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改めて訂正。

「ぐ…っ、…ふっ。…っはぁ」


何処となく、苦しそうな呻き声が聞こえるのは、ガルディナ帝国の帝都にある皇帝の住まう城の一室である。

その部屋は、かの帝国の皇帝の私室。部屋の外で扉の前に立つ護衛兵は、心配そうに扉の奥をちらちらと窺っている。


そこへ慌ただしい足音が二つ近づいてきた。


扉の前に立つていた護衛兵はそちらに目をやると、同じ制服を着た人物を認め、ひとつ頷くと扉をノックした。


「側室様、護衛が参りました」


扉の奥に声をかけると、一拍置いて中から、わかりましたと少し掠れた女性の声が返ってきた。


扉の前に立つ警護兵はそれを聞くと、駆け寄ってきた同僚と今にも扉をぶち壊しそうな護衛に扉の前を譲った。


ゆっくりとした足音が近づき、微かな軋みを響かせて扉が開いた。


「…っ!ヤヤ様っ」


扉の奥からそっと姿を見せた女性の姿に、護衛であるリンクスが息を呑み、安堵したように女性の名を呼んだ。


「リンクス、来てくれてありがとう。…心配かけたよね?ごめんね」


リンクスの姿を見たヤヤは嬉しそうに礼を言い、困ったように謝った。


「…っいいえ!ヤヤ様が…、ヤヤ様がご無事ならそれでいいのですっ」


感極まったかのようなリンクスの物言いに、ヤヤは柔らかく苦笑する。それから、リンクスの顔を見ながら眉を顰めた。


「リンクス、寝ていないの?私、そんなに心配かけてたの?」


急に悲しげになるヤヤに、リンクスは焦る。


ヤヤの無事を確かめたことで一先ず安心したものの、逆に心配されてしまうとは情けなさに泣けそうになる。


「いえ…、これは、そのぅ」


言い淀むリンクスに小首を傾げるヤヤは、リンクスの次の言葉を待つ。


「…申し訳ありませんっ。眠れず、訓練をしておりました…」


しゅんと項垂れ、ヤヤより背が高いにも関わらず、上目遣いでヤヤに謝るリンクスに、ヤヤはまぁっと声をあげ、目を見張った。そして、また柔らかな苦笑を浮かべた。


「一睡もできなかった上に、私を探してくれていたの?」


困った子供に聞かせるような、優しい声でリンクスに聞けば、こくりと頷くリンクス。


「本当にごめんなさい。大変な思いをさせてしまって…。とりあえず、早く部屋に戻って休みましょう?」


ここで詳しいことを話す訳にもいかないので、帰りを促すヤヤは何よりも、自分が早く部屋に帰りたかったのだが、リンクスの目の下の隈を見つけて、ますます早く部屋に戻らなければと思うのだった。


そんなヤヤとリンクスのやり取りを見ていた警護兵の顔は達成感と充実感に溢れている。


「側室様、随分とお待たせしたのではありませんか?」

それまで黙って二人を見守っていた警護兵の二人のうち、リンクスを呼びに行った警護兵がヤヤに話しかけてきた。ヤヤはそちらに向き直るとにこやかにいいえと答える。

ヤヤが待ったのは時間にして二十分ほどだったが、皇帝の私室とヤヤの部屋までは相当な距離があり、それを往復しても二十分ほどですんでると思えば、大して待った気にはならない。


「急いで下さって、ありがとうごさいました。待っている間も、有意義に過ごせましたので、待った気にはなりませんでしたわ」


そう言いながら微笑むヤヤの顔は部屋を離れる前に比べれば、随分と色が戻ってきていた。

そう言えばと、警護兵たちはヤヤの立ち姿に先程までの危うさを感じずに首を傾げた。


「ヤヤ様、それではお部屋に戻りましょう」


そんな警護兵たちを余所に、リンクスはヤヤに手を差し出してくる。


「そうね、いつまでもここにいては迷惑ね」


その手を取り、リンクスの見上げるヤヤに警護兵はとんでもないと首を振った。


そんな警護兵二人をしっかり視界に納めると、ヤヤは礼をするために姿勢を正した。


「お気遣いをありがとうございました。改めて、陛下によろしくお伝えください」


綺麗にお辞儀をするヤヤに警護兵たちはとんでもないと首を振り、揃って声をかける。


「どうぞ、お体にお気をつけて」


カツッと靴を鳴らし、敬礼した彼らに、リンクスが敬礼を返す。ヤヤはその言葉に含みを感じてしまい、俯きながら小さくありがとうございますと言うのが精一杯だ。


「本当にありがとうございました」


立ち去る間際にリンクスも礼を言い、それを最後にヤヤと二人、歩き出そうとしたのだが、ヤヤがリンクスに静止の合図を出した。


「リンクス、あのね…、今日はそのぅ、身体が痛い、のっ!?」


だから、いつもよりゆっくり歩きたいと、最後まで言い終える前に、リンクスがものすごい形相でヤヤの肩を掴む。


「大丈夫ですかっ!?

どこが痛いんですかっ!?自分がお抱えして運びますっ!!」


矢継ぎ早に言葉を投げかけるリンクスに、肩を揺さぶられて目を白黒されているヤヤは、既にリンクスに抱えられそうになっている。


昨夜の様に腰が抜けている状態でもないヤヤは、慌てて待ったをかける。そして、頬を染めながらリンクスを押し留めた。


「た、ただの筋肉痛なのっ…!…っ、全体的に!だから…、自分で歩けるわ。リンクスを待っている間にストレッチもしてたし。動けないわけじゃないから、少しだけいつもよりゆっくり歩いてもいいかしら?」


心なしか目が泳いでるヤヤに何故筋肉痛なのか、ストレッチでそれが緩和されたのかといろいろ突っ込みたいリンクスではあったが、あまり辛いと言うことがないヤヤの頼みに是と応える。

もう一度だけ、リンクスが抱えて運ぼうかと尋ねると、ヤヤは苦笑して大丈夫よと答えた。


ーただ、下半身の違和感は取れなかったわ


と言う言葉を呑み込むヤヤは、リンクスとともにゆっくりと皇帝の私室を後にした。


そんな二人の後ろ姿を見送っていた警護兵のうち、リンクスを連れてきた方はぽかんと口を開け、もう一人は遠くを見つめているのだった。

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