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1p:物語の始まり

 時に、2326年日本でそれは爆発的に発生した。 


 転移性人格感染症である。

 特徴としては、


 ・それは不定期にランダムで発生する。

 ・それは人格が別の人に置き換わってしまう。

 ・置き換わった人格の元のそれは死んでしまう。



 感染症とついているのだからウイルスという訳ではなく、原因は突き止められていない。

 極端に例えると総理大臣に発症した場合、別の人間の人格が置き換わることになるので、機密情報を抜き取りたい放題となってしまう。


「どうなっているんだ。また中国(シナ)の化学兵器が流出したのか」


 これは当時の厚生労働大臣中村修一が発言したものであるが、国民はその意見を大方、支持した。


 厚労省のデータを持って示すと、初感染者が発見された2324年からおよそ1年で日本の総人口1億1万人の10%に相当する、約千万人が発症した。

 そこから指数関数的に増加し、2326年時点でおよそ38%ほどが別の人間の皮をかぶっていることになる。



 この未曽有の事態を受け国会は、「転染症の対策における基本方針を定める法律」を有史稀に見る両議院全会一致で可決した。

 これは後に、「狂犬法」と揶揄される戦後初の悪法である。隣組の復活、相互監視社会の成立などが示唆されていたのだ。


 思想、良心の自由を保障し、監視社会を禁じてきた憲法が、皮肉にも強制監視社会を作り上げてしまったことになる。



 まず、警察力には強制捜査権という新たな権力を付与される。これは文字通り家宅捜索や身体捜索を始めとした全ての監視を可能にした。


 次に、転染症発病者に対する常時発砲を許可した。なぜなら、彼らにはほぼ例外なく乗り移った先の身体で凶悪犯罪、もしくはそれに類する行動をすると直近の犯罪増加データから試算されたためである。


 最後に、公安警察に代わる、新たな公序良俗を保持するために転染対策警察、通称M.C.P.を設立した。これは、あらゆる年代、性別に溶け込み、異分子(発病者)を排除するシステムとして効果が期待されていた。


「これだと、国民の自由の権利をはく奪することになるのではないか」


 もちろん、このような反対意見も出た。ただし、これらは全て左翼勢力によるもので、左翼をとことん毛嫌いしていた大多数の国民、議員からは白眼視された。


「はく奪されないようにこの法律があるのだ」


 そういって宥める者まで出る始末である。


 M.C.P.はターゲットの習性、呼吸法、髪型などの一般的にマイナーとされている部分も総合的に判断し、異分子であると判断された場合にのみ、鉛弾をお届けに行くのだ。



 ただし、例外もある。


 善意型転染症がそれである。消防法のいわゆる第2類に分類される。

 突然変異し、凶悪犯罪を起こさず、自らが自制し、かつその情報を迅速に当局に報告しようと努力する異分子である。

 この場合、MCPによって保護観察となり、その一生を監視されながら生活することになる。

 大抵は、それに耐え切れずに自死することが多い。



 例えば、東京新宿区でホテルを営む男性はある日、感染したことを自覚しそれを同日中に交番に通報。駆け付けたMCPによりGPSチップを埋め込まれ、トイレも、就寝も、入浴も、プライバシーを完全に無視して24時間監視生活を強いられ、浴槽の中で溺死を選んだことが確認されている。


「それ見たことか、やっぱり自由を侵害しているのだ」


 やはり、左が吠えた。だが、その時代の潮流的にこれを覆すのは難しかった。



 ――そういう訳で、今やほとんどの発病者は射殺されるか、ひっそりと生きていくしかないのである。





 失恋をした。

 相手は同じ学年のマドンナ、蒼佐といった。

 彼女は誰に対してもやさしくて、かわいかった。運よく席替えで隣の席を引いて、そこからどんどん引き込まれた。思えば、すこし狂っていたのかも知れない。


 狂って、想って、そして破れて。


「なーんてみじめな人生だぁ」


 なんて独り言をつぶやいても聞いてくれる人は誰もいない。



『柊翔、得意なことほとんどないじゃん』



 この言葉が頭にこびりつく。ぐさっとひと刺ししされた気分。


(ヘアセットだったら、できたのになぁ)


 つくづく、運のない奴だ。ヘアセットなんかは普通友人の前では見せないのだ。

 だから、何にもない。それに尽きる。


「誰か、別の人のアプローチの仕方でも見れたらいいのになぁ」


 やはり、誰も頷きやしない。それどころか、帰り道の中学生に引かれる始末だ。

 彼らの姿を見て、おそらく中学二年生ぐらいだろうか。なつかしい。あの頃からだろうか、髪型に気を遣うようになったのは。

 今では棚の一角にワックスやらアイロンやらが混在している。


「……死にたい」


 ゼロまで下がっていたメンタルをさらにマイナスまで落としながら自嘲する。


 ヒュン。


 空ぶった音が聞こえたのは何か、鼠色の物体が体から湧いてきてからだった。

 湧いてきたのではない、()()()()()()のだ。


「ぐぅっ……!」


 反射的に、貫かれた部位を見る。左下。まっすぐ心臓を貫いていそうだ。

 血がどばどば流れ出す。体温が下がっていくのを感じた。


 瞼が重くなる直前、俺は後ろを返り見た。

 屋根に誰か乗っているのが見えた。


 そこで俺は久しぶりに思い出した。情報の授業でやった、一つの法律のことを。

 先生は「不条理を体現した法律」なんて嘘じみた言葉を言っていたが、あながち間違いではなかったようだ。


「ごッ、はッ……!」


 最後に、蒼佐が見えた気がした。



ーーーー



「…い。ぉ……おい。大丈夫か? 急に黙り込んでどうした」


 肩を強い力で叩かれる。

 その衝撃で閉じたはずの瞼を開ける。


「…………ん?」

「具合でも悪いのか?」


「えっと……誰?」



 そこには知るはずもない筋肉隆々の男性と女性がいた。

 胸にかけているカードを見る限り教師だろうか。



「おいおい、ここにきて記憶障害の演技か? これだから陰キャは」

「そうですよ、見苦しいですよ。さっさと白状しなさい」



 吐き捨てるように男が言い放つ。


 何を言っているんだ。白状? 演技?なんか俺やったっけ?

 二人は身を乗り出して、俺に迫る形になっていた。


「いやいや、本当にあなた方誰ですか? なんのマネですかこれは」


 おそらく目上の人なのだろうなと言いながら考える。

 自分の胸元を確認する。血があふれている感覚もしない。そもそも着ている服が違った。

 凄腕の外科医にでも掛かったかなと考えていると、



「舐めたこと言ってんじゃねぇ!! 先生たちはな、お前を思って言っているんだぞ」



 絞り出すような声で怒鳴りつける。無実の人になんて言いようだ。

 やはり先生だったことを脳裏に掠めながら、俺は何をやったかを与えられたごく数秒を使って思考する。

 ……思い当たる節は何もない。しいて言うなら、俺が失恋の帰り道に狙撃されたことぐらいだ。


 首を横に振る。というか、ちょっとイライラしてきた。この処遇に落ち着かない。



「ほー?! あくまでも言わないと? こんなに証拠も挙がってるのに?」


 女がタブレットを取り出し、



「見なさいこれを。この姿あなた以外の何者でもないよね?」


 そう言って映し出された映像には明らかに俺とは似つかない小太りの男が机の中を何やら捜索しているところだった。そもそも、その姿は俺ではない誰かだった。


「いや違いますけど……」

「あのさァ、そろそろいい加減にしない?先生たちの苦労も見えてないの?先生こう見えても深夜近くまで残業してそれでも安月給で働いてるんだよ?仕事が仰山(ぎょうさん)溜まってんの。これぐらい白状してくれないとこれ知ってる先生たち全員倒れちゃうんだけど」


 どこかで見た権利ばかり主張する奴に似ているな。


 とはいえ、液晶をじーっと見ると、反射した俺の顔が写った。そこには数分前までカーブミラーで見ていた顔ではなかった。大量のニキビが、少し角ばった顔に。それにふっくらしすぎた頬。

 確かに映像の彼と一致している。


「……誰だ、これ」


 そう呟くのも無理はないだろう。だってあまりにも違いすぎるのだから。

 画面越しに写る自分の知らない顔に驚きを隠せないでいると、


「おいおい、本当にどっか具合でも悪いのか? それだとMCPに撃たれちゃうぞ~~?」

「先生、おチャラけすぎですよ~。撃つ人もこんな奴なんか撃ちたくないですって~」



 限界だ。

 席を立つ。自分のだと思われる学生用バッグを手に取り、引き戸に手をかける。


「おい、生徒の分際で席を立つなんてどういう了見だ!?」

「そ、そうよ! 誰の許可を得てるって言うの!?」


「うっせぇ、カスが」


 久しぶりに汚い言葉を自ら発した。高校に入ってからは使わないように気を入れていたのに。

 その言葉に絶句した二人はしばらくの間硬直しているように見えた。その隙に俺は部屋を飛び出した。



 考える。第一優先目標はこの学校からの脱出だ。

 そのためにはまずこの体の名前の特定だ。それが分からないと脱出どころか、靴のありかさえ分からなくなる。


 飛び出したら、まずトイレがあったので、そこに駆け込み、個室のロックを掛ける。

 そしてバッグの中からこの体の持ち主の個人情報になり得る書類を見つけるのだ。


 ファイルの中身を逆さまにしながら頭の中でちょくちょく思っていたことを考える。


「あ、あった」


 が、案外早く見つけてしまったので中断する。

 「坂東康太」と言うのが彼の名前のようだ。見つけた書類は何かのテストの回答用紙だった。


「………一次関数の切片と傾き……?」


 どう見ても中学校の内容だった。それも結構中盤の。

 坂東君は中学生なのかな。

 これだけ早く見つかったのだからまだ何かないかと探し、バッグの中をゴソゴソすると、巾着袋に包まれたナニカがあった。


「なんだこれ」


 きつく締められたそれを開けると、鼻につくような強い匂いが鼻を直撃した。

 この匂いはたぶん、塩素だ。


 塩素を使うものって漂白剤しか思いつかないと思いながら、中に入っているソレを取り出す。


「うわっ、濡れてる」


 それに、材質は布だ。この事実で解はかなり絞られた。

 丸くなった布を広げる。想像していたよりも何倍も大きかったし、何倍も匂いがきつかった。

 そして、先生たちがあんなに激昂していた理由が何となくだが理解できた。


 何してるんだよ、坂東君。


「……これは、水着か」


 ビキニとパンツが合体した、普遍的な女性ものの水着である。


 なるほど、彼はこれを()()()のか。

 こりゃあ、言い逃れできないな。物があるのだから。



「なーにしてるんだよ」


 俺は誰ものぞき見していないことを確認して、もう一度きつく巾着袋を閉じた。そして、バッグの奥深くにしまい込んだ。これはどこかで捨てておこう。



 思春期だなぁと思いながら捜索を再開する。次に必要な情報は彼の家の住所を確認することだ。


 予想だが、俺はいわゆる転染症に感染している。だから突然撃たれたし、この体に意識が灯ったのだ。

 幸運なことに、俺は善意型に感染したらしい。従来型なら灯った瞬間に暴れ狂っていたことだろう。

 だが俺は出頭なんかしない。あんなのただの政府によるやりすぎたストーカーだからな。

 だから、さっき先生が言っていたMCPにもう一度射殺されるまで生きてやろう。


 ……だが、



「もうちょっとイケメンに転移したかったなぁ……」


 こればかりはしょうがないのだ。鏡を見る限り、寝ぐせはつき放題、そしてまるで手入れすらしていないような肌環境。身長はかろうじて170センチ近くはありそうだが、それでも小太りなのは拭えていなかった。


 そうこうしているうちに、


「お、あった」


 生徒手帳を発見した。中を開いて確認すると、住所と学校までの地図が丁寧に記されていた。

 どうやら15分くらいかかりそうだ。



 俺はバッグに荷物を全て詰め込み、先生がいないことを確認して、下駄箱まで駆け出した――。

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