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life over life -僕は死ぬたびに強くなる-  作者: 柊梨/しゅうり
第1章 鏡は遷らない
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1p-3 : たにんのあじ

 耳に聞こえるのは口から出る空気とうるさいぐらいに鳴り響く心臓の音だった。

 季節はもうじき冬だ。なんて時期に転移してしまったのかと走りながら頭を抱える。



 学校から駆け出したその足で、俺は生徒手帳に書いてある住所に向かっていた。

 幸運なことに、教師(やつら)たちも外には探索してこないようだ。


 教師が追ってこないとは言え、唯一の懸念事項がMCPだ。警告なしに射撃されるのが一っ番怖い。


「知らない人の歩調なんてどうやって推し量ればいいっつーの」


 生存率を上げるには、転移した人の日常生活を変わらずに続けることが必須だと考えた。

 だがしかし、昨日今日会った仲ではないし、そもそも全くの赤の他人である。どうやって生活すればいいというのか。


 人々の視線一つ一つに気を配りながら、俺は普段通りの足取りで家へと急ぐ。


 だが、土地勘があまりにも無いうえに、スマホという神器(チートアイテム)でさえ頼れない状況でどう家に帰ればいいのか。


 背中に嫌な汗が流れるのを感じた。これはたぶん、まずいやつだ。

 ここは日本の何県で、何市で、何区なのか。地理情報がまずは欲しいところだ。


 標識にそれに類するものがないかガードレールに身を乗り出して視線を探らせる。

 ぎりぎり、伊勢という文字が見えた。


「どっちの伊勢だよ」


 神奈川か、三重か二択である。これだけ分かったのでも良しとしよう。そうしないと心が折れる。

 アホなことに、中学校の設立団体を見ていなかったことに気が付き生徒手帳を開く。



 三重のほうだった。『伊勢市立桜中学校』と書いてある。

 一歩前進したことに心をざわつかせながら、落ち着きを払って、辺りを見回し、地図に記されている大通りを見つける。

 のどかな田園が広がっていることを見て、やはり神奈川ではないことを再実感する。

 どこか、潮風が吹いてきて、ヒステリーになりかけた精神を宥めてくれる。


「すぅー、はぁー」


 深く息を吸い込み、リラックス――出来なかった。黒塗りのパトカーを見つけた。

 今にでも飛び出しそうに、リアドアが左右とも開いていた。


 情けない呼吸音を出して、心臓が早く動き出す。深呼吸できず、浅くしか空気が入ってこない。

 バックンバックンと鳴る心臓を何とか無視して、平常を保とうとする。


 まさかこんなにも早く嗅ぎつけてくるなんて。舐めていた。



「……フン。ただの中学生じゃない。なにも問題はないわ」



 減速しかけた車からそんな言葉が聞こえた。反射的に声の発生源を見ると、確かに女が足を組みふんぞり返りながらパラパラと紙を捲っていた。


 ツインテールをした銀髪のポリスだった。

 きりり、とした目つきに小柄な体が見せるボディライン。

 一目で近づきがたい存在だと認識できる。だが、不思議とずっと見てしまう。


「………なにかしら」


 そんな視線に気が付いた彼女はギロッとこちらを凝視した。


「なん、でもないです……」


 思ったよりも小さい風吹けば飛んでいきそうな声が瞬間的に出てきた。

 聞こえたか真偽は定かではないが、彼女はドアに短い手を伸ばして、



「このことは忘れてもらえると助かるわ」



 冷たい声でドアが閉じられた。



 俺の身体を駆け抜けた車を見つめながら一言。


「本物の、銃、だよな」


 いたるところに配置された小銃とか拳銃。

 転染症はそれほど危険を孕んだ病気なのだろうか。

 1分ほどその思考に耽っていると、本来の目的を忘れそうになったので打ち切る。


 改めて、手帳の中の地図を見る。やっぱり何を言っているのか分からない。

 今は亡き坂東君に道を聞きたくなった。薄く、焦燥感が湧いて来る。

 MCPに目を付けられた恐怖感と家に帰れない不安感のミックスジュースだ。



 しばし、考えて俺は近所の人に聞いてみることにした。


 ちょうど、優しそうなおじいさんが歩いてきたので「すみませーん」と声をかける。


「……すみません、この家ってどこか分かりますかね……?」


「? ……ああ、この家はそこの角を曲がってちょっと行ったところにあるはずだよ」


「ありがとうございます! ちょっと友達の家に行くのに迷ってしまって……」


 咄嗟に整合性をつけるために嘘をついてしまった。

 お辞儀をして足早に走り去る。聞いてしまったら何ともなかった。

 

ーーーー


 老人の助言を信じ、言われたとおりに移動すると本当に『坂東』と表札の書かれた家にたどり着くことが出来た。

 助かったと思いながら、門をくぐり、玄関に手をかける。


(ここが自分の家だ……自分の家だぞ……)


 そうやって言い聞かせないと不法侵入しているような気がしてしまう。

 ふくよかな体の胃からは空腹を知らせる音が鳴っていた。気が付けば体中が汗でびっちょりだった。


 どうやら生理的なところは手の及ぼしようがないらしい。と新たな発見をしながら玄関を開けた――





「おかえり康ちゃん」


 その声を聞いて、やさしいお母さんという第一印象が植え付けられた。

 玄関を抜けたすぐそこにはリビングがあって、木を基調としたやわらかい雰囲気の部屋だった。どこからかカレーの匂いがすることからキッチンも併設しているのだろう。


「ただいま」


 母、という単語は発さなかった。彼が普段どのようにして呼んでいたのか分からないからな。


 まず、何をすべきか。そうだ、腹が減っていたのだ。空腹を満たそう。


 行動はそれからだ。


「ね、ねぇ。お腹、すいた」


「あ、そう。ちょうどカレー出来たのよ」


「あ、うん。カレー、たべる」


 新聞を捲りながら母(?)は言った。言葉一つ一つに気を配らねばならないから、どこかぎこちない会話になってしまった。

 母は新聞をぱさっと机に放り投げ、キッチンに向かった。盛り付けているその数秒の時間を使って、カーテンを少しだけ開けて、さっきの銀髪に付けられていないか自然を装って確認する。

 家の通りには車はおろか人さえいなかった。そりゃそうだ。こんなことで姿を現したりはしないよな。


「康ちゃん、今のうちに手を洗って、バッグを部屋に持っていきなさい」


「はい……」


 後ろから声を掛けられて、素早くカーテンから目を離す。すると牛乳パックを手に取った母がいた。

 家を探索するいい機会だと感じたので、自室にバッグを置きに行くついでに探索してみようか。



 リビングのすぐそこには廊下があって、ちょっと進んでみると洗剤の匂いが染みついた洗面所を見つけた。グリーンのタイルをあしらった台はどこか高級感を思わせる。ひょっとしたら、この家はそこそこ裕福なのだろうか。そんな考えを巡らせながらおもむろに鏡を見る。やっぱり今まで見ていた顔ではなかった。


 ハンドソープを手に出してスキンを見る。膿疱(のうほう)が顔のいたるところに浸食している。どんなスキンケアをしたらこんなになるのだろうか。これだから学校の先生に罵倒されているんじゃないだろうな。

 そう思いつつうがいも終えたので俺はバッグを手に取り階段を上る。この家の1階はリビングに洗面所、それにトイレだけのようだ。


「……さて。どこが俺の部屋なのかなっと」


 取り合えず、目の前にあった扉を開いた。色も黒色で女っ気のない感じだったから、という安直な理由だ。


「……」


 人がいた。目も合った。


「……し、失礼しました」


「いやぁー!! 入ってくんな! くそおにいっ!!」


 ドアを閉めようとしてそんな悲鳴をあからさまに下にいる母に伝わるような声量で叫んだ。

 突如、ドタドタと階段を駆け上がってくる音がする。どうやら地雷を踏んだようだ。


 おわったーー


 死んだ顔をしていると血相を変えた母がこちらに向かってきた。手にはまだルーのついたお玉を武器のように抱えている。それをどうする気だ母よ。まさか殴りつけたり……?


「だ・か・ら!! 麻衣の部屋に入るなって……! あら?」


 一度振りかぶった腕をなぜか引っ込めた。

 俺の死んだ目を見たのか、麻衣と名乗る少女の風貌を見たのか知らないが、なぜか止まった。


「……早く、カバン置いて降りてきなさい? ご飯用意してあるから」


 そしてそのまま足早に降りて行った。俺は頭上に疑問符を浮かべたまま、再び少女を顧みる。


 漆黒のパーカーにフードを被った少女がいた。体つき的に小学生だろうか? ショートパンツから覗かせる短い脚は少しだけ、コケていた。十分に食べれていないのだろうか。

 まじまじと見ているとウザったそうな目をして、


「何? 目障りだからさっさと消えてよ、くそおにい」


「おにいってことは、お前は妹?」


 思ったことがそのまま口に出てしまった。


 目を見開いて、付けていることが分からなかった黒マスクの位置を調節して、


「あったりまえじゃん。忌々しいけど!」


 吐き捨てるようにぴしゃりと言いつけて目の前のパソコンに集中し始めた。

 これ以上の接触は無意味だと判断し、俺は『ごめん』と言い残してドアを閉じた。


 閉じる瞬間にちらっとこちらを見た気がした。



 自室はその隣の隣にあった。ドアを開けると部屋は予想していた通りに汚で塗れていた。


 散らかった教科書。ろくにゴミ箱に入れていないお菓子の空袋、10日は洗濯機に出していないだろうシャツ。

 どれもこれもが生活力のなさを感じさせる。これなら妹の部屋の方が綺麗だったぞ。


「どこから手を付ければいいものか」


 呟いてみても、やる気は出てこないので取り合えずバッグだけを置いて階段を下りた。




「――はい、いつもの量よ」


「あ、ありがとう」


 目の前には大皿二杯分はあると思われる量のカレーである。

 こんなのを普通に食していたのかと思うと少し引いてしまうような量だ。


(見ていないうちに戻しておこう……)


 普段から人の2分の1ぐらいしか食べない俺にとってこの量は1週間分に相当するだろう。


 母から催促するような視線を送られたので、取り合えずスプーンを口に含む。普通の中辛だ。

 坂東君が極端な甘党でも辛党でもなかったことに安心を覚えながらとにかく胃にエネルギー源を流し込む。


 無我夢中で食べていると、皿の中はもう半分を切ろうとしていた。

 どうやら食欲量もこの体本来に依存してしまうらしい。恐ろしいことだ。数分前までは残そうと考えていたのに。


「ごちそうさま……」


「はい、お粗末様。今日はなんだか食べるの遅かったね?」


「あ、いや。ちょっとしっかり味わっておきたいなって思って……」


 結構早く食べたつもりだったがこれでも遅いらしい。これだから太ってるんだろ。

 母は訝しむような顔をしてすぐニコニコした表情に戻った。


 その表情を見て俺は、ぱっ、と自分の本来の母親の表情が想起された。子供心を考えない、常に言及してくるような人だった。俺は正直あの人が嫌いだ。そして、この母からも同じ匂いがする。


 危機感を察知した俺は素早く(行きたくもない)自室に退散した。



ーーーー



 あらためて部屋を見回すと、やはりゴミ山としても差し支えないほどの汚れ具合だった。

 たっぷり10秒間思考して、机に向かう。

 裏紙とおぼしき紙にやるべきことを書き出す。


 椅子を引いて、散乱していたシャーペンを手に取って、じっくり考えながら手を動かす。




 5分ほど使って書き出したのは、以下の3つだ。



 ・今ある全ての物証を検証し、彼の無実を確定させること。


 ・妹との関係改善。


 ・この体で生き延びる最善の策を講じること。



 一番上から番号を振り、その順番に達成するとしよう。


 まずはこのゴミ山の中から使えるものを見つけ出す。


「うぇ、くっせぇ」


 変色したシャツが、放置された靴下が、細菌と汗が化合した異臭を放っていた。

 どこかにマスクはないだろうか。

 辺りを見回しても無かったので、仕方なく着ている服の胸倉を口まで持ってきて応急処置で挑む。


 これもちょっとくさい。


 服を押しのけて、中に埋蔵されていた紙類を引っ張り出し、一つ一つ目を通す。


「うーわ、面談日程の紙出してないじゃん」


 そこには『ご希望の日程を記し、担任までご提出願います』と書かれた保護者必着の紙が残されていた。

 しかも6月の。


 もしかして、と思いその紙山の日付をぱらぱらと見ると、その山は全て夏休み前に配られた紙たちだった。


 ……これはちょっと荒波の航海になりそうだ。


 俺は徹夜を覚悟した。





 整理が終わった。


「……ふぅ、ようやく終わったよ……」


 眼前に広がるのはぐしゃぐしゃになりながらも紙の形を何とか保った束だ。

 時刻は午後9時半。案外早く終わることが出来た。


 その過程で、彼の日記帳も発見できた。

 律儀に、俺が転移する前日、10月19日を最後にスペース一杯に書き詰められていた。


 特に、今日から5日前に重要な文章が記されていた。



『10月14日。今日は帰ってきた数学のテストの点数が芳しくなかった。親にこの日記が見つかると点数がバレてしまうから、点数は伏せようと思う。あ、でも理科の点数はワークを何周もしたおかげもあって、86点を取ることができた。これは母さんには見せてあげよう。きっと喜んでくれる。

 あと、俺のカバンの中に見知らぬ巾着袋が入っていた。中を開けてみると、女性モノの水着か、下着が濡れた状態で入っていた。確かに女子の下着とか触ってみたいとか思ったけど、もしかしたら神様が願いを叶えてくれたのかもしれない。それと、これを見つけてから先生たちの目がちょっと怖くなっていた。もしかしたらこのクラスの人のやつなのかもしれない。まだ名前は見れていないが、正解はまた明日』



 親にバレる危険性があるなら水着のことなんか書くなと思ったが、これは一気に事態を解決できる記録だ。

 特に”神様が願いを叶えてくれたのかもしれない”という文言が気になる。


 推量の文節があることで、彼がやっていないのは確定だろう。


 つまり、誰かの暗躍が事態を拡大させていると見て間違いないだろう。


「……ふわぁ、眠い」


 あくびをしながら書類の処理に取り掛かる。

 今日中に見れるものは見ておきたい。



 受験期を耐え抜いた俺ならできるはずだ……。

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