さで回復したが、その美しかった顏はケロイド状に爛れ、ただ一つ変わらないのはその両目の青さだけであった。


邸の人々はその容姿に対して残念がる以上に、むしろその顔の方がクロノスの性格には合っていると心の中で密かに思っている。


そして、その事件後、また一つ逞しくなったヤヤは、少女にはあり得ないの達観した顔をたまにするようになり、幼さや無邪気さといったものの大半を失ったが、特に何かが変わるわけでもなく相変わらずの日々を過ごすのだが、それ以降ストレスが胃腸にきやすい体質になってしまう。それに対しても嬉々として薬を飲ませるクロノスであったが、ストレスの大半は彼からきているのは間違いようもなく、それを生温かく見守るのが邸の使用人たちの日常になるのだった。








それから、さらに四年後裏社会を激震させる事件が起きる。それに関わっていたは死んだとされていた、名高い駒であったがその容姿は伝え聞かれていた容姿とは程遠く醜い怪物のようであったという。それ故に、駒の亡霊だとか悪魔に成り代わったのだとか、ひと時の間、闇の世界の噂の種になるのだった。




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