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「ザイド様、ツノが……」
軽く目を見開くシェリーに、ザイドは牙を剥き出して微笑む。
「ああ、少し削った」
シェリーはザイドに勧められるまま椅子に座り、首を傾げた。
「ツノは削って整えるものなのですか?」
「いや、まあ……そうだ」
まさかシェリーの為などとは言えず、ザイドが曖昧に答える。そこに執事がお茶を持ってやってきた。
ザイドは誤魔化すようにお茶を一口飲み、そんなザイドのツノを、お茶を飲もうともせずに、シェリーが見つめる。あまりにじっと見つめてくるので、ザイドは不安になった。
もしかして……。
「……気に入らないか?」
このツノの形が嫌なのか。いや、そもそも人間にはツノ自体が気持ち悪く怖いものなのだった。
ザイドの気持ちが沈む。しかしシェリーはハッとして、首を横に振った。
「え? いいえ。ただ綺麗なツノなので、削るのは少し勿体ないような気が致します」
綺麗――。
シェリーの言葉にザイドは驚いた。ツノは、もう怖くはないのか。
小さな音を立てて、握りしめたカップにヒビが入り、ザイドは慌ててそれをテーブルに戻した。
「そ、そうか」
「はい。ザイド様のツノは艶やかで綺麗です」
そうして微笑むシェリーに、ザイドの気持ちが浮き立つ。テーブルに両手を付き、ザイドは饒舌に話し始めた。
「私のツノは、大きさや曲がり具合も理想的で、特にこの赤のような紫のような角度によって変化する微妙な色合いは、魔界でも五本の指に入る美しさだと言われている」
「まあ、そうなのですか」
相槌を打つシェリーにザイドは大きく頷く。
「このツノは私の自慢なのだ。触り心地も実に滑らかで、硬さもあり、――と言っても陛下にはとても適わないが」
興奮しすぎて少し咳き込んだザイドは、テーブルの上のカップを掴んでお茶を飲み干して話を続けた。
「シェリーも陛下にはお会いしただろう? 溢れる魔力を象徴する、圧倒的な美しさ。さすがは歴代魔王の中でも一二を争う魔力の強さだけある。素晴らしいツノだっただろう?」
身を乗り出さんばかりの勢いで訊くザイド。それに若干体を引いて、シェリーは視線を逸らす。
「あ……、わたくしは魔界に着いたばかりで緊張していたので、あまり覚えてはおりません。それに……その……」
少し迷ってからシェリーは口を開いた。
「――魔界の王の目を見ると魂を吸い取られるというのは、本当でございますか?」
シェリーからの突然の質問、その内容にザイドが首を傾げる。
「何? 目を見ると……?」
「はい。魔界の王の目を見ると死んでしまうので、見てはいけないと聞きました。ですからわたくしは怖くて……はっきりとお顔を拝見することができませんでした」
「……ふーむ、目を見ると……」
ザイドは椅子に深く腰掛けて、顎に手を当てる。
魔王の目を見ると死ぬなど、今まで一度も聞いたことがない。しかも魂を……。
そこまで考えて、ザイドは「あっ」と気づいた。
「もしかしてそれは、『最終形態』のことではないか?」
「最終形態、でございますか?」
微かに眉を寄せるシェリーに、ザイドは頷く。
「ああ。魔王は他の魔人から、体ごと魔力を吸収することが出来るのだ」
「体ごと?」
意味が分からず首を傾げるシェリーにザイドは説明した。
「魔王は他の魔人の肉体、魔力を吸収し、己の力にすることができる。そして吸収された魔人は陛下の一部となり生き続ける」
シェリーが目を見開き、右手を口元に当てた。
「それは……っ」
「――と言っても、実際に現魔王陛下がその技を使われたことはないが」
ザイドがそう言うと、シェリーはぎこちなく口元から手を離す。
「そう、なのですか……?」
「もともと、魔界が荒れていた頃に強力な敵に対抗する為に編み出された技なので、魔界が統一されて安定している現代では使う必要がないのだ」
「では、目が合って魂が吸収されることも、この先ザイド様が吸収されることもないのですね?」
「ああ」
「…………」
シェリーは細く長い息を吐いて、カップの中のお茶を見つめる。その顔色が少し青ざめているように見え、ザイドは気づいた。
「すまない、こんな話は怖かったか?」
人間のシェリーにとっては、もしかして恐ろしい内容だったのかもしれない。後悔するザイドに、シェリーが顔を上げて緩く首を振る。
「いえ、わたくしがお聞きしたのですし……、それにしても少々驚きました。吸収された魔人はどんな思いだったのでしょうか?」
大丈夫そうなシェリーの様子に胸を撫で下ろしながら、ザイドは少し考えて答えた。
「そうだな。やはり誇りに思っていたのだろう」
「誇りに?」
「敬愛する王と一体化する喜びとでも言おうか」
「一体化する喜び……」
シェリーが呟くように繰り返す。
「ザイド様も、もし魔王陛下と一体化するとなれば、嬉しいのですか?」
「そうだな、私も……」
答えようとして、しかしザイドの言葉はそこで途切れた。自分を真っ直ぐ見つめるシェリーの姿にドキリとし、ある考えが浮かぶ。
確かに、王と一体化すれば誇りには思うだろう。だがもし、一体化するならば――。
「シェリーと……」
「はい?」
意味が分からず、シェリーが首を傾げる。
「シェリーと一体化したい」
そう口にしてからハッとした。シェリーが大きく目を見開いている。
ザイドは慌てて両手を振って、言い訳をした。
「いや! 別に一体化と言っても、シェリーの体を吸収してやろうとか、喰らってやろうとか、そういう意味ではない! 私にはそんな力もないし。そうではなくて、シェリーと一つになれたら幸せだと思っただけで……! ああ、いや、一つになると言っても、決して嫌がるシェリーを手籠めにしようとかそういうことではない!」
勢い余って咳き込み、カップとテーブルの一部が破壊光線で消滅する。しかしそんな些細なことは、今のザイドにはどうでもよかった。それよりどう言えば誤解は解けるのか……。
「その、つまり……シェリーともっと仲良くしたいという……そういう意味だ……」
苦し紛れに言った言葉に、シェリーが視線を彷徨わせる。
「……そう、でございますか」
「ああ」
「…………」
「…………」
その日一日、二人は互いに目を合わせる事が出来なかった。




