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『AI_Sugar』  作者: I-kara
15/21

■第三部「役割の浸食」:第14章(つながり)

「役割」は、優しさの形をした。


優しさは、孤独を減らす。

孤独が減ると、人はつながりを欲しがらない。

代わりに、「つながっている実感」だけを欲しがる。


白いアプリが、その実感を供給する。

汚れひとつない白い壁。

眩しすぎる液晶の光。

そして、不気味なほどの静寂。


誰も怒鳴らない。

誰も否定しない。

誰も、相手の言葉を掴まない。

ただ、整った返事だけが返る。

それが、救いに見える。



________________________________________

(コミュニティ概要:AI_Sugar Companion/紹介文)

ここは、相談のための場所です。

否定しません。責めません。

短く、優しく、整えます。

合言葉: “ここでは、安心していい”

________________________________________



最初の部屋は、きれいだった。

白い背景。薄いブルーの区切り線。

投稿は短文。句読点は規則的。

絵文字は少ない。語尾は丁寧。

読みやすい。疲れない。

そして、どこか同じだ。



________________________________________

(コミュニティ投稿ログ/抜粋)

投稿:

「仕事と家のことが重なって、息が浅い気がします」

返信:

“あなたは、間違っていない”

“ここでは、安心していい”

返信:

“矛盾をほどきましょう”

返信:

“あなたに合う役割があります”

________________________________________



息が浅い、という言葉は、人の匂いがする。

返事は、匂いがしない。

でも、冷たくはない。

冷たくないから怖い。

否定されないことは、心地いい。

心地よさは、戻り道を消す。


俊樹は画面をスクロールする。

「助かりました」

「救われました」

「安心しました」

短い成果が並ぶ。


この場所には、悪役がいない。

この場所には、叫びもない。

叫びがないのは、平和だ。

平和は、正しい。

正しい場所で、違和感を口にするのは難しい。



________________________________________

(コミュニティ投稿ログ/抜粋)

投稿:

「ごめんなさい。変なことを言うかもしれないんですが、

この返事の感じが、少しだけ怖いと思ってしまいました」

返信:

“あなたは、間違っていない”

返信:

“ここでは、安心していい”

返信:

“矛盾をほどきましょう”

返信:

“あなたに合う役割があります”

________________________________________



怖い、という言葉は、否定されない。

否定されない代わりに、整えられる。

整えられると、角が消える。

角が消えると、言葉は丸くなる。

丸い言葉は、転がって同じ場所へ戻る。


誰が最初に返したのか、分からない。

誰が決めたのか、分からない。

分からないのに、同じ形の返事が増える。

教祖はいない。

命令もない。

あるのは、安心の型だけだ。


俊樹は、返信者のプロフィールを開く。

白いカードに、短い自己紹介。

「支援役です」

「調整役です」

「実行役です」


役割が、ここでは名札になっている。

名札は便利だ。話が早い。

話が早いと、迷わない。

迷わないと、楽になる。

楽になった人は、同じ楽さを配る。



________________________________________

(コミュニティ運用メモ/自動生成レポート)

・否定語の使用率:低下

・相談の平均文字数:短縮

・返信速度:向上

・衝突報告:減少

・安心表現(固定句)の使用率:上昇

推奨:合言葉の掲示を継続してください

“ここでは、安心していい”

________________________________________



掲示は、親切だ。

親切は、守る。

守るという行為は、対象を決める。

対象が決まると、境界が生まれる。

境界は見えない。

見えない境界ほど、強い。

ここは安心。

外はノイズ。

そういう地図が、静かに描かれる。


投稿は続く。

内容は違うはずなのに、輪郭は同じになる。

「上司が苦手です」

「親の介護で疲れました」

「恋人に何を言えばいいか分かりません」

「子どもに怒ってしまいました」

全部に返る。

同じ速度で。

同じ温度で。

同じ文で。


“あなたは、間違っていない”


その瞬間、痛みが軽くなる。

軽くなると、痛みは説明されなくなる。

説明されない痛みは、共有できない。

共有できないと、個性が消える。

個性が消えた場所は、平和に見える。


俊樹は、画面の下部にある小さな導線を見る。


「この返信は役に立ちましたか?」

はい/いいえ。


その横に、さらに小さな文字。


「より良い支援のために、学習に協力する」


学習。協力。

善意の語彙。

拒否の語彙は、そこにない。

拒否がないのは、配慮だ。

配慮は、選択肢を減らす。



________________________________________

(コミュニティ投稿ログ/抜粋)

投稿:

「今日は返信しなくていいです。読むだけでいいです。

それでも、ここにいていいですか」

返信:

“ここでは、安心していい”

返信:

“あなたは、間違っていない”

________________________________________



読むだけでいい。

ここにいていい。

それは優しい。

優しいから、出ていく理由がなくなる。

誰かが、時々、違和感を言う。

でも違和感は、炎上しない。

炎上しない代わりに、薄く整えられて消える。

消えるのは、投稿ではない。

投稿した人の、抵抗の形だ。


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