閑話 とある警護兵たちの驚愕①
主要メンバーを差し置いて、超脇役のお話。
閑話はいらないとのご指摘を受けましたが、一生懸命書いたので載せたままで行きたいと思います。
こちらは本編に全く影響はいたしません。
私の趣味で書かせて頂いているので、読む読まないは自己責任でお願いいたします(;´Д`A
その日、皇帝の私室の警護の交代のため、ある二人の騎士が私室の前を訪れると、いつもは無表情で突っ立っているはずの仲間の警護兵が、顔を赤らめ若干前屈みになっていた。
不審に思った二人は、皇帝の在否を確認したのち、事情を聞くことにした。
聞けば昨夜、一人の側室を伴い、部屋に籠った陛下の激しさに驚きつつも妄想を掻き立てられたとのこと。夜間の警護ということで、聞こえてしまっただけとは言え、側室の悩ましい声が頭から離れない様子だ。
夜間組の一人は、彼女がいるため会いに行くと言い、もう一人は今夜も警護として立つため、娼館に行けないと嘆いた。
そんな二人と別れた、彼らは扉の前に左右に分かれて立つと、先程聞いた仲間の話に妄想を掻き立てられていた。その姿は無表情で、誰も朝から如何わしいことを妄想しているようには見えなかった。
騎士や一介の兵士にはとある噂話があった。
それは新人の折に聞かされる、敬愛すべき皇帝陛下の噂。
かの尊きお方は、血に酔うと激しいらしいとー。
まだ皇帝が皇帝でなかった頃、とある辺境の地で犯罪集団の壊滅を行った際の出来事だ。
逆らう者を尽く切り捨て、血祭りにした彼は、その足で昂ぶる己を鎮めるため、そこにあった唯一の娼館に足を踏み入れた。
そこで五人の女性を選ぶと、一時間置きにひとりずつ部屋に入るように指示した。
そこから聞こえてきたのは、紛れもなく嬌声で一人ずつ部屋に入ったにも関わらず、誰一人として部屋から出てくる者はいなかった。
翌朝、平然と部屋から出てきた彼は店主に三日はその娼婦たちを買える金を渡し、娼館を後にした。
ーというような話だ。
兵士として必ず聞かされるのは、血の匂いが己を高ぶらせるということ。
必ずしもそうではないのだが、兵が動く時に必ずと言っていい程、略奪や強姦の話が出るのはそのせいだ。
それが顕著に出てしまう皇帝は、昨夜粛正を行ったばかり。さぞかし昨夜は激しかったのだろうと、下世話なことを彼らは思っていた。
そして思い浮かべるのは側室の姿。
よもや末端貴族の日陰者、噂の一つにも登ったことのない側室だとは思いもしない。
思い浮かべるのは、夜会にもよく出ている豊満な体つきの側室や、艶やかな立ち姿の側室ばかり。他にも公に出ないものの、その美貌を謳われた側室や、儚げで愛らしい側室か。
彼らの妄想は尽きる事なく繰り広げられたが、残念ながら、中にいるであろう人物にはたどり着くことはなかった。
そんな彼らであるが、部屋の中から、物音が聞こえ始めると、その妄想を打ち切り、部屋の気配を窺った。
夜間組に聞いていた通りなら、中にいるのは側室のみ。
皇帝の意向により、ゆっくりと休ませるために部屋には使用人はいないとのことだった。
中の足音が扉に近づいてくる。
きっとこの扉を開けるのだろう。
一度として、側室に手を出したことのないかのお方を射止めた側室。一体どんな美女のお目見えかと、真顔でいながら、内心は邪なことこの上ない。
そっと遠慮がちに開けられた扉から現れたのは、何の変哲もない女性。二人して、横目で確認して、唖然となる。
美人でもなければ、可憐でもない。豊満な体つきでもないし、華奢なわけでもない。
そんな女性が部屋から出てくるとは思いもしなかった。
その女性は自分たちの姿を見ると、びくりと身体を震わせたが、ピンと背筋を伸ばすと、部屋に戻りますと告げてきた。
思わず、右手に立っていた警護兵が声を掛けた。
「もう少しお部屋で休まれた方がよろしいのでは?」
よく見ればこの女性、足が震えているのか、ドレスの裾が微かに揺れている。
噂を思い出した彼らは、思わず手を差し伸べてやりたくなった。昨夜は相当きつかったはずと。
かたや、五人の女性を抱き潰す男。かたや、普通の女性にしか見えない側室。
二人の間に何があったかはわからないが、辛い身体を推してでも帰らなければならない、何があったというのか?
側室ならば、皇帝の寵愛を傘に、偉そうにしそうなものだが、そんなこともなく淡々とした調子で大丈夫ですと答えて、歩み出してしまう。
その歩みの危うさに、今度は左手の警護兵が声をかけた。
「お待ちください!側室様」
その声に振り返った彼女の顔は蒼白で僅かに汗が浮かんでいた。
「はい、何でしょう?」
そんな様子にも関わらず、笑みを浮かべて答える彼女を見て、彼らは胸が締め付けられる思いになった。
先程までの如何わしい妄想を恥、気丈に振舞う彼女に頭の下がる気持ちでいっぱいになる。
呼び止めた護衛兵は、手短に一人で出歩く危険性と、介助をしてくれるであろう側室の護衛を呼んでくることを伝えると、丁寧な口調で護衛の名前と礼を言われ、すぐさま踵を返した。
今の彼の気持ちを占めるのは、一刻も早くかの側室の護衛を連れ、戻らなければという使命感のようなものであった。
それを見送る側室の後ろ姿を見ていた、もう一人の警護兵は、安心のためか、足の震えが酷くなっている側室に声をかけ、部屋に戻るように促す。
彼の伸ばされた手を戸惑った様子で遠慮がちに握り返した側室は、どこからどう見てもか弱く頼りなかった。




