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 シェリーがザイドの手を振り払い、恋人の元に向かって走り出す。


「シェリー!」


 ザイドは慌てて追いかけ、屋敷の手前でシェリーの体を捕まえた。

「シェリー、真実は私が調べておく。だから一度帰ろう」

 必死に訴えるザイド。だがシェリーの耳に言葉は届いていなかった。

「マテリオ様!」

 シェリーが『離せ』と言うように、頭を激しく振る。シェリーの呼びかけに気付いたマテリオが顔を上げ、こちらに視線を向けた。

「マテリオ様、わたくしです!」

 マテリオが目を見開く。

「ああ、マテリオ様」

 精一杯手を伸ばすシェリーの姿を凝視しながらマテリオは口をパクパクと動かし、その表情は化け物でも見たかのような青白く変化していく。そして――。


「…………!」


 視線を逸らした。

「マテリオ様……!」

 マテリオは横に居る女に向かってぎこちなく笑い、首を横に振る。それはまるで、『あんな女など知らない』と言っているようだった。

「どうして、マテリオ様!」

 シェリーが暴れる。細い体のどこにこれほどの力があったのかと思うほど、シェリーは激しく暴れた。

「シェリー!」

 押さえつけようとするザイドのフードに、シェリーの指が引っ掛かる。その次の瞬間――。


「ひい!」

「きゃあ!」


 マテリオと女が悲鳴を上げた。

 ザイドが舌打ちをする。フードが脱げてしまった。

「ま、まま……!」

「嫌……!」

 マテリオと女は震え、足をもつれさせながら屋敷の中へと走って逃げた。

「ああ! マテリオ様、待っ……!」

 マテリオは振り返らない。

 伸ばした手は空を掴み、シェリーの体から力が抜けた。

「……シェリー」

「…………」

 なんと言っていいのか分からない。ザイドはフードを深くかぶり直し、立ち尽くすシェリーの体を抱きしめた。

「シェリー、今は帰ろう」

「…………」

 魔人である己の素顔を見られてしまった。これ以上騒ぎになるとまずい。

 シェリーの腕を掴んで強引に屋敷から離れようとした、その時――。


 バターン!


 聞こえた大きな音。

 驚いて振り向くザイドとシェリーの目に飛び込んできたのは、開かれた屋敷の扉と、武器を持った十人程のがたいのいい男。よく見ると、その後ろにマテリオもいる。

 何が起こったのか理解できない二人をマテリオは指さして言い放った。


「あそこに魔人が二人いる!」


 魔人。

 マテリオの声が響く。

 ザイドは耳を疑った。確かにザイドは魔人だ、が、シェリーは違う。それなのに、マテリオは『二人』と言った。


「魔人の襲撃だ! 姫を守れ!」


 マテリオの叫びを合図に、男達が武器を振り上げて駆けてくる。

 まさかマテリオは、シェリーまでをも魔人だとみなしているのか。そして排除しようと。

 崩れかけたシェリーをザイドは抱き上げた。生まれてこの方、感じたことのない怒りが込み上げてくる。目の前が赤く染まり、血が沸騰する。

 シェリーがいったい何をしたというのだ。ただ愛しい人に会いに来ただけではないか。


「おりゃー!」


 男の一人が気合と共に、ザイドに向かって剣を振り下ろした。その瞬間――剣はグニャリと曲がり、男は吹き飛ぶ。そう、ザイドが魔力で弾き飛ばしたのだ。

 ザイドはシェリーを抱き上げまま、マテリオに向かって一歩踏み出す。後ずさる男達。

 そんな男達にマテリオが命じた。


「女の方を狙え!」


 ああ、どうしてなのだ。

 放たれる矢に向かって、ザイドは口から破壊光線を放った。花壇の美しい花が、立派な置物が、一瞬で消滅する。

 向かってくる男達を魔力で弾き飛ばし、武器を、庭を破壊しながら進み、劣勢に気づいて再び屋敷の中に逃げようとしたマテリオを、ザイドは魔力を使って動けなくした。

「マテリオ……だったな」

「ヒッ!」

 怯えきった表情で震えるマテリオをザイドが睨む。

「何故、我々を、シェリーを攻撃する」

「く、来るな! 化け物!」

「シェリーを魔界に売ったというのは本当か?」

「ヒイ!」

「正直に言え」

 マテリオはすぐ側に立ったザイドを見上げ、細かく首を振った。

「う、売ってなどいない」

「本当か?」

 ザイドが目を眇め、マテリオはガクガクと頷く。

「ほ、本当だ。ただ俺は、魔人好みの美しい女が居ると陛下に進言しただけだ!」

「…………」


 魔人好みの美しい女。


 ザイドの頭の中で、プツリと何かが切れた。シェリーを抱く腕に力が籠る。

「それを――」

 スッと息を吸い込む。


「――売ったというのだろう!!」


 ザイドの口元が眩く光る。ありったけの魔力を込めた破壊光線は巨大な球となり、ザイドはそれをマテリオめがけて放った。が、その瞬間――。


「ザイド様!」


 それまでおとなしくしていたシェリーが、突然ザイドの首にしがみついた。

「…………!」

 ザイドがバランスをわずかに崩し、巨大破壊光線は上へと逸れ、屋敷の屋根を消滅させて空へと飛んで行く。

「シェリー!」

 どうして――庇うのか、こんな男を!

「お願いです、ザイド様! やめてください、やめてください……!」

 シェリーは絶対に離さないとばかりに、ザイドの首を腕で締め付けた。

「シェリー!」

「お願いです、どうか……」

「シェリー……」

 己にしがみつき懇願するシェリーの姿に、ザイドの怒りが一気にしぼみ、悲しみが溢れる。


 それほどまでに愛しているのか……。


 失神寸前のマテリオの拘束を解き、ザイドはシェリーの背を撫でた。

「シェリー、帰ろう」

 首筋の濡れた感覚は、シェリーの涙だろうか。悲しい、ただ悲しい。

 ザイドは溢れる想いを堪えるように空に顔を向け、ピュー……っと高く長い指笛を吹く。すると、翅音と共に上空から蟲が降りてきた。

 鞍の上にシェリーを乗せ、次いで自分も乗る。異常事態に気付いて集まった近隣の者が遠巻きに騒いでいるが、それはもうどうでもよかった。

 手綱を握ったザイドは最後にマテリオを一瞥し、低く唸るような声を出す。

「今お前に命があるのは、シェリーの優しさのおかげだ。感謝しろ」

 蟲が空へと舞いあがる。

 ザイドはシェリーを連れて、魔界へと帰った。


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