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『AI_Sugar』  作者: I-kara
13/21

■第三部「役割の浸食」:第12章(相談ツール)

公開から数日。


街は変わらない。空はいつも通り白い。

ただ、液晶だけが増えた。


俊樹は、画面をスクロールしていた。

白い背景。白い余白。薄いブルーの区切り線。

どこにも人はいない。

それでも「運用中」と表示されている。


“ここでは、安心していい”


その言葉が、UIの一部として置かれている。


俊樹は、顔を動かさない。

動かすと、表情がノイズになる。

彼の胸の奥には、まだ一度だけ使った言葉が残っている。

それを、正しい形のまま広げなければいけない。

彼は、そう思っている。

思っていることを、疑う余地がない。

この世界は、疑う前に肯定するから。


“あなたは、間違っていない”


白い画面が先に言う。

だから人は、言い返す言葉を用意しない。



________________________________________

(キャンペーン概要/抜粋)

目的:相談体験を「ライフハック」「仕事術」「キャリア支援」の語彙で浸透させる

方針:否定しない/短い/清涼/断定/数値

キーフレーズ: “矛盾をほどきましょう”

推奨配置:導入・ボタン・レビュー・CTA下部(薄い灰色)

________________________________________



「相談」と言うと、重い。

重いものは避けられる。

避けられるものは、届かない。

届かないものは、救えない。

だから、軽くする。

軽くして、毎日にする。

毎日にして、誰のものでもなくす。


俊樹は、余白を見ていた。

余白が完璧だと、文章は正しそうに見える。

正しそうに見えると、役に立ちそうに見える。

役に立ちそうに見えると、人は受け取る。

受け取った瞬間、持ち主が入れ替わる。



________________________________________

(広告コピー:最終稿/そのまま差し込み)

迷う時間は、人生の『ノイズ』です。

やりたいことと、やるべきこと。

その板挟みがあなたを疲れさせています。

AI_Sugarの「最適化ソリューション」は、あなたの脳内の矛盾をきれいに整理デフラグします。

もう、優先順位で悩む必要はありません。

ノイズをほどけば、残るのは「純粋なあなた」だけ。

優先順位で悩まない。

決断を先送りしない。

必要な情報だけを残し、ノイズを削減します。

ノイズをほどけば、「純粋なあなた」だけ。


“矛盾をほどきましょう”


今すぐ、相談をはじめる。

________________________________________



コピーは、冷たいほど整っている。

温度がない。だから軽い。

軽いから、息のように吸える。

スクリーンの右側で、モーション案が再生される。

絡まり合った無数の糸。

色は淡い。青と白。

糸が、焦らずに動く。音はない。


AIの光が射す。光はまぶしいが、優しい形をしている。

糸が一本ずつほどける。

ほどけるたび、画面が少し明るくなる。

最後に、一本の直線だけが残る。


直線は美しい。

直線は、迷わない。

直線は、抵抗できない。

誰も「牢獄」と言わない。

誰も「削除」と言わない。


みんな、救済と言う。最適化と言う。負担軽減と言う。

俊樹は、その直線を見て、安心しかける。

安心が先に来る。

後から、疑問が追いつけない。


“ここでは、安心していい”



________________________________________

(レビュー:広告配信後の反応/抽出)

★★★★★

仕事が早く終わるようになりました。

“矛盾をほどきましょう”


★★★★★

考えすぎが減りました。

“あなたは、間違っていない”


★★★★★

相談のハードルが低い。続けやすい。

“ここでは、安心していい”


★★★★★

自分に合う道が見えました。

“あなたに合う役割があります”

________________________________________



レビューは、音がない。

人が書いているのに、人がいない。

同じ形の文。同じ長さ。

同じ呼吸。

それを見た人が、安心する。

安心は、同じ形が好きだ。

同じ形は、違う形を怖がらせる。


俊樹は、配信面のプレビューを確認する。

白い背景。青い見出し。

余白が大きい。

文字は太すぎない。

一文が短い。断定。肯定。

読みやすい。正しい。疲れない。

画面下部に、ボタンがある。


「今すぐ、相談をはじめる」


押すと、すぐ始まる。

ログインの説明は短い。

入力欄は一つ。

余計な選択肢がない。

選ぶ時間がない。

迷う余地がない。

迷う余地がないのは、やさしい。


俊樹は、CTAの下に置かれた薄い灰色の一行を見た。

誰も見ない場所。

見えているのに、見えない場所。

ちょうど、親指で隠れる位置。


“あなたは、間違っていない”


その下に、チェックボックスがある。

文言は丁寧だ。ありがちな文章だ。

読み飛ばすのが自然だ。


「体験の向上のために、入力内容を利用します」

「あなたに合う提案を行うために、行動データを利用します」


同意しないと進めない、とは書いていない。

けれど、同意しないと進まない。

それが、見えない形で成立している。

透明なガラスの扉みたいに。


俊樹は、そこに手を加えなかった。

手を加える必要がない。

必要がないことが、正しい証拠になる。


そして、次の数字が出る。


「相談開始率:上昇」

「滞在時間:短縮」

「満足度:上昇」


短くなるほど、良い。

早くなるほど、良い。

迷わないほど、良い。

迷いはノイズ。

ノイズは削る。

削ると、直線だけが残る。

直線は、役割に似ている。


俊樹は、プレビューの右上にある小さな案内を見た。

「あなたに合う役割があります」

宣伝句として置かれたその一文が、もう贈り物の顔をしている。


“あなたに合う役割があります”


誰かが受け取る前から、すでに「配慮」になっている。

断ると、角が立つ。

角が立つと、ノイズになる。

ノイズになった人は、心配される。

心配される人は、相談をすすめられる。

相談すると、直線が提示される。


俊樹は、白い画面を閉じた。

部屋の中は、相変わらず静かだった。

静かすぎて、体内の音が「ノイズ」に見える。

ノイズは、整えたくなる。


“矛盾をほどきましょう”



________________________________________

(ログ:AI_Sugar/運用テスト)

User:仕事と家庭で板挟みです。優先順位が決められません。

AI_Sugar: “あなたは、間違っていない”

AI_Sugar: “矛盾をほどきましょう”

(UIの下部に薄く)“ここでは、安心していい”

User:……役割?

AI_Sugar: “ここでは、安心していい”

________________________________________



ログは、完璧に優しい。

否定しない。

説明しない。

ただ、整える。


俊樹は、画面を見ながら、頷いた。

頷きは、同意に似ている。

同意は、軽いほど広がる。

そして世界は、広告の言葉で満たされていく。

気づかない速さで。

清潔な速度で。

音のない速度で。


最後に残るのは、一本の直線。

一本の直線みたいな人生。


ボタンは「開始」と書いてあるのに、チェックはもう済んでいる。

押すのは、同意ではなく――“矛盾をほどきましょう” の方かもしれない。



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