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娘が世界を救ったので、世界を滅ぼします。

作者: Hoomin
掲載日:2025/11/27

<第一章 救われる者>


ああ、聖女様。

聖女様は私達を救ってくださった。

この世界に突如として現れた災厄の権化「魔王」。

そして魔王が大地、海、空に解き放った魔物たち。

長きにわたり恐怖と混乱に包まれていた世界を

聖女様はその命の輝きで救ってくださった。

聖女様の勇気が世界を救ったのです。


聖女様はごくありふれた町娘でした。

しかし、神のお告げのよって

自らの使命に目覚めた聖女様は

その命を賭して世界に平和をもたらしたのです。

世界救済におもむく聖女様のお顔は今でも

この目にしっかりと焼きついています。

我々のためを思い、死をも恐れぬその御姿は

何よりも美しく神々しかった。


世界から魔王が、魔物たちが消えたとき

人々は歓喜にわきました。誰もが聖女様への

感謝の言葉を叫び、その貴き死を祝福しました。

この町では、聖女様を称え町の中心に

聖女様を模した銅像が立てられています。


世界を愛し、世界を救った聖女様。

私たちはあなたのことを忘れません。

あなたの勇気は永遠に語り継がれることになるでしょう。

世界は、平和です!



<第二章 救う者>


「あなたは、世界を救う聖女様です」

突然、家にやってきたお城の使いの人が私にそう言った。

なんのことかさっぱりわからなかったけど

神様のお告げで私に世界を救う力があることがわかったんだって。

なんで私にそんな力があるのか、どうして世界が救われるのか

お城の人が一生懸命説明してくれたけど私には理解が難しかった。

でも、私の命と引き換えに世界が平和になるって事だけは理解できた。


「どうか、世界をお救いください」


そう言い残してお城の人は帰っていった。

呆気に取られていると、話を聞きつけた近所のおじさんや

おばさん、学校の友達や全然知らない人まで

大勢の人が私の家を訪れ、驚いたような、感動したような

いろんな感情が混ざった表情で私を見ていた。


そして、私が聖女だという噂はあっという間に世界中に広がり

遠くの国からわざわざ私の元を訪れる人まで現れた。

みんなの話を聞いてみると、魔物に子供を殺された人や

魔物のせいで交易がうまくいかず稼ぎがでないと言う人。

いろんな人がいたけれど、結局みんなが言うことは一緒で


「聖女様が現れてくれてよかった」だって。


外を出歩くともっと大変だった。私を見る人見る人みんなが


「聖女様!」

「英雄だ!」

「救世主様!」

「世界を救って!」


そんな言葉をかけてくれる。

でも、みんなわかってるのかな。

世界を救ったら、私、死んじゃうんだよ?

みんなが私にかけてくれるたくさんの言葉。

でも、私にとってはその言葉が全部、私に対して

「死ね」と言ってるようにしか聞こえなかった。


聖女様?英雄?救世主?


「生贄」の間違いでしょ。


そうよね、私一人の命で世界が救われるのなら

安いものよね…


逃げちゃおうかとも思ったけど

やっぱりやめにした。

逃げたところで無駄かもしれないし

それに、平和な世界を見せてあげたい人もいるし…

どうせなら恩着せがましく死んでやるわ。


でもさ、まだ私16歳なんだよ?

ちゃんとした恋愛だってまだしてないし

もっとおいしいもの食べたいし

いろんなところに旅行したい。


みんなと一緒に

当たり前のように大人になって

当たり前のように結婚して

当たり前のように子供を産んで

当たり前のように死んでいきたかった。

当たり前のように、そうなると思ってた。


そうだ、大好きだったあの人に、まだ告白もしてない。


目を閉じれば浮かんでくるわ。


彼の優しい、素敵な笑顔が。


耳を澄ませば聞こえてくるわ。


彼の優しい、素敵な声が…



「―――死ね」



お母さん。

最期に、お母さんの手料理、食べたいなぁ。




<第三章 救われない者>



「はあ、…クソッタレ!!」


男は冷え切った腹を抱えながらそう叫んだ。

暴力的な空腹を、大量の水を飲むことで

ごまかすのもこれで3日目である。


3年前までは比較的潤っていた男の生活も

ある日を境に激変してしまった。

その結果が今の状態である。

現在は押し売り同然の何でも屋として

どうにか死を免れるだけの生活を送っている。


「この剣は飾りかよ…」


男は両脇に差された2本の剣に触れた。

もう長い間、本来の用途で使われてはいないその剣は

今の男にとってひどい重荷に感じられた。

満足な食事もとれずやせ細ってしまった今の体では

かつてのように華麗に剣を扱うことは出来ないだろう。


「世界は救われた、か…」


苦笑まじりに男はつぶやいた。

そう、3年前、一人の聖女によって世界は救われた。

それにより世界から災厄は去り

同時に人々の生活を脅かす魔物の存在も消滅した。

世界に平和が訪れ、人々は歓喜と安堵に包まれた。

しかし、男のような職業の人間には

それは必ずしも歓迎すべきことではなかった。

男の職業は「傭兵」。

通商や街の警護、旅行者や貴族の護衛

すべては世にはびこっていた魔物たちから

人々を守るための仕事である。

かつてはある国の騎士として仕えていた身であったが

刺激と自由、そして自身の剣の腕をより発揮できる場を求め

男は傭兵という流浪の職業を選択した。

腕に自信のあった彼の元には依頼もそれなりに集まり

裕福といえないまでも十分な生活を送れていた。


しかし、魔物が世界から消滅したその日から

彼の元へ依頼が入ってくることは無くなった。

突如として食いぶちを失ってしまった男は

かつて仕えていた国へおもむき再び雇ってくれるよう

頼み込むも、平和な世の中にいまさら騎士は必要ないと

門前払いをくらってしまった。


傭兵という職業が災いし

家を持たない男は一転、無職の浮浪者となった。

残っていた金銭を使い果たすと街を訪れ

屋根や外壁の修理などを無理矢理自分に依頼させて

小銭を得るような生活を送っていた。

街から街へ、その日の食事代を求めて渡り歩く毎日。

そうした生活の中で、なによりも男にとって屈辱だったのは

自らの誇りである剣で薪割りをしたことである。

わずかな金を得るために、男は自らの誇りさえも

汚さざるをえなかった。


「聖女サマは世界を救ったかもしれねぇけどよ、俺の生活は一向に救われねぇ」


半ば口癖となったこの言葉を、男はつぶやいていた。


「…そういや『七人の騎士』に出てくる騎士たちも、最初は無職だったんだよなぁ」


男はふと『七人の騎士』という御伽噺を思い出した。

戦によって手柄を立てて出世を目指す騎士にとって

まさに戦場こそが仕事場であった。

しかし戦なき時代が訪れ、かつて騎士であった者たちは

その多くが職を失うこととなった。

そして職を失った騎士たちは

盗賊に身をおとす者。

騎士としての誇りだけを胸に貧窮に耐える者。

自らの剣技の研鑚に取り憑かれた者。

金の代わりに薪割りをする者。

といったように、その有り様もさまざまだった。


「まさに今の俺も同じ状況じゃねぇか。初めて読んだときは

薪割りをする騎士のことをさんざんバカにしたもんだが

まさか本当に、しかも自分がやることになるとはな。

戦場なき戦士の、なんと惨めなことか…」


男がため息をつくと同時に、腹の音が盛大に鳴った。

空腹も度が過ぎると吐き気を催すんだなと考えながら

男は次の街へ向けて歩き出した。


「ったくよぉ、また魔王でも出てきてくれねぇかなぁ」




<第四章 救えなかった者>



魔王の脅威から解放され、世界は平和になった。


―――娘の命と引き換えに。


母は、5年前のあの日から神に祈ることをやめていた。

娘を生贄に選んだ神に、どうして祈ることができようか。


人々が娘のことを「聖女」と呼ぶたびに母の胸は痛んだ。

娘の死を望む人々の声は、母にとって何よりも恐ろしいものだった。

誰かの死と引き換えに得られる平和に、一体何の価値があるというのか。

ましてやそれが、自分の娘であるならなおさらだ。


母は、知っていた

聖女としての使命を告げられた娘が

その重圧と死の恐怖に、毎夜、涙を流していたことを。

毛布に顔を押し付け、嗚咽をかみ殺し

誰にも聞こえないように泣いていた娘の姿を。

まだ大人になりきれぬ少女の苦しみを、母だけは知っていた。


だからこそ、母は娘に言った。言ってしまった。


「―――行かなくても、良いのよ」


それは、まぎれもない母の本心の愛情から出た言葉。

娘だって死ぬことを望んではいないはずだと思っていた。

娘が死ぬことを拒むなら、自分は全力で娘を守る覚悟だった。


2人きりの部屋の中に訪れた沈黙。

時間が止まっているかのような長い、長い静寂。

しかし、その静寂は娘の一言によって破られた。


「お母さん、ありがとう」


それは娘から母への感謝の言葉。

他の誰もが理解しない、しようとしない少女の苦悩を

ただ一人理解してくれた母に対する感謝の思い。

それが、静寂を破る第一声だった。


「私、お母さんの娘に生まれて本当に幸せだよ」


続けて告げられる言葉。

娘から母への最上級の感謝の言葉。

しかし、娘の目を見た母は

溢れる涙を抑えることができなかった。


母は、気づいてしまった。

娘の瞳に宿る、強い決意に。


「でも、私行くよ」


何よりも聞きたくなかったその言葉。

世界中の人々が待ち望んだその言葉。


「だって見せてあげたいから。お母さんに、平和な世界を」


娘は、母のために命を捨てる決心をした。


「だからお母さんは生きて。私の分まで幸せに」


16歳の少女の、決意。


「これが、世界一のお母さんへの、一番の恩返しだから」


娘の声は、震えていた。


「だから、私行くね」


「お母さん。今までありがとう」


それが、母と娘との最後の会話。


娘は翌朝、母に会わずに家を出た。



―――そして、世界は救われた。




<最終章 スターバト・マーテル>



5年という時を経ても、母の苦しみは癒えることはなかった。

哀しみの涙は、枯れることなくあふれ続けている。

そして、少しずつ、少しずつ、母の心は蝕まれていった。

娘を死に追いやった、自らの「罪」に。


母の心に芽生えた罪の意識は

5年という月日をかけて成長し

彼女の心を絡め取っていた。

種子の名は「愛」。

あの日、娘にかけた言葉。


「―――行かなくても、良いのよ」


娘を思う母としての、純粋な愛情から生まれた言葉。

しかし、この言葉が娘にもたらしたのは世界を救う決意。


「死にたくない」と一言、言ってほしかった。

「行きたくない」と一言、言ってほしかった。


しかし、母の深い愛情に触れた娘は

その愛に報いるためにその命を捧げてしまった。


どうして、あんなことを言ってしまったのか。

あの言葉さえ無ければ、娘が命を捧げることも無かったのではないか。

娘にとってただ一人の味方である母の存在が

娘に命を捨てさせる理由になってしまった。

どれだけの後悔を重ねても、娘はもう戻ってはこない。


「愛」という名の種子は

「哀しみ」の涙によって

「罪」を芽生えさせた。


そして、5年という月日は

彼女の心の内で「それ」を花開かせるには

十分なものであった。


「それ」は


「世界を救う力」を持った娘を産んだ


母に眠る「もう一つの力」。






―――世界は突如として恐るべき災厄に包まれた。


「それ」は、かつてない深い哀しみと絶望を世界にもたらした。


災厄の名は「スターバト・マーテル」


愛と哀しみと罪から生まれた


悲しき聖母の姿である。

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