あの日行けなかったのは
性被害の描写があります
あの日に行けなかったのは、
臆病だったからでも、裏切ったからでもありません。
ただ――
わからなかったのです。
二月、白い月がまだ冷たく輝いていた頃。
婚約者であるあなたと、同じ寝台に横たわる日々が始まりました。
正式な誓約も、神殿での祝福もないままに。
理由はひとつ。
あなたが使った、眠りの魔法。
私は抗えませんでした。
魔力の質はあまりにも精緻で、意識は絹のように絡め取られ、
目覚めたときには――もう、始まっていたのです。
子をなすための儀式が。
私は淑女教育を受けてきました。
礼節、節度、純潔の重み。
それらを学ぶだけでなく、今ではその女性教育を他の貴族令嬢たちに教える立場です。
……それなのに。
翌朝。
自分の身体に残る、微かな魔力の痕跡を感じながら、
私はあなたに問いかけました。
「責任を、取ってくださるのですか?」
声は震えていなかったと思います。
教師として、淑女として、冷静に言葉を選んだつもりでした。
けれど――
あなたは「約束する」とは言ってくれませんでした。
それが、どれほど私を不安にさせたか。
きっと、あなたにはわからない。
それからしばらくして。
夜毎に感じる魔力の質が、変わりました。
同じ眠り。
同じ暗闇。
けれど、触れてくる存在が――違う。
一人は体格が小さいので、あなた様のお友達だと思いました。
またある時は、体調管理までしてくれる医師。
ときに慈愛深く足をさする男性。
私は托卵など、考えたこともありません。
夫に貞節でありたいのです。
ましてや、夫となる男性であれば、妻のことは守る存在ゆえに他の男性に貸し与えるなどおぞましいことーー
そんなことが露見すれば、婚約破棄だけでは済まない。
家門に、賠償に、私自身の人生に、致命的な傷が残る。
私は一人の男性に愛されているのだと、ずっと深い眠りの中で信じるしかありませんでした。
あなたにとって、私は大事にすべきでない存在だから、誰に明け渡してもいい存在だと言われた気がしました。
「私は愛されていない」と。
そして、あなたから届いた正式な呼び出し。
「婚約を宣言する」と。
……私は、行けませんでした。
お腹に宿り始めた命が、
誰のものなのか、わからなかったから。
あれは、あなたの答えだったのですか?
あの後、あなたは私を婚約破棄すると言いました。
私が起きたまま、あなた一人が私の寝室に来ていたら、その場所に行けたのです。
どうして全てをぐちゃくちゃにして、自分はさも悪いことをしていないかのように私を捨てて、義妹と結婚してしまったのですか?
両親も、私が悪いと皆言いました。
誰の子供がわからない状態であなたに嫁いだ場合の賠償金や補償を求められたら?
私の有責で離婚されたら?
私が問う前に、
あなたはすでに「応えていた」つもりだったのですか?
私のことは「愛していない」と。
もし、あの日、すべてを飲み込んで神殿へ向かっていれば、
違う未来があったのでしょうか。
私は、どうすればよかったのですか。
淑女として?
婚約者として?
それとも――
ただの、ひとりの女として。
あの日に行けなかった理由を、
私は今も、言葉にできずにいます。




