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想想戦記(短編)

作者: Kの人
掲載日:2026/02/18


 目覚ましが鳴る前に、近藤大地(こんどうだいち)は目を覚ました。

 心臓が、やけにうるさい。


 ――まただ。


 夢の中で、誰かが遠ざかっていく。

 名前を呼ぶ声は途中で途切れ、伸ばした手は空を掴むだけだった。


「……っ」


 喉の奥が詰まり、息がうまく吸えない。

 天井を見つめながら、ゆっくりと息を整える。


 分かっている。夢だ。

 それでも胸の奥に残る重さだけは、朝になるたびに確かに蘇る。


 ――助けられなかった。


 その事実を、忘れさせてはくれない。


「大地ー! 遅刻するわよー!」


「今行く!」


 母の声に現実へ引き戻され、ベッドを抜け出した。


 朝食の席は、いつも通りだった。

 父は新聞を読み、母は忙しなく動き回っている。


「最近、帰り遅いな。生徒会か?」


「うん。ちょっと仕事が多くて」


「無理はするなよ」


 大地は笑って頷いた。

 無理をしているつもりはない。ただ、頼まれたら断れないだけだ。


 高校では、廊下を歩いているだけで声をかけられる。


「おはよ、大地!」


「この前ありがとね」


 立ち止まり、返事をする。

 困っている人を見かけたら声をかけ、迷っていれば少し立ち止まる。


 いつからそうしていたのかは覚えていない。

 何もしなかったあとに残る感覚を、知っているだけだ。


 授業が終わり、生徒会室へ向かう途中、ひそひそとした会話が耳に入った。


「最近、夜に変なこと起きてない?」


「理由もなく倒れてる人、増えてるらしいよ」


 足が一瞬止まる。

 聞かなかったことにしようとして、やめた。


 胸の奥が、静かにざわついている。


「今日は早めに切り上げるぞ」


 生徒会室で、会長が言った。


「最近、街で妙な事件が多い。夜は危ないらしい」


 日が傾く頃、校舎を出る。

 胸騒ぎは残っていたが、大地はそれを気のせいだと思うことにした。


 帰り道。

 路地の入り口で、すすり泣く声が聞こえた。


 見過ごせなかった。


「どうしたの?」


 小さな男の子が顔を上げる。


「ねこ……ミャー君が……いなくなっちゃった……」


「分かった。一緒に探そう」


 言った瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。


 ――あの時も、こうして手を伸ばせばよかった。


 路地裏に入った瞬間、空気が変わった。

 冷たく、重く、息苦しい。


 猫の鳴き声。その近くに、それはいた。


 人の形をしているが、どこか歪んでいる。

 怒りと悲しみが混ざったような存在。


「……逃げて!」


 男の子を庇うように前へ出る。

 足が震える。怖い。それでも、逃げられなかった。


 男の子が転んだ。

 怪物がそちらを向く。


 ――また、間に合わないのか。


「……もう嫌だ」


 拳が熱を帯びる。

 内側から、何かが溢れ出した。


 理屈は分からない。

 だが、不思議と分かる。


 ――使い方が。


「拳だけでいい……」


 一歩踏み込み、腕を引く。


「届け!!」


 拳を突き出した瞬間、視界が白く弾けた。


 空気が裂け、拳の形をした衝撃が一直線に怪物を貫く。

 爆ぜる音とともに、それは消えた。


 静寂。


 男の子と猫は無事だった。

 大地は膝をつき、震える拳を見つめる。


「……何だよ、これ」


 分からない。

 それでも一つだけ、確信できた。


 ――この力があれば、もう手が届かないなんてことはない。


 翌朝。最悪の目覚めだった。


「やばっ!」


 寝坊に焦り、家を飛び出す。

 走りながら拳を見る。昨日と変わらない。それでも確かに――。


「間に合え……!」


 放課後、生徒会室。

 校舎はすっかり静まり返っていた。


「今日はここまでにしよう」


 会長が先に帰り、大地は一人残る。


 戸締まりを終え、廊下に出た瞬間。


 ――ドンッ!!


 爆発音が、校舎の奥から響いた。


 反射的に走る。


 校庭の端。

 瓦礫の中で、刀を持つ青年が立っていた。


 怪物は、時間差で崩れ落ちる。

 雷が落ちた直後のような光景。


「……使いたくはなかったのだがな」


 だが、その背後にもう一体。


 青年は吹き飛ばされ、膝をつく。


「下がれ」


「でも!」


「一般人だろ。逃げろ!」


 怪物が迫る。

 青年は大地の前に立つ。


「守りながらじゃ、戦えない……!」


 その背中を見て、大地は拳を見る。


 昨日の感触。

 ――想像しろ。


「届け!」


 再び、拳を突き出す。


 衝撃が怪物を揺らすが、倒れない。

 反撃で大地は叩きつけられる。


 それでも、立ち上がる。


 ――まだだ。


 次の瞬間、怪物の腕が吹き飛んだ。


「時間切れですか」


 怪物は笑い、闇へ消えた。


 大地は崩れ落ちる。


 最後に見えたのは、刀を持った男。


「……生きてやがるか、号」



「……誰だ、お前」


 そこで、意識が途切れた。


 目覚めた白い部屋で、大地は思う。


 もう戻れない。

 それでも――後悔だけは、しない。


これは、

思いと思いがぶつかり合う戦いの記録。

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