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「君の仕事はシリス・フィル・レイティーナの管理と、暗殺だ」
目の前のなんとかという偉い人――直属の上司よりも上の役職の人なので偉い人だろう。
その偉い人が静かに、だが、厳かではなく言った。
「もちろん今すぐにというわけではない。今のところレイティーナは必要な人物だ。だが、力を持たせたままではいけない。命令があれば、すぐに力を消す人間が必要だ」
何しろ上司から今日会わされたばかりなので名前も覚えていない。まあ、後で調べればいいことだろう。
ともあれ、紅耶は最初にこの偉い人の言葉を聞いた時、この人は正気かどうかを疑った。
「そのために、君を研修生として派遣する。もう一度言おう。君の仕事はシリス・フィル・レイティーナの管理と暗殺だ」
念を押されて、初めて確信する。この人は正気なのだと。正気で暗殺を命令していると。
この目の前の偉い人は疑いも無く紅耶に暗殺の仕事ができると信じていた。当たり前だ。信じていなければ、こんな命令はしない。
そういう仕事ができるように『仕立て上げた』。いや、『仕立て上げられた』、そう思っているのだろう。
(そう思うのは勝手だけど)
表情には出さず、心の中で呟く。特別魔法対策課に入り、力を身につけ、確かに研修生候補の中では最優秀の成績を修めたが、心まで売り飛ばした覚えはなかった。
しかも、特別魔法対策課に入り研修生候補になったのも自分の意志ではない。警察官である父と兄の意志だった。
(お父さんとお兄ちゃんは、わたしが研修生になれば昇進できて万々歳だろうけど、翠姉は迷惑だろうね)
特別魔法対策課、第一課課長であり紅耶の姉である詩凰翠は父や兄と違い自分の実力でその地位についていた。そんな姉なので、妹のお陰で昇進するなど迷惑以外のなにものでもない話だろう。しかも、妹である紅耶が研修生候補になるのを翠は反対していた。警察一家として同じ道を進むのを止めはしないが、特別魔法対策課課長として研修生がどういう役割なのかを薄々感ずいていたのかもしれない。
だが、紅耶は研修生の訓練を受けきり、最優秀の成績を修めた。それは、今の世の中のおかしさに気づいたからだった。特に魔法使いに関しては、子供でも分かるような矛盾が多く存在している。
そんな世界を正常にするために、研修生候補となり力を身につけた。
(――まあ、それで暗殺を命令されるなんて思いもしなかったけど)
今の世の中で、時代錯誤も甚だしかった。もちろん、暗殺というものが実在することは知っている。だが、それがいかに馬鹿げたことかも知っていた。
「これは命令だ、詩凰紅耶。分かっているな、君はレイティーナの管理と暗殺の為に研修生となった。命令は絶対だ。必ず遂行しろ」
こちらが黙っていることに少し苛立ちを感じたのかもしれない。男は口調を強め、再度念を押してきた。
「……わかりました」
紅耶は口を開くと了承の言葉をいった。
ほとんどの大人は、自分たちが全能で正義だと思い、子供のことを何でもいうことを聞く道具と思っている。
子供の気持ちなど考えもせずに、ただ利用する。それを不思議なことだと思っていない。
(いつも苦しむのは子供ばかりだ)
紅耶は男に向かって礼をすると、回れ右をして退出する。
(子供に暗殺を命令することが、人殺しさせることが正義というなら、それを壊す)
そして、部屋を出た瞬間、紅耶は命令に従わないことを決意した。




