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「まったく、計画通りとはいえ研究室にいけないというのは面倒なものだな」
薄暗い倉庫の開けた場所で、白髪の混じった男性が助手の報告書を見ながら苛立たしげに吐き捨てた。隠れなければいけないとはいえ、こんな場所にいるのは我慢ができないのだろう。研究もできないこんな場所は。
男の職業を考えれば、それは当然ともいえた。白髪の男は見ての通り科学者だった。誰が決めたものかは分からないが、眼鏡に白衣というのは見ての通りとしか言いようのない科学者らしい格好だろう。
四十八歳。年齢の割には若くみえるんじゃないかと思う。そして、若さの秘訣が『好きな事をしている』結果だとすれば、喜ばしいことなのかもしれない。
ふと思う。『好きな事をしている』ことを周りは羨ましがるだろうか?
好きな事をして博士と呼ばれ、周りから尊敬され認められる。
そんな人生に憧れるだろうか?
――その好きなことが、いかに狂気じみたことだったとしても。
「しかし、これで魔法都市への規制が厳しくなり、魔法使いへの状況が悪くなればこちらも動きやすくなります」
「分かっている。確かにこれでなんの気兼ねもなく研究を続けられるな」
古城学園から帰ってきた助手、井田の言葉に科学者の男はこちらを一瞥してから笑みを浮かべた。
その笑みが娘に向けたものなのか、それともただの魔法使いの子供として向けられたものなのか――
答えを問いかける必要はなかった。おそらくは後者だろう。
(……おかえり、の一言もなかった)
つまりは、そういうことだった。
期待していなかった、と言えば嘘になる。少し離れたことで、何かが変わるかもしれないという期待はあった。
だが、現実はなにも変わっていなかった。三年前からなにも。
科学者の男――母が信じて愛した人――自分の父――蒼瀬源二。
言葉を並べて、自分でも違和感に気付く。
『自分の父』
はたしてこれは正しいことなのだろうか。
母がいたときは、たしかに父親だった。母がそういっていたから。母がいるからこそ、父親と感じられた。
だが、いま母はいない。では、何故父と呼ぶのか。
(パパと呼ぶうちは、ママの気持ちを感じられるから……)
リアは簡素なパイプ椅子に座ったまま、膝の上の両手を握った。
母が信じて愛した人――だから、自分も信じて愛した。
母は、最期の最後まで信じて愛していた。だから、母がいなくなっても自分は信じて愛している。




