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 白い肌、金の髪、ツノの無い頭――。


 目の前に座る小さな人間の女を、魔人ザイドは呆然と見下ろす。

 友好の証として人間界から魔王に贈られた女は、『いらないからやる』と一言書かれた紙と共に、ザイドの屋敷へとやって来た。

 ザイドは紙に書かれた言葉を何度も見直す。筆跡は間違いなく魔王のもの。しかし何故自分の元に……。気紛れな魔王の行動に戸惑いを隠せない。

 女が贈り物の一つとして魔王城に届けられたのは今朝。昼間、顔を合わせた時には魔王は何も言ってはいなかった。それなのに夜になり、いきなりこのようなことになるとは思いもよらなかった。

 受け取りを拒否することは、魔王の臣下のザイドには不可能だ。そして――。

 ザイドはそっと溜息を吐く。


 周囲からすれば、女はザイドの情人ということになるだろう。


 まだ妻も娶っていないというのに、妙なことになった。たとえザイドにその気はなくとも噂は広がる。だからといって仮にも人間界からの贈り物、魔王陛下より下賜されたものをぞんざいに扱うわけにもいかない。

 本来なら王の後宮に入れるべきだったのではないかと、ザイドは微かに眉を寄せながら女に話しかけた。

「名は?」

 女が俯いたまま小さな声で答える。

「シェリーと申します」

 望んで魔界に来たのではないことは、シェリーの表情からすぐに分かった。

「私はザイドだ」

「……ザイド様、よろしくお願い致します」

 自分がどういう立場か分かっていての言葉なのだろう。ギュッと拳を握りしめる姿が憐憫を誘う。

「歳は?」

「十七になりました」

 若い、とザイドは内心驚く。

 結い上げられた髪と無駄な装飾の無いドレスは、シェリーを年齢よりもずっと大人びて見せていた。

 どういう事情で『贈り物』になったのかは分からないが、このような若い女がたった一人で魔界に取り残されて、さぞかし不安だろう。

 今にも倒れそうな様子に心配になり、青白い顔に思わず手を伸ばすと――ビクリと震えて怯えた目を向けられた。


「…………」


 怖いのか。人間と違う緑色の肌が、頭から生えた二本のツノが、鋭い牙と赤い目が――。

 種族が違うのだから仕方がない。だが、きっとそれだけではなく……。

 シェリーの目に浮かぶ涙に、ザイドは伸ばしていた手を引いた。


「人間界からの長旅で疲れただろう。執事に案内させるので、部屋でゆっくり休むといい。それから何か必要な物や困ったことがあれば、そこら辺にいる者に遠慮なく言いなさい」


 ザイドは搾り出すようにそう言うと、客間から出ていく。

 怖がらすつもりも、立場がどうあれ手を出すつもりも無かった。

 シェリーの悲しみを湛えた瞳は儚く揺れていて――ザイドは胸がチクリと痛んだ。



◇◇◇◇



 あれから一月、ザイドはシェリーと出来るだけ顔を合わせないようにしていた。

 空き部屋が無いという理由から、シェリーにはザイドの部屋の隣、いずれ嫁いでくるであろう未来の伴侶の為に用意していた部屋をとりあえずあてがった。

 部屋は隣同士なのだが、ザイドは朝早く職場である城に行き夜遅く帰ってくることで鉢合わせを回避し、身一つで来たというのに何も言わないシェリーの為に執事にドレスも用意させ、不自由な思いだけはさせないよう気を遣っていたつもりだった。

 それなのに、この体調不良。暫く仕事には行けそうにない上に――。

 ザイドはベッドから出て、穴の空いた壁に駆け寄る。

「シェリー、大丈夫か?」

 破壊光線が当たってはいないか?

 身を屈めて小さな穴に片目をあて、隣の部屋を覗く。その瞬間、コホコホと咳が出て、壁に拳大の新しい穴が開いた。

 ああ、なんてことだ。自分に舌打ちしながら新しく開いた穴から隣の部屋の中を見る。

 ベッドの上にシェリーは座っていた。


「シェリー……!?」


 その姿にザイドは驚く。初めて会った時にも随分痩せた体だと思ってはいたが、今は更に痩せ細っていた。

 呆然とするザイドに、シェリーは怯えた表情で答える。

「はい、大丈夫です」

 破壊光線は当たってはいないようだが、どう見ても大丈夫な様子ではない。

 会わないようにとばかり考えて行動していたが、まさかこんなことになっているとは思いもよらなかった。

 執事に任せきりではなく、もっと気にかけてやるべきだったと後悔しながらじっと見つめていると、シェリーが細い指で掛け布を掴み、胸元まで引き上げる。

 その様子にハッと気付いた。薄い夜着一枚の若い女をこのようにじろじろと見るなど失礼だった。

またしても後悔するザイドに、シェリーが小さな声で訊く。


「ザイド様は……大丈夫、でございますか?」


 何を言われているのか、ザイドは一瞬分からなかった。

「…………」

 シェリーをじっと見つめ、それが自分の体調のことを指していると気付き、ザイドは驚き上擦った声を出す。

「あ、ああ、すまない。咳がうるさいだろう?」

「いいえ」

 小さく首を振るシェリー。

 きっとうるさいに違いない。だがそれを口に出さずに心配してくれるシェリーの優しさに、ザイドの胸が少し熱くなった。

「今宵はもう遅いので、壁は明日の朝に職人を呼んで修理させる。すまないが一晩だけ我慢してくれ」

「はい」

 素直に頷くシェリーにザイドも頷き返し、気になっていたことを尋ねる。

「ところでシェリー、食事は食べているか?」

「はい」

「……そうか、何かあればそこら辺の者にでも言いなさい」

 食べていて、それほどまでに痩せはしないだろう。

 壁から離れてベッドに戻り、シェリーの部屋とは反対方向を向いて横になり、ザイドは考える。


 どうにかしてやらねばならない。


 朝、まずは壁を修理させて、それから執事にシェリーについて話を聞こう。

 そう決めて目を閉じる。


 コホコホと咳が出た。


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