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妙な緊張感のなか食事が終わり、ザイドはベッドに戻った。コホコホと咳と破壊光線が出て、シェリーが背中を撫でる。
シェリーは食事を残しはしたが、それでもザイドが思っていたよりは食べていた。そして食事が終わった後も、こうしてザイドに付き添い背中を撫でてくれている。
「シェリー、疲れただろう?」
「いいえ」
首を振るシェリー。しかし、靴を履いたままベッドの隅に横座りするような中途半端な姿勢でいるので、本当は疲れているだろう。
もう少ししっかりとベッドに座ったほうが……などとは言えないザイドは、シェリーを気にしつつもコホコホと咳をするばかりだ。
コンコン。
そこに、ノックの音がして執事が現れた。
「ザイド様、職人が到着いたしました」
「そうか」
ザイドが頷くと同時に入ってきた職人が手際よく壁を直し、そして、あっという間に壁を元通りにして帰っていく。職人たちが部屋から出て行くのを見送り、ザイドは視線をシェリーに向けた。
「シェリー、ありがとう。もう部屋に戻りなさい」
ザイドがそう言うと、シェリーは少しだけ迷うような仕草をみせ、それから頷く。
「……はい」
シェリーは立ち上がり、軽く頭を下げて部屋から出て行く。パタン、とドアの閉まる小さな音が聞こえると、また二人の間が壁で遮られた気分にザイドはなった。
咳をしながらベッドに潜り込み、目を閉じる。病を治す為にも眠らなければいけない。しかし――。
「…………」
先程の食事をするシェリーの姿が頭に浮かぶ。
皿にのった料理を丁寧にナイフで切り、ゆっくりと口に運ぶシェリー。小さく開いた口に牙はないが、赤いソースが滴る肉を口に入れて咀嚼する様子が何故か美しく感じ……。
そこまで思い出して強く首を振る。何を考えているのだ、と。
激しく頭を動かしたせいで咳き込み、枕に大きな穴が開く。使用できなくなったそれを強く抱きしめ、ザイドはいつしか眠りに落ちた。
◇◇◇◇
遠くで咳が聞こえる。ああ、うるさい、苦しい――苦しい?
そうか、これは自分の咳なのだと気付いて目を覚ます。元は枕だったボロボロの布で額の汗を拭い、また眠りに落ちる。
それを何度も繰り返し、ふと気が付くと、また温かい気配に包まれていた。これは……。
「シェリー?」
重いまぶたを薄く開けて振り向くと、シェリーがザイドの背中をさすりながら少しだけ口角を上げる。
ああ、シェリーだ。
ランプの明かりに仄かに照らされたシェリーの顔を、ボーっと見つめてザイドはハッと気付く。何故シェリーがここにいる?
まさか破壊光線でまた壁に穴を開けたのか、と慌てて壁に視線を移したが、そこに穴は開いていなかった。
「申し訳ございません。あまりに苦しそうだったので……」
シェリーの小さな声が背中から聞こえる。
壁に穴が開いていないのに来てくれたのか。ザイドの胸が熱くなる。
「……ありがとう」
「いいえ」
咳が落ち着き、ザイドは大きく息を吐いた。
「咳がうるさくて眠れなかったのか?」
「いいえ」
シェリーが首を横に振り、長い髪がシャラシャラと音を立てた。
きっちりと結われた髪もいいが、こうしてただ背中に垂らしてあるだけの姿も似合っている。薄い夜着に一枚羽織っただけの格好も……と、横目でシェリーを見ていると、遠慮がちに話しかけられた。
「どんなご病気か、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
ザイドの肩がピクリと揺れる。悪いことをしていたわけではない、が、少しだけ湧き上がった罪悪感をごまかすように咳払いをして答えた。
「え? ああ、ただの疲労と魔力の溜まりすぎだ」
「魔力の溜まりすぎ、でございますか?」
シェリーが首を傾げる。
「そうだ。人間には魔力がないので良く分からないかもしれないが」
「それで、その……光線が?」
「ああ。勝手に破壊光線が出てしまうのだ」
「……治るのでしょうか?」
「溜まりすぎた魔力が放出されれば治る」
「そうでございますか……」
小さく息を吐いて頷いたシェリーに、ザイドの口元が緩む。
心配してくれていたのか。
ザイドは振り向き、シェリーの頬に手を伸ばす。
「シェリー……」
中指でそっと触れると――シェリーがビクリと震えた。
怯えるように見開かれた目と、引き結ばれた唇。
「……すまない」
腕を引いて拳を握りしめ、ザイドは後悔した。シェリーが優しいから、つい調子に乗ってしまった。爪が掌に食い込む。
「……いいえ。わたくしこそ……」
シェリーはザイドから視線を逸らして俯いた。
「…………」
「…………」
コホコホとザイドが咳き込む。再び背を撫ではじめるシェリーの細い指は、少しだけ震えている。
「……もう少し」
搾り出したような声に、ザイドが眉を寄せてシェリーの頭を見つめる。
「シェリー?」
「もう少しだけ、待っていただけませんか?」
シェリーが顔を上げる。その瞳は悲しみを湛えていた。
ザイドはゆっくりと首を横に振る。
「シェリーの嫌がることをするつもりはない」
「嫌……ではありません。ただ……」
ただ、何なのか。シェリーは口をつぐむ。
傷ついた掌のズキズキとした痛みが、体を駆け巡る。
背中を撫でられたまま、ザイドは眠りについた。
◇◇◇◇
朝、目が覚めたザイドは、飛び上がるほど驚いた。
隣にシェリーが眠っている。
どうして、と考えて思い出す、寝付くまでずっと背中にあった温もりを。ザイドの背を撫でながら、シェリー自身も疲れて眠ってしまったのだろう。
カーテンの隙間から細く伸びた白い光が、シェリーの体を美しく照らしていた。
それにしても、無防備ではないか。
どぎまぎとしながらシェリーの顔を見つめ――。
「…………!」
ザイドは気付いた。シェリーの瞼が赤く腫れている。
「泣いていたのか……」
ザイドは呟き、体を捻った不自然な状態でそれでも眠るシェリーに、そっと掛け布を掛けた。そしてザイド自身はシェリーとは反対側の端に行き――。
「…………」
しかし、じりじりと尻で移動してシェリーの傍まで戻ると、音を立てぬように気を付けながらシェリーの横に大きな体を横たえた。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ。
小さな吐息を感じながら目を閉じる。
シェリーが目覚めるまで、このままで――。




