1p-10 : 少女の傷の癒し方は甘えさせることらしい
「――これ、なに?」
邪魔者がいないその廊下に声は、ひどく響いた。
回答を求められたその少女は、一瞬邪険な顔を見せて、
「え?」
淡々と答え、真鍮色の物体をこちらに差し出した。
「ただの、ブローチだけど」
その全貌を髪の毛から取り出して見せびらかすように手で弄んだ。
ヒョウタンのような形をしたうすべったいブローチだった。
訝しげに手を触れようとすると、パッと手を丸めてそれを遮った。
「これね、父さんの形見なんだ。だからごめんね、誰にも触らせたくないの」
そう言いながら首の襟につけた。
ただの、勘違い、か……?
反射的に感じた違和感は愛夢の回答で解消された。
「なんか、ごめん。大事なものだったなんて」
「いいのいいの。分かってくれれば」
ひらひらと手を振って、頬に残った(嘘泣きであろう)涙をぬぐった。
「さっ、はやく教室に帰りましょ? 先生たち全員”死んじゃった”けど」
「え」
それってどういう………。
顔を歪ませると、
「さっきの爆発で私居てもたってもいられなくって、職員室に駆け込んだの」
一拍置いて、
「そしたら、用務員さんしかいなかったの」
澄んだ顔で言った。
ここの学校はあんな少ない人数で運営されていたのか。
しかもそのうちの一人が感染者だったというね。
頭のおかしいオチだ。
「じゃあ、この学校明日からどうなるんだろう」
素朴な疑問が素直に出てきた。
「分からない。けど、さらに学級崩壊が進むのは間違いないと思うのだけれど」
「さらに生きづらくなるな」
不安がった声を出す。
「大丈夫よ」
その声に呼応するかのように愛夢は手を後ろに回して上目遣いでささやいた。
「私が一緒にいてあげるからっ」
「は」
そんなのまるで、恋愛してるみたいじゃないか。
俺は初心者で小心者だぞ。
つい先週まで失恋してた男に、何の魅力があるというのか。
付け加えると今の俺はデブで清潔感なんか微塵もないド陰キャだぞ。
そんな溢れ出す疑問を感じ取ったのか、愛夢は身の丈に合った人を魅了する笑みを浮かべて、
「聞いたよー? きみ、今大変なんでしょ? 精神的に参ってるんじゃないの?」
流石は女警官エリート。頭の回転が速いな。
「心が寂しいときは、誰かと一緒に居て、テストステロンを分泌させるのが一番なんだよ」
ハグをするかのように手を広げた。
たしか、自分より身長がぐっと低い異性に対しては守護欲があがるんだったか。
完璧にこいつの有利に進んでいる気がしてならない。
俺が返答に窮していると、
「ま、一旦教室帰ろ?」
「う、うん」
一端の解決案を出されて俺はそれに乗った。
小さい手に引きずられて教室への道を歩き出した。
2
チャイムが鳴った。
当然のように教師が返ってこないこの状況を、生徒たちは好機と思ったか、まだ下校時間でもないのにカバンに教科書を詰め始めていた。
…………。
教科書は律儀に持ってくるんだ。
そんなことをボヤっと考えていると、腕先を突かれて振り向くと愛夢がいた。
「ねぇねぇ、今日って予定開いてる?」
俺たちにしか聞こえない声で、訊いてきた。
「今日は特に予定ないよ」
帰ったら残された書類をもう一度読み返そうと思ってたところだ。
返答を聞いた愛夢はあからさまに喜んだ顔をして、
「じゃあさ、ご飯食べにでも、行かない?」
………。
お前もそっち側か。
ーーーー
「は~い、こちら天使の羽の特盛りパフェで~す」
「ありがとうございまーす」
騙された。
ご飯行くとか言った愛夢に騙された。
連れてこられたのは、学校からちょっと出たところにある商店街だ。
どうせ、ファミレスとか行くんだろーなとか考えながら、初めての異性との一対一の食事に胸を躍らせて来てみれば、この店だ。
何だよ、『天使と悪魔のコンカフェ』って。
騙された。
これがご飯とか言った愛夢に騙された。
目の前に広がる果物とクリームの塊はどう見ても夕食じゃないだろ。
「どうしたの? 食べないの?」
すでに半分を食べ終えた愛夢が顔半分をパフェに隠しながら訊いてきた。
「あ、いや。食べるけど、ちょっと量が……」
「そう? 簡単に食べれる量だと思うんだけどな」
「ちょっと何言ってるか分からない」
一口は小さいくせに飲み込むスピードが速いもんだから、一気に目減りしている。
それを見て、改めて掬ったスプーンに口を付けようとして、キョロキョロと辺りを見回す。
周りは美であふれているのに、醜であふれる俺のせいで店の雰囲気が悪くならないか気にしているのだ。
「あ、そうだ。そんなに食べたくないなら、私と勝負しない?」
「勝負?」
俺の心配はお構いなしに喋りかけてきた。
「うん。早く食べたほうが勝ちってやつ。で、負けた方が……」
一拍置くついでに一口食べて、
「負けた方が、勝った方の召使いさんになるの。で、ご主人様の命令には従わないといけないの」
「はぁ」
「ちなみにご主人様が期間を言わない限りずーっと召使いさんは続くものと……」
「乗った」
愛夢が言い終わる前に差し出していた手を重ねた。
ーーーー
「ご来店、ありがとうございました~」
頭に悪魔のヘッドドレスを付けた小悪魔さんが、お辞儀をするよそに退店する。
「ぐすんぐすん。負けたぁ……」
財布を見ながら愛夢は言った。
勝負としては俺の滑り込み勝利となった。
愛夢は何を思ったか油断した様子を見せて、食べるスピードを遅くしていたのだ。
そこを突いて俺は一気にスプーンと口を上下させ、見事食べきった。
そして、第一の命令としてここのお代を全部払って、と命令した。
おぞましいので金額は見なかったが、愛夢の表情から見て、万近い金額が飛んだと思われる。
「もう5時前か」
商店街の中央に建てられた時計を見て呟く。
もう帰るのにちょうどいい頃合いだ。
「なぁ、もう帰らない……?」
「イヤだ」
後ろを振り向くと、さっきの泣き顔はどこに行ったのか、夕日に頬を赤く染められて上目遣いをした愛夢が微笑みながら拒否した。
「な、なんで?」
「いやだって、もう私坂東君の召使いになったから」
理由になっていない理由を口にして、
「もっと命令して?」
本当にこいつは警察組織の人間なのか、と疑った。




