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訂正入りました!
訂正編どぞ(`_´)ゞ
ヤヤとリンクスは皇帝の私室を後にするとゆっくりとした足取りで、後宮に向かった。たまにすれ違う貴族や使用人が昨日の反乱のことや後宮のある側室について話しているのが耳に入ったが、誰もすれ違っている女性がその噂の女性とは気づく様子はなかった。
後宮の入口の門にたどり着くと、門番の女性警護兵たちが無言で頷き、門の内側へと通してくれる。ヤヤとリンクスは揃って礼を言うと、女性警護たちは無言のまま敬礼で返した。
その頃には城内の神殿が鐘を鳴らし、昼時を告げていた。
後宮内に入ったヤヤとリンクスは、後宮内のただならぬ雰囲気に眉を顰めた。
すれ違う人の殆どが彼女たちを見てはこそこそと話しているのだ。
ヤヤはハッとして俯くが、何かか違うと首を傾げた。
現在の後宮は男性がいるといっても僅かでしかなく、所謂女の園だ。一つの噂が瞬くに大きく肥大し、広がることをヤヤは知っていた。
昨夜、自分の部屋に皇帝とセリウスが訪ねてきたこともあっという間に広がったのだろうと検討をつける。
皇帝の寵愛を受けたとなれば、今まで通りの生活はでいないなと漸く思い至ったのだが、どうも視線は嫉妬や妬みのたぐいはない様な気がする。
この視線はよく知っているものに似ているのだが、それが中々思い出せない。
そんなヤヤの目に映ったのは通りすがりの侍女の姿。
ーサリ…。
侍女の制服を見て思い出したのは、己の部屋付きの侍女の目線だった。
あの明らかに侮蔑の混じった視線を投げかけてくる侍女の視線にそっくりなのだ。
ヤヤははぁと溜息をつくと、再び面を上げた。
(犯罪者扱いなわけね)
反乱と皇帝の出現はどうやら彼女たちの中で結び付けられたようだ。自分ですらそうだったのだから、彼女たちが思いつかないわけがない。そう自分で解釈すると妙に納得に行くヤヤ。
この分だと、嫌がらせ程度はあるだろうが、命に別状はなさそうだと思ったヤヤは、実際は犯罪者ではないのでしっかりと顔をあげる。下手に弱々しい所を見せれば、やはりとなって嫌がらせが長引くからだ。
後宮内の側室たちは暇が有り余っているので、こうして後宮の帰ってきたことは無実だとわかっていても、暇つぶしにえげつないことをやってのける。
どこの誰だか知らないが、今までヤヤの顔すら知らなかった側室がヤヤがわかるあたり、誰かがヤヤの容姿も広めてしまったようだ。
ただ、それがサリとは思えなくて、自分が話をしたことのある侍女を思い出してみたが検討もつかなかった。
一方リンクスは、ヤヤに向けられる視線に不快感を覚えていた。
普段はヤヤの姿を見ても気にも止めていなかった者たちが、ヤヤを見て優雅にけなす様はリンクスを苛立ったせた。
しかも未だにヤヤが、なぜ城にいたのかも解っておらず、それが余計に彼を苛立たせる。
そんな二人は始終無言で、奥にあるヤヤの部屋に辿り着くまでそれは続けられた。
部屋に前に着くと、リンクスはヤヤの前に出て、扉を開けた。
「ありがとう」
少し弱々しい笑みを浮かべるヤヤは、かなり疲れていた。
(やっとついた!)
自分の部屋に辿り着けたことに喜びはあるが、痛む身体を誤魔化し、誤魔化しして歩いてきたので、今すぐにでも横になりたいくらいで何をするにも億劫だ。
リンクスはヤヤの弱々しい笑みに心を痛めつつ、弱音を吐かずに自分の足で歩ききったヤヤの護衛であることに誇りを感じた。
部屋に入ったヤヤはそのままソファーにバタリと倒れこむと、そこにあったクッションに顔を埋めた。
(もう何もしたくない。疲れた!お腹減った!眠たい!)
いろんな気持ちがないまぜになってジタバタしたくなるヤヤだが、身体が思うように動かないので、それも叶わない。
「ヤヤ様、大丈夫ですか?」
リンクスの心配そうな声を背中に受け、もそりと起き上がったヤヤはリンクスの方を向くと、少し疲れたみたいとはにかんだ。
「お昼はまだですよね?サリを呼んで用意させましょう」
いろいろと聞きたいことはあるのだが、まずはヤヤの世話からだと思うリンクスは騎士というより執事のようだ。
側室というのに、この十年部屋付き侍女が一人しかいなかったヤヤ。いつの間にか、リンクスは執事の真似事をするようになっていた。
最初の頃こそ、断っていたヤヤだが、何かに夢中になると食事や睡眠などを忘れるヤヤを見兼ねたリンクスが頼み込む形で今のような状態になったのだった。
常にというわけではなく、普段のヤヤは大抵のことは自分でしてしまうので、リンクスは周りに気が向かなくなったときのストッパーのような役割を果たしていた。
リンクスがベルを鳴らすと、すぐさま扉がノックされサリが現れる。
相変わらずの態度なサリに食事の準備を頼むと、ヤヤがリンクスに話しかけた。
「リンクス、何から話せばいいのかわからないんだけど…、とりあえず、今朝はごめんなさい。それから迎えにきてくれてありがとう」
困ったように微笑みながら謝罪と感謝を述べるヤヤに、リンクスはいいえと首を振り、ヤヤのそばに近づくと片膝を床に付け頭を下げた。
「いえ、俺がしっかりしてさえいれば…!本当に申し訳ありません!!」
今にも土下座しそうな勢いのリンクスにヤヤは苦笑して、頭をあげてとお願いする。
「リンクス、貴方が悪いわけじゃないわ。私、ボロボロだけど…まぁ、なんていうか、悪い意味じゃないのよ。…多分。本心からいえば、御免蒙るなんだけどね。リンクスはあの部屋が誰の部屋か…知ってる?」
ヤヤにとって、昨夜何があったのかなんて話すのは恥ずかしいし、あまり愉快な事ではないので言葉を濁しつつ、事情を知らないリンクスがさぞかし昨夜のことが気になっているだろうと見越して、先に話題を振ってやる。
「いえ、急いでたもので、警護兵にも聞きそびれましたが…」
目の前のことに夢中で、周囲のことまで注意の回らなかったリンクスは、己の不甲斐なさにしゅんとうな垂れた。
「ふふっ、いいのよ。私も昨夜は慌てて、言伝するのを忘れていたから。私も悪かったわ。…あのね、あの部屋は陛下の…お部屋だったの」
後は、察してくれとばかりにリンクスを見れば、リンクスはぽかーんと口を開けヤヤを眺めていた。
(わかったのかしら?)
僅かに頬を染めながら、リンクスを窺うヤヤは少しばかり不安になる。
何せ、リンクスは色恋沙汰に関してはまるっきり純なのだ。たまに耳に入る侍女たちの艶話にすら耳を真っ赤にして俯くぐらいに。
「へ、陛下の私室にどうしてヤヤ様が?」
いまいち理解出来ないリンクス。どこかで理解したくないと訴えているような気持ちを持て余す。
そんなリンクスに、やっぱり無理かと乾いた笑いを漏らすヤヤは、とにかくサリが来る前にと、改めて説明を始めた。
「昨日、湯浴みを済ませて部屋にいたら、セリウス様と陛下が訪ねていらっしゃったの。それから、あの部屋に連れていかれて…まぁ、なるようになっちゃった?みたいな」
どうにかして、リンクスのためにも直接的な言葉を避けたいヤヤだが、リンクスは首を捻るばかり。
ヤヤとしては恥ずかしいが、一発でわかるなら直接的な言葉でもいいのだが、リンクスの慌てぶりを思えば、酷な気がして中々出来ない。
これでも、リンクスはヤヤよりも九つ上だったりするのだ。リンクスがむさっ苦しい青年であったならば、ヤヤとてここまで気を使わないのだが、年上の割に童顔で弟のように感じるリンクスには純粋でいて欲しいと思わせる何があった。
しかし、これでは埒が明かないと悟ったヤヤは、もう少しだけハードルをあげた。
「つまりね…、私は側室で、陛下の女になったわけ」
リンクスも、流石にそれが何を意味するかはわかる。わかるが理解はしたくない。歳の割に同性と比べて性に対して頑なだとわかっている分、ヤヤの発言は鈍器で殴られたようだった。
リンクスは皇帝についての噂を兵士になったばかりの頃に聞き、羞恥で焼け死ぬ思いをしたことがあった。そして、それが現在のヤヤの状態に繋がり、自分の鈍さとヤヤに対して初めて性的なことを想像してしまったことに全身が熱くなって来る。
ヤヤはリンクスを眺めなが、その制服から出ている首から徐々に赤くなっていく顔に面白いと思った。
「ヤ、ヤ…ヤっ、ヤヤさっま!?」
顔を赤く染めながら、吃るリンクスに困った笑みを浮かべ、ヤヤは口を開く。
「多分、気まぐれで一度きりのご寵愛だと思うのだけれど。他の方たちは多分、私のことを昨夜の関係者だと思っているわ。…下手に否定して、一回きりのご寵愛がばれて、狙われるのは嫌なの。ねぇ、リンクス。リンクスは嫌だろうけど、このまま誤解を解かないでいたいの。この調子なら、命を狙われるような嫌がらせはないはずだから」
わかってくれたようで、今度は遠慮をせずに、寵愛という言葉を使うヤヤは、実は大雑把な性格だったりする。しかし、後半は真剣な眼差しでリンクスを見やると、リンクスもハッととした様子でヤヤを凝視した。
「…仰せのままに」
ヤヤが犯罪者扱いされるのは嫌だが、リンクスも伊達に後宮に出入りしていたわけではない。渋々ながら、ヤヤのお願いに了承する。
ヤヤはそんなリンクスを見てにっこり微笑むと、再び顔が赤くなり出すリンクスに忍び笑いが漏れてしまう。
リンクスとて、ヤヤの真剣な話に一度は気を引き締めたものの、直ぐには衝撃はなくならず、どうすればいいのかわからなかった。
おめでとうと言うほどヤヤが寵愛を望んでいなかったのも知っているし、もし一度きりの寵愛であればそれこそ、めでたくも何ともない。
リンクスが願うのは、ヤヤの穏やかな生活のみ。寵愛を受けることがすべてではないことを教えてくれたのは、他でもないヤヤだ。
羞恥に染まる全身を持て余しながら、リンクスはただひたすらに、ヤヤの心配だけをした。
そんなリンクスを知ってか知らずか、ヤヤは気だるそうにぽつりと呟いた。
「ねぇ、リンクス。陛下は…両刀なのかしら?」
「は?」
遠くを眺めながら、己の思考にどっぷり嵌り出したヤヤ。呟かれた意味がわからないリンクスは、きょとんとしながらヤヤを眺めるしかなかった。
(不能ではないことは確かだわ)
少しの疑問と間違っていた思い込みに、感傷に浸るヤヤは、やはりどこかずれているのだった。
肯定陛下って、間違いに自ら爆笑した私。自分のマヌケっぷりに笑うしかない!
そんな私、活動報告内でヤヤ&リンクスのバレンタインをお届け予定!…今日中に間に合うか!?病気の旦那は子供より厄介だ!
次回は皇帝陛下(今度は大丈夫!)出てくると思います。